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No.きゅー


「ただいまー」

「おかえり。ごめんね、一緒に行けなくて。」


トイレから戻ると、必死で黒板の文字をノートに写している理子が私に声をかける。


「大丈夫だよ。……あ、でも不審者に出会っちゃったな……」

「不審者?」

「1-3の東雲佳哉って人。会った瞬間『俺に惚れた?』とかナルシー発言された。」

「あちゃー……聖それは厄介な人と出くわしたね。」

「厄介?」


そう聞くと、理子は手を止めてこちらに向いてきた。


「あの人極度の遊び人だからなー、聖みたいな可愛い子は絶対目付けられるよ。」

「ないない、私彼氏いますからって言っといたし。」

「それだけでめげないのが男と言うものさ。」

「男の何を知ってると言うんですか……」


理子と駄弁っていると、遊んでいた瀬崎君が戻ってきた。


「あ、聖ちゃんただいまー」

「おかえりなさい。」

「あんた達は新婚かい。」

「あ、うちの妻がいつもお世話になって……」

「瀬崎君っ!」


そんな会話をしながら瀬崎君が席につくと、ちょうどチャイムが鳴った。


…………………………


「あー、お腹空いた。」


午前の授業も終わり、私は瀬崎君と机を向かい合わせにしてお弁当の準備をする。

理子は変な気を使って他のグループに行ってしまった。


「じゃあ、俺購買行ってくるね。」

「あ、うん。」


そっか、瀬崎君お弁当じゃないんだ。

今度作ってきてあげようかな……

そんな事を考えながら後ろ姿を見送っていると、別の声が思考を妨害してきた。


「聖ちゃんいるー?」


……なぜ?

彼はドアの辺りでキョロキョロすると、私に視線を合わして笑った。


「あ、いたいたー」


そう言って、ズカズカと教室に入ってくる。


「あれ、佳哉君じゃない?」

「うわ、東雲かよー…」

「次は聖ちゃんか……」


周りから意味ありげな視線と言葉が向けられてくる。

本当、勘弁して下さい……


「あれ、聖ちゃん一人?じゃあ、俺が一緒に食べてあげるよ。」

「いいです、間に合ってます。」

「まあまあ、そう言わずに。」


そう言って彼は瀬崎君の席にどかっと座った。

こんのやろぅ……

今すぐ弁当箱を投げつけたい気持ちを抑え、私は冷静に相手の様子を伺った。


「いただきまーす。」

「………」


彼は手に持っていたコンビニパンの袋を開けると、呑気に食べ始めた。


「あれ、聖ちゃんは食べないの?」

「相手が来るまで待ってるんです。」

「へぇー、偉いね。」

「彼女として当たり前の事です。」

「え……じゃあ、彼氏待ってるの?」

「はい。」


私がそう言うと、彼は食べる手を止めた。


「ねぇ、聖ちゃんの彼氏って誰?」

「教える必要性がありません。」

「そんな事言わずにさー」

「嫌です。」

「じゃあ、教えないとキスするよ?」

「………」


私はピタリと話をやめた。

東雲佳哉の話に動揺したからじゃない。

東雲佳哉の後ろに瀬崎君が立っていたからだ。


「き…す……?」

「せっ…瀬崎君……」


顔がっ…顔がぁぁぁ……


「え、瀬崎?」


そう言って、前にいる変質者も後ろを向く。


「初めま……って、うわぁ!何だよその顔!」


驚くのも無理はない。

今の瀬崎君はモザイクをかけたいくらい恐ろしい形相で東雲佳哉を睨んでいる。


「聖ちゃん、今目の前でセクハラ発言をしたこの変質者はどなたでしょうか?」

「……こんな変態知りません、瀬崎君やっつけちゃって下さい。」

「ちょっ、えっ?待て待て待て!」


そう言って、東雲佳哉が焦ったように立ち上がる。

空いた席にすかさず瀬崎君が座った。


「聖ちゃんごめんね、購買凄い混んでた。」

「いいよいいよ。じゃあ食べましょうか。」

「うん、頂きまーす。」

「いや、ちょっと、俺は?」


私達は東雲佳哉の存在を完全否定しながらお昼を食べ始めた。

ていうか、この状況察してよ。

このまま空気読んで教室に帰って下さい。


「ていうか、聖ちゃんの彼氏って……」


その声に反応して、瀬崎君が彼の方を向く。


「どうも、聖ちゃんの"彼氏"の瀬崎穂です。」


なんか、彼氏のとこだけやけに大きく聞こえた気が……


「聖ちゃん本当?」

「本当の本当です。」

「へぇ……」


彼はあからさまに意外そうな顔で見ている。

まぁ、瀬崎君はこの学校の有名人なんだから仕方がない。


「そっかぁ…瀬崎かぁ……」


東雲佳哉は、そう言って窓に寄りかかる。


「………」


……で、この人はいつ帰ってくれるのでしょうか?


「で、あの人はいつ帰ってくれるのでしょうか?」

「い、以心伝心!?」

「え、何が?」

「いや、何でもないです…」


それよりも本当に邪魔だ…

呑気に菓子パンなんか食べてないで自分の教室戻れコノヤロー。

そう心で訴えながら東雲佳哉の方を向くと、ちょうど彼と目が合ってしまった。


「ん?俺のパン欲しいの?」

「……は?」

「ここ食べていいよ。この丁度俺がかじった「聖ちゃんその卵焼きちょうだい。」」


東雲佳哉の言葉を遮って瀬崎君がそう言った。

瀬崎君の方を見ると、顔は笑っているのに眉がピクピクと動いている。


「あぁ…うん、いいよ。」


瀬崎君に若干ビビりつつも、卵焼きを取ろうと箸を伸ばした瞬間…


「もーらいっ」

「「あっ!」」


後ろから東雲佳哉に横取りされてしまった。


「んー、美味い。聖ちゃんの味がする。」


どんな味だよ……

東雲佳哉の変態発言に引いていると、彼が突然瀬崎君を指さした。


「今日から瀬崎を俺のライバルとして任命する。」

「「…は?」」

「油断してると俺に取られちゃうよ。んじゃ、聖ちゃんじゃあね。」

「………」


東雲佳哉はそれだけ言い残すと、鼻歌を歌いながら教室を出て行った。

残されたのは顔が引きつる私と、顔を歪めた瀬崎君。

そして何とも言えない微妙な空気……


「……聖ちゃん」

「は、はいっ…」


瀬崎君は私を呼んだあと、私の手から箸を取った。


「……?」


何をするのかと思っていると、私のお弁当の中のウィンナーを一つつまんだ。

そして、それを私の顔の前まで持ってくる。


「えーっと…瀬崎君?」

「聖ちゃん、あーんってして。」

「っ!」


今の発言がいきなり過ぎて、すぐに思考がついていかなかった。


「……はい?」

「だから、あーん。」

「………」

「あーーーん。」


こういうのって普通女子からやるものでは?と思ったが、瀬崎君の気迫に押されておずおずと口を開いた。

そこに、箸でつかんでいたウィンナーを入れられる。


「………」

「どう、おいしい?」

「……うん。」

「よしよしいい子。」


そう言って私の頭を撫でると、彼は箸を置いて自分の席に戻った。


「あー……聖ちゃん可愛い。」

「…っ!」


いきなりそんな事を言われ、思わず口の中のウィンナーを噴き出しそうになった。


「でも、それ以上可愛いくなったら俺怒るよ。」

「……安心して下さい、私は可愛いの"か"の字もありませんから。」

「可愛いくなきゃ、あんなサナダムシ近寄って来ないよ。」

「サナダムシって……」


※サナダムシ

条虫綱の扁形動物の総称(全て寄生虫)。


「まぁとにかく、これからはサナダムシに要注意しましょう。」

「はーい。」

「なんかいい防虫剤ないかな…」


そう言って、瀬崎君はうーん…と考え始めている。

いや、ていうかそんな心配しなくても……


「瀬崎君が一番の防虫剤だと思うよ。」


大体瀬崎君は彼氏だし、彼がいれば普通は誰も寄って来ないと思うけど…


「いや、俺はまだ試作品だから…」


はい…?

予想外の言葉に、思わず耳を疑ってしまう。

普通こういう時って…


『そうだよな、俺がいるから安心しろ』


的な事を言うんではなくて…?

予想と違って、心に小さなショックを受けた…


「俺ね、本当は自信ないんだ…」


瀬崎君は机の上にうつ伏せになって、モゴモゴと話し始めた。


「聖ちゃん結構人気者だから、俺でいいのかなぁ…って思ったりもする。」

「そんな…」


私は別に平凡な人間だし、ましてや瀬崎君じゃ駄目な理由が分からない。


「だから、防虫効果がちゃんと発揮できるかどうか…」

「…瀬崎君はレアなんだよ。」

「え、レア?」

「滅多に手に入らないんだよ。今まで何人もの人が挑戦しても、誰一人として入手出来なかったんだよ。そんな人が今隣で笑ってくれるなんて、これ以上の幸せは無いよ。」

「聖ちゃん…」

「だから、心ゆくまで私を害虫から守って下さい。」


瀬崎君の目を見つめながらそう言うと、彼の顔が段々と緩んできた。


「この瀬崎穂が、必ずしも害虫から聖ちゃんを守ってみせますっ!」


瀬崎君は勢いよく立ち上がると、右手をおでこに当てて敬礼のポーズをした。

周りから相当な視線を集めているが、そんな事は眼中にもない感じだ。


「それでこそ瀬崎君だよ。」

「?そっか、これでこそ俺だね。よーしっ、頑張るぞ。」


瀬崎君をそう言って座ると、残っていたパンにかぶりつく。

その姿を見てると、思わず顔がほころんでしまう。


あぁー……

幸せだ。

瀬崎君の顔を見ながら、心の底からそう思った。


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