No.はち
「瀬崎君。」
「んー?」
「あの……」
「うん。」
「書きづらいです……」
「うん。」
うん。じゃないですよ……
今は休み時間。
黙々とノートをとっていると、瀬崎君がいきなり立ち上がって後ろから抱きしめて来た。
首に腕を回され、頭の上に顔が乗っかってるからちょっと動きづらい……
「急にどうしたんですか?」
「聖ちゃんが頑張ってるから応援しようと思って。」
うん、見事に妨害されてますが。
「瀬崎君、隣の席だしなにもこんな……」
「ついでに俺の充電も同時進行で行っています。」
「いや、でもさすがに……」
「さすがに?」
「………恥ずかしい。」
ここ、一応教室ですよ?
公衆の面前ですよ?
そりゃもう、痛いほどの視線を向けられているわけで……
「なんで?」
瀬崎君は、キョトンとした顔で言う。
「もう皆知ってるし、何も恥ずかしくないでしょ?」
「そういう事ではなくて……」
確かに、付き合った翌日から皆に知れ渡っちゃいましたよ。
それは、瀬崎君があまりにも付き合ってますよアピールしまくるからでしょう……
「聖ちゃんいい匂いー」
「………」
そう、こんな風に……
ーキーンコーンカーンコーン
「あっ、瀬崎君、ほらチャイム!」
「そうだね。」
「……じゃなくて席ついて。」
「えー、離れたくないー」
「隣でしょ!」
「……はーい。」
そこまで言って、ようやく瀬崎君は席に戻ってくれた。
「はぁ……」
「お熱いですね。」
小さくため息を吐くと、理子がいきなり振り向いてきた。
「ずいぶんと他人事ですね……」
「いや、見てて微笑ましいよ。前から思ってたんだけど、瀬崎君と聖っていいタッグだと思う。」
「はぁ……」
隣をこっそり見ると、瀬崎君は教材の準備をしていてこっちに気付いていない。
「瀬崎君がどんな凄い事言っても、聖だけは綺麗に受け止めてたもんね。」
「いや、ただ素直に対応しただけですよ。」
「それが凄いんだよ。普通に接してたら絶対頭おかしくなる。」
「それ言い過ぎでしょ……」
「あ、ごめんっ……!瀬崎君が最強って意味です!」
「こら、聞こえるよ。」
理子を前に向き直し、再び瀬崎君を見るとなんと、まだ教材を探していました。
「瀬崎君……教科書無いの?」
「うん?あるよ。」
「じゃあ、なんで出さないの?」
「なんかねぇ、今日は頭痛がするから休みたいんだって。」
「ほぅ……それで、休ませてあげると?」
の割にはめっちゃバッグあさってますけど……
「そこを頑張って出場させようと……あった!」
あった……?
そう言って瀬崎君が机に出したのは……
……同じみの数学の教科書。
「……頭痛じゃなかったんですか?」
「それがですね、もうすっかり治ったようです。」
「そうですか、それは何より……」
「はい。」
素直に探してたと言えばいいのに……
瀬崎君の小さな意地っ張りでさえも、愛しいと思ってしまう私は重症です。
…………………………
「はぁ……女の子ってめんどくさい。」
小さなポーチを持ってトイレから出ると、ため息を吐いてお腹に手を当てた。
「もっと大きいの持ってくれば良かったなぁ……二日目だし。」
ぶつぶつ言いながら歩いていると、突然前から向かってきた人にぶつかってしまった。
「うわっ……」
その拍子に、手からポーチが滑り落ちた。
「あぁ、ごめんね。はい、これ。」
声がする方を見上げると、瀬崎君よりも明るい茶髪で、綺麗な顔をした人が私を見下ろしている。
手には……
私のポーチが……
「あ、ありがとうございますっ!」
顔真っ赤にしながら、奪うようにそのポーチを取った。
「あれ、どうしたの?顔赤いけど……」
「どうもしませんっ、元々です。」
「へぇー…もしかして……」
え、まさかバレた……?
そう思うと、あまりの恥ずかしさにさらに顔が赤くなる。
ど、どうしよっ……
「俺に惚れた?」
「………は?」
その言葉を聞いた瞬間、顔の熱が瞬時に引いた。
「そっか、まぁ俺に拾ってもらったら誰でもそうなっちゃうよね。」
「いや……」
「君は悪くないよ、優しく拾ってあげた俺の責任だから。」
「あの……」
「仕方ない、責任をとって今度デートでも……」
「私、彼氏いますから。」
なるべく落ち着いた声で言うと、相手はピタリと話を止めた。
「あれ、そうなの?」
「はい。なのであなたに興味はありません。」
「まじかぁ……残念だな、こんな可愛いのに。」
「……お世辞は受け付けておりません。」
「ははっ、いやいや本当だって。そんで、君名前なんて言うの?」
「えー……」
「うわ、そんなあからさまに嫌そうな顔しないでよ。」
「……夏川聖です。」
「聖ちゃんかぁ、俺はね、東雲佳哉。ちなみに1-3だから。」
「そうですか。」
「何その薄い反応……」
「あなたへの適切な対応です。」
「傷付くなぁ。」
「それはどうも。じゃあ、授業始まるので。」
「えー、ちょっと待ってよ……」
後ろからそんな声を聞きながら、私は教室へと足を進めた。
「聖ちゃんか……」
そう呟かれていたとも知らずに……