No.よん
「ほこりっぽ……」
棚から教材の束を取り出し、手で上の埃を払った。
「こんな汚いところに置いてたら教材が泣いちゃいますよ。」
想像上の担任にそう言い、足早に教材室を後にする。
少しして裏庭の横の道を通った時、あのベタな台詞が聞こえて来た。
「好きですっ。付き合って下さい!」
「ごめんね。」
うん?
この声どこかで…
「あ、夏川?」
「どうもです。先輩…」
BADなタイミングで篠田先輩はこちらに気付いてしまった…
うわぁぁぁぁ~
ダメですよ今こっち向いちゃ!
後ろの子、もの凄い切なげな表情してますから…
という私のテレパシーは届かず、篠田先輩はこちらに向かって進んで来た。
あっ、後ろの子Uターンして走ってっちゃたよ…
「久しぶり夏川。」
「ご無沙汰してます。」
少しは罪悪感持てよっ!
と、心の中で叫びながらニコやかな笑顔を先輩に向けた。
「先輩モテますね。」
「んー…気持ちは嬉しいけど、ちょっと迷惑な気もする。」
「…流石、モテ男は違います。私も迷惑になるまで告白されてみたいです。」
「いや、そういう感じの意味じゃなくて…俺、彼女いるからさ…」
「へ…?」
先輩が驚きの一言を言ってのけた。
「だから、あんま告白とかされたくないんだよね…」
そうだったんですか…
世間の女子は悲しむだろうな…
って、ちょっと待て。
「それ私に言っちゃっていいんですか?」
「あぁ、だって夏川は俺に変な好意とか無いでしょ?」
「まぁ、そうですけど…」
「だから大丈夫かなーって。」
「言いふらすかもしれませんよ?」
「それは勘弁…じゃあ、2人だけの秘密って事で。」
「了解です。」
では、と言って先輩と別れ、自分の教室へと足を進めた。
そっかぁ、先輩は今リア充してるんだ。
こんな事いったら女子の悲鳴が止まないだろうな…
悪い意味で…
こんなちっぽけな事を考えている間に、近くでとてつもない悲しみ抱えた人がいるなんて、私は知らなかった…
*瀬崎side*
聖ちゃん遅いな…
授業まであと3分。
周りがざわざわと騒がしい中、隣の席はポツンと寂しく空いている。
荷物、そんなに重いのかな…
時間が経つたびに心配が膨らんで来て、頭の中は聖ちゃんの事でいっぱいだ。
ちょっと見て来よう…
居ても立っても居られず、聖ちゃんを捜しに教室を出た。
一階へ降りて廊下を曲がった途端、黒髪セミロングの小さな後ろ姿が見えた。
「あっ、ひじ…」
「じゃあ、2人だけの秘密って事で。」
「了解です。」
え…?
声を掛け用と思った瞬間、別の声で遮られてしまった。
あれって、確か篠田先輩…?
聖ちゃんの奥に見える背の高い青年は、この前図書室で知り合った愛想のいい先輩だった。
「では。」
「あぁ、じゃあな。」
そう言って別れを告げると、聖ちゃんがこっちに向かって進んで来る。
やばいっ…
とっさに別の教室に隠れ、聖ちゃんは気づかずに前を通り過ぎた。
「はぁ…」
さっきの光景が頭から離れない。
秘密って…なんだろう……
さっきから胸ね辺りがモヤモヤして凄く気持ち悪い。
「聖ちゃん…」
また、充電切れそうだよ…
この変なモヤモヤは、容赦なく自分のHPを削り取って行く。
痛い…
静かな教室に、チャイムの音がより一層大きく響く。
自分は動く事も出来ず、ただその音を呆然と聞いていた…
***
チャイムが鳴ったと同時に教室に入ると、教材を置いて自分の席に座った。
あれ…?
瀬崎君は?
いつもなら3分前には席についているのに、今は隣に椅子と机だけが寂しく取り残されている。
トイレでも行ったのかな?
まぁ、そのうち帰ってくるだろうと思い、あまり深く考えずに授業に取り組んだ。
…………………………
…おかしい。
約10秒前に授業終了のチャイムが鳴り終えた。
なのに、まだ隣に人の気配は無い。
どうしたのかな…?
具合悪いとか?
いろいろ悩んだ末に、とりあえず瀬崎君を捜して見る事にした。
教室を出て、まず初めに向かったのは保健室だ。
いや、何の根拠もありませんが…
女の勘ってやつ?
結構当たるんですよこれが。
そんな事を考えながら保健室前まで来ると、躊躇なく扉を開けた。
「……あれ?」
おらんよ?
どこにもおらんよ?
絶対ここだ!って思っていたため、はずれた時のショックは結構大きい…
えーっと、どこだろう…?
他の場所を予測していなかったため、行く当てもなく1階をウロウロしていた。
「……げっ」
前方に危険人物(担任)を発見。
手には先ほどの教材を抱えている。
やっばい……絶対「おぉ夏川、これ元に戻して来てくれないか?」ってなるパターンだだよこれ…
そんな事を考えている内に、担任はどんどんこちらへと近づいて来る
…
どっ、どっか隠れなきゃ!
と、とりあえず近くの空き教室に飛び込んでみた。
その結果…
「……あ、」
「……あ、」
瀬崎君とバッタリしてしまいました。
「えーっと…、どうも。」
「えっ?…あぁ、どっ、どうも。」
とりあえず挨拶をしてみると、瀬崎君は何故か立ち上がってどもっている。
「ねぇ瀬崎君。」
「は、はいっ。」
「何で授業出なかったの?」
「……えーっと…」
そう聞くと、意味あり気に目を逸らされた。
今のは何でしょうかね…?
そういう反応をされると、ますます気になってしまうのが人間という生物だ。
「瀬崎くん、どうしたの?具合でも悪いの?」
「うーん……まぁ、そんな感じです…。」
「え?じゃあ、こんな所に居ないで保健室行こうよ。」
「いや、保健室行っても意味無いんですよ…。」
「どうして?」
「今もの凄い重症で…」
「嘘っ!ど、どんな病気なんですか?」
「心の病。」
「………」
「あぁ~、痛いよ~…」
「……さて、次の授業の準備をしなくては。」
「え、待って待って!これ真面目な話なんだけど。」
そう言って、瀬崎君は出て行こうとする私をすがるような目で見つめて来る。
「十分元気に見えますが。」
「それは幻覚です。俺の心は今、シュレッダーで切り刻まれたようにズタズタです。」
シュレッダーだとズタズタ所じゃ済まないと思いますよ…
そう思ったが、瀬崎君が余りにも必死だったため、言葉にするのをやめた。
「…どうしたの?」
「………」
なぜそこで黙る?
「分かった。あんまり深くは聞かないけど、何かあったら言ってね。」
「…うん。」
そう言うと、瀬崎君は少しだけ微笑んでくれた。
大丈夫かな…
いつもの瀬崎らしくない表情に、本当に心から心配になった。
「じゃあ、教室戻ろう?」
「うん。」
そう言って瀬崎君は弱々しく笑うと、私と一緒に教室を後にした…