No.にー
「えーっと、何をしてるのかな?瀬崎君。」
朝登校してみると、門の辺りで座りこんでいる瀬崎君を見つけた。
「アリ家の住宅工事。」
そう言って、瀬崎君は黙々とアリの巣に木の棒を突き刺している。
それは住宅破壊って言うんですよ、瀬崎君。
「よーしっ、完成。」
そう言うと、満足気に彼は立ち上がる。
足元には、無残な姿になったアリの巣が…
「ねぇ瀬崎君、何がしたかったの?」
「こうしとけば、外部から敵が侵入出来ないでしょ。」
内部からアリが出入りする事も出来ないと思うけど…
「任務完了。教室行こっか、聖ちゃん。」
そう言って、瀬崎君は太陽の様な笑顔を向けてくる。
アリさんごめんなさい…
私は彼の罪を許す事にします。
変な罪悪感を抱えながら、瀬崎君と一緒に教室へ向かった。
「あっ!」
教室に入るなり瀬崎君は突然大声を上げた。
「ど、どうしたの?」
「三郎さん忘れた…」
三郎さん?
待ち合わせでもしてたのかな?
「三郎さんってどこのクラス?」
「えっ?三郎さんは学校に通ってないよ?」
え…?
「じゃあ、誰の名前?」
「傘。」
傘ですか…
随分と渋いネーミングですね…
傘に名前をつけるのもどうかと思うけど、今日の天気は眩しい程の晴天ですよ、瀬崎君。
「あぁぁ~…」
うなだれる瀬崎君をスルーして、私は自分の席に座った。
「ふぁ~…」
やっぱり1時間目は、睡魔に襲われる絶好のタイミングだよ…
机にうつ伏せになってうとうとしていると…
「ゆーりかごぉのう~たをーカナリアが歌うよ~♪」
ん?
何だか幻聴が聞こえる。
「ね~んねぇこーね~んねぇこーねぇ~んねぇこぉよ~♪」
「瀬崎君。」
「なんでしょう?聖ちゃん。」
「どうしたんですか?」
さっきの美声音痴な歌声は、紛れもなく瀬崎君のもので…
当の本人は涼しい顔してニコニコしている。
「聖ちゃんが眠たそうにしてたから、睡眠のお手伝いをしようと思って。」
逆に効果抜群で睡眠を妨害されましたが…
「ありがとう。でも、もう眠気覚めたみたい。」
苦笑いをして椅子に座り直す。
「そっか。じゃあ、また眠たくなったら言って。」
全力で遠慮させて頂きます。
瀬崎君に罪が無い事は分かっているけど、あの美声音痴な歌声は二度と聞きたくないと思った。
「はいっじゃあ、教科書開いてー。」
でも瀬崎君のおかげで、授業はいつもの何倍も集中する事が出来ました。
…………………………………
「終わったー。」
午前の授業も終わり、待ちに待ったお昼タイムが来た。
私と理子は、机をくっ付けてお弁当を食べ……ようとしたんだけど…
「きゃー、あれ篠田先輩じゃない?」
「嘘っ!なんでこんな所にいるの?」
急に廊下が騒がしくなった。
篠田先輩って確か同じ図書委員の人だ。
先輩はこのクラスの前で止まると、口パクで"夏川"と言いながら私に手招きしてきた。
「はい。」
仕方なくお弁当を置いて先輩の元へ向かう。
「今日俺と夏川が当番だから、放課後図書室にきて。」
「あ、はい。分かりました。」
それだけ言うと、先輩は自分の校舎へと帰って行く。
私も教室内に戻ると、案の定ひやかしの目が向けられて来た。
「え、何々?聖、篠田先輩とどういう関係?」
「決して、皆さんが思っているようなやましい関係ではごさいません。」
一言そう言い切ると、自分の席に戻ってお弁当を食べ始めた。
それでもひやかしの声は止まない。
「えー、だってここまで来たんだよ?絶対なんかあるって!」
「うん、図書委員の仕事があったよ。」
「いーなー、聖羨ましいっ。図書室で篠田先輩と2人きりなんて。」
はぁ……
溜息をついて顔を上げると、前の方にいた瀬崎君と視線が合った。
何か、凄い苦虫を噛み潰したような顔をしている…
嫌いなものでも食べたのかな?
ちょっと気になったが、今は自分の昼食に専念する事にした。
…………………………………
ーキーンコーンカーンコーン
ようやく全ての授業が終わり、帰るための身支度を整えていると…
「図書委員の仕事って大変?」
と、いきなり瀬崎君が声を掛けて来た。
「うーん…、本のチェックや棚の整理とかするけど。」
「じゃあ、俺も行く。」
はい?
瀬崎君が行くような要素がどこにあるんですか?
「俺も手伝うよ。そうすれば早く終わるし。」
「あっ…ありがと…」
その眩しい程の笑顔を向けられたら、何も言う事が出来なかった…
ーガラッ
図書室に入ると、中で篠田先輩が本を整理していた。
「おっ、夏川……と…」
私の後ろにいる人物を確認すると、篠田先輩は驚いて目を見開いている。
「まさか…瀬崎穂……?」
「はい、瀬崎穂です。」
わーお、先輩にまで知れ渡っちゃってるよ、この人。
「おぉっ!凄え、本物だ。」
瀬崎君は有名人かなにかですか…
「いやいや、それ程でも。」
え…?
瀬崎君も何照れちゃってるの?
なぜか、先輩と瀬崎君の間に和やかなムードが流れている…
「良し、じゃあ瀬崎も来てくれた事だし、仕事始めるか。」
先輩のその一言で、ようやくここに来た目的を思い出した。
「じゃあ、瀬崎は本に番号貼るのをお願い。俺と夏川は棚に本を並べるから。」
「俺が本並べしたいです!」
間髪いれずにそう答えた瀬崎君。
あれ?
瀬崎君はお手伝いの身じゃ無かったっけ?
ていうか、本並べるより番号貼る方がずっと楽だと思うんだけど…
「分かった。じゃあ、俺が番号貼るから2人は本並べて。」
結局私は並べる係なんですね…
「聖ちゃん、頑張ろっ。」
瀬崎君に笑顔でそう言われると、もう何でもいい気がします…
「ふぅ…」
大体の本を並べ終えると、椅子に座って休憩タイムをとる事にした。
瀬崎君は別の棚で黙々と作業をしている。
「おつかれ夏川。俺終わったから手伝うよ。」
「ありがとうございます。」
そう言って、残っていた本を先輩に渡そうとした瞬間…
「せんぱーいっ!こっちの方手伝って下さーいっ!」
瀬崎君のバカでかい声が図書室内に響いた。
「お、おうっ…」
先輩も驚いたような顔をすると、すぐに瀬崎君がいる棚の方へ向かった。
ねぇ瀬崎君、手伝えと言ってる割にあと4冊しか残っていませんよ?
私の約4分の1しか無いじゃないですか…
本当に瀬崎君の行動は理解不能だ。
…………………………
「はぁ~…、終わったぁ。」
全ての本を並べ終えて、疲れた体を椅子の上に預けた。
気がつけば外はもう真っ暗になっている。
「よし、じゃあもう遅いし帰「聖ちゃんは俺が送ってくのでご安心を。」」
先輩の声を遮って瀬崎君は口早に言った。
はい?
今なんと言いました?
「聖ちゃん俺と家近いしね。」
真逆でございますが…
「そっか、なら頼む。じゃあ二人とも気を付けて帰れよ。」
そう言うと、先輩は図書室を出て行ってしまった。
えーっと…
この流れは…
「じゃあ帰ろっか、聖ちゃん。」
やっぱりそうなりますよね…
半ば流されながら瀬崎君と一緒に学校を出た。
「ふんふんふふ~ん♪」
何か、やけに瀬崎君が上機嫌だ。
「何かいい事でもあったの?」
「いや~、それ程でも。」
「……」
褒めるという要素は全く含まれていませんが。
やばいな…
ついに会話まで危うくなって来た…
「あ、えーっと…今日はありがとね、手伝ってくれて。」
何とか正常な会話に戻そうと試みる。
「どーいたまして。俺も楽しかった。」
そう言うと、瀬崎君は鼻歌を歌いながらスキップをし始めた。
はぁ…瀬崎君の行動は予測不可能です…
その後、そんな調子でしたが、瀬崎君は家に着くまできっちり送ってくれました。