No.じゅー
「ふぁ~…ねむ……」
今日は瀬崎君の分までお弁当を作って来たため、朝早めに起きて支度をした。
口に合うかなぁ…
何かこういう彼女っぽい事をすると、心の中がくすぐったくなる。
「あっ、聖ちゃんオッハー。」
げっ…
前方に危険人物発見。
「せっかく朝から会えたのにそんな顔されちゃ困るなぁ。まぁ、そんな顔も可愛いけど。」
「そう言うあなたはいつにも増してうざったいですね。」
「え、俺いつからウザいキャラになったの?」
「多分産まれた頃からでしょう。」
「うわー聖ちゃん容赦無いね。でも、そういうとこでさえも俺は受け止められるよ。」
「はぁ……」
もう本当に勘弁して下さい…
心の中でそう呟くと、私は彼を抜かして前へ進んだ。
「ちょっと待ってよー」
後ろから東雲佳哉がふらふらとついてくる。
……本当、自分の存在の迷惑さを感じ取って欲しいものです。
「ところでさ、聖ちゃんは瀬崎のどこを好きになったの?」
「え……?」
い…いきなり何を……
突拍子もない質問に、思わず足を止めて後ろを振り返った。
「いやー、まさか瀬崎の名前が出るとは思わなくてさ。あいつ色んな意味で有名人だし。で、どこが好きなの?」
「………」
どこって言われても……
正直、自分でもどういうところを好きになったのか分からない。
だって、気付いた時にはもう恋に落ちてましたから。
「あれ、言えないの?やっぱ瀬崎ってそんなもん……」
「どうしよう、多すぎて出て来ないや。」
澄まし顔でそう言うと、私はまた前を向いて歩き出した。
だが、東雲佳哉は懲りずに口を開いて付いて来る。
「へぇー、例えばどんなところ?」
何なんですか…?
そんな事聞いて何になるんですか?
「瀬崎君なところ。」
「……ははっ、それ回答になってないよ?」
「なってるよ。私は瀬崎穂という一個人の人間が好きなんです。部分的に好きな訳ではなくて。」
「ふーん……」
せこまで言うと、ようやく彼は口を閉じてくれた。
「……ははっ」
……と思ったらいきなり笑い出した。
「ふっははっ」
「………」
「いや~ごめんごめん。聖ちゃんみたいな子初めてだからさぁ、ますます興味が湧くよ。」
「……はぁ」
意味が分からない。
脳みその奥底からハテナが浮かんでくる。
一体彼のツボはどうなっているのだろうか?
今の話の流れから、なぜあんな結末になってしまったのだろう?
私はほんの一瞬だけ、彼の頭の心配をした。
「あれー、もう教室ついちゃったよ。じゃあまた後で会いに行くね。ばいばい。」
「……さよならさよなら。」
もう来るなー
と心の中で思いながらも、渋々挨拶して教室に入った。
「あ、聖おはよー。」
「理子おはよー。」
「朝から不倫ですか?」
「違います、あれは一方的なストーカーです。立派な犯罪です。私は被害者です。」
「分かった分かった、聖の顔本気で拒絶反応起こしてるしね。」
「分かれば良ろしい。」
そう言って席に座ると、隣の席に鞄が置いてある事に気付く。
あれ、おかしいな?
遅刻時間ギリギリ登校の人の鞄がある…
「……ねぇ理子、瀬崎君来てたりする?」
「あぁ、さっきまでいたけど、聖ちゃんまだかなー?とか言ってベランダに出てったよ。」
「……そっか、ありがと。」
なぜにベランダ?
そして、何でこんな早く来た?
私と理子はいつも8時前後には学校に来ているけど、瀬崎君の登校時間は約8時20~40分の間だ。
なのに、今日は私より先に来ていたなんて…
そう思いながら、ベランダへ続く扉に手をかける。
ーガラッ
「………」
瀬崎君…なぜ……
「すー…すー…」
こんなところで寝ているんでしょうか?
目の前には、壁に寄りかかりながら寝息を立てている瀬崎君の姿が…
恐る恐る近付くと、瀬崎君はゔ~んと呟いて身をよじろいだ。
やばい…
可愛いすぐる……
このまま眺めていたいのも山々だが、こんなとこで寝てたら風邪を引くかもしれないので、瀬崎君を起こす事にした。
「おーい、瀬崎くーん。」
とりあえず名前を呼んでみる。
「すー…すー…」
反応なし。
「瀬崎くーん?」
名前呼び+ほっぺたツンツン
「ん……すー……」
わずかに反応あり。だが起きる気配なし。
「瀬崎君、起きてー。」
名前呼び+体ユサユサ
「………」
ありゃ、反応なし。
こうなったら……
「夏川聖は呼んでも応えてくれない人に興味ないんですよね。」
ーガバッ!
わーぉ、起きたよこの人。
「そういえば、今日なんでこんな早く来たの?」
席についてすぐに、私は瀬崎君に聞いてみた。
「いやー、聖ちゃんを害虫から守ろうと……」
そう言いながらも、瀬崎君は口を盛大に開けてあくびをしている。
きっと慣れない早起きでもしたんだろう。
「あんまり無理しなくていいよ。私一人でもあの人に立ち向かえるから。」
「…立ち向かわないで逃げて下さい。接触自体しないで下さい。」
「え、あ……はい。」
敵意むき出しの瀬崎君にそう返すと、チャイムが鳴っていつも通りおでこの面積が素晴らしい田中先生が教室に入って来た。
「いやー、今日もあの輝きを見ると目が覚めるよ。」
瀬崎君、せめてそのセリフは小声で言いましょうよ。
いや、その前に口に出してはいけないワードだと思う。
心の中で冷や汗を浮かべる私に対して、瀬崎君の表情は罪悪感の欠片もないようだ。
まぁ、皆が共通して思う事だからきっと罪にはならないでしょう。
そんな他愛もない事を思いながら、いつも通りの一日がスタートした。