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『流れ星と血の薫り』3

『Never bend 聖女とケモノと夜の街』外伝(短編版)。

 長編→http://ncode.syosetu.com/n2875bq/

3.

 赤眼の少年イザーク・シモンは、幼き頃より村人の悉くから奇異の眼で見られる存在だった。

 とは言え、今になって彼を排除しようと言う気運が高まったのには、理由がある。

 発端は、今から半月ほど前のこと。村外れで飼われていた家畜が、夜間の間に食い殺されると言う事件が起こった。しかし、この村の近辺では長らく狼などの獣害は起こっておらず、また現場に獣の足跡らしきものも見られなかった。

 そんなことが幾度か続いたある夜、一人の村人が寝ずの番をすることとなった。

 夜が更け、その村人以外の全てが寝静まった頃、ほどなくして家畜に忍び寄る人影が現れた。村人はその人影が家畜に襲い掛かるのを待ち、怒声と共に闇の中に飛び出した。

 だが、その声に驚いたのか、人影は村人が火を掲げる間もなく夜闇の中に走り去ってしまう。村人は逃げた影を追い掛けたが、ヒトならざる速度で駈ける「それ」にはとても追い付けず、村外れの森に差し掛かったところで、とうとう見失ってしまった。

 深夜の森を独りで捜索する気にもなれず、村人はすぐに踵を返したが、その眼に一人の少年の姿が映る。――他ならぬ、イザーク・シモンである。

 とは言え、彼が夜更けの散歩を日課にしているのは多くの村人の知るところであったし、その村人も同様であった。むしろ関わり合いになりたくはなかったので、村人は妙な勘繰りをすることも、声を掛けることもしなかった。

 その翌日、同じように寝ずの番が行われた。ただし今度は、村の男衆数人がかりでのものだ。やがて、前日と同様に犯人は現れ、前日と同様に森で見失った。だが今度は村人一人ではなかったため、森での捜索が行われることとなった。

 しかし成果は上がらず、ほどなく村人たちは、予め決めておいた集合場所へと足を向けた。

 そこで、一つ異常事態が起こる。村人の一人が、いつになっても集合場所へと戻って来なかったのである。村人たちは行方の知れない仲間を夜通し捜し続けたが、結局発見されることはなく――ただ、イザーク少年の姿を見かけた者がいたのみだった。

 そうして、夜毎繰り返される追跡と捜索。

 一人一人消えていく村人。

 ……毎夜目撃されるイザーク。

 寂れた山村に起こった不可解な事件は、長年村人たちの心に燻っていた疑惑を確信付けるには十分だった。――たとえそれが、彼らの願望から発した罪深き幻想であったとしても。


                † † † † †


「つまり、「謎の家畜殺し」と「村人の失踪」、この二件の調査が私たちの仕事なわけよね?」

 夜更けの森の中を進みながら、リリスは隣りを行く黒い長身に問うた。

「まあそうだな。……もっとも、村人たちが森の捜索をするようになってからは、わざわざ家畜など襲ってはいないようだがな」

 油断ない足運びで荒れた森の土を踏みしめながら、ファウストは返す。

 ふむ、と小首を傾げてから、リリスは続けた。

「考えてみればおかしな話よねぇ……幾ら夜の森の中で姿を見かけたからって、それだけであのコを犯人扱いするなんて」

「……イザークのことか」

 何処か憐れみを含んだ吐息を零して、ファウストは言った。

「ヒトと言うものは、口で幾ら愛だ何だと宣っていても、存外見た目に囚われる生き物だからな。自らと異質であればそれは既に奇異の対象であり、醜ければそれだけで嫌悪の対象だ。反対に美しければ、たとえそれが恐ろしい人食いの化け物であったとしても賛美の対象となる。不安定で未完成で不純で気分屋――それがヒトと言うものだ。僅かな状況証拠でイザークを貶めてしまっても、それは致し方あるまい」

「う……酷い言い種ね」

 淀みのないファウストの言葉に、「私も一応はヒトなのだけれど」と苦笑するリリス。だが、すぐにどこか試すように微笑んで、

「のわりに、私には協力してくれるのね? どう言う心理なのかしら」

 そんな言葉に、ファウストはふっと笑う。

「決まっているだろう? 保護者おやにとっては、馬鹿な子ほど可愛いものなのだよ」

 少しばかり屈辱的な言葉だったが、しかしそこには、確かな暖かみが溢れている。

 ゆえに、

「はいはい、どーせ馬鹿ですよーだ」

 そんな風に悪態はついても、その笑顔は晴れやかなものなのである。

 黒衣の男との毎度のやり取りは、死の危険と隣り合わせの仕事の最中でも、一時リリスの心を穏やかなものにしてくれる。

 とは言え、いつまでもそうしてはいられないのも事実。

 リリスは居住まいを正すと、改めて問うた。

「……で、実際のところはどうなの? 『魔力』を持たないイザーク君は、確かに正真正銘の人間だけれど、身体的に普通でないのは事実だわ。そりゃ、私には医学的なことは分からないけど、少しは教えてくれてもいんじゃない?」

 ファウストは一度「ふむ」と顎を撫でてから、一つ一つ言葉を選ぶようにリリスの問いに答えた。

「一言で言うならば、イザークの外見的な異常は全て歴とした病によるものだ。血液中に含まれる、ある種の酵素を作り出す機能が先天的に欠如している為、種々の弊害を身体に及ぼしている。髪、瞳孔、皮膚などの色素欠乏、光毒性の物質が皮膚に沈着する為に起こる陽下での皮膚障害、歯肉が後退することによる犬歯の露出、紫がかった尿等がそれだ。これは、一般の医学では未だ証明出来ぬことなのだが――……聞いているのかセインティア」

「えっ? あっ、うん、もちろんっ……!」

 ふいに問われて、リリスは遠のいていた意識を何とか繋ぎ止める。ハッとして笑顔を浮かべる――が、その引きつった作り笑顔には微塵も余裕は感じられない。

 そんなリリスの様子に、ファウストはやれやれと嘆息する。

「まったく……お前が説明しろと言うから説明してやっているのだろう。聞く気がないならば切り上げるぞ」

「き、聞く気がないなんて失礼ねっ、ちゃんと聞いてたわよ! ……いちおうは」

「ほう? ならば私の言ったことをもう一度復唱してみたまえ」

 ファウストのそんな意地悪な言葉に、リリスは瞬間「うっ」と言葉に詰まって、

「……イザーク君に尿の色を聞いた理由は分かりました」

 それがリリスの精一杯だったわけだが。

 やれやれ、と息をついて、ファウストは続けた。

「……とにかく、イザークの身体異常が病因性のものであるのは揺るぎない。身体的特徴が、必ずしも『人外のモノ』(アウトサイダー)を定義する決定的な要因ではないのだよ」

「でも、それを言ったところでみんなは納得しないのよね」

 困ったように苦笑しつつ、言葉を継ぐリリス。

 ファウストも頷いて、

「そう言うことだ。我々は、此度の事件がイザークとは無関係であることを早急に証明し――「本当の仕事」を、片付けねばならん」

「で、この森の奥にあるってわけね? ――私たちの「片付けるべきモノ」が」

 夜闇に沈む森の奥を覗き込むようにして、リリス。

「うむ……イザークの言に依ればな」

 そんなファウストの言葉に、リリスは眉根を寄せて小首を傾げた。

「それなんだけど……いったいどう言うことなの? 私のような『聖徒』でも、貴方のような「魔術師」でもないのに、「それ」を、『魔力』を察する異能を持っている。……私自身としてはともかく――一般的な教会の立場として見るなら、イザーク君のそれは、異端として糾弾されても文句を言えないものよ?」

「確かに、教会にしたら異端だろうな」

 僅かばかり肩を竦めて、ファウストは苦笑した。

「イザークの持つような異能は、『魔力』を拠りどころとする『魔術』とも、『聖霊力』を拠りどころとする『奇蹟』とも、始まりを異にする力だ。私を含め、多くの「魔術師」や「錬金術師」は、それを「ヒトがエデンを追放される以前に持ち得た神なる力」だと解釈しているが――神に剥奪されたはずの力を操るのだから、異端とするのも間違いではないな」

 少しばかり皮肉気に微笑みつつ、ファウストは続けた。

「ただな、剥奪されたはずの力ゆえか、万能と言うわけにもいかないものでな。手足と同様にその力は当たり前に存在しながら、それを正確に理解し活用するには相応の思索と訓練が必要なのだ。イザークも、幼い頃は自身の能力を自覚していなかったようだしな」

 ふむ、と頷いてから、リリスは問うた。

「イザーク君の能力って、確か「人の死を言い当てる」ってことだったわよね。具体的にはどんなものなの?」

「繰り返しになるが、彼らのような『能力者』――『原初の家族』(アダムス・ファミリー)は、万能ではない。その能力は不安定で、難解で、とても抽象的なものなのだ。イザークの場合は、「血の薫り」に象徴化されている。その「薫り」の強さによって距離を、方角によって場所を、善し悪しによって「死」の種別を認識しているようだ。……どれほどの遠方までその能力が及ぶのかは定かでないが――おそらくは」

「……そう。こんな遠くからでも、「あの惨劇」を感じ取ってしまっていたのね」

 複雑な想いで、リリスは漏らす。

 瞬間。

 ふと、異質な光景が眼前に現れた。巨大な木の根が跨ぐその下に、大きく地面が窪む場所。覗き込めば、先の見えない暗黒が地面を潜るように続いていた。

「……洞窟だな」

「……洞窟ね」

 何も語らずとも、それだけで意志が通じていた。二人は互いを見ることもなく、眼前に口を開けた終わりの見えない闇の中へと歩を進めた。


 ――半月ほど前のことである。

 近隣の村々で、一夜にして村人全てが消失すると言う事件が起きた。

 しかし、その重大性にも拘わらず、多くのヒトビトはその事件の真相を識らない。

 それを識る者があるとすれば――例えば、彼らのような。

「……流石にここまで踏み込めば、嫌でも屍臭が薫ってくるな」

「ええ……あの時と同じ、気の滅入る臭いだわ」

 頼りないランプの灯りを道しるべに、『狩人』たちは暗闇を進む。

「やっぱり……間違いないわね」

 噛み締めるように、リリスは呟いた。

 先行するファウストも、静かに頷く。

「ああ。この闇の先に、我々の追うモノがある」

「ええ。……最初は、信じられなかったけれど」

 自嘲的に、リリスは肩を竦めた。

「まあ、そうだろうな。通常「眷属」と言うモノは、「主」が斃れれば後に続くものであるし、「主」のくびきに逆らえるモノでもない。そう考えるのが自然なことだ」

「でも、そうじゃなかったわけね」

 やれやれ、とリリスは嘆息する。

「ああ――何ごとにも、例外というモノはあるさ」

 当然のように発されたそんな言葉に、リリスは苦笑した。

「そうね、例えば貴方みたいな――」

 言い掛けた、その時だった。

 ――横合いの闇の中で、紅い何かが閃いた。

 腰に下げた金十字の短剣を咄嗟に抜くことが出来たのは、彼女の持って生まれた『狩人』としての勘と、類い希な戦闘センスゆえ。

 しかし、それを誇れるほどの余裕もなかった。


 ――ガギンッ!


「きゃあっ!?」

 剣戟にも似た乾いた音が、確かな質量を以てリリスの腕を痺れさせる。

 弾き飛ばされそうになった華奢な体を、黒い外套がふわりと支えた。

 見れば、洞窟の壁面に、子供の背丈ほどの窪みがある。おそらくは、そこでじっと身を潜めていたのだろう――「それ」は。

 闇の中に、矮躯が一つ。……いや、「それ」はけして矮躯なのではない。老人のように折り畳まれた腰と、四足歩行の獣の如く地表に蹲るその姿勢が、そう見せているに過ぎない。その四肢と背格好を見る限りは、極平均的な成人の姿だと言えた。

 ――果たして「それ」が、「ヒト」であるのなら。

 「それ」はもう、人間ではなかった。獣の如く発達した犬歯、そして鍵爪。ボロボロの衣服と、血と泥と溶けかけた肉片にまみれたその姿。頭髪は所々腐敗した頭皮と共に剥がれ落ち、眼孔から飛び出した瞳のない眼球は黄白色に濁っていた。

 それは生ける屍。己の肉が完全に朽ち果てるまで、ただ無様に屍肉を漁って在り続けるしかない、哀れな屍。『魔』に操られ、本能のみに突き動かされる創られた『魔獣ケモノ』。

 ――消えた村人たちの、成れの果て。

「『屍食鬼グール』……! 待ち伏せなんて、味な真似してくれるじゃないっ……!」

 状況を把握すると、慌てて体制を整えつつリリスは歯噛みした。

「怖じ気付いたなら、代わってやっても良いが?」

 どこかからかうような、試すような声。

「冗談」

 鼻で笑って、リリスはずいと一歩、闇の中に身を乗り出す。

「これは私の仕事。そうそう、貴方に泣き付いてはいられないんだからっ」

 吐き捨てるように言うと、リリスは短剣を握る手に力を込めた。

「……では、お手並み拝見といこうか」

 そんな言葉に答えるように、白銀に閃く抜き身の短剣を屍食鬼へと向けながら、黄金色の聖女は唱えるように言った。

「父と子と精霊の御名に於いてセインティアが告げる! 黄金こがねに輝く我が天国(ペテロ)の鍵を以て――汝を今、在るがべき場所に……!」


                † † † † †


 粗末な木のテーブルの上に、蝋燭の炎が頼りなげに揺れていた。

 光源は小さなその炎ただ一つだけ。

 暗黒よりも尚暗いその闇の中に、密談する幾つかの影が在った。

「なぜだ」

「…………」

「なぜ――あの化け物は生きているんだっ……!」

 激高が、炎を揺らした。

「……そうだな。『聖徒』が村に来ると言うから、期待していたが」

「お前、「あれ」の家の戸口の影で聞き耳を立てていたろう。何か言っていなかったのか」

「……「あれ」を、手に掛ける気はないそうだ」

「何だと?」

「あれは紛れもないヒトの子だ、だとよ。お笑いだぜ」

「馬鹿なことを。あのガキが化け物なのは素人目にも明らかだってのに」

「……もうこうなったら、俺たちの手で始末を付けるしか」

「いや、そうは言っても『聖徒』様の言葉を蔑ろにするってのは」

「そうだ、それに化け物とは言え……まだ子供だぞ」

 闇の中紡がれる言葉たちは、ほとんどが冷静さを欠いた感情的なものだったが、それでも不気味なほどの静けさを湛えているようだった。

 だが。

「何を悠長なことをっ!」

 ふいに響いた怒号は、室内を支配する静けさを瞬間的に霧散させた。

「お前たちは何も失っていないからそんなことが言えるんだ! 俺はあの化け物に、女房を殺されたんだぞ!?」

 そんな言葉に、誰もが口を噤んだ。

「もし……もしあいつらが、昼間のうちにあの化け物を殺してくれていたら、今夜俺の女房が死ぬこともなかったんだっ……!」

「いや……しかし……奥方はずっと以前から病気で……」

 短絡的な思考に、僅かな理性が咎める者もいたのか、そんな声が挙がった。

 が、一度吹き出した理不尽な怒りは、そんな忠告では揺らがない。

「そんなもの、あの化け物が呪いをかけたに決まっている! おい、お前だって何年も前に息子を殺されただろう!」

「それは……確かに息子の死を言い当てたのは「あれ」だが……」

「しかし、仮にそうだったとして、「あれ」にそんなことをする動機があったのか?」

「――化け物がヒトを殺すのに、理由などあるはずがないだろうっ!」

 その言葉が決定的だった。

「……そうかも……知れないな」

「確かに、動機など考える方が馬鹿げている……」

「やはり、この半月に消えた奴らも、「あれ」が……」

 やがてそんな言葉が、口々に語られ始めた。

 そんな言葉たちに満足したのか、怒号を上げた影は僅かばかり声を落とした。

「……村の衆を広場に集めるんだ。火刑台を作ろう。大丈夫、必要な物は揃えてある。……いいな? 俺たちみんなの手で――化け物から、村を守るんだ」

 そうして。

 幼き命を刈り取るべく、狂気の闇(ヴァンパイア)は行動を開始した。




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