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中(前編) 〜知らぬが仏〜

この作品は心霊スポットへの立ち入りを推奨するものではありません

事務所の中は思ったより広く、中央には職員室にありそうな机が4つ…そのうち2つは物置にされているようでぐちゃぐちゃだ。


窓際には大量のファイルが入った棚やシンク…他には電子レンジや冷蔵庫、コーヒーメーカーまで置いてある…その気になれば住めそうだ。


そして、正面に一際大きな机と一人の女性が…


「来たか」


女性は大きな椅子から立ち上がり、私たちの方に歩いてくる…


その仕草、表情、声からはかなりの貫禄が感じられるが…


「お前、糸方よりちっちゃいんだな」


その体格や顔つきはまるで中学生の少女のようであった。


「お前たちがでかすぎるだけだ。そんなことより…」


女性はそれ以上お母さんには何も言わず、小さな手を私に差し出した。


さすが…中学時代からの知り合いとあって、私よりお母さんの扱いに慣れている…


「はじめまして。糸吉(しゆう)から聞いているとは思うが…株式会社ゴースイーパーの代表取締役、矛木(ほこぎ) 欠輪(かりん)だ。君が糸方だね?」

「は、はい…!田心 糸方と申します」


欠輪さんの手は握ってみると見た目以上に小さく、握りつぶしちゃうんじゃないかと心配になるほどだった。


「早速本題だが…君は幽霊を信じているか?」

「えっ…とぉ………」


なんとなく聞かれる気はしていた。


もちろん全く信じてないんだけど……霊域清掃って名乗ってるぐらいだから、多分この人は信じてるんだよね…?


「私の娘にそれは愚問じゃない?信じるも何も見えないんだからさ」


思わぬ助け舟……でも、それってどういう意味?


「まあそうだな。じゃあ、一から説明した方が良いのか」

「その為に来たからね」


欠輪さんは「そうか…」と呟くと、地面を指さして私に尋ねた。


「この下の階…なんか変じゃなかったか?」

「え………なんか、真っ黒で……」


「ああ、そうだ。実はあそこはひとつの霊域…心霊スポットなんだよ」


……え?


それを聞いた途端、私は足元に何かが絡みついたような感覚に陥った。


「元々は小さな中華料理店だったが、爆発事故で店員と客の合わせて7人が死亡……壁も地面も焦げて中は真っ黒。だが、時々チャーハンの香りとか、客や店員の話し声が聞こえるんだ。君は聞こえなかったみたいだけど、私は今でも聞こえているよ」


まるで嘘みたいな話だが…


「だからさっきお母さんは…」


その時、突然背後から物音がした。


私はビクッと体を震わせ、咄嗟に振り返る。


「なっ………」


磨りガラスの向こうで黒い人影が揺れており…ドアがガタガタと音を立てている。


「連れてきちゃったんじゃない?」


お母さんはニヤニヤしながら、私にだけ聞こえるように囁く。


「だから言ったのに」

「ちょっ……ちょっと、何とかしてよ……」


私は背中の毛が逆立つのを感じながら、お母さんの服を掴んで後ろに隠れる。


そんな中、欠輪さんは全く動じずにドアに近づく。


「な…なにして……」


そして、止める間もなくカチャリとドアノブを回した。




「もうほんとにくたばって欲しい」

「いやだって…糸方があまりにも可愛すぎて……たんまたんま!!死ぬ死ぬ!!」


私は息を切らしてずっと笑っているお母さんを、ヘッドロックで固めていた。


「えぇっと……な、なにかありました……?」


赤いセーターを萌え袖にしているメガネの女性は、おどおどと欠輪さんに尋ねる。


「いや、何にも。これは糸吉が全部悪い」

「はぁ……」


女性が首を傾げると、腰下まで伸びた長い黒髪がゆさっと揺れ動く。


「髪、めちゃくちゃ綺麗ですね」


私はお母さんを固めたまま、女性に話しかける。


「えっ、あ…ありがとうございます……あ、あなたも、綺麗に手入れされてますね……」


女性は顔のほとんどを萌え袖にした両手で隠しながら、消え入るような声で言った。


なんか…守ってあげたくなるってこういうことなんだろな…


「彼女は綿月(わたづき) (こころ)。大学生の頃からうちで働いてて、今年で正社員2年目。糸方の5歳上かな」

「よ、よろしくお願いします………。ええっと……いつまで絞めるんですか……?」

「よろしくお願いします。あと10分ぐらいは絞めます」

「えっ!?無理無理!!ほんとに死ぬ!!!」


意さんは暴れるお母さんを見てられないというように目を背けた。


「続きは家でやってくれ。今は仕事の話だ」


欠輪さんに言われて、私は仕方なくお母さんを解放する。


「あ〜ほんとに死ぬかと思った」

「えっと…どこまで話したかな……」


その時、突然ドアが勢いよく開いたかと思うと、小柄な影が母に飛びついた。


「糸吉〜!!!」

「ぐぇっ!」


情けない声を出してお母さんは仰向けに押し倒される。


お母さんに馬乗りになっていたのは、セーラー服の少女であった。


「あれ!?髪型変わってる!!せっかく糸吉に合わせようと思って伸ばしたのに……」

「えっ、まじで言ってる?」

「冗談冗談。それで…あなたが糸方ちゃん?」


少女は急にターゲットを私に変えると、ものすごい速さで急接近。


元気……若い………!!


「彼女は小天(こてん) 托実(たくみ)、今年で高校2年生になる」

「タメ口で良いよ〜」


なるほどぉ…陽だなぁ……


「そうだ。せっかくだから托実が糸方に色々教えてやってくれないか?」

「え?いいの?」


托実ちゃんはニヤリと笑って私を見上げる。


「じゃっ、托実先生の特別授業と行こうか」




「まず!!勘違いしないで欲しいのが、私たちの仕事は除霊ではないということ!!」


托実ちゃんは意さんから借りた…と言うより、半強制的奪ったメガネをかけて、「霊域清掃サービス」と書かれたホワイトボードを叩く。


「私たちの目的は除霊じゃなくて、霊域…つまり心霊スポットが、幽霊にとって過ごしやすい場所になるように掃除すること。例えば、肝試しに来る人が捨てたゴミを掃除したり、ラクガキ消したり、悪霊を落ち着かせたり、行方不明者を助けたり…」

「ちょっ、ちょっと待って!!最後の2つがなんかおかしかった!!」


悪霊…?行方不明…?それはもう掃除とかじゃないでしょ…


「心配しないで。糸方ちゃんは基本掃除とか物運びの力仕事だけしとけば良いし、あと糸方ちゃんは見た感じ霊感なさそうだし」

「そうだけど……」

「それに!!」


托実ちゃんはお母さんにコーヒーを渡している意さんを指す。


「意にかかればどんな悪霊も楽勝だから大丈夫!!」

「え………?わ、わたしですか……?」


意さんは萌え袖にした手で自身の顔を指さす。


「そう!社長ほどまでとは行かないけど、意もだいぶ凄いんだよ」

「へ〜」


こんなにおどおどしてるのに凄腕…良いギャップだなぁ……


「托実ちゃんは霊感あるの?」


私がふと尋ねると、一瞬だけ托実ちゃんの表情が曇った。


「う…うん。あるよ」


やばい…声色も曇った……

もしかして地雷だった………?


「托実は常人の数倍霊感が強い。10年以上この仕事をしてる私よりも強いぐらいだ。でも、霊感が強いってのは良いことばかりじゃないからな」


確かに自分の意思関係なく見えるのは嫌かも……全く想像は出来ないが。


「っていうか、そもそも糸方はお化け信じてるの?」

「そうだった。さっきはそこで話が終わってたんだったな」


私は托実ちゃんと欠輪さんに見つめられて言葉につまる。


やばい…


私はチラッとお母さんの方を見るが……お母さんはコーヒーに手をつけずに眠っていた。


絶対後で絞めてやる。


「えっと………なんて言うか…」

「あ、あの……」


その時、コーヒーを啜っていた意さんが躊躇いがちに声をあげた。


「どうした?」

「霊感がないなら…し、信じられないんじゃないですか……?」

「そうだった。さっきそこまで聞いてたんだった」


助かった……ありがとう意さん、ほんとに天使。


「それもそうだね。まあ、信じられないと思うけど、幽霊間違いなく存在してるよ。私たちは普段から見てるし…」


また、少しだけ毛が逆立った。


「でも、見えないなら、この仕事はだいぶ楽なんじゃない?ただの廃墟掃除だと思えばさ」

「えっ…それでもやっぱり心霊スポットってのは怖いですって…」


すると、なぜか托実ちゃんは不思議そうに首を傾げた。


「ここにもいっぱいいるのに?」

「1階の事ですか?いや…まあ怖いですけど……」

「違う違う、そうじゃなくてさ」


托実は突然真顔になったかと思うと、スっと私を指さす。

そして、ゆっくりと口を開いた。




「あなたのすぐ後ろとか」


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