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上 〜夕焼けなけりゃ新月はない〜

ふと思った。夕焼けってなんか私と似てるなって…


やっと輝けたと思ったのに、すぐに消えてしまう…それに比べてこの人は…


私は手元のスマートフォンに目を向ける。


画面には小説投稿サイトの作者ページが表示されていた。


特定のジャンル…特にファンタジー作品ばかりが注目されるWeb小説界隈で、人情小説のみを書き続けてあらゆる投稿サイトのランキングにその名を貼り付けている天才「お渦」の作者ページである。


私が中学1年生の時、総合ランキングを読み漁っていた時にたまたま読んだ、彼(もしくは彼女)の作品がきっかけで私はお渦のファンに…そして、本気で小説家を目指すようになった。


親に作品を見せて納得させ、芸術大学の文芸学科に入学して、コンテストにも何度か応募し…絶妙な心情描写が評価されていくつかの賞を獲得。


趣味で書いていたWeb小説も、お渦と比べたら劣るがかなり伸びていた。


これが、私の人生の全盛期だった。


そして、それは夕焼けのごとく一瞬で終わったのだ。


私は…父を亡くしたと同時に、執筆者としての才能も失くしてしまった…


今の私には書けない…考えられない……

あの時どうやって書いていたかも思い出せない…


そんな中、お渦の名前はまだランキングにがっちりと固定されている。


6年以上もの間、ずっとお渦は輝き続けている。


例えるなら…


「空そのもの…とか……?」

「なに黄昏てんの。晩御飯できたよ」

「うわっ!びっくりしたぁ…」


突然背中を叩いてきたのは、おさげの長身女性…母である。私が言うのもなんだが…見た目がだいぶ若い。


たまに姉妹と間違えられるぐらいだ。


「別に、黄昏てるわけじゃ…」

「いやいや、ベランダで夕焼け眺めて1人ボソッと呟いて…どっからどう見ても黄昏てるでしょ」


お母さんはゲラゲラ笑いながら、食卓に料理を並べている。


「唐揚げ…?なんで?」

「なんでってなによ」

「いやだって…」


唐揚げは私が1番好きなお母さんの手料理だが、「油飛んでくるの怖い」とか言って滅多に作ってくれない。


「まあ、気にしないで食べな」


お母さんはそう言うが、なにか裏があるような気がしてならない…


「わ…分かった。いただきます…」


私は椅子に座って手を合わせ、ベジファーストをいつも通り無視して唐揚げを1つ口に放り込む。


薄すぎず分厚すぎない衣に、しっかり味付けされた鶏肉…いつも通りの唐揚げだ。


でも…


「そっか、レモン要らないのか」


お母さんは唐揚げと同じ皿に添えられたレモンを見て言う。


いつもお父さんは唐揚げにレモンをかけていた…


私が怒ると分かっていながら、私の皿の唐揚げにも勝手にかけてきた。


「いや、私かける」


酸っぱいのは苦手だけど…


「お、珍しい。いっつも怒ってたのに」


お母さんが茶化してくるのを無視しながら、私はレモンをかけた唐揚げを口に放り込む。


せっかく温かかったのに冷たくなるし、衣もちょっと柔らかくなるし、肉の味減るし…ほんとに何のためにかけてるんだろ……


なんでだろ……お父さんにかけられた時より酸っぱい…いや、しょっぱい……?


「あははっ。泣くほど酸っぱかったの?まだちょっと緑っぽかったからかなぁ…」


お母さんもそう言いながら、レモンを唐揚げにかけて一口食べる。


「ほんと、何が良くてかけてんだか…聞いといたら良かったな…」


やめて……そんな事…言わないで……


「うっ……うぅぅ………」


勝手に声が漏れ出る…視界がぼやける……


「なぁに?そんなに酸っぱかった?それとも、涙で塩味増量?」

「ち……ちがうよぉ………」


食事中だと言うのに、いい歳しながらボロボロ涙を流す私を、お母さんは後ろから抱きしめた。


包み込むと言うより、同級生がちょっかい出す時みたいな抱きしめ方で…


「ごめん…ごはん中なのに………」

「いいよ、私たちだけなんだし。誰も迷惑しないから」


そういうお母さんの目はほんの少しだけ潤んでいた。


「やっぱり、あのレモン酸っぱすぎるなぁ」




「おさき〜」

「あいよ」


夕食後、風呂から出た私はまたベランダに出た。


秋の夜はかなり肌寒かった。


「今日新月らしいよ」


いつの間にか私の隣に立っていたお母さんは、夜空を見上げながら言う。


「そうなんだ」

「私、満月より新月派なんだよね」


出た、いつもの逆張り。


「珍し」

「いや、これは逆張りとかじゃないから。ほんとに新月派だから」


1人で必死になっているお母さんを見て、私は思わずクスッと笑ってしまった。


「何笑ってんのよ。そういう糸方(しほ)はどっち派?」

「三日月かな」

「あー。糸方らしいわ」


何この会話……


「何かやりたいこと見つかった?」

「え、急に何?」

「ふと気になってさ」


やりたいこと……


私は、一瞬言おうか戸惑ったが、その言葉を飲み込んで代わりに嘘を吐いた。


「なんにも。なんか探す気力も起きない。小説家ももう良いし…」

「ふーん。じゃあ大丈夫か…」


お母さんは不敵な笑みを浮かべて呟く。


「え、何が?」

「私の知り合いが会社経営してるんだけど、人手募集しててさ。糸方を雇いたいって言ってて」

「何の会社かによるなぁ」


私の言葉を聞いたお母さんは、待ってましたと言うようにスマートフォンを私に向ける。


「霊域清掃サービス:株式会社ゴースイーパー!!糸方が得意な力仕事だよぉ〜!」


画面には清掃会社っぽい無機質な感じと、ハロウィンみたいな可愛らしいお化けを、上手いこと融合させたデザインのホームページが表示されていた。


「えっ…なにこれ……」


霊域清掃……?


「あ、ちなみにこのお化けタップしたら手振ってくれるよ」


この人…ついに頭おかしくなった……?


「お母さんってお化け信じるタイプだっけ?」

「信じるも何も、実際いるからね。私は見えないけど」


やばい…ほんとに壊れちゃったみたい……助けてー!おとうさーん!!


「ま、怪しいのは分かるけど、別に私はふざけてないよ。中学時代からの友達が経営してる会社で、それなりに儲かってるし、なんなら警察とかと共同で作業する時もあったぐらいだし」


母は「これが証拠だ」と言わんばかりに、警察と背が低い1人の女性が2人並んで廃墟に向かって歩いている写真を見せつける。


「霊域清掃って何するの?」

「うーん…説明がだいぶ難しいなぁ」


母は少し考え込んだ後、口を開いた。


「明日ってどうせ暇だよね?」


どうせとか言うな。


「アポ取っとくから会いに行ってきなよ」

「え!?」


これまた急な……


「現役から直接話聞いた方が良いだろうし、なんならそのまま入社しちゃいなよ」

「えっ…でも……」

「ほらこれ、必要な書類とかもろもろまとめといたよ」


お母さんは封筒を私に押し付けると、私が声を出す隙すら与えずに風呂場に飛び込んで閉じこもった。


「まっ……」

「そうだ!!新月今日じゃなくて明日だったわ!」


母は顔をのぞかせてそれだけ言うと、再び風呂場に閉じこもる。


「最初からこうするつもりだったんだろな……」


完全に嵌められた私は、ため息混じりに笑うことしか出来なかった。




「到着〜!!」


次の日、お母さんの運転する車に乗って、家から10分ほどにある小さな雑居ビルに到着した。


周辺は低めのビルが立ち並ぶ大通りのような感じで、賑わってる感じはあまりしないが別に過疎も感じない。


そんなことより…


「こ、これ……?」


そこは、想像以上に古びた3階建てのビルで…ビルの外側には錆びた金属製の階段が取り付けられており、駐車場はビルの横に車が3台停められるスペースと、自転車やバイクが2台程度停められそうなスペースのみだ。


事務所は階段を上った先の2階にあるそうで…


その時、私はふと人の気配がない1階が目にとまった。


半開きのシャッターに中が全く見えないガラス戸…

これ…ガラスが黒いんじゃなくて…建物の中が黒い……?


もっと近付いて見ようとすると、突然母が私の腕を掴んだ。


「あんまり近づくなよ。引き込まれるから」

「え………」


どういうこと…?引き込まれる……?


「ほんとにここ大丈夫……?」

「もちろん。変なことしなければね」


お母さんは少し含みを持たせるような言い方をしながら、頼りない階段を上っていく。


「ほんとに行かないとだめ…?」

「だから大丈夫だって」


お母さんはいい歳してちっちゃい子みたいに震える私を無視し、これまた古びた銀色のドアをノックせずにガチャっと開けた。

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