第一話 弱すぎた謎
インターホンが鳴って、北島浩太は目を覚ました。そして腕時計を見やった。とっくに九時を回っていた。優雅な姿勢を崩して、ソファーから跳ね起きた。そしてすたすたと廊下を靴下で歩いた。ドアを開けると依頼人が立っていた。
男で、身長が高い割には痩せ細っていた。三十代半ばと思われるその男は、特徴的な丸みを帯びた三角と丸のメガネをかけていた。
依頼人は神様だ。北島は、その男に丁寧に接した。
男は、開口一番、名前を告げた。「僕は、山本卓郎と言います」
「山本、さん——ですか」昨夜、近く文房具屋に行って買い揃えてきたばかりの手帳に、ボールペンを取り出して書き込んだ。やはりこれも同じ文房具屋の売り物だった。そういえばあの文房具屋は子供たちでごった返していた。多分近くの団地の住民だろう。
手帳の1ページ目に汚い字で、今日の日付3月4日(火)と依頼人:山本さんと書き込んだ。そして慌てて『さん』の部分を二重線で消して、卓郎さん、と付け加えた。
明日、名字の同じ山本さんの、例えば花子さんが訪ねてくるやもわからないのだ。
「とにかく、依頼を……」まだ言い終わらないうちに山本卓郎さんは依頼を話し始めた。初めて、北島は足を組んだ。しかし、心の中まで悠然としているかというとそうではなかった。元々、初めて受ける依頼の時から足を組無ほどの推理力を、売れない小説家は持たないのである。