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第007話 パパ……?

「うっ、ぐ……魔力が、吸われてる――!」


(あるじ)! 下がってください!」


 めまいと息苦しさで思考が停止していた俺は成体へ変化(へんげ)したルッカに体当たりされて吹っ飛ばされる。


「うわっ! ルッカ――。あっ、息苦しさと、震えが消えた……?」


(あるじ)ぃ……生命の危機でしたので、申し訳ございません! 魔力の多い主ですが、吸収する量も半端なかったので……」


「いや、助かった……。そうか、あの感覚はルッカやカオナシに魔力供給していたときと同じ――」


 違和感の正体は分かったが、根こそぎ魔力を吸われる感覚はなんともいえなかった。いまでも火照る体を手であおぐ。


 幼体でお腹が空いているからって、あれだけ喰われるか?

 尻もちをついたまま自分の体に触れて確認すると、半分の魔力が失われたことに驚く。


 これは、思った以上に厄介者だぞ。


 体を起こして幼体を確認すると、俺の魔力を勝手に吸ったことで先ほどよりも(うごめ)いていた。


「まさか、触れてもいないのに魔力を奪われるなんてな……」


「魔力を自動吸収するあやかしなんて、見たことがありません! (あるじ)でなければ死んでいました」


「完全に協会に連れて行く案件だが、俺は運べないなぁ……」


 ルッカを見るが、背中に乗せるにも人の手で持ち上げる必要性がある。


 この森は、俺の拠点である町の森に続いていた。

 いくつもの貸しがあるイブリースに頼む手もある。


 考えている間も幼体は活発に動いているが、上下するだけで移動は出来ないようで助かった。


「イブリースを呼んで来るから、ルッカは幼体の見張りを頼めるか?」


(あるじ)ぃ……大量の魔力を失いましたが、お体に異変はありませんか?」


「少しだけ、怠いのと……頭がボーッとするくらいだな。大丈夫だ」


 強力な魔法を使っても、今までこんな感覚になったことがない。

 

 幼体に背を向けて一歩踏み出した途端、ぐにゃりと視界が揺れる感覚に片手で頭を押さえる。


 心配して見守ってくれていたルッカの体で足を支えられた。


(あるじ)! やはり、すぐに動くのは無理です。僕の背中に乗ってください。この幼体も、(あるじ)の良質で大量の魔力を飲んで酔っています」


「えっ……大量の魔力を吸収すると酔うのか?」


「はい! これなら三十分は動けません。カオナシのように何もありませんが、あの上下運動は小躍りしています……なんという()れ者でしょう」


 ルッカが悔しそうに怒っている。こいつも、俺の魔力を大量に吸いたいのだろうか……。

 可愛いルッカなら、死なない程度に与えてしまいそうで怖い。

 絶対に酔った姿も可愛いはず。


 そんなことを考えている間に、成体から大人二人は乗れる姿になった巨大なルッカへ目を見開いた。

 犬のように伏せるルッカに軽く跨がって、柔らかい毛並みに思わず身体を密着させる。


「はぁ……癒やされる。こんなにモフモフで可愛い相棒がいる魔導士は俺だけだな。自慢したい……」


「僕も全身で(あるじ)を癒せて、この上なく幸せ者です! それでは、掴まっていてください。良鬼(リョウキ)のもとに向かいます」


 上から横目で幼体を確認して、上下運動をする姿に顔が引きつった。

 俺の魔力は相当美味しかったらしい……。



 隣の森まで駆けて行き、イブリースを連れて戻ると最初に見たときよりも大きくなっている気がする幼体に眉を寄せる。


 見た目に対してなんの感覚もない様子のイブリースは普通に近付いていき物珍しそうに長い爪で突いていた。


「これが、幼体? アタシも生まれて初めて見たけど、幼体とか実在してるのね」


「あやかしも、最初は人間みたいに赤子じゃないのか?」


(あるじ)ぃ……八割のあやかしは、成体に近い状態で生まれます。上位存在だけが、脱皮のように一度だけ変質すると言われています」


 ルッカの上から降りて離れた位置からイブリースを眺めていると、不機嫌そうな顔が近付いてくる。

 会ったときも散々言われたが、まだ言い足りないのか……。


「だ・か・ら! あやかしと自分を同列で見るなって言ったでしょ!? アンタは、人間! 混血だろうと関係ない。妖力がない人間は脆いんだから!!」


 胸ぐらを掴む勢いで怒鳴るイブリースに思わず耳を押さえる。


 これに対してルッカの反論は無い。ルッカは心配するだけで怒らないから、イブリースの言葉は胸に刺さる。


 大きな声で幼体も酔いから覚めたのか、横に伸びる動作から上下に(うごめ)いた瞬間、眩しい光が周囲を(おお)いつくした。


「なっ……! 眩しくて、何も見えない――」


(あるじ)! 僕の背後に!」


「もー! なんなのよ!!」


 巨大化したままのルッカに包まれるように光から隠されると目を開ける。

 眩しさで視点の合わない目を細めて、光が収まるのを待っているとイブリースの驚く声が木霊した。


「ちょっ……嘘でしょ!?」


「イブリース、何があった――」


 光が収まってようやくルッカの背後から身を乗り出して、幼体がいた場所に顔を向けて目を見張る。


 ネバネバして焦げたパンのような色をしていた幼体は姿を消し、代わりに腰まで伸びた薄ピンクの髪に、大きな二重の瞳をした見た目六歳くらいの幼女が立っていた。


 もちろん服は着ていない。


 思考が停止する俺に気付いた幼女が駆け寄ってくるのをイブリースが抱き留める姿で我に返る。


「ノワールの側には寄っちゃ駄目! 魔力を吸っちゃうから」


「――パパぁ?」


「パパ……(あるじ)のことですか? パパとは、確か……人間でいう男の親のことですよね? 違います! (あるじ)には、あやかしの子供などいません!」


 イブリースに止められて聞き分け良く立ち止まる姿の幼女から発せられる言葉に、再び俺の思考が停止した。


 大量の魔力を吸ったことからの、パパ(・・)って――。いや、人型に成長した要因だから。


「――そもそも、見た目が人間(・・)にしか見えないんだが……」


「確実に、上位存在ね……。しかも、アタシなんか比べ物にならない……"王候補へなりうる存在"」


(あるじ)ぃ……。これは、カマカゼを退治した以上に、勘ぐられる可能性があるのではないでしょうか」


 さっき食べた美味しい料理が口から出そうなくらい胃が痛い……。



 色んな疲れから、少し離れた場所でルッカを枕にして横になる俺を上から覗き込むイブリースに上半身を起こす。

 あやかしで子供とはいえ、異性であることに変わりはないため、身体検査をイブリースに任せていたからだ。


 イブリースの表情からは精神的な疲労感が見える。

 問題の幼体から幼女に変わった厄介者のあやかしは、自分がいた場所で横になって静かにしていた。


「――問題が、上乗せされたな……。イブリース、悪いんだけど――」


「協会まで着いて来て欲しいんでしょ! こんな状態で、行かないなんて言えないじゃない……。全身見たけど、アタシみたいなあやかしの部位はなかったわ」


「助かる。これで貸し借りゼロだな?」


 文句がありそうな顔に笑顔で誤魔化すが、却って気に触れたようで二度目の蹴りを脇腹に入れられる。


(あるじ)ぃ!? この小娘!! 一度ならず、二度までも! 他に使える者がいたら、この場で始末しているのに!」


「フン! やれるものならやってみなさい! 人型へ変身出来ない子狐に負けるわけないでしょ」


 弱っていたこともあって脇腹を押さえて横たわる俺に、ルッカが毛を逆立ててイブリースに吠えた。


「うぐっ――お前たち……幼体が反応するから、もう少し静かにやってくれ」


(あるじ)ぃ……優しすぎます! 生意気な小娘を、もう一度実力でねじ伏せましょう」


「今回は命の危険があったんだから、蹴られて当然でしょ。人間は脆いから、ちゃんと手加減してあげてるしね」


 イブリースの怪力なら、最悪体の骨が……なんてこともある。

 脇腹は痛むが、こいつなりの優しさだと受け止めることにした。


 このまま朝を迎えるわけにはいかないため、幼女はイブリースに抱えてもらい施設へ運ぶ。


「さてと、どうするか……。大体、大人一人分くらいの距離で、魔力が自動吸収されることは分かったわけだが……」


「この幼体は良鬼(リョウキ)と僕が一階で監視していますので、(あるじ)は二階で就寝してください」


「あやかしは寝る必要もないから問題ないわよ。それより、失った魔力を回復するために寝なさい」


 強制的に魔力を回復する魔法薬はあるが、体に負担がかかるため緊急時のみで基本は寝て回復していた。

 その点、あやかしは妖力を失っても時間の経過で回復するらしく羨ましい。


「それじゃあ、お言葉に甘えて。明日、早朝に向かおうと思うから宜しくな? イブリース」


「分かったわよ! 顔色が悪い姿を見せたら、承知しないからね」


(あるじ)ぃ、お休みなさい」


 そんなに顔色が悪くみえるのか? まだ、魔力は半分もあるぞ。


 二人に促されるまま二階へ上がって、直ぐに扉のない自室のベッドへ寝転がる。


「ふっ……本当に、何もない部屋だよなぁ。いつか、仮住まいじゃない場所で、ルッカと平穏に暮らせるといいんだけど」


 小さな棚の中にあやかし関連の文献(ぶんけん)と資料、協会から貰った冊子などがあるだけで、他にはベッドと折りたたみ式の丸テーブル、椅子しかない殺風景な部屋に思わず笑いが込み上げた。


 幼体に会う前も寝たはずなのに、ベッドへ横になったことで次第に瞼が重くなる。

 明日も早いからと、寝る言い訳を自分にしてそのまま意識を手放した。

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