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第006話 幼体の危険性は一つじゃない

 昼食を終えてすぐ、隣町についた俺達は怪狸(カイリ)のいう森へ向かう前に、話を聞くことにする。


 空を見上げると、先ほどよりも黒くなった雲は、いつ雨が降ってもおかしくないほどだった。


「あっ……。降ってきたなー。この状態で森には入れないし、様子見しようか」


(あるじ)ぃ……。この雨、直ぐには止まない気がします。なので、宿を取りましょう」


「ああ。偶発的かと思ったが、この町に来て俺も分かった。雨に微力な妖気が混じってるなぁ」


 森にいると噂される幼体のあやかしだった場合、相当な厄介者ということになる。


 ルッカの提案を採用した俺は、町に一軒だけある宿屋に向かった。

 魔法はこういうときも便利なもので、雨除けの結界を張ったため濡れることはない。


 赤い屋根の二階建てが見えてくると、町中はシーンと静まり返っていた。

 町へ入ったときに外を歩いていた住人も、家の中に入ってしまったらしい。


 ほんのり夕焼け色に染まる宿の(あか)りに、両開きの扉から入ってすぐ、綺麗な鈴の音で店主が顔を覗かせる。


「いらっしゃい! お客さん、急な雨だったけど……そのローブ、協会の人か」


「ああ。こんなところまで王国の魔導士は来ないからな? 一部屋お願いしたい」


「あいよ! 二階の一号室を使ってくれ。料金は悪いが前払いで頼むよ」


 協会支給のローブは一般人でも見た目で判断出来るためもあって、全員同じだった。

 だから、魔導師と間違えることはない。


 一日分の料金を支払ってから鍵を受け取って二階に上がる。

 朝と夜は食事もつけられるとのことで、当然外に出るつもりはなかったためお願いした。


 隣町だけあって内部については熟知していたが、宿に泊まるのは初めてで、首を動かすことなく目線だけで周りを確認する。


「――宿に泊まっている人間は、一組だけらしいな。まぁ、こんな辺境に来るのは行商人くらいか」


(あるじ)ぃ……。辺境といっても、拠点としている町はそれなりに大きいですし、誰かしら来られるのでは?」


「まぁな。でも、王国の関係者は確実に来ないだろうなぁ」


 俺と似た思想を持つ中立派の協会がある国は、王国自体もあやかしに対して中立を主張していた。

 そもそも現国王はあやかしに興味がなく、どちらにも肩入れしない意味合いが強いだろう。


 だからなんでも受け身で頼りないと陰で囁かれていた。


「施設はあやかししか来ないから、数日空けても問題はないだろうけど……金の問題があるな」


「最近、これといった仕事がなかったおかげで減給されましたしね……」


「無所属の痛いところだよなぁ。まぁ、この瞳がバレても困るし仕方ないか」


 鍵を開け入ってすぐ、内部の音を遮断する魔法を掛ける。施錠した俺は、黄昏(たそがれ)色の眼鏡をサイドテーブルに置いた。

 雨粒が当たる窓に視線を向け、暗い部屋でも分かる金色の瞳に眉を寄せる。


 しかも、CROWN(クラウン)が亡くなって異変があったあの日から、少しだけ輝いているようにみえた。

 ルッカ(いわ)く、未だに妖気は感じないということで一先ずは安心している。


 ただ代わりに、この瞳はあやかしを引きつける可能性があるといわれ、頭痛の種が一つ増えた。


「本当に美しいです。僕のような()……相棒でなくては、魅了されてしまいますよ」


「亡くなったCROWN(クラウン)は、どうだったんだろうな……」


「主は"混血"でも、人間側なので……魔力を狙われますし、王の子供だと知れたら身体を奪う目的で狙う輩もいます。ですが、主の魔法は最強です! それに僕がお守りします」


 つまり、餌である人間だから無駄に狙われるわけか。

 そんなことよりも、俺を守ってくれようとするルッカは世界一可愛い。


 考えることが山積みで、疲れから欠伸が出るとルッカに促されるままベッドへ横になる。

 ふかふかで程よい弾力に、俺の寝ているベッドより質が良いかもしれない。


「だんだんと眠くなってくるな……」


(あるじ)はお休みください。僕が見張っていますから!」


「ああ……有り難う。いつも、頼りにしている……相棒」


 顔の横で座るルッカに、瞼が重くなってくる中、モフモフの毛を撫でながら俺は意識を飛ばす。


「"ノワール様"……(しば)しの休息を――」



 扉を叩く音で薄く目を開けた。何時間寝ていたか分からないが、顔の横にいたルッカの姿は扉の前に移動している。

 いつの間にか止んでいる雨に、外の暗さから夕食の時間だと気付いた俺は、体を伸ばして起き上がった。


(あるじ)ぃ! おはようございます。この気配からして、店主に間違いありません」


「ああ、おはよう? は、なんか変だけど。寝たらお腹が空いたから有り難い」


 尻尾を揺らす姿に起きてすぐ顔が緩む。ルッカと会話をするために、音を遮断する魔法を掛けたことで、内部の音は外部には聞こえない。


 軽く寝癖を直してから、扉を開けてすぐにお腹を鳴らす香ばしい匂いが鼻を刺激する。

 体格が良い店主の太い腕には、湯気が立ち上り宝石のように輝いてみえる美味しそうな料理がトレイの上に乗っていた。


「あっ、有難うございます。美味しそうです」


「おう! 新鮮さが売りの飯を提供しているからな。熱いうちに食ってくれ」


「はい。いただきます」


 トレイを受け取って中くらいのテーブルに置いて直ぐに椅子へ座る。

 ルッカは定位置である膝の上に乗ると丸くなった。


 野菜を凝縮(ぎょうしゅく)したようなスープに、焼目も美味しそうな鳥肉の塊。白いパンが二つ。


 白いパンは、旅人の必需品と呼ばれる黒パンより柔らかくて甘いから好きだ。


 肉に染み込む香辛料の匂いに自然と息が漏れる。食事の前の挨拶を済ませてから、先ずはスープに口をつけた。


「んっ……! 美味(おいし)い。ちゃんとした食事とか、何年ぶりだ?」


(あるじ)ぃ……。もう少し、食事に気を使ってください。人間は食べることと、寝ることが大事です」


「まぁな。あやかしは人間みたいな食事もいらないし、睡眠も不要な部分は羨ましい。その分、大変な部分もあるけど」


 あやかしは人間の魔力しか栄養にならない。大変だろうけど、金には困らなくて羨ましくもある。


 だから、たまに人里に行っては様々な方法で人間から魔力を供給しているらしい。


 いつもより疲れるなんて思ったときは、あやかしから魔力を奪われているのかもな? なんて。


 下位のあやかし共は、人里なんて行けないから主に家畜や人間以外の動物から魔力を得ているらしい。


 実は、カオナシが週一で俺を尋ねるのは魔力供給の理由もあった。

 万一俺が居なくなったらのことは、カオナシと仲良くしているヒガクレに頼んでいる。


(あるじ)の良質な魔力を頂けるのは僕の特権だったんですけどね」


「まぁ、俺は魔力も普通の人間よりは多いから。少しくらいは問題ない」


「普通の人間よりは、じゃないです! その点でも、(あるじ)は世界一です」


 本当に可愛いことをいってくれる相棒を撫で回した。


 鶏肉を切り分けて口に入れると、舌から伝わる味に顔が緩む。反対の手ではルッカの柔らかい毛を撫でていた。


 問題は山積みだが、食事をする時間が一番幸せでホッとする。

 いつもは、パンと果実水だけだからな……質素だ。


 直ぐに平らげてしまった皿を眺めながら腹部を擦る。

 そろそろ子供は寝静まる頃合いだろうか。


「さてと、雨も止んだわけだし、元凶を探しに行くか」


「はい! 二つの仕事を早く済ませて、まったりしましょう」


「うーん……一つは報告だけだけどなぁ。頭が痛い」


 一泊する予定を切り上げて店主に礼を口にしてから俺達は森に向かう。



 雨で濡れた地面を歩いていくと、森に入って直ぐに分かった。

 襟巻きになっていたルッカも地面に降りる。


(あるじ)、とても濃い妖気を感じます」


「ああ。これが幼体なら、王候補に入ってもおかしくないんじゃないか?」


「僕は(あるじ)以外認めませんけどね! (あるじ)絶対主義です」


 可愛いルッカには申し訳ないが、俺はCROWN(クラウン)になんてなるつもりはないぞ。

 中立ではあるが、俺は人間の味方でいたい。例え差別されても、どちらにも居場所がないだけだ。


 少し進んだ先に開けた場所が見えてくる。すぐに草葉の上で動く小さな黒い物体に気付いて思考が停止した。


「――幼体なんて、初めて見たが……。本当に"アレ"は、あやかしなのか?」


「間違いありません! あの幼体から、禍々(まがまが)しいほどの妖力も感じます」


 見た目はなんというか、ネバネバしていそうで、焦げたパンのような色で、カオナシみたいに何もないぞ。


「心臓にあたる(かく)は……黒くて視えないな」


「先ずは僕が様子を見ます! (あるじ)はそこにいてください」


 可愛いルッカを先に行かせるのは忍びないが、相棒を無下には出来ないから仕方なく見守る。


 あやかしの幼体に近づいたルッカは、器用に前足で触れた。

 すると、プルプルと反応を示したように(うごめ)く姿に背筋が寒くなる。


 これは見た目のせいで、別に気色悪いとか偏見じゃない。


「何も起きませんね……。でも、なんの幼体か不明なので、油断はしないでください!」


「ああ、分かった。でも、幼体相手だと魔法が使いづらいな」


 ルッカがいる側まで歩いて行ってすぐ、体の異変に気付いて立ち止まる。


 急に視界が揺れたかと思うと襲ってくる動悸に、思わず胸を鷲掴みにした。

 左右へ揺れる体を、どうにか足に体重をかけて踏ん張る。

 体内を掻き回されるような感覚に、俺の体は小刻みに震えだした。

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