第005話 情報屋のあやかし
次の日、俺達は有益な情報を求めて久しぶりに街の中を歩いている。
二年もいたら顔は知られていて、ヒソヒソと呟く声が耳に届くほど避けられていた。
もちろんルッカ以外のあやかしはいない。ルッカも襟巻きと化していて、ただの人間には分からないだろう。
いつもの光景を眺めて、今日の目的である一軒の倉庫にしか見えない施設の前で足を止めた。
「さてと、この時間にいるかねぇ?」
「妖気は感じますね。でも、人間の気配も感られます」
中から人の声が聞こえ、最低でも二人いることが分かり、一歩下がって待つことにする。
「それじゃあ、数件先の家に荷物を届けてくるよ。……あっ」
急に開かれた扉から出てきたのは、目的のあやかしである"怪狸"だった。
怪狸も俺の姿を見て直ぐに理解したようで動きを止める。
それに気付いた様子で、背後から顔を出す人間の女性に、俺は疑われないよう笑顔を向けた。
「えっと……もしかしなくても、貴方。あやかし専門協会の人よね?」
「ええ。ちょっと買い物に来まして、見て回っていたところに扉が開いたので」
「そ、そうだったんだぁ! それじゃあ、ボクは荷物を届けてくるよ」
目配せされた俺は怪狸を見送ってから、女性に怪しまれないように挨拶をしてから別の方向へ歩いて行く。
町はそれなりに広く、家は密集しているわけじゃないため少し歩いてから反対側に回った。
怪狸も荷物を届けてきた様子で手ぶらのまま合流する。
そのまま人目を避けるべく、怪狸が住む一軒屋に向かった。
「悪かったなぁ? 怪しまれてないか?」
「あっ、ハイ! 昼食を食べると言って、別れました。それで、ボクに何用でしょう?」
「色々と情報が欲しいんだ。お前も知っての通り、最近の特大情報になる、あやかしの王が亡くなったことで近隣に異常はないか……」
あやかしの王という言葉で、酷く動揺する姿をみて首を傾げる俺に、襟巻きになっていたルッカが飛び降りる。
「主ぃ……。怪狸達は、人間との共存を体現していた現王を崇拝していましたから」
いわれてみると亡くなったあやかしの王が治めてから、あやかしによる人間の死亡率が減っていた。
あやかしの王が人間の母を好きになって、子供を作ったのも分かる気がする。
「悪い。配慮に欠けていたな」
「いえ! 協会の人間であるノワールさんなら当然です。現に、中立協会側にはすでに話をしたんで」
「そうだった。中立協会の様子も知りたかったんだ。知っている範囲で教えてくれるか?」
CROWNが亡くなったことで近隣に異変はないらしい。
ただ、俺たちが遭遇したカマカゼについては知っていたようで、中立協会から近々討伐にあたって部隊が編成される予定だったと聞いた俺は思わず顔を強張らせる。
立ち話もなんだからと中に招かれるまま、近くのソファーに腰を下ろした。万一バレたときを考えて最低限の物しかない殺風景な部屋を眺める。
俺の住んでいる部屋と物の数は大差ないな。
「主ぃ……。どうします? 討伐しちゃいましたけど……」
「えっ!? カマカゼ、討伐しちゃったんですかっ! さすが、ノワールさん」
「あー……うん。それで、これは報告が必要な案件になった……面倒くさい」
頭を抱える俺に冷たいお茶を出してくれる怪狸に礼を口にする。
混血のため協会とは極力関わらないようにしてきた。まして、亡くなったあやかしの王の子供かもしれないと分かった以上、さらに関わりは薄くしたい。
協会の人間としては避けられない現状にため息が出る。
そんな俺を慰めるようにモフモフの頭を寄せてくるルッカを撫でて癒された。
「他には、変わったこととかないか? 中立協会側で」
俺が腰を下ろしている町は、あやかし専門協会の中で中立側にあたる。無所属ではあるが、俺が転々としているのは主に中立側だった。
俺の考え方は中立寄りだからと、万一バレても逃げ道があると考えている。
「うーん……あっ。変わったことはないですけど、あやかしの王が亡くなったことで、ゴタゴタはしていたのと……。そろそろ"聖女"が出現するんじゃないかって言ってました」
「聖女ねぇ……文献であったあれか。初代のCROWNが亡くなったことで、次期王を決める争いに巻き込まれた人類の救世主として出現したっていう」
「主ぃ……。その次期王候補に否応なく選ばれていますので、聖女という人間にはお気を付けください……」
怪狸に気付かれないように小声で促してくるルッカに再び頭を抱えた。
「僕らがこうして人間の中で生活出来るのも、あやかし専門協会の中立側であるノワールさんたちのお陰ですから! なんでも聞いて下さい」
怪狸達が人間の中で生活出来るように配慮したのは、中立協会によるもの。
あやかしの情報を知る目的で、十数年前に作られた資格だ。
これは、中立協会だからこそと言えるかもしれない。
もちろん、反対側には抗議され、承諾を得るために対価として怪狸達は心臓を協会に渡している。
妖力を持つあやかしにだけ使える秘伝の魔法で、殺すことなく心臓だけを抜き取ることが出来た。
賢者の称号を持つ魔導士だけが使え、現在は中立側に一人だけいる。
「そうだ。"あいつ"はどうしてる?」
「あいつ……。あっ、ノワールさんの同期生でしたっけ? "シアンさん"なら、相変わらず元気そうでした」
「それなら、あいつを使って上の人間に言ってもらうか……」
俺と同じ時期に協会の人間になった同期生で五歳年下の男。"シアン・アスール"。体力馬鹿で頭も良くはないが、集中して体を鍛えていたら二十四時間経っていたと聞いて驚かされたのが懐かしい。
俺とは違って、頭が悪くてあやかしの良し悪しが分からないという理由で、中立側で働いている。
「あっ、そうだ。実は、こんな噂を聞きまして……。隣町の森で、"あやかしの幼体"が生まれたって」
「えっ……? おい、それを早く言ってくれ……」
「す、すみません。話をしていて思い出しました! あくまで噂なので。ただ、泣き声が聞こえるらしいんですけど。人間とも、家畜とかでもないって」
頭を抱える話題がゴロゴロ出てくるぞ……。
討伐編成の話は、猶予が一週間はあるずだ。先ずは、問題のあやかしの幼体を対処しよう。
事実なら、確実に協会に連れて行くことになるわけで、二回も顔は出したくない。
俺は立ち上がって怪狸に眉を寄せる。
「もう、ないよな……?」
「は、はい。他に、あやかし関連の情報も、協会もありません……」
「主ぃ……。僕で癒されてください! モフモフ増量中です」
ソファーに座っていたルッカが再び襟巻きとなって頬へ擦り寄る姿に一息ついて顎を撫でた。
うん。いつもよりモフモフ感が増してる。俺の癒しはルッカだけだ……。
気が重くなるのを奮い起こし、怪狸の家を出た俺は空を見上げて、大体の時間を確認する。
「今日も良い天気だなぁ……俺の気持ちは曇っているんだけど」
「主ぃ……。あちらの雲行きが怪しいです」
「ああ……。丁度、隣町の方角だなぁ。あれは、いまの俺を表しているのかねぇ」
何故か、俺達が向かおうとしている隣町の上空だけ黒い雲に覆われていた。多分、偶発的なものだろう。
まだ遅くない時間帯のため、町中で昼食を食べてから隣町へ向かうことにした。
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<<あやかし紹介>>
ー No.Ⅴ Name.怪狸 ー
別名:化け狸
基本的に、人に化けて人里で生活している中位のあやかし。
人族だとバレる可能性があるため、獣人族を名乗っている。そのため、耳と尻尾は隠していない。
主に、荷運びの仕事をしており情報通。あやかし専門協会に登録して認められた者だけが、人に化けて生活を許されていた。
人間に対して友好的なあやかしで、温厚。
そのため、一部のあやかしには嫌われている。
能力は、人間に化けること。化けることに特化しているため、他にも可能。