第004話 招かれざる客
変哲もない一本道を進んで行くと、開けた場所に出た。
多分、此処を拠点として採掘していたんだろう。
穴だらけの壁へ自然と目がいく。さすがに人は通れないくらい小さい穴ぼこだけど。
「見て! あれ、カオナシじゃない!?」
「えっ? 本当だ。カオナシ、大丈夫か」
奥の方で倒れている大柄な姿を見つけて駆け寄った。
声をかけても反応はなく、顔がないから表情も読めないが、抜け殻でないことはルッカとイブリースが教えてくれる。
混血である俺には、あやかしの生き死には分からない。
ただ、他の魔導士と違って妖力を使わなくても微量の妖気で、あやかしの居場所は大体分かる。
「こういうとき、人間なら脈を取ったり出来ることはあるが……。ルッカ、血の匂いはするか?」
「いえ、しません! それよりも、あちらが……。主ぃ、お気をつけください」
「うわー……喰ってるわ。そんなに妖力が欲しいっての? 不味そう」
中位以上のあやかしは妖力を強化する目的で、魔力を狙って人間を襲うことはあった。
一度でも人間の血で手を染めたあやかしは問答無用で討伐対象だが、あやかしの同族食いは初めて見る。
思わず目をそらしかける俺に気付いた問題のあやかしが、先に視界から消えた。
「ノワール、後ろ!!」
蜃気楼のように現れる人型のあやかしに背後をとられるが、肝を冷やすような殺気に対して、俺は脅威を感じていない。
すぐに反転すると、目の前に鋭い牙を剥き出しにしたあやかしの姿がある。
それよりも、先ほど喰らっていたあやかしの血の臭いが鼻につき眉を寄せた。
俺は一歩後ろへ飛び退いて体勢を立て直し魔法を唱えようと口を開く。
「この痴れ者がぁあ! 主には指一本触れさせません!」
だが、先に成体くらいの大きさに変化して俺の隣にいたルッカの尻尾で、問題のあやかしは吹き飛ばされた。
「悪い、ルッカ。助かった」
「当然のことです! 主の下僕ですから!」
吹き飛んだ問題のあやかしは激しい音を立て壁に激突する。ひび割れた壁は、大きな穴をあけて、あやかしはうつ伏せに倒れた。
「相棒な? それにしても、モフモフの尻尾が……。これも変化なのか?」
モフモフだけじゃない尻尾とか万能すぎる。
「モフモフは、主だけの特別仕様です!」
「えっ……? 俺にだけモフモフだったのか? いや、そもそも他の奴に触らせてなかったしな」
「ちょっと……! 和んでる場合じゃないんだけど!? そういう余裕なところが腹立たしい!」
人間の俺よりも真っ当なことを言うイブリースに思わず目を見開いて口を押えた。
「問題児のイブリースに、説教される日が来るとは思わなかったわ」
「事実でしょ!? 人間のアンタなんて、守らないからね」
「主は僕が守るので問題ありません!」
また小競り合いを始める二人に、倒れていたはずのあやかしが再び姿を消し、空を切るように襲いかかってくる。
あやかしの正体を考える暇は与えてくれないらしい。
「殺さない立ち回りのが難しいんだぞ――水流の監獄!」
砕けた砂利を巻き込み渦巻く風で、激しく髪が揺さぶられる。
対抗して足元から巻き上がる無数の水の渦で、姿の見えないあやかしを捕らえた瞬間、檻のように塞がり四角い箱へ変貌した。
水責めとなったことで、ヒガクレと違って姿が見えるようになった、あやかしの正体は"カマカゼ"。
こいつの特徴は、風を鋭い刃物のように操って、姿を隠したまま複数相手に攻撃出来ること。
ヒガクレのように姿を擬態させているわけじゃないから、手こずる相手じゃない。
「道理で姿が見えなかったわけだ」
「主ぃ……すみません。守っていただいて」
「うぐっ……。調子に乗ったみたいで、何も言えない気持ちね」
苦しそうに藻掻く様子に頃合いかと指を鳴らして魔法を解除する。
別に指を鳴らす必要性はないが、口に出さなくて済むから便利だ。
水が洪水のように流れていき軍靴を濡らす。
苦しそうに息をする姿を見下ろして、やり過ぎたかと眉をしかめた。
「カマカゼ。お前は、なんで此処に来たんだ? 目的を教えてくれないか?」
水を浴びて静かになったカマカゼをみて声をかけた瞬間、首が折れるほどの勢いでこちらへ顔をあげる。
「ガァァァァア!!」
「主!! これは……!」
同時に奇怪な叫び声をあげるカマカゼの異変に気が付いた俺達は、後ろに飛び退いた。
「これって……凄い嫌な予感しかしないんだけど!」
赤く光りだしたカマカゼは、爬虫類が脱皮するように背中が二つに裂ける。
眩しい光に目を覆うと、中から出て来たのは人型から人間に見違えるほどの変異した姿だった。
「中位のあやかしから、上位に変異したのを見たのは初めてだ……」
「なんでそうなるの! あいつ、あやかしを百体も喰ったってこと!?」
「主ぃ、あのあやかしから魔力残滓は感じられません! 同族しか食していないみたいです……」
ルッカには魔力残滓を感じ取る能力がある。一人でも人間を喰っていたら分かる優れものだ。
まさか、カマカゼが上位のあやかしに進化するなんて運が悪すぎる。
こいつ……根城にしてた場所で下位のあやかしを喰いすぎて、居なくなったから此処まで来たわけか。
中位のあやかしが、上位個体に進化する方法は二つある。
一つは、魔力を得るために人間を五十人殺すこと。
もう一つは……百体のあやかしを喰うことだ。
「コレは、討伐対象だ。いまは人間を襲わなくても、あやかしから狙いを変えるのは良くある話だからなぁ」
中立である俺はあやかしを殺すことに躊躇はしない。
ただ、最初は当然会話を試みていた。
戦い方を変えた俺は、カマカゼを真似るわけじゃないが鋭い風の刃をぶつける。
これは牽制だ。本命は、一撃必殺。
俺達は空中へ回転して攻撃を仕掛けてくるカマカゼを横に飛んで避ける。
先ほどまで手足が鋭い刃物だったカマカゼは、五本指に変質した体を上手く使いこなせていないようだった。体勢も四足歩行から二足歩行を余儀なくされる。
上位個体になったことで退化している気もするが、代わりに回転から生まれる刃は重く感じた。
「それでも、元々上位じゃないあやかしを殺すのは簡単だ。初めから上位存在を相手にするのは、手が掛かるけどなぁ」
「流石です。主ぃ!」
「せめて、一撃で終わらせてやる。――氷鎖穿孔」
一呼吸した俺は、光速で迫るカマカゼの心臓を見極め、その一点に研ぎ澄まされた氷の鎖で貫く。
尖った先端が背中を貫通すると、カマカゼはピクリとも動かなくなった。
中位のあやかしなら、言葉を交わせたはずだから残念だ。
――あやかしは心臓を一撃で破壊したときだけ、肉体が石化して死ぬ。
「あっ……。石化した。本当に恐ろしいわね、ノワール」
「主は素晴らしいんです! 一撃で死なせてあげる情けなど、主だけですよ」
「まぁ、こいつが生まれ変わったばかりだったのも大きいけどなぁ。……安らかに眠れ」
石化したカマカゼはゴトッという特徴的な音をさせて地面に倒れ、粒子になって消えていく。
この原理は未だに分からないが、元々あやかしは人間の強い念と魔力から生まれるといわれているだけあって、謎が多い。
「さてと、一件落着ってことで帰るとするかぁ」
「主ぃ……。カオナシのこと忘れてませんか?」
「あっ、アタシも忘れてた」
カオナシを巻き込まないように少し離れていたため、未だに倒れている側に歩み寄る。
もう一度、肩を揺さぶってみるが、反応がいまいち掴めない。顔のあるかないかがこれほど面倒だとは思わなかった。
カオナシの会話は脳に直接話しかけくるから、本人が起きていないと成立しない。
「仕方ない……背負うか」
「体格差よりも、こいつ意外と重いからアタシが運んであげる。あんたみたいな人間じゃ潰れるわ」
「えっ、そうなのか? それじゃあ、お言葉に甘えて。有り難う、イブリース」
二メートルを優に超えるカオナシを百五十センチちょっとで、軽々と背中に担ぐイブリースをみて礼を口にする。
すると赤く染まった肩より短い髪が逆立ち、明らかに目が据わっているイブリースの一蹴りが俺の背中を直撃した。
「いっ……た!?」
「人間のくせに……。あんたの無自覚にあやかしを対等に扱ってるところが、アタシは嫌いなの!!」
「なっ! 主になんてことを! この小娘、今此処で葬ってやろうか!」
成体から元の姿に戻ったルッカは毛を逆立てて怒りを露わにする。
俺は痛みよりもイブリースの言葉と蹴られた意味が分からず、頭はハテナで埋め尽くされた。
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<<あやかし紹介>>
ー No.Ⅳ Name.カマカゼ(鎌風) ー
主に、平地など開けた場所を住処にしている中位のあやかし。
鋭い牙に、手足も三日月型の鋭い刃物をしており、四足歩行で生活しているため、背中は丸く人型ではあるが異形。
攻撃性が強く、会話が出来る個体も少ない。
能力は風を鋭い刃物のように操って姿を隠したまま身体を回転させて複数相手に攻撃出来ること。
追記……
<ノワール情報>
上位のあやかしに進化したことで、五本指に変質した身体を上手く使いこなせないでいた。体勢も四足歩行から二足歩行となる代わりに、刃は重く鋭くなる。