第003話 変わらない平穏な日常
あれから数日経ったが、俺は平穏な日常を過ごしていた。
扉や仕切りすらない開放された出入り口からは、晴れやかな青空が覗いている。
その反面、雨が降ると後片付けが大変なことになるんだけどな……。
俺の管轄内にいる下位のあやかしも数日は興奮していたが、比較的大人しい奴らばかりだからか、人間に被害は出ていない。
さすがに協会の人間はCROWNが亡くなったことに気付いているだろうけど。
基本的に町を転々としている俺に連絡は一切ない。
俺が協会に入っているのに無所属を名乗っているのは特例だ。
協会へ入るには必ず試験に突破しないといけない。加えて、協会に入った者は全員がどこかの派閥に属することが義務付けられている。
派閥に属すると問題が増えるし、配属場所が固定されて身動きが取れなくなることを危惧した俺は満点以上を叩き出して総本部へ直談判した。
これといった呼び方がないということで"無所属"を名乗っている。
条件として毎回、居場所を報告すること。国によって、そこでの法律に従うこともあるが……反対国はなしだ。
「自分で言うのもなんだが、律儀だよなぁ」
さすがに俺よりも不真面目で、協会に入っていない野良の魔導"師"は聞いたことないけど。
基本的に、野良で良いことは一切ない。
給金が発生しない時点で、あやかしを対処しても鬱憤を晴らすだけだ。
「それで、分かるよなぁ? "これ"の意味」
「ひぇぇ……。昨日、ふらふら夜道を歩いてたら、大人の人間にぶつかっちゃいました……」
「最後に手紙が投函されたのは、僕が知る限りではひと月前ですよ」
膝の上で伸びをするルッカを撫でながら、今日はヒガクレの説教をしていた。
二年もいたら、此処に訪れているのが、あやかしばかりだということを知らない町の人間はいない。
だから、一年前から投函箱を設置した。
『あやかしに関すること、相談に乗ります』と書いた張り紙まで作る丁寧さを、あやかし共に見習ってほしい。
「なるほどなぁ。えーっと……道を歩いていたら、突然目の前に見えない壁があって、転んだ」
「うひゃぁ……ワタシですぅ。ゴ、ゴメンナサイ!」
「主ぃ……お遊びも、そのくらいにしてあげても良いのでは?」
ヒガクレは特殊な体質を持っていて、夜になると"ヨガクレ"に変質して夜と一体化する。
要はその姿を見せまいと隠しているということなんだが……。本人も自分の姿を見たことがなくて理由は分からないという。
ルッカがすぐにネタばらしをして、勝手にショックを受けたような声を上げるヒガクレに俺は笑みを深めた。
日に隠れて姿が見えないから、声での反応しか分からないのが残念すぎる。
「ひっ、ヒドいですぅ……本当に悪いと思っていたのに……」
「悪かったって。まぁ、次はないけどなぁ?」
「ヒッ! 本気の顔ですぅ……ゴメンナサーイ!」
今日も平和だ。
あやかしの活動は主に夜ではあるが、今は雲一つない青空に、心地良い風が頬を撫でる早朝。
さすがに早すぎて眠い……。
此処は協会が用意してくれた家のようなもので、二階が俺とルッカの部屋だ。
仮住まいのような形のため手狭ではあるが、二年も住んでいたら愛着が湧く。
だが、此処に住んでいるせいで昼夜問わず、あやかしたちが訪ねてきて寝不足だ。
そろそろ結界を張って、夜は進入不可にするべきかもしれない。
「お前たちは、最近変わったことはないか?」
「えっ……特には、ないですかね? あれ以来、良鬼さんも、おとなしいですし……」
「おとなしくて何よりです。あの方は、主に迷惑しかかけてませんからね」
可愛い顔をして厳しいことを口にするルッカの顎を撫でる。
良鬼は二年経って、イブリースという名前持ちだと教えてくれた。
だが、その名前で呼んで良いのは俺だけらしく、他のあやかしたちは変わらず個体名で呼んでいる。
まぁ、この辺にいるあやかしで上位はイブリースしかいない。中位も俺が知る中だとカオナシを含めて指で数えられるほどだ。
「あいつは滅多に此処に来ないからなぁ」
「人里ですし、人間嫌いですから仕方ないですよ」
「最近、カオナシさんとも会わないんですよね……。棲みかを移したからだけなら、良いんですが」
あの事件からまだ一週間は経過していない。
カオナシは、頻繁に来てるときでも週一くらいだった。距離的にも気にする必要はないだろう。
話も一段落ついてルッカと同じように腕を上げて体を伸ばしていると、不意に別の妖気を感じて外に視線を向けた。
「ん? 滅多なことじゃ人里に来ない、イブリースじゃん」
「えっ!? あっ、良鬼さん……。珍しく、どうしたんですか?」
「うん……。ちょっと、気になることがあったから仕方なく来てやったの」
わざわざ人里にいる俺のところに来る時点で嫌な予感しか浮かばないぞ。
ルッカが膝から降りると椅子から立ち上がって外に出た。
生暖かい風が頬を撫でると共に、知らない妖気に眉を寄せる。
「結構、強大な気がするな……」
位置的にカオナシが住んでいる渓谷の近くだ。
あそこはあやかしが多くいる山に囲まれていることから、滅多に人間は道として使わない。
だけど、何かの採掘がされていたのか複数の穴が空いていて、あやかしの棲みかにも適していた。
「渓谷か……。あそこには、複数の下位あやかしがいるからな……。仕方ない。様子を見に行くかぁ」
「アタシも行く。ノワール一人じゃ心配だから、仕方なくついて行ってあげる!」
「主は一人でも最強です。僕も居ますし、無理に来なくても良いですよ?」
また二人の小競り合いが始まる。
今日もまったり日がな一日を過ごせると思っていたんだけどな。そう甘くはないらしい。
ヒガクレは自分の棲みかに戻っていき、俺たちはカオナシがいる渓谷に向かった。
渓谷といっても、さほど長い道じゃない。
俺が住んでいる町から人間の足だと行くまでに距離はあるし、道として機能はしていないことから更地というよりはゴツゴツしている。
「うーん……相変わらず、足場が悪くて人間には戦い辛い場所なんだよなぁ」
「あやかし……なんたら協会だっけ? そこの魔導"士"なら、しっかりしなさいよね」
「あやかし専門協会です! 主は、人間で最強の魔導士なんですよ? 魔導士自体、貴重な存在なんですから、小娘が何人いようが敵いません!」
また二人の小競り合いが始まった。
こいつらは仲が良いのか、悪いのか分からない。
あやかし専門協会や王国に所属している、魔力を魔法に変換して使える者は、総じて魔導士と呼ばれている。
どこにも属さないのを俺は勝手に野良と呼んでいるが、自分のためにだけ魔法を使っている者は魔導師と呼ばれていた。
言い方は同じだが、感覚的に別物らしい。
渓谷は妙に静まり返っていて不気味だった。昼間はあやかしの活動は鈍いとはいえ、寝ているわけではない。
静かすぎる中で、例の妖気も感じ取れた。
「開けた道じゃなくて、穴の中みたいだなぁ……。これは、魔法が制限されるか」
「僕にお任せください! 変化して、あやかしなど薙ぎ払ってみせます」
「狭いところならアタシの得意分野だし、問題ないわ」
俺以外の面子が余裕らしいから、一応あやかしの早さについていけるよう足だけは魔法で速くしておこう。
向こうも気付いたのか、急に妖気を感じなくなった。
仕方なく視線を下に向け、先ずはカオナシを探すことにして足跡から複数の穴を一つずつ排除していく。
中ほどまで歩いて調べたところで足を止めた。
「この足跡、カオナシだなぁ……。これだけ大きいのは、この辺じゃあいつだけだ」
「ですね。主ぃ……匂いに、危険な香りが混ざっています」
「あら、本当ね。これ……あやかしの血の匂いよ。カオナシかは、分からないけど」
いつものように首に巻き付いていたルッカが飛び降りて匂いを嗅ぐ。
続くイブリースも警戒を顕にした普段より低い声で忠告してきた。
俺は魔法で穴の中を照らす。
すると、足跡はもう一つあった。
刃物で地面を削ったような跡に近く、大きさは人間と大差なく見える。
つまり、強大な妖気を消した相手は人型か、人間に近いあやかしってことだ。
人に近くないあやかしでも妖力が高い奴もいる。中位なんかがそうだ。
「人間に近い方じゃないことを願うが……。それよりも、話が通じる相手だといいんだけどなぁ」
「こういうのは最初が肝心だから、止めないでよ!」
「主は、野蛮な小娘と違って、会話から入る優しい方なんですけどね」
二人の小競り合いが再び始まる中、俺達は血の匂いと足跡を辿って奥へと進んで行く。
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<<あやかし紹介>>
ー No.Ⅲ Named.良鬼(イブリース) ー
基本的に人里から離れた森を拠点としている上位のあやかし。
薄紅色をした二本の角と紅い瞳に、赤く染まった髪が特徴的。
研ぎ澄まされた爪と牙で攻撃したり、怪力としても有名で、なんでも武器として使う器用なあやかし。
一応男女の形に分かれていている。
ただ、上位のあやかしの個体は同種がいない。
能力は発火。口から炎を生みだして、それを拳や足に纏わせて魔法のように使うことも可能。
追記……
<ノワール情報>
イブリースは女性の姿をしている。
身長は大体百五十センチと少し。上位存在なだけあって誇り高く、改心させてからは世話を焼いてくれるようになった。
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3月中は毎日7時02分(土日祝10時02分〜)に1話投稿していきます。(毎日連載でPVを見て時間変更する際は、常時お伝えします!)
4月以降の詳細は、活動報告に書こうと思いますので、どうぞよろしくお願いします!