第036話 森の異変と脅威
森の入口まで来ると薄い霧が見えてきた。
町と比べたらまったく違う様子に眉を寄せる。
「ミスティ。この霧は効果あるのか?」
「とっても効果あル! いま、解除するから待っテ」
「主ぃ……。霧隠の言うとおり、効果はあると思います。人間の気配を感じません」
地面に降り立ったルッカが言うのなら間違いないとは思った。
だが、霧が晴れても人の気配はない。
ミスティも違和感に気付いた様子で、一人先に森の中へ飛んでいった。
規模の小さい森だからすぐに戻ってきたミスティは目を丸くしている。
「人間がいなイ! 下位のあやかしたちモ! なんデ? どうしテー?」
「主! これを見てください。魔力残滓を感じます……」
「これって……なんか、あやかしの楽園に似てないか?」
すぐに森へ入ってルッカが見つけたのは、あやかしの楽園へ続く入り口に見える穴だった。
あやかしの楽園への入り口は決まって薄紅色をした歪んだ空間だけが見える。
あちら側は一切見えない。
ただ、ルッカが教えてくれたのは藍青色の夜色をしている。
上空へ飛んでいたミスティが戻ってくると、空間の周りをクルクル回り始めた。
「これ知ってル! 楽園の裏側……。ミスティ達は"残骸"って呼んでル!」
「えっ……? 楽園の裏側……それに、残骸ってなんだ?」
「ウーン……。そのままだけド! いらないものとか捨てる場所? 生き物はいないヨ!」
「……ゴミ捨て場、みたいなものなのか? まったく聞いたことがないぞ」
「主ぃ……。これは、一度話を持ち帰って黒天宝を連れてくるべきだと思います」
ルッカからエリゴールの名前が出てきて思わず目を丸くする。
それだけで、ただごとじゃないことは分かった。
ミスティの話だけじゃ分からないこともある。
空間の歪みは安定してみえた。
急いで町へ戻ろうとした俺達に、背後から突風が吹く。
その瞬間。目の前にある空間の歪みが、大きく口を開いた。
「えっ……?」
「裏側、生きもノ!?」
「主ぃ!!」
藍青色の夜が目の前に広がり、一瞬で視界が暗くなる。
だが、それも一瞬のことで、すぐに目を開けると明らかに別な場所だった。
空を見上げなくても全体が藍青色の夜に輝いてみえる。
頭上を飛ぶミスティが叫んだ。
「残骸! 入っちゃっター! でも、あそコ! 人間とあやかしいル」
「えっ……嘘だろう。いや、例の村人達の安否が分かって良かったけど……出口は」
「主ぃ……。入口だった場所もすべて藍青色の夜で分かりません!」
入口があるんだから出口はあるだろうが……これも案内人がいたり?
藍青色の夜以外で分かることは、ミスティが言ったように明らかに残骸と呼ばれる廃棄物がある。
まとめられているのか、いくつも残骸の山が積み重ねられていて、その周りに新しい廃棄物があるような……。
「いや……でも、あやかしの楽園での廃棄物なら人間界と繋げる必要はないんじゃ」
「おお……そこの方は、協会の方ですか? 私達を助けに……」
「あー……協会の人間だが、失敗したばかりなんだ。応援を呼ぼうとしたら、捕まった」
村長らしい人物が声をかけてきて、歯切れの悪い言い方で頭を掻く。
複雑な表情をしながらも笑顔を見せてくれる村長に、村人や下位のあやかしも集まってきた。
「そこで確認したい。まず、貴方たちはいつから此処へ? 空間に捕まった状況。出入口など、此処に来てから分かったこと。小さなことでも良いから教えてくれ」
「は、はい……。私達は、体感ですが……ここに来てから丸一日。急に大きな口を開くように飲み込まれ……。この有り様ですので、出入口は不明……。ただ、ここにきてから食事は疎か、水分補給をせずとも平気です」
「そう言われると、あやかしの楽園では喉の渇きを感じなかったな……」
「主ぃ、あやかしの世界では時間の進みがゆっくりなので、人間界と比べたら半日くらいの差があります。ただ……」
藍青色の夜が広がる裏側については不明。
加えて、表側の楽園でも俺の魔力で影響を与えた。
此処がずっと藍青色の夜なら、大丈夫なんだが……不安しかない。
ルッカの言いたいことも同じだと分かる。
それから、もう一つ分かったことは――。
「此処の空間……残骸ってだけあって、目で見える範囲までしかないんじゃないか?」
「確かニ! ミスティ、飛んで確認してみル!」
「さすが主です! 広い空間は逃げ場があっていいですが、迷いますし。廃棄場所なら、狭くて当然かもですね」
一先ず、危険があっても対処できるよう全員固まって山のない場所に集まる。
ただ、一つだけ山とは呼べない残骸の塊があった。
ほとんどが壊れた瓦や、店の食器類、人間も出すような家具が多い。
丸一日何もなかったとはいえ、ルッカの話としてまだ半日だった場合、何かが起きる可能性もある。
それに、残骸の山は自動なのか、あやかしがしているのかも……。
「だけど、あやかしが進んで労働なんてするか? あやかしの楽園では飲食店なんてしてたけど」
「主ぃ、楽園は人間界以上に序列があると聞きました。寧ろ、労働することで身の安全が保証されるなど」
「そんなギスギスしてるんだな……どこが楽園なんだが。下位のあやかしが少ない理由も分かる。そうすると、廃棄係なんて相当下だと思うぞ」
「ミスティが戻ったヨ! 貴方の言うとおり、狭い空間なのト。壁もないノ! スーって飛んで、スーって逆から戻ってル!」
ミスティの言葉を整理すると、壁がなくて進んだら反対へ戻る?
この空間が円柱だとして、知らずに体が回っているか、空間移動させられているの二択しかない。
村人の数は十人。
数が多すぎて、下手な真似は出来ないぞ……。
「もう少し待ってみて……。あやかしが来ることを祈るしかないか」
「黒天宝が気づくといいんですが……。あの者は常に主の魔力を感じていますから」
「えっ……? そうなのか。いや、まぁ……あやかしみたいに気を断つ方法とか知らないしな」
「人間の魔力は常に流れていますからね! あやかしの妖力はただの力ですから。核とは別物です」
あやかしにとっては核である心臓がすべてなわけだ。
そんなことを考えていると横から、ぬっと青い色をした明らかに人間じゃない顔が現れる。
一瞬思考が停止したあと、気配で気づいた様子の顔が叫び声を上げた。