第035話 霧隠の目的
魔力生命樹を守っている森人が、おとぎ話で生み出された森の妖精と言われているのと同じで、霧隠もあやかしの中では妖精扱いされている。
ルッカもエリゴールすら警戒していないってことは大丈夫なのか?
宙に浮いたまま自分について語る霧隠に眉を寄せる。
「それじゃあ、俺達がお前のことをミスティって呼んでもいいのか?」
「ミスティのこト? うーん……貴方だけなら許すワ! 他は、なんかモヤモヤするからダメー!」
「ガーン!! わたしは駄目ですか……しくしく」
「モヤモヤって……。ヴィオレットはだいたい想像つくけどな。ミスティは上位のあやかしなのか?」
効果音を口で出すほどショックを受けているヴィオレットは大きく肩を落としていた。
苦笑いを浮かべながらミスティと名乗る霧隠に問いかける。
ミスティは鼻を伸ばすように両腕を組んで、目の前で優雅に舞い始めた。
とてつもなく分かりやすい……。
「ミスティはネ! 中位のあやかしだったんだけド。あやかしの王様から、妖力を分けてもらったら、なんト! 上位のあやかしに生まれ変わったノー!」
「なるほどな……。そういうパターンもありなのか」
「霧隠さん、すごいです! こちらも進化? って言うんでしょうか?」
「貴方、悪い香りなのに分かってるわネ! もっとミスティのこと褒め称えたら、名前呼べる許可をあげてもいいワ」
このあやかし……緩いな。
二人が警戒しない理由が分かった気がする。
それに、上位のあやかしなら町くらい覆うなんて造作もない。
ただ、どうしてそんなことをしたか……。
口ごもっていた町長に気付いたミスティは口に両手を当てる。
「ミスティ……一回黙るかラ。町長、話ししテ」
「ああ……ありがとう、ミスティ。町を覆っていた霧ですが、彼女が赤い月? が来ると教えてくれまして……危険だから、ミスティが守ると」
町長には名前を呼ばせているんだな……。
元々が上位のあやかしじゃないからか……これも、信頼関係――。
「なるほどな。ミスティの言葉は的確だ。赤い月の夜明けによって、中位のあやかしは疎か、上位のあやかしをも翻弄させる力がある」
ただ、イブリースは妖力を得て暴走したんだよな……。
胸を張るミスティに目を細める。
称賛するヴィオレットに気分を良くしたミスティは名前を呼ぶことを許していた。
ただ、そうなると……隣村の人間は来ていないことになる。
「ミスティ、お前が霧を発生させている間。外から誰か来なかったか?」
「うーん……来た、かモ! なんか、ブツブツ言ってる人間と、下位のあやかしたちがいたんだけド。判断できなかったから、一回放置しタ!」
「完全じゃないけど、安否は確認出来たな……。すると、この先を目指したか? いや、森の中へ入る必要があるから……戻った?」
「ですが、わたし達は遭遇してません……。別の道があるのでしょうか」
この町から先はいくつか小規模な森が広がっていて、村さえない。あやかしの棲かだ。
少しばかり山を越えて、待ち構える広大な森の先に問題の都と、中立本部がある。
つまり、この町で物資を整えたあとは一週間近くかけて野宿して行くことは確定事項だ。
「違うヨ! ミスティ、人間に優しいから森の中に隠しタ!」
「えっ……? 危険な森の中にか? いや、上位のあやかしになったミスティの霧なら安全……?」
「主ぃ……。この者が言うように、すぐそこの森からは同じ妖気を感じます。ですが、人間が水を補給出来なかったら危険かと……」
ミスティの能力は発生させた霧の中にいる間、外敵の侵入を許さず、姿を隠すことが出来るらしい。
ただ、その中にいる間は魔導士でもない限り霧を晴らすことは出来ず、迷いの森状態だと教えられる。
ルッカが言うように、人間も水分を取っていたら最悪生きられるからな。
隣村の人が助けを求めてきたことを、当然ミスティから聞いていなかった町長は青ざめていく。
「ミスティ、その人間たちを閉じ込めてからどれくらい経つ?」
「ミスティ、閉じ込めてなイ! 助けてあげタ。うーん……藍青色の夜が、二回過ぎた」
「大体二日か……それならまだ、なんとかなるかもしれない。ヴィオレットは……エリゴール頼む」
「わ、わたしも行けます! エリゴールさんにご迷惑ですし!」
エリゴールは俺の意図を汲んでくれた、というよりも継続されていた。
一見なんの変化も感じられない少し先にある森へ視線を向ける。
この町と比べたら霧が視覚からは分からない。
ミスティに向き直ると、自分を褒めてくれるヴィオレットが気に入ったらようで周りを飛んでいる。
「ミスティ、頼みがある。俺と一緒に森へ来てほしい」
「ミスティが作った霧の森? うーん……貴方の"魔力"をくれたら、考えてあげル!」
「主! こやつ痴れ者です。おやめください」
「まぁ、そうなるよな……。あやかしが自分の利益なしに協力してくれる方が怖い。分かった。ただし、俺が与える形でも良いなら」
さすがの俺も学んだ。身を危険に晒すほどお人好しでもない。
ミスティは奪うのと与えられることへの理解が出来ず、町長に聞いている。
「フンフン。分かっタ! それで良イ。協力してあげル! ミスティは此処で生まれたから、この町と人間を守ってるだケ」
「そうか……町で生まれたあやかしか。町長、貴方がいてくれて助かった。あとは、こちらで対処するから安心してくれ」
「ミスティちゃん、ノワールさんとルッカちゃんをお願いします! お気をつけて!」
町長のおかげで納得したミスティが一時的だが、仲間になった。
俺達はミスティの案内で、森の中へ向かう。
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<<あやかし紹介>>
ー No.Ⅻ Named.霧隠(ミスティ)ー
姿形、存在しているようで曖昧な中位のあやかし。ヒガクレの仲間とも言われていて、棲家は不明。
姿は透明で気に入った相手へ視えるようにできる。
男女どちらの姿もいて、個体によってさまざま。
あやかしの中ではおとぎ話の妖精と同じ扱いをされている。
能力は名前に由来している霧を生み出すことが可能。攻撃能力はなく、迷いの森みたいに人間を惑わせたり、霧が発生した場所は誰もいないように幻覚作用がある。
中にいる人間やあやかしに影響はないが、出ることは出来ない。
追記……
<ノワール情報>
あやかしの王が与えた妖力で中位から上位に変異した個体。
肩まで伸びた淡い緑色の髪に同色の瞳を持った、手の平ほど小さい少女の姿だった。
人間なら愛らしさを感じて警戒が薄くなるかもしれない。




