第034話 体力勝負
次の村までは多少なり距離もあったため、俺達は普通の足取りで向かう。
「……これは、全壊だな」
「――ひどい……ありさま、ですね……」
「主ぃ……。血の匂いなどはしません。ですが、人間は疎か、あやかしの匂いもしませんね」
たどり着いた村はエリゴールが言っていたとおり木の残骸だけになっていた。
ただ、一番鼻が利くルッカの言葉に俺達は安心する。
村だった跡地に足を踏み入れるが人の痕跡すらなく、だいぶ前に此処を離れたことが分かった。
ただ、心配なことがある。
赤い月の夜明けの影響で暴れた中位のあやかしたちは正気を取り戻したのか……。
それと――。
「……どうして、隣村に助けを求めなかったんだ?」
「そうですね……。わたしたちの普通が、村の方より速くても助けは呼べたはずです。村の方や、異変のないあやかしさんはどこに行ったんでしょう?」
「エリゴール、空から村や町以外に人やあやかしが居るか確認出来ないか?」
「――ノワール様の、仰せのままに」
エリゴールはすぐに上空へ舞い上がると、鳥とは違う素早さで飛んでいく。
いつ見ても飛んでる姿は絵になるな。
エリゴールが戻るまで近くの森まで足を伸ばしてみる。
小さな森だったが、人が歩いた形跡はない。
「反対側にある町までは常人の足だと一日以上はかかるからな……」
「まさか……! 全員、あやかしの楽園へ……」
「いや……それはさすがに無いだろう。あそこへ誘われるのは基本的に魔力量が多い人間だって文献にもあった。それに、村だとしても人の数は多いはずだ」
ヴィオレットの推理を聞いていると、上空からエリゴールが降りてくる。
「人間の集団はいたか?」
「申し訳ございません。そのような集団は一切おりませんでした」
「そうか……。仕方ない。隣町へ行こう。もしそこにいなかったら協会へ手紙を飛ばす」
昼食を干し肉と黒パンにして、多少休憩を挟みながら歩みを進め藍青色の夜へ移り変わった頃、隣町が見えてきた。
肩で息をする俺と違って元気なヴィオレットに眉を寄せる。
隣町までは俺達でも距離があって半日以上かかった。
「ハァ……まさか、俺の体力勝負になるとは思わなかった……」
「ノワールさん、大丈夫ですか? わたしはノワールさんをおんぶしても大丈夫だったのに……」
「いや……聖女――の前に、女性に背を割れるのは男としての誇りが……」
「誇りなんて捨ててください! それに、性別で判断するのは良くないと思います!」
顔が近いヴィオレットに圧倒される俺に、ルッカは疎かエリゴールすら何も言わない。
ただ、見えてきた町は異様な静けさをまとってみえた。
確かあやかし専門協会とは関係のない聖女を崇める大きな教会があったはず……。
「……なんだか、霧がかってないか?」
「主ぃ……あの霧は妖気です。複数の妖気を感じるので、町にはあやかしもいるかと」
「やっぱりか……。確か、中立本部に近づくにつれて共存する村や町が増えていたはず……。だいぶ昔の話すぎて忘れたが」
「大体合ってると思います! わたしも勉強しました! ここは心優しい聖女……さまを崇める教会があるのに、あやかしと共存するために作られた唯一の町です!」
聖女様に対して口ごもる様子を微笑ましく感じながら、怪しげな町を前にして眉を寄せた。
吸魔のように霧が本体じゃない。
だとしたら、やれることをしてから入るべきか。
上空へ飛び上がろうとする俺にエリゴールが待ったをかける。
俺の代わりに飛翔したかと思うと双翼を羽ばたかせ、霧をはらって戻ってきた。
「――上空にもあやかしはおります故。御身の安全が第一でございます」
「えっと……有り難う。なんか、便利に使ってる感じがしてさ」
「私はノワール様の下僕。如何様にもお使い下さい」
「いや……下僕じゃないだろう。そうだな……仲間だけど、納得しなさそうだから……従者で」
霧が消えてすぐ町の異変に気付く。
さっきまで誰もいなかった町に、人やあやかしの姿があった。
しかも血相を変えてこっちに誰かが走ってくる。
「えらいこっちゃ! いや!? まさか、いやっ……うそでっしゃろ!?」
大声で騒ぐ姿はふくよかな腹に、大きな丸い耳と太い尻尾がついていた。
明らかに人間じゃない中位のあやかしの姿にヴィオレットを後ろへ隠す。
拠点にしていた町にいた怪狸と同種で、化けていない姿だ。
町の人たちも俺達に気付いて、二人ほど近寄ってくる。
ただ、俺の知る怪狸と違うのは――。
確実に、腹は出ている。
「……やけに、ふくよかな怪狸だなぁ? お前」
「ハッ! ふくよかとは、わてのことでっしゃろか!? 自慢の腹でっせ!」
「あの……貴方がたは。はっ! そのローブは、協会の……」
怪狸に対して軽く暴言になったが、気にしていない様子にホッとした。
おずおずと声をかけてきたのは町長だという白髪交じりに立派な顎髭もある人間の男。
まさかとは思うが、あの霧を生み出していたのは怪狸じゃないはずだ。
つまり、他にも強力な中位のあやかしがいることになる。
町を覆う規模というと、上位のあやかしにも匹敵する存在……。
「――霧隠か。姿形、存在しているようで曖昧なあやかし。ヒガクレの仲間とも言われてるな?」
「――あんな魔訶不思議と一緒にしないデ! 霧隠のが優秀なんだかラ!」
大きな声をあげて俺の周りを一周してから目の前に現れたのは肩まで伸びた淡い緑色の髪をなびかせ、同色の瞳で睨見つけるルッカよりも小さい姿。
人間なら愛らしさを感じる類のあやかし――霧隠。
ただ、自分のことを霧隠と呼ぶ彼女は中位のあやかしとは思えないほどの妖力を宿している。
それに、名前持ちは総じて上位のあやかしだけだ……。




