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第032話 焚き火に照らされて

 歩道として機能している道なりは景色も変わり映えなく、ヴィオレットの鼻歌だけが響いている。

 長閑(のどか)と言ったら聞こえはいいが、旅人が通ることもなく遠くに見える森や山しかない。

 まったくもって逃亡の身には見えないだろう。


「ヴィオレットは楽しそうだな」


「そうですね! 村育ちだからでしょうか? 何もないのは当たり前でしたから! 寧ろ、いままでが色々有りすぎたんです!」


「まぁな……。街での食べ歩きは相当なものだった」


「あ、あれは……! なしです! 忘れてください……」


 なぜか恥ずかしがるヴィオレットに目を細めた。

 こんな穏やかな旅も悪くない。当初の予定だったら、男所帯だったからな。


 少し離れて後ろを歩くエリゴールへ視線を向ける。

 人里から離れたことで、人間から本来の姿へ戻ったエリゴールは黒い双翼(そうよく)に黄色い鉤爪(かぎづめ)で器用に歩いていた。


 人間にも空人(そらびと)って言う翼を持つ種族がいる。

 だが、彼らには翼があるだけで他は俺たち人族と変わらない。

 あやかしのように出し入れ出来ないのも不便だ。


「よくその足で歩けるよな」


「――ノワール様が仰られる鉤爪(かぎづめ)の部分は中へ収納しております」


「えっ……そんなことも出来るのか。いや、人間に擬態出来るんだから可能だよな」


 後ろに振り返ると、見せられた足の先は中へ入ってるようで丸くなっている。

 歩きながらの俺と違って、立ち止まるヴィオレットはジロジロと観察して感動していた。


 赤い月の夜明け(ブラッド・ムーン)の影響でおかしくなったあやかしにも遭遇することなく、藍青色の夜(アズルノーチェ)の訪れとともに野宿出来そうな場所を探す。


 空から探してくれたエリゴールによって、少し道から離れた場所を流れる小川の近くに決まった。


「テントを張るのも初めてです! こんな感じでしょうか?」


「ああ、ヴィオレットは初めてに思えないくらいだよ。それに、怪力のおかげで俺が手伝うこともないな……」


 飛ばないよう固定する(くい)を道具じゃなく、片手で地面に押し込む人間はヴィオレットだけだろう……。

 テントの準備も終わり、夕食のために用意してもらった保存食を取り出した。


 持ち運びしやすい黒パンと干し肉を取り出してすぐ、ヴィオレットが待ったをかける。


「待ってください! 実はこんなことも想定して、ある物を頼んでます!」


「えっ……? ある物?」


「じゃじゃーん! これです!」


 ヴィオレットが革の鞄から取り出したのは小さな玩具(おもちゃ)にしか見えない調理道具と食材だった。

 呆気にとられる俺と違い、意気揚々でサイズを大きくする魔法を唱えると、元に戻った道具を手に満面の笑みを向けてくる。


「まずは火をおこさないとですね! ノワールさん、枝を拾ってきてもらえますか? 私は石を探します!」


「えっ……。まさかとは思うが、料理するつもりか?」


「はい! そのまさかです。ちょうど綺麗な小川もありますし。腕をふるっちゃいます!」


 小川のはるか先には森と山が見えるから綺麗だろうけど、野宿で料理なんて聞いたことがないぞ……。

 思わず襟巻きになっているルッカとエリゴールに視線を投げる。

 すると、ルッカが地面へ飛び降りて前足を上げた。


「驚くことかもしれませんが、ヴィオレットさんの言葉はとても素晴らしいと思います。(あるじ)は、人間ですので食事は大事です。僕もお手伝いします!」


「――私も、同意見でございます。そのような小さな物では満たされないでしょう」


「まぁ……空腹を(しの)ぐくらいだな。じゃあ、言われたとおり枝を集めるか」


 普通にヴィオレットの意見を肯定されると、風で流れてきた枝を探して回る。


 テキパキと石を積んで土台を作っていたヴィオレットに感心しながら、枝を均等に長さに切り揃えて魔法で火をつけた。


「魔法って、便利でいいですよね!」


「そうだな。継続して時間を止められる魔法があったらもっと便利なんだけど……」


「生食材は氷の魔石を使っても、一日が限界ですからね……。鮮度が大事なので!」


 鮮度よりも普通に腹を下すだろう……。


 

 ヴィオレットが料理を作っている間、俺はテントの中で二人に魔力を与えていた。

 基本的に魔力を供給するのは毎日じゃなくて良い。


 ルッカは撫でながら。

 エリゴールは脈を取るように指先を触れさせて。


 人間のように毎日食事をしなくていいのは楽だ。


「よし、終わりっ」


(あるじ)ぃ、ありがとうございます!」


「ノワール様、幸甚(こうじん)の至りでございます――」


「俺は毎日食事してるのに、悪いな」


 魔力も寝たら回復するし、渡す量も少ないからと言っているのに頑なに譲らないルッカは三日に一度だし……。

 エリゴールは週に一度だ。


 上位のあやかしは燃費がいいらしい。


 俺達が寛いでいると、出入り口を閉めていないことで外から良い匂いが漂ってくる。


「できましたよー! ヴィオレット特製、栄養たっぷりスープです!」


「へぇ……美味しそうな匂いだ」


 テントの外へ出ると、鍋の中でグツグツ音を立てる野菜たっぷりなスープが出来上がっていた。

 よく見ると何かの肉片も浮いている。


「これは塩漬けされたお肉です! 川の水を桶に掬って塩を混ぜて抜きましたー」


「料理はしたことなくて分からないけど、水で洗ってもいいんだな?」


「塩の割合を少なくした水で洗うと、そこまでじゃなくなります! そのあとしっかり水分を拭かないとダメですよー」


 俺達が食事を始めると、ルッカは俺の膝に座り、エリゴールはテントの前で棒立ちになっていた。


 ヴィオレットのスープは野菜を活かした優しい味わいで自然と息を吐き出す。

 塩肉も良い味を出していた。


「ご馳走様。凄い美味しかったよ」


「お役に立てて嬉しいです! 母から野宿にはスープが手軽で腹持ちするって教わったので!」


「ヴィオレットのお母さんが言うなら間違いないな。次も楽しみにしてる」


「はいっ! 腕を振るいます」


 後片付けは俺も手伝って、早々に就寝したヴィオレットのテントを確認してから焚き火の前に腰を下ろす。


 人間だけだったら夜の見張り交代もいるだろうし、あやかしと旅をする利点だな。

 まぁ、互いに信頼関係を築けたらだけど……。


 ヴィオレットが寝たことで隣に棒立ち状態となっているエリゴールへ顔を上げる。


「エリゴール……。お前は本当に、どうして俺に付き従うんだ? 命を救われた恩義はあとの話だろう?」


「――ノワール様の仰られる通りでございます。私は、我が王……あやかしの王に命じられて参上しました。"我が息子を守って欲しい"と」


「……そうか。俺が生まれてから一切顔を出さなかったけどな。いつ知ったんだ?」


「……ルッカが亡くなり、その魂が我が王と出会ったときに。記憶から読み取ったと聞き及んでおります」


 ……なるほど。

 まさか、ルッカが亡くなったことで知らずに魔力供給していたことが俺の存在を知らせるキッカケになるなんてな。

 再び膝の上で丸くなっていたルッカも顔を上げる。


「あやかしの王は迷子になっていた僕をあやかしにしてくれて、先に(あるじ)のもとへ送ってくれました! あの方には多くのあやかしが持っていない愛情がありました」


「……愛情か。そうだな。愛情がなくても子供は作れるけど……人間相手なら、愛情は大事な要素だ」


「ですが、それは最初の目的に過ぎません。我が王の命で参りましたが、傷付いた私に危険を(かえり)みず、魔力を御与え下さいました……。その際に感じておりました。気高く、お優しいお方だと」


「当然です! 僕は最初、躊躇しました。傷付き、気を失った上位のあやかしは危険だと……。おかげで黒天宝(コクテンホウ)は救われましたが……案の定、(あるじ)から魔力を奪いました」


 まさか、ルッカが根に持っているとは思わなかった……。

 深く頭を下げるエリゴールに軽く首を振る。


 正直、アノニマスと比べたら痒いくらいだったからな。


「なんか、焚き火を眺めてると心が洗われる気になるよな……。お前達には、分からないか?」


(あるじ)ぃ……申し訳ございません。正直、分かりません」


 エリゴールもルッカと同じ反応をしている。

 まぁ、人間にも分からない奴はごまんといるからな……。

 俺も芸術方面はサッパリ分からない。


 聞きたいことも聞けた俺はルッカとテントで就寝した。



 翌日、軽食を食べてからすぐに出発した俺達は昼頃には次の村へたどり着く。


「これって……赤い月の夜明け(ブラッド・ムーン)の影響でしょうか」


「多分な……。だけど、あやかしも一緒に復旧作業をしているところを見ると……解決したのか」


 辿り着いた村は屋根や壁が壊れるなど半壊していて、人間と下位のあやかし達が手を取り合って復旧作業をする光景が広がっていた。

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