第031話 新たな旅立ち
訓練場から一階へ戻った俺は客室で待っていたヴィオレットたちと合流した。
それからすぐ、予想以上より早く呼び出しを食らう。
「話は全て、彼から聞き及んでいます。それから、物資につきましても準備出来ましたので、客室に運んでおきますね」
「あっ……申し訳ありません。物資は有難うございます。その――」
「問題ありません。まさか、即刻の話になるとは思っていませんでしたが。貴方も、彼の実力は分かりましたね?」
軽く話を聞くと、俺に挑んできた坊ちゃんは第八支部では一番の実力者だった。
こんなことをした理由は聖女様の護衛もだが、第一に第七支部を襲った上位のあやかしを生かして捕虜にしたこと。
そのあやかしへ助言したことで、始末されずに済んだこと。
そして、仲間として別な個体であっても、上位のあやかしを連れ歩いていることらしい。
中立協会だからこそ、犯罪を犯していなくても上位のあやかしを連れていることに不満を持つ者はいる。
だから、共存を目指すなら中立国しかない。
反省した様子で下を向いている坊ちゃんを横目に、俺も隣に立つ。ヴィオレットと、エリゴールは客室で待機してもらっていた。
「……すまなかった。此処は中立の国だ。僕様も考えを曲げるつもりはないし、貴様は甘いとも思っている。だが、能力は認めた……貴様の強さは本物だ。上位のあやかしを手なづけてるのは嘘じゃなさそうだ」
「いや、それが中立の良さだろう。そんな俺は無所属だけど……。あと、手なづけてるじゃなくて仲間な?」
和解したあと、坊ちゃんは出ていく。
それから、少しして協会の人が客室から二人を呼んできてくれて全員勢揃いした。
此処を発つ前に話しておきたいことがあるとのことで、再び緊張が走る。
「今回は聖女様が身近に誕生しました。しかも、協会の人間で本当に良かったです」
「あの、一般市民だと不都合があるんでしょうか?」
「はい……。未公開の文献によると、殺されかけたこともあると書かれていました」
聞いた俺ではなく本人のヴィオレットが短い悲鳴をあげた。
何千年も続いている歴史のことは人間側のことであっても当事者であるあやかしだって理解しているだろう。
「ただ、聖女様の側には必ず"護り手"もいたと書いてありました。今回その担い手が誰かは分かりませんでしたが……。代わりに貴方が充てがわれたのでしょう」
赤い月の夜明けはあやかしの王が誕生するまで止まない雨と一緒だ。
あやかしの主食である魔力を持ち、俺達のような魔導士がいても人間側で聖女の力は必要不可欠。
ただ、その話を聞いて確信した。これは公にするつもりのない話。
多分、今回の護り手は……シアンだろう。
俺が現れたことで役割が変わったんだ。
「有難うございます。全力で聖女様をお護りし、無事に中立協会本部へお届けします」
「わ、わたしも……! ご迷惑おかけしないよう頑張りますので! これからも宜しくお願いします!!」
「ふふっ……。とても素敵な絆が築かれていますね。この先の旅が、幸運でありますように」
頭を下げてくるヴィオレットに、俺も軽く腰を曲げる。
住人に気付かれないよう挨拶を施設内で済ませた俺達は何事もなかったように街の外へ出た。
ヴィオレットの加護か、今日も澄み渡った空を見上げる。
ただ、当然のように薄紅色に交わった空を照らす太陽の横へ赤い月の夜明けが顔を出していた。
「赤い月の夜明けって言うのに、朝もあるのはおかしいよな」
「そうですよね! あやかしの楽園ではどうなんでしょう?」
「主ぃ……。あの月はあやかし達からは妖力の血晶と呼ばれています。人間達が勝手に月と位置付けているだけなんです」
「そうなのか……全然思いつかなかった。もしかして、だからあやかしの妖力が高まるのか?」
ルッカを首を下げる。
まったく思い描かなかったわけじゃないが、なるほどな。
ルッカは俺の相棒だからといって、聞かないことに関しては必要最低限しか話さない。
俺の知らないことは多そうだ。
懐から地図を取り出すと、第八支部から中立本部まではまだだいぶある。
しかも、中立本部までの道には複数の森を通り抜ける必要も出てきた。
「最低でも、大きな森を一つ……小中の森も二つは通り抜ける必要がありそうだな」
用意してもらった物資は小さくする魔法で腰の鞄に入れた。
「それは重大ですね……。ここまでの道のり以上に気合を入れます!」
「一番難関なのは、此処だ。"魔力生命樹"が多く生息していて、あやかしの数も多いが……。"森人"もいるだろう」
「森人って……。空気中に魔力を生み出してくれる魔力生命樹を、守っている種族でしたっけ」
「正解だ。彼らは魔力生命樹から生まれたと言われるほど、命よりも大事にしている。だから、同族以外は同じ人間だって関係なく攻撃してくるって噂だ」
魔力生命樹と呼ばれる木は、見た目が結晶みたいに透明で美しい。
そのため別名、魔晶樹とも呼ばれている。
それを使命だと守っているのが森人と呼ばれる人間だ。
耳が長くてあやかしのように見た目も美しいのが特徴だと文献には載っている。
俺も会ったことはない。
森が多いのは魔力生命樹の生息地だからと言われている。
ただ、森が広いだけあやかしの数も多い。
俺は地図をしまうと道なりに歩きだす。
「魔力生命樹の方が先に生息していたから、森を切り開けないんでしたっけ……」
「ああ、その典型的が中立本部だろうな。なんで、そんなところに建てたのかは不明だけど」
「――ノワール様、それについては私がお答え致します。弱い人間の選定……。本部と位置付けられる協会は選ばれた魔導士しか入れないようにしていると小耳に挟みました」
エリゴールの言うとおり、なぜか本部と呼ばれる施設がある街は森で囲まれていた。
まさか、そんな意味があったとは思わなかったけど……納得できる。
「それは納得できる理由だ。中立本部もそうだが、本部には街があるけど、住んでいるのは魔導士だけって聞くからな」
「そ、そうなんですか!? つまり、事務処理とか雑用をしているのも……」
「魔導士の序列じゃないか? 詳しくは知らないけど……」
ヴィオレットは誰かに心底感謝しているように、両手を合わせてブツブツ唱えていた。
まぁ、問題の森までは数日じゃ辿り着けない距離にある。
「まずは一日以上かかりそうな村を目指そう。第八支部の先は本部まで村しかなくて、離れてるって話だからなぁ」
「わたし、恵まれた場所に住んでいたんですね……すべての生命に感謝します」
「何に感謝してるのかと思ったら……壮大な。まぁ、次の村までは森もないから……良さそうな場所で初の野宿だな」
「野宿……! 実は、憧れの一つでした!! そのために物資を用意してもらっていたんですね」
女性であるヴィオレットは嫌がるかと思っていたが、喜ばれるとは思わなかった。
テントも二つ用意してもらったから大丈夫だろう。
村までの距離は俺達の足だと、時間にして……一日と半日くらいか。