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第029話 聖女誕生祭の夜

 無事に森から戻ってきた俺達はそのまま泊まる宿を探すことにする。

 この時期は祭りもなく、宿は空いていると思っていたが……。


「……聖女誕生祭のこと、すっかり忘れてたな」


「まさか、数日の間でそんな話題にされているとは思いませんでした……」


(あるじ)ぃ……。何やら、個人宿泊というものもあるようですよ?」


 襟巻きに化けているルッカが小声で教えてくれる。

 可愛い尻尾が指す方角へ目を凝らした。

 

 小さな文字で『個人宅を宿泊としてお貸しします』

 と立て札に書かれている。


 これは大きな祭りをする街では珍しくない小遣い稼ぎだ。


「すっかり忘れてたな……。よし、あやかしも大丈夫な家を探そう」


「――ノワール様。私でしたら、屋根の上でも問題ございません」


「いや、問題大ありだろう……不審者だぞ。まぁ、お前はそんなヘマをしないか。それは最終手段で」


 あやかしは睡眠もいらないし寒暖差に強い。

 だけど、旅を共にする仲間を無下にしたくないからな。


 広い街で宿を探しているだけなのに、楽しそうな笑顔を振りまくヴィオレットには救われる。

 暫くして、漸くあやかしも大丈夫と言ってくれる老夫婦の家に辿り着いた。


 街の外れにあるからか、騒音も聞こえてこない静かな場所で、家の面積も広い。


「……若くて可愛らしい、協会の方に使ってもらえて家も喜んでいますよ」


「この度はお世話になります。一応、あやかしを紹介しておきますね。俺の首に巻きついてるのがルッカで……こっちが、黒天宝(コクテンホウ)という上位のあやかしです」


「まぁ、まぁ……。人間にしか見えない姿なのねぇ……お爺さん、凄いですね。ルッカちゃんは、変化しているのかしら」


「僕も、これでも上位のあやかしなんですよ。(あるじ)を守るために、襟巻きになっているんです」


 可愛いことを言うルッカに対して、老夫婦も笑顔で頷いている。

 多分、孫を見るような眼差しで上位のあやかしだと思っているかは不明だ……。


 俺達は使われていない二つの部屋へ案内してもらう。

 子供たちが巣立って空き部屋になったところを借宿(かりやど)として提供しているらしい。


「わたしはこちらの部屋で大丈夫なので! そちらの広い部屋を三人で使ってくださいね」


「ああ、有難う。まぁ、エリゴールは寝ないけど……広い方が落ち着けるしな」


「エリゴールは(あるじ)の寝顔を見る(クセ)がありますからね! 他に目を向けられる方がいいでしょう」


 エリゴールとしては俺を守ろうとしてくれているらしく、強く言えないでいる。


 部屋で支度をして三十分後に廊下へ集まることにして、ヴィオレットがいなくなったことで室内に入ってすぐ質問を投げかけてみた。


「エリゴール。あやかしの王のときはどうしてたんだ?」


「――我が王はあやかしでしたので、ずっとお側におりました」


「そうだよな。あやかしの王に仕えてた? あやかしって、お前の他にはいなかったのか?」


(あるじ)ぃ……。それは、黒天宝(コクテンホウ)にとって触れられたくない相手かと」


 ベッドに座るルッカの助言と同じタイミングで、エリゴールから殺気めいたものを感じとる。

 エリゴールもすぐ気付いた様子で頭を下げてきた。


「大変申し訳ございませんでした――。今の殺気は、その者に向けたものでございます」


「いや……俺も、知らないのに悪かった。あやかしなんだから、それが普通だよな」


「あの()れ者に忠義などございません。我が王の亡くなったあと、すぐ棲家を去った(うつ)け者など――」


 こっそりと話をしてくれたルッカによると、個体名は"炎帝(えんてい)"。

 その名前が付けられただけあって、炎を自在に操るだけじゃなく、全身に纏っているという話だった。


「あっ、もう体感で三十分経ったか? 依頼の前にヴィオレットは食べてたけど、夕食自体はまだだからな」


(あるじ)ぃ……。確か、聖女誕生祭も開催されているかと」


「……そうだった。まぁ、顔は分からないから大丈夫だろうけど。人が多いか」


「問題ございません。何者かが、御身(おんみ)へ触れる前に始末してみせます」


 普通に人混みだから、肩がぶつかる可能性もあるから始末はやめてほしい……。


 ヴィオレットと合流して街へ繰り出した俺達は人混みの中、エリゴールの威圧効果か、少し離れて歩く人達に異様な目で見られていた。


「いや……これは、きっと俺達が協会の人間だからで」


「完全に、黒天宝(コクテンホウ)さん効果ですね! (あるじ)に仕える従士! 素敵ですぅ」


「あー……うん。そうだなー……ヴィオレットは、食べたいものとかないのか?」


 俺は生返事をして最初と違った出店に目を向ける。

 きっと祭りが本格的になってきたことで増えた出店には、高級食材が目立っていた。


 幼少期を思い出すような食材ばかりで、ヴィオレットは口に手を当てている。


「……ノワールさん。宝石みたいに輝いている食材ばかりです……」


「ああ、そうだな。祭りに来る貴族用か……。ヴィオレットも、今後はそういった食事ばかりになるんじゃないか?」


「ハッ! 考えてませんでした……。聖女様は、王族扱いですもんね……庶民的な食べ物を沢山食べたいです!」


 庶民にこだわるヴィオレットへ複雑な感情が芽生えていた。

 ヴィオレットは俺との旅が終わったら籠の中の鳥になる……。


 まだ自由の翼がある俺の方がマシか。危険は多いけど。


 街へ来た当初よりも両手いっぱいに抱えた食べ物を楽しそうに口へ運ぶヴィオレットを見て、思わず笑ってしまう。

 ヴィオレットと違って特に食べたいものがない俺は適当に肉と野菜、今日は特別に水ではない果実酒(かじつしゅ)の方を(たしな)んでいた。


「ノワールさんは大人ですよね……。わたしも二十歳を超えたのに、お酒は飲めなくて……」


「俺が飲んでいる果実酒(かじつしゅ)なら、強くはないと思うけどな。飲んでみるか?」


「明日……支部に行くので、やめておきます。万一、酔っぱらってノワールさんに迷惑をかけられないので!」


 ヴィオレットの言い分はとても分かる。

 聖女様を酔わせたなんて誤解を招いたら立場が危うい……。


 今回は支部に立ち寄ることで支給品を貰えるから必要最低限な物資しか購入しておらず、まったりだ。

 ヴィオレットを送り届けるあやかし専門協会・中立本部はまだだいぶ先だから路銀も頼みたい。


 まさか、ヴィオレットの食費が大半になるとは思わなかったから……。


「聖女誕生祭にしては大人しいよな……空は火華(ブルーム・ヴール)(いろど)られて綺麗だけど」


「でも! お祭りと言ったら夜空に咲く火華(はな)の魔法です!」


 複数の色をした火の玉が魔砲弾(まほうだん)から地上へ打ち上がる。

 藍青色の夜(アズルノーチェ)へ舞い上がる火の花。

 花が開花して見えることから、火華(ブルーム・ヴール)と呼ばれて親しまれている魔法。


 空を見上げるヴィオレットは満面の笑顔を浮かべながら、両手を高く伸ばした。


「はーなやー!」


 火華(ブルーム・ヴール)の掛け声を大声で叫ぶヴィオレットに自然と口元が緩んだ。

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