第028話 別支部での初依頼
下位のあやかしに案内されるまま森へ入った俺達はすぐ異変に気づく。
複数の薙ぎ倒された木はもちろん。
奥へ進むにつれて濃くなる妖気だ。
俺達が住む人里の近くにはなぜか森が多い。
自然が多いのは良いことだと言うが、その分あやかしも多いということになる。
基本的に人里を好まないあやかしの棲家は森が多い。
そして、必ず中位か上位のあやかしが縄張りにしている。
「……まぁ、イブリースと比べたら大丈夫だろう」
「名前持ちのあやかしさんですか? 確か、個体名以外は認められた者しか呼んでは駄目だと教わりました!」
「ああ、そうだ。でも、正直言って面倒だよなぁ……。なんで、人間側は従ってるのか謎だ」
「――僭越ながら、ノワール様の疑問にお答えさせて頂きます。本来、上位のあやかしは一介の魔導士が太刀打ち出来る相手ではありません。それを打ち負かしたとして名前を呼ぶ事を許されます」
あやかし同士が個体名で呼び合っているのも同じ理由らしい。
「……人間側が守っている理由は一つでございます。誇り高き上位のあやかしに、殺されないため――ノワール様でしたら、殺される事はございません」
「ひぇっ!!」
「……なるほどな。それで、俺なら大丈夫ってどういうことだよ?」
「主は強いからです! 上位のあやかしでも、その力を知った暁には平伏しますから」
二人が言いたい言葉は分かった。
万一、過って名前を呼んでも上位のあやかしが負けるから問題ないってことらしい。
それはそれで、自分の能力をひけらかす常識知らずみたいで問題だけどな……。
あやかしなら良いが、人間としてはまずいと思う。
下位のあやかしは俺達の話を聞いていないようで、どんどん先に進んで行った。
目的地に辿り着いてすぐ、血なまぐさい臭いが立ち込めて鼻へ手を当てる。
「主、ご安心ください。あやかしの血しか臭いません!」
「うっ……。それは、安心して良いのか? ヴィオレット」
「わ、わたしは大丈夫です! ですが、あやかしさんは大丈夫でしょうか……」
両手で鼻から口を覆うヴィオレットから視線を外して地面へ向けた。
すると、薙ぎ倒された木よりも多い数のあやかしが血を流して突っ伏している。
血なまぐさい正体が分かった瞬間。目を大きく見開き、血相を変えて走り出そうとするヴィオレットの腕を掴む。
「わたしの能力じゃ、かえって毒なのは分かってます! でも! 魔力なら」
「駄目だ……。周りを良く観察してみろ」
「あっ……。あれが、赤い月の夜明けの被害者さんでしょうか」
下位のあやかしが言っていた特徴に似ていた。
エリゴールとは違った飛膜を持ち、バランスの悪い大きな足。
地面を突進しているところからして空を飛ぶ機能はないらしい。反対に腕から手は人間と大差ない大きさだ。
ただ、その目は妖しく光り輝いていて殺輝石やイブリースと同じ状態。
「あのあやかしは……"イビル"だ。見た目だけで、邪悪だって言われてるが……実際は、そこまで悪さをするあやかしじゃない」
「わたしの知らないあやかしさんが沢山います……」
「下位のあやかしだろうと、形がある限りは生きている。それに、踏まれたくらいじゃ死なないから大丈夫だ」
俺の言い方にヴィオレットはもちろん、案内人だった下位のあやかしも引いていた。
そんなに酷いことを言った覚えはないぞ?
チラッと横目でルッカへ視線を向ける。
「主ぃ……。下位とはいえ、あやかしをも震え上がらせる言動、さすがです!」
「……いま、本当の言葉を飲み込んだだろう? 引いてるよな」
「だ、大丈夫です! ノワールさんの優しさは、分かってます!」
引き気味のままヴィオレットは顔の前で両手をギュッと握った。
声援を送られるほど引かれる言葉だったらしい。
ルッカにも引かれるって相当だぞ。
薙ぎ倒されていない大木の陰から様子を窺っていた俺達は、再び動き出したイビルの発狂する奇声に耳を防ぐ。
「ぼんやりしてる場合じゃなかったな……。ヴィオレットは此処で下位のあやかしと待機。エリゴール――」
「――ノワール様の、仰せのままに」
「ヴィオレット達を見ていてくれ。何かあったら、自己判断で対処してくれていい」
「主は僕がお守りします!」
襟首から地面へ下りたルッカは中型サイズに変化した。
奇声が止んでからイビルの前へ姿を現すと、一瞬驚いたように後ろへ仰け反ったあと、大きな足で地面を蹴って向かってくる。
イビルの武器はその大きな足だ。
イビルの羽根に飛ぶ機能はないが、大きな足で地面を蹴ると、空中に飛び上がる。
飛膜によって空中にいる時間を長く出来るのは厄介だ。
空中から突っ込んでくる姿を軽く横へ躱すが、地面を抉ったことで大量の土が飛んでくる。
「主の衣服に土など触れさせません!」
「えっ……。俺は別に気にしてない、ぞ――」
尻尾だけ大きくしたルッカによって飛んできた土はイビルへ吹き飛ばされた。
運悪く目を直撃したようで、苦しがって転げ回る姿に俺は魔法を唱える。
「水刃の揺籃!」
無力化するにはこれが一番手っ取り早くて、相手を傷つけなくて済むからな。
今回も水の中で藻掻いている間に、瞳から妖しい光が失われたタイミングで、指を鳴らして解除する。
「これで、会話が出来るといいけど……。それと、暴走本能も」
「ウゥッ……オラ、あたまがボーッとするデ……」
「成功ですか!?」
「ああ、もう出てきて大丈夫だ」
ヴィオレットが飛んできて、突っ伏している下位のあやかしたちに魔力を与え始めた。
俺は注意深く眺めながら制限をかける。
ただ、聖女であるヴィオレットの魔力は毒にならないのだろうか……。
「あっ! 一人が目を覚ましたよっ!」
「クキャァァア!?」
「会話が出来ない種類だな……。動物に近いからか」
「問題ありません! 僕が、直訳します」
元のサイズへ戻ったルッカに頼んで尋ねてもらうと、魔力に問題はないらしい。
まぁ、少量なのも大きいかもしれないけど。
「おデ、迷惑かけた……申し訳ない。ミンナも、すまない」
「イエ! イビルさんが、元に戻って……よかったデス」
「お前、中位のあやかしであるイビルと同じくらい話せるけど、人型だからか?」
「そ、それは……あやかしの王から得た、妖力デス……。あの方は、下位にまで妖力を分け与えてくださった……やさしい、王……でした」
……なるほどな。
あやかしにしては珍しい、優しい王。
本当に、あやかしと人間の架け橋になろうとしていたのか……。
まぁ、ヒガクレも下位のあやかしなのに流暢に人の言葉を話してたっけ。
「うーん、今回はあやかしの依頼だから報酬は期待出来ないな」
「人間に被害が出る前に解決できたんですから! 良かったです」
「そうだな。また、何かあったら協会に来いよぉ」
下位のあやかし全員を診察したあと、俺達は再び第八支部のある街へ戻った。




