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第002話 火種に巻き込まれる者

「巻き込まれていたのは、さっき別れたカオナシで……。相手が問題児の良鬼(リョウキ)じゃあ、分が悪いな」


(あるじ)ぃ、良鬼(リョウキ)は興奮しているようにみえますよ! お気をつけください」


「あわわ……目が、ギンギンですぅ……」


 俺の背後から声がするヒガクレと、首に巻き付いていたルッカも飛び降りる。


 ヒガクレが言うように普段よりも目付きが悪く、妖力の漏れている良鬼(リョウキ)は、薄紅色をした二本の角が黄昏(たそがれ)色に光っていた。

 良鬼(リョウキ)は怪力自慢の戦闘狂(せんとうきょう)でもある。


『ひぃぃぃ! ノワール、たすけて……』


 俺たちにいち早く気が付いたカオナシは、すがるように泣き声をあげた。

 当然、俺の脳内で。


 カオナシは顔面凶器のくせに基本的に憶病で、そもそも戦闘向きなあやかしでもない。


良鬼(リョウキ)! 俺のことが分かるか?」


「ウゥゥゥ……。全部、ゴロズ!! アタシが、この世で一番強いあやかしだァァア!」


(あるじ)ぃ、話が通じません……。お気をつけください!」


 一瞬で俺を乗せられるほど大きくなるルッカを横目に、鋭い爪を伸ばし、迷わず突っ込んでくる良鬼(リョウキ)をギリギリで(かわ)す。

 怪力だが、身体能力に加えてすらっとした体型に普段よりも素早さも上がっていた。


 すかさず妖力を炎に変えたルッカが口を開いて良鬼(リョウキ)に向かって放つ。

 それを難なく(かわ)す様子に俺も魔力を込めた。


「――水刃の揺籠(アクア・ヴィーゲ)!」


 その瞬間、渦巻く水が俺の周囲から湧き上がり、そのまま上空へ浮かび上がってから鋭い刃のように良鬼(リョウキ)へ向かっていく。

 さすがに規模の大きさから避けきれない良鬼(リョウキ)は、両腕を前に出して防御姿勢をとった。


 水流は形を変え良鬼(リョウキ)に直撃すると、身体を包み込んで揺り籠のように左右へ激しく揺れる。

 息が出来ず、苦しそうにする良鬼(リョウキ)の瞳と角から輝きが失われたタイミングで、俺は指を鳴らして魔法を強制的に打ち消した。


 弾けるような水音と共に地面へ崩れる良鬼(リョウキ)に近づいていく。


「さてと……。良鬼(リョウキ)、正気に戻ったか?」


「――カハッ! ア、アタシ……何がどうなってんのか……」


『うっ、うっ……。戻って、良かった……』


 正気に戻った様子の良鬼(リョウキ)は両手で角を押さえて下を向いた。一応解決したと言ってもいいだろうが、問題は残っている。

 まさか、CROWN(クラウン)が亡くなったことで、妖力のあるあやかしが暴走してたりしないだろうな……。


 あやかし共の戦争は、"次期あやかしの王候補の争い"――。

 

 協会に入る際、文献(ぶんけん)で過去の王権争いについて書いてあった。

『あやかしの王が死んだあと、莫大(ばくだい)な妖力が世界に放たれ、あやかしの暴走が起こる』と……。


「一先ずは――うっ……! いたっ……急に、目が……熱っ!」


「主ぃ……!?」


「だ、大丈夫ですか!?」


 少しだけ緊張の糸が解けたときだった。

 両目が焼けるように熱を帯びて、思わず黄昏(たそがれ)色の眼鏡を外して左手で(おお)い隠す。

 元の大きさに戻って走り寄ってきたルッカの心配する声とヒガクレに、薄く目蓋を開いた直後、水溜りに映る双眸(そうぼう)が光り輝いていた。


(あるじ)ぃ! 瞳が、輝いてます! それに、両目から魔力が溢れています!!」


「うっ……。一体、何が……。CROWN(クラウン)が亡くなったことで、"半端者"の俺にも異変が起きてるのか……?」


「ちょっと! アンタ、その瞳!! どういうこと!? ただの人間(・・)が、持っていい代物じゃない」


 自然と涙が伝う"金色の瞳"に気がついた良鬼(リョウキ)の叫び声が響く。

 もちろん、この瞳の色を知っているルッカは驚かないが、他のあやかし二人も分からない様子だった。


「どうって、こっちが知りたい……」


 次第に熱が治まって涙を拭う俺に向かって、頭一つ分ほど身長の低い良鬼(リョウキ)が仁王立ちする。


「その瞳! "王の証"じゃない!!」


「えっ……?」


 思いがけない言葉に、その場にいた全員が固まった。

 未だに少しだけ違和感がある目に、黄昏(たそがれ)色の眼鏡を掛ける。

 これは金色の瞳を隠すためで目は悪くない。

 

 人間では有り得ない瞳の色で、昔からあやかしとの"混血"だといじめられて、ルッカに出会ってそれが"真実"だと知った。

 まさか人間と交わるようなあやかしがいて、自分が産まれたとは思わなくて笑ったことがいまでは懐かしい。


「ルッカ……お前は、知ってたのか?」


(あるじ)ぃ……知ってました。申し訳ございません!」


「はわわ……ワタシは見ての通り、影以下だから。劣等種(れっとうしゅ)は、王が亡くなったのを飛び散った妖力を与えて頂いて、感じ取れるくらいで……」


 CROWN(クラウン)について知っている者は少数だと聞く。

 ただ、ルッカは他にも何か隠している気がした。


『だから、ノワールの側……安心したのかな……』


「分かりますぅ……。でも、ノワールさんが魔法を使うとき、妖力は一切感じませんでした」


「だから言ってるの! こいつからは妖気すら一切感じない! でも、金色の瞳は王の証。つまり、あやかしの王の……えっ、待って――子供ってことぉお!?」


 良鬼(リョウキ)が話す金色の瞳は、あやかしの中でも珍しく、亡くなった現王と初代のみだという。


 思わず目眩がして左手で額を押さえる。先ほどよりも、風が冷たく感じて震えた。

 とても笑えない冗談にいっそう頭を抱える。


「――俺が、CROWN(クラウン)の子供……? 頭が痛くなってきた。それに、お前ら……どうして王の名前を口にしないんだよ」


(あるじ)ぃ……あやかしの王の名前を知っているのは、側近のみです」


「そうよ。アタシたちにとって雲の上の存在だからね!」


 ――文献(ぶんけん)にも載っていないのはそういうことか……。


 静まり返る森の中で、CROWN(クラウン)が亡くなったことを哀しんでいるかのように、つむじ風のような遠吠えが耳に届く。

 CROWN(クラウン)が亡くなったことで、これから本格的にあやかしの王候補による争いが起きることを報せるものでもあった。


「大体分かった……。俺の状況が、最悪だってことがな。お前たち、このことは――」


「言いません! そもそも、ワタシみたいな劣等種(れっとうしゅ)には、言えません……」


『わたしも……言わないから、そばにいさせて……』


 釘を刺す前に、ヒガクレとカオナシは否定する。

 近くにいるこいつらが妖力を感じないのなら、上位のあやかしにもバレていないはずだ。


 今までも隠せていたことから、黄昏(たそがれ)色の眼鏡に効果はある。

 おもむろに良鬼(リョウキ)に視線を向けると目が合った。


「アタシも言わないから! その、アンタには借りがあるし……」


「山のようにな?」


「そうですね。良鬼(リョウキ)は、他の人間でしたら最初のときにチームを組んだ協会に殺されてますから」


 俺の代わりに不満を口にするルッカは可愛い。


 直ぐに逸らされる瞳に、鼻を鳴らして背中を向ける良鬼(リョウキ)は、噛み締めるような声で唸る。


「うっ……。小狐のくせに生意気」


「小娘に言われたくないです」


「ハァ……二人共、問題を増やすなよ?」


 元気良く返事をするルッカに、良鬼(リョウキ)は舌打ちした。

 俺は大人だから聞かなかったことにする。


「そうだ、この機会だからアタシの名前、教えてあげる! 正直、ニ年も良鬼(リョウキ)はないわよ。アタシの名前は、"イブリース"! しっかり覚えなさいよ」


「へぇ……やっぱり、"名前持ち(ネームド)"だったのか。それじゃあ、改めて俺も名乗るべきだよな」


「"ノワール・A・ブランシュ"でしょ。ここに住み着いてるあやかしで、もう知らない奴はいないんじゃない?」


 ……二年越しに名乗れる機会を一瞬で失った。


 ブランシュは母方の家名。

 Aは"隠し名"らしい。絶縁に近い母方である祖父が旅立つ前に教えてくれた。

 多分、あやかしである父親の名前だろうって。


 つまり、亡くなった王の"頭文字"の可能性もあるのか。



 二十歳で、あやかし専門協会に入ってから町を転々としてきた。

 良くて半年。

 それが二年も居られたのは、こいつらのおかげか……緩い国王が、あやかし関係に興味ないかだな。


 不意に視線を感じて太い木の上を見上げる。

 俺が、旅立ってから七年間。ずっと、見守っているだけの鳥を模した使い魔が、黒い双眸(そうぼう)を向けていた。






 ◇◆---------------------------◆◇


 <<あやかし紹介>>


 ー No.Ⅱ Name.ヒガクレ(日隠) ー

 人里から近い場所を好んで住処にしている下位のあやかし。

 その姿は日の光に隠れて見えない。また、夜になると闇に隠れて『ヨガクレ(夜隠)』へ変化して見えなくなる。姿を隠している理由は本人にも分からないらしい。

 存在自体が妖力の(かたまり)であるため、魔力を持つ人間で魔導士には妖気で分かる。丁寧な話し方で、性別は不明。そもそも、子孫繁栄の概念(がいねん)がないあやかしに性別もあってないようなもの。

 能力は、特にない。


 追記……

 <ノワール情報>

 目に見えないことでたまに突然壁が現れたと怖がられたり、人とぶつかって怪我をさせたりして、その都度叱りつけている。

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