第026話 新事実発見?
窓から射し込む朝日と共に目覚めた俺はぼんやりと天井を眺めた。
すると、横からヴィオレットの顔が現れる。
横へ顔を向けて、同じ場所で佇んでいるエリゴールを確認した。
ヴィオレットは危険視されていないのか、目を瞑るエリゴールは俺の視線に気付いたようで、宝石のような瑠璃色の瞳を向けてくる。
「ヴィオレットに、エリゴールもおはよう……。それと、見張りも有り難う」
「おはようございます! 今日もいいお天気ですねー。まだ少し寒いですけど」
「――ノワール様。おはようございます」
人間は挨拶が基本だと教えてから、エリゴールもルッカと同じように返事をしてくれるようになった。
ただ、俺に対してのみだけど。
身なりを整えてから俺達は村長の家に顔を出して村人に蔵を案内してもらう。
蔵は二階建てのように天井が高く、この村では一番広かった。
貴重な文献や資料があるからか窓はなく、村人の男性が上から吊るされた魔石が嵌まったガラス球を点灯させていく。
村人と会釈を交わしてから、束になっている文献の一冊を手に取った。
濁った青緑色をした紙で出来た古紙には走り書きで、あやかしの個体名が刻まれている。
「へぇ……一角獣か。殺輝石と同じで知らない名前だ」
「どんなあやかしなんですか?」
「主ぃ……。それは女性の人間に読み聞かせしない方が」
「えーっと……。穢れなき乙女の魔力を好み、その前にしか現れない……」
俺は最初の一文だけで、若い女性の前で読む文章でないことに気付く。
襟首に化けているルッカに目配せさせながら、ヴィオレットへ向き直った。
ヴィオレットは両手で顔を覆っている。
さすがのヴィオレットでも気が付いたようだ……。
俺は一度咳払いしてから、あやかしの特徴について話すことで誤魔化す。
「美しい男性の姿で、白くて長い一本の角を持つ。……うえっ、男が側にいた場合は問答無用で襲いかかるって書いてあるぞ」
最後の方はルッカに聞こえるほど小さな声で呟いた。
「わたし思うんです……。上位のあやかしさんで、男性は黒天宝さんしか知りませんが。女性で初めて見た、殺輝石さんもとても綺麗でした。上位のあやかしさんは美男美女なのでは……!」
恥ずかしさから半周して戻ってきたヴィオレットが確信を突く。
確かにエリゴールは整った顔立ちだ。
イブリースも、問題児ではあったが初めて見たときは綺麗だと目を奪われた。
「……艶狐はもちろんだが、ちょっとアレな吸魔も。それから、ルッカも可愛いし……」
「ですよ! 人型は美男美女で、ルッカちゃんみたいな動物型は可愛いんです!」
力説してくるヴィオレットに気圧され一歩下がった直後、棚に背中が触れると雪崩のように古紙の束が地面へ散らばる。
「す、すみません……!!」
「いや……散らばらせたのは俺だから」
二人でしゃがみ込むと、散らばった古紙の束を拾い集めた。
俺を真似てエリゴールも手伝ってくれたおかげですぐに片付けが終わると、最後に拾い上げた文献に目を奪われる。
「この文献は……」
「――あやかしの王についてですね。私が見た限りでは、二百年以上前の物かと」
「えっ……? エリゴールは、そんなものも分かるのか」
「……ハイ。五百年以上、生きていますので」
さすがに、俺が読んだことのある一般的な文献は、百年前くらいのものだ。
父親だと分からなかったときはまったく興味なかったのに……。
これもまた人間の面白い部分か。
気が付くとヴィオレットも興味を惹かれる物があったようで、壁に背を預けて読んでいる。
俺は立ったままページをめくった。
「……本当に名前は書いてないし、特徴も書いてないよな」
「それは畏れ多い存在ですから! 滅多に人里には降りませんからね」
「なるほどな。五百年前に、あやかしの王が代替わりって書いてあるな……。ちょうど、エリゴールが生まれた頃か?」
「――はい。私が生まれて直ぐにお会いする幸福へ恵まれました。ですが、あの方はまだ王ではございませんでした」
約千五百年で亡くなったといわれる俺の父親はあやかしの王になった暦は短いらしい。
いや、あやかしの王はどの程度で代替わりするんだ?
ヴィオレットを気にしながらも、他にも目ぼしい文献がないか二人で漁る。
不意に不気味な妖気を感じて手に取った古紙は黒く禍々しく感じた。
思わず離した瞬間、閉じていたような一つ目がギョロッと俺を捉える。
「なっ……あやかしか――?」
「主!」
「ノワール様――」
二人が同時に動いたのと同時で、目だけではなく裂けたような口が開き床へ落ちたあやかしの笑い声が響いた。
「ギャハハハ!! ニンゲン!? マリョク! アノカタノ、クモツ!!」
「――この痴れ者。殺します」
「……待て。あやかしでも、文献に似たものだろう? あの方って誰だ」
「ひぃぃぃ!? 文献のお化けですか!?」
反対側で文献に読みふけっていたヴィオレットが叫ぶ。
床から俺達を見回すあやかしは唾を飛ばす仕草をしてきた。
「ゲロゲロ!! マズイ、ニンゲン! ゲロマズ! アノカタハ、イダイ! アヤカシノソ――オシエテホシイナラ、マリョク……ヨコセ!!」
「やはり殺しましょう――」
「ヴィオレットの魔力も大丈夫だったはずだけどな……。ここは、ヴィオレット頼む」
俺はヴィオレットに防護魔法を展開した上で、あやかしへ近づかせる。
案の定、このあやかしは聖女を嫌っているようでガタガタと震えだした。
「マテ! ハナス! アノカタ、ソ! ヒトリ! カコ、ホロブ! アノカタダケ、フウイン!」
「少し読み取れないが……あの方って言うのは、あやかしの祖先……? で、一人だけ封印されてるのか?」
「ノワール様。あやかしの歴史は古いので、五百年少ししか生きていない私には分かりかねます」
「レキシ! ウモレタ! シル、ニンゲン! ――"貴様らの中に、数千年以上生きる者はいるか?"」
急に声が変わるあやかしに全員が目を見開いた瞬間だった。
ボワッと発火するあやかしは再び笑い声をあげると、消化するまもなく炭になってから消滅する。
呆気にとられる俺達の元へ何も知らない村人が声をかけてきた。
気が付くと昼を回る頃になり、機転を利かせたヴィオレットが村人の相手をする間に、床へ残った焦げ跡を複製魔法で入れ替える。
俺達は話し合う暇もなく村長の家へ向かった。
昼もご馳走になって、村を発つ門の前で蔵について聞いた。
蔵ができたのは約千年くらい前らしい。
「最後に一つ聞きたいことが」
「はて、なんでしょう?」
「あの蔵を最後に掃除したのはいつですか?」
「ああ……蔵の掃除ですか。大体、五年くらいに一度でしょうか。最後に整理したのは確か……そう、赤い月が顔を出したときでした」
赤い月の夜明けと同じ日に、あのあやかしは蔵へ忍び込んだのか……?
謎が深まる中、村長と一部の村人に見送られた俺達は再び整地された通りへ戻る。
懐から地図を取り出して再度確認したところ、次は第八支部で、半日歩いたら行ける距離だった。
「色々と謎が深まっただけだが……。第七支部から第八支部は案外近い距離にあったんだなぁ」
「あやかしさんに祖先がいたなんて……。あっ、そうみたいですね! 第七支部にずっと居たので、それはそれで楽しみです!」
「楽しみなところ悪いんだが……。町や村と違って、確実にヴィオレットのことは知れ渡ってるぞ」
速攻で崩れていく笑顔と、瞳から生気が失われる姿に思わず頭を撫でる。
すると、すがりつく子犬のような目を向けてくるヴィオレットに俺は苦笑いした。