第022話 隣町で観光気分
ヴィオレットの村で一泊したあと、両親以外事情を知らない村人たちに見送られた俺達は隣町を目指して整地された道を進んでいた。
俺は隣町につく間、ヴィオレットに確認する。
「ヴィオレットは中立協会本部に行ったことはあるか?」
「いえ、第七支部と村を行き来して生活していたので、隣町すら行ったことがありません」
「そうか。俺も似たようなものだな。出る前に調べたけど、中には厄介な町……というより"都"があるみたいなんだ」
地図と文献で調べたところ。
中立協会本部の前に、"竜人族"の都がある。
あやかしが現れた大昔、人類の祖先とすら言われる人間だ。
その姿は俺たち人族より体が大きく、二本の角が特徴的で鱗に覆われた太い尻尾を持つ。
上位のあやかしであるイブリースに似ていることから、少し前まであやかしに間違われたこともあって、人族のことを良く思っていないらしい。
建物も大きく、都自体も広いと書いてあった。
「そうなんですね? 都というと、人族とは別な王族が住んでいるんでしょうか?」
「竜人族だ。王族は分からないが、人族とは仲が良くないらしいから長居はしない方が良いかもな」
「ノワール様。僭越ながら補足させて頂きますと、種族としてまだ若いのに数だけは多く、王族が威張っている人族のことを無能だと思っているようです」
思った以上に深刻らしい。
ただ、人間の中で一番数が多いのは人族なのも事実だ。
他にも、あやかしだけが住む村なんかもある。
ただ、こっちは協会の人間くらいにしか分からない。隠れ里に近いな。
「隣町に着くまで、お互いの得意、不得意の話もしておくか」
「あっ! そうですね! 私はなんでも食べられます。怖いものは……うーん」
「それは、なんか違う気がする……。聞きたいのは戦いにおいて、だったんだけどな」
少し深めの自己紹介を始めるヴィオレットに軽く指摘するが、恥ずかしさに両手を隠す姿に頭を掻く。
なんか悪いことをした気分だ……。
隣町が見えてきたところで再確認する。
「グラオ支部長から預かった聖女について書かれている文献も読まないとだけど、それは町についてからでもいいか」
「そうですね! 歩き読みも良くないですし……あっ! 見てください。町が見えてきましたよ」
視力の良い俺から見える町の様子は第七支部よりも活気だっていた。
あそこは貴族と魔導士しか住んでいなかったのもあるけど。
「ああ、そうみたいだな。エリゴール、此処からはまた」
「ノワール様の仰せのままに……」
本来の姿から再び人間に変わる様子と、俺たちのやり取りでヴィオレットは目を輝かせていた。
少し前まで王子様と従者のおとぎ話に夢中だったらしい。
あながち間違ってはいないのか……?
「ヴィオレットと俺は、身分以外は似ているかもな?」
「えっ? 私と、ノワールさんが……全然似てません! 恐れ多いですから!」
こんなに腰が低い聖女も過去一番かもしれないぞ?
他愛もない話をしながら町の入口をくぐり中に入ると、すぐに市場があり、さまざまな声が聞こえてきた。
「安いよー!」
「今日は超特価だよー!!」
「うちのは、野菜が新鮮で美味いよー」
賑わう町中を横目に、先ずは事前に話し合った宿屋を探す。
宿屋は基本的に少し静かな中心部にあるのが定石だ。
市場を抜けた先は静かで、二つの宿屋を見つける。
「どっちにするか……路銀は、たんまり貰ったし。少しくらい高くても大丈夫だけど」
「町の人に聞いてみましょうか? 食事が出るところだと嬉しいですし!」
「僕もそう思います! 主たち人間は、睡眠もですが、食事も大事ですから」
ルッカはいつも俺のことを考えてくれる可愛くて良い相棒だ。
俺たちは早速町の人に聞き込みをする。
三食出るのは右の宿屋らしい。美味いと評判も良いとか。
「それじゃあ、決まりだな」
「ハイ! それでは、先ずはチェックインですねー」
ちょうど二部屋空いていたため、先に部屋で準備をしてから三十分後に受付へ集まることを約束して別れる。
扉を開いてすぐに二つのベッドと、こぢんまりした丸いテーブルに椅子が二つあった。
食事がメインらしく、部屋は大の男二人では狭いかもしれない。
「せっかくだから、夜も部屋にいるだろう?」
「私にベッドや椅子は不要ですし、我が君が迷惑でないのなら……」
「迷惑じゃないから。まぁ、寝顔を見られてるのは……少し」
「――善処致します」
王族とかはいつも見られているのだろうか。
俺達は準備するものがないため、受付に向かうとソファーが置かれた簡易的な休憩所でヴィオレットを待つ。
「お待たせしましたー!」
「それじゃあ、今日はもう昼食の時間が過ぎて夕食だけみたいだし、観光がてら買い食いしようか」
「ハイ! お腹もペコペコなので、とても楽しみです!」
俺たちは再び町に出るとすぐに市場に向かった。
此処は作る前の材料も、出来上がった料理も売られている。
最初に町へ入ったときから良い匂いに腹の虫が鳴りそうで大変だった。
他にも魔道具店や、仕立て屋、パン屋などさまざまな店が立ち並んでいる。
「匂いだけで満たされます……全部食べたい」
「ハハッ……そうだな? さすがに町中で別れるわけにはいかないから、ヴィオレットが行きたい出店に行こうか」
「ええっ!? 悪いですよ! あっ、でも……あそこのお肉が食欲をそそる」
見ていて飽きないヴィオレットに笑いながら、俺もガッツリ食べたかったから肉が売ってる出店に向かった。
良い匂いのしたとおり、舌で溶けて無くなるくらい美味しくて、串に刺さった肉を二つも食べて腹部に手を当てる。
「とても美味しかったですね! 次はスープでもどうですか? あっ! お二人にはつまらないですよね……」
「僕達のことは気にしないでください。人間の食事も出来ますが、栄養にはならないので勿体ないですし」
「あやかしは魔力しか栄養にはならないからなぁ。宿に戻ったら、魔力をやるから我慢してくれ」
襟首に擬態しているルッカを軽く撫でてから、俺たちは野菜たっぷりのスープで満たされた。
宿屋の店主に言われた言葉を思い出した俺たちは次にパン屋へ入る。
今日の夕食は白身魚とスープらしく、此処のパンと合わせて食べると美味しいとか。
「いらっしゃいませー!」
「い、いらっしゃいました!」
「返事はしなくていいと思うぞ?」
田舎娘だということが丸わかりとなる姿に、両手で顔を隠すヴィオレットを見た女性店員がオススメを教えてくれる。
俺たちは二つずつパンを購入して、もう少しだけ町を探索した。
「こういう町の魔道具店とか、掘り出し物があったりするんだよなぁ」
「そうなんですか? 私も、魔力が少なくて魔道具に頼ってきたので興味あります!」
外から見える窓に置かれた宣伝用の飾り棚には、回復薬や魔力回復薬の入った小瓶が置かれている。
魔道具店の扉を開いて呼び鈴を鳴らし中に入ると、こぢんまりした店内で棚へ置かれたさまざまな魔道具に目が入った。
「凄いです! 玄能や魔力を込める石を作ってもらったのは、鍛冶屋さんだったので。小さい頃に行ったくらいでして……」
「そうだったのか。時間はたっぷりあるから、好きに見たらいい。俺も適当に」
目を輝かせるヴィオレットを尻目に、俺は入ってすぐ興味を抱いた魔道具を眺める。
「これ、魔力を貯めることが出来る魔道具らしいぞ。何かのときに役立つかな?」
「我が君は魔力量も申し分ないですが……今後、何があるかは分かりません」
「主ぃ……。僕も黒天宝の言葉に賛同です。良いお買い物かと」
二人の意見を聞いて自腹で購入した。
ヴィオレットはいざというときの魔力回復薬を購入したらしい。
ただ、魔力回復薬は回復薬と違って高級品だから二本だけ。もらった路銀で買ったらいいと勧めたが、貯金を崩したようで涙目だった。
店から出ると夕暮れ時となっていて、薄紅色が藍青色の夜に混ざって綺麗に染まる空を眺める。
俺たちはそのまま宿屋へ戻ることにした。