第021話 一夜花の祭り
俺達が目指すのは中立協会本部。大きな目的は聖女であるヴィオレットの保護と、中立協会本部の動きを探るため。
他の王候補から逃げる目的で旅立っただけで、俺自身は何も考えていない。あてのない旅だ。
ヴィオレットの実家がある村はちょうど中立本部へ行く道の途中だっタため、横に並んで歩きながら俺達は村を目指している。
「少し、気になることがあったんですが良いですか?」
「えっ? 別に答えられることなら良いけど」
「その眼鏡。二つの付与魔法がかけられていますよね?」
思いがけない言葉に自然と足が止まった。
俺の動揺にいち早く反応したエリゴールはヴィオレットの前に立ち塞がる。
――まさか、鑑定眼……?
気が付くと一触即発な雰囲気に、エリゴールの腕を掴む。
「大丈夫だ……。ヴィオレット、悪いな。大丈夫か……って、本当に悪かった」
「わわわ、だ、だっ大丈夫です……。き、聞いてはいけないことを……」
半分白目を剥くように壊れかけた魔法道具と化した顔色のヴィオレットを支えた。
少し道から外れた草原で腰を下ろし、ヴィオレットが落ち着いてから一息つく。
「悪い……少し、驚いただけだ。ヴィオレットは鑑定眼も持っているのか?」
「えーっと、分からないんですけど……。これも昔からでして……怪力と同じく普通に使ってました!」
「そうか……なら、聖女の力とかではないのかな。俺の祖母も鑑定眼を持っているから」
先に立ち上がった俺はヴィオレットに手を伸ばした。
再び歩き出すが、落ち着かない様子でソワソワしているヴィオレットに首を傾げる。
まだ、何か思うことがあるのだろうか。
「ヴィオレット、今度は大丈夫だから思うことがあるなら言ってくれ。しばらくは一緒に旅をするわけだしな」
「そ、それでは! あの……眼鏡は勿体ないなって。瞳の色、"金色の方"が綺麗なので……」
「えっ……? 嘘、だろっ……。もしかしなくても、鑑定眼じゃなくて――"精霊眼"」
動こうとするエリゴールに左手を上げて静止させ、先ほどとは違って歩いたまま俺は沈黙する。
精霊眼について首をかしげていたヴィオレットはその才能についてわかっていない様子だった。
精霊眼はなんでも見通す目といわれている。
やっぱり聖女だからなのか……?
「あっ、あの! 精霊眼とか、よくわかりませんが……詮索する気はまったくないので! 秘密も守ります!!」
「ヴィオレットは優しいな? だから、聖女として選ばれたのか……。大丈夫だ。この瞳は、人間では珍しいらしく怖がられるから隠しているんだ」
「なるほど……。ですが、わたしはまったく怖くありません! 本当に、とても綺麗です!」
ヴィオレットの純真さにくすぐっさを覚えながら、俺は眼鏡を外して瞳をさらす。
普通なら色誤認によって五分は緑色に見えるだろう金色の瞳も、彼女には素のままで視えていた。
「わたし、こんなに綺麗な瞳を見たのは初めてです! その……エリゴールさん、も素敵なんですが……吸い込まれそうで」
「有難う……。人間で、この瞳を褒めてくれたのは二人目だ。あっ、それ分かる。俺も最初にエリゴールを見たとき吸い込まれそうになった」
「――ノワール様、申し訳ございませんでした」
すぐ後ろから謝罪が聞こえてくると思わず二人で笑ってしまい首を横に振る。
「謝る必要はまったくないだろう」
「ところで、お二人は主従関係? なんでしょうか! わたし、実はずっとソワソワしていたんです……。ノワールさんは貴族の方ですし」
「えっ……と。少し前に倒れていたところを助けたら、こんな感じに」
嘘は言っていない。
嘘に真実を混ぜるのが良いって誰かも言っていた。
「わたしもあります! 傷ついた小鳥を助けたら懐かれました」
「ククッ……エリゴールは小鳥らしい」
「主ぃ……。小鳥というのなら、あの者またこちらを見ています」
上位のあやかしと小鳥を一括りに語る姿には思わず声が出る。
平坦な道を進んでいた傍らに、襟首になっているルッカが視線を上に向けていた。
間違いなく同じ鳥が木の上に止まっている。
敵意もない鳥の姿を視界に収めるが、足を止めることなく前に向き直ると村が見えてきた。
「気にするな。悪意は感じない」
「あの鳥さん、ノワールさんをジーッと見つめてますね。なんだか、慈愛を感じます」
「慈愛……? まぁ、俺が実家を出てからずっとだし、悪いものじゃないだろう」
村へ近づくにつれて何やら騒がしく動いている人の様子に気付く。
ヴィオレットは何かを思い出したように走り出した。
「そうでした! 今日は大事な日だったのを忘れてましたー!」
俺達もヴィオレットを追いかける最中、エリゴールは完全な人間の姿に変身する。
中立側の国とはいえ、当然あやかしを苦手な人間はいるからだ。
揉め事は最小限にしたい。
最初に村の入り口へたどり着いたヴィオレットに気付いた初老の男性が近づいていく。
「ん? おお、ヴィオレット。遅いじゃないか。もう半分以上祭りの準備が終わったぞ」
「ごめんなさい! 村長さん。ちょっと色々あって……」
初老の男性は村長らしい。
あとを追って村に入った俺も、正直こんなときに祭りの準備をしていることを驚いた。
「ハッ! ごめんなさい! 村長さん、こちらの方たちは同じ協会で……先輩なの! ちょっとゴタゴタして忘れ物をしたから、ついてきてくれたんだー」
俺達の姿を見て思い出したようにヴィオレットが紹介してくれる。
紹介された村長から鋭い視線が向けられた。
エリゴールには人間相手で動くなと言っている。
見定めるような目つきをしてから破顔する村長へ首をかしげる。
「そうでしたか。わざわざ、ヴィオレットのために有難うございます。今日は一夜限りの花が咲く日でして。村のお祭りにしているんです」
「もしかして、一夜花ですか? 滅多に見られないって文献に書かれていたけど、こんなところに生息地が……」
「是非、皆さんも楽しんでいってください」
歓迎されるままヴィオレットの家に向かうと、中から両親が飛び出してきて抱きしめられる彼女は嬉しそうだった。
そんな彼女の両親から大事な一人娘を奪うようで心苦しい……。
軽く挨拶を交わして中に入ってから、すぐに本題に入る。
「なっ! う、嘘ですよね? うちの娘が、聖女様だなんて……」
「あ、あの赤い月が原因なんですか?」
「多分、数日中に協会支部から赤い月についても話が来ると思います。ヴィオレットはまだ聖女へ目覚めたばかりでして、保護する目的で中立協会本部に連れて行くことになりました」
赤い月はともかく、聖女について知らない人間はいない。人間の希望として深く語り継がれ、おとぎ話でも数多く取り上げられている。
両親は複雑な表情で、喜びと哀しみの両方が見えた。
ヴィオレットも俯いたまま時間が流れる。
「安心してください。彼女は俺たちが責任をもって中立協会本部に送り届けます。それから、誇ってください。彼女はその類まれな力で街の人を救いました」
「ヴィオレット! 私達はお前を誇りに思っている。村のことは心配しなくていい。大変だと思うが、前向きで明るい自慢の娘を信じている」
「ええ、お母さんも。貴方の怪力には驚かされたけど、村のみんなも助かっていたわ。身体にだけは気をつけて、可能なら手紙をちょうだい」
家族水入らずを邪魔しないよう静かに家を出る俺達は、いつの間にか日が陰ってきた空を見上げた。
「エリゴール。夜になると、楽園のような藍青色の夜に変化するのか?」
「結論から申しますと、我が君の言うとおりです。"楽園との繋がりが濃くなった"、とお考えください」
あの緑色をした巨大なあやかしの王候補があんな芸当を出来たのも関係あるのかもしれない。
エリゴールなら他にも何か知っていそうだが、さすがに此処では聞けないな。
後ろの扉が開いて顔を覗かせるヴィオレットに振り返る。
「もういいのか?」
「は、はい! 有難うございます……。その、良かったら一緒にお祭りを楽しみませんか? 父が、寝床は村長さんに頼んでくれるようなので!」
「ああ、三日後って言ったからな。だけど……」
チラッと横目でエリゴールに視線を向けると、意図を汲み取った様子で軽く頭を下げた。
「私は村の外に出ますのでご安心ください。あやかしは寝る必要のない存在ですので」
「ご、ごめんなさい! ルッカちゃんは……」
「僕は主と共に泊まらせてもらいます。それに、毎日一緒に寝ています。あやかしも多種多様なので」
基本的に人間のような規則正しい食事や睡眠がなくても生きていけるあやかしだが、ルッカは俺との生活で人間に近い。
「この空なので、一夜花がちゃんと咲くか分かりませんが……夜を待ちましょう!」
「そうだな。生態系が変わってもおかしくはないだろう」
藍青色の夜が訪れる中、俺たちは村から少し離れた草原へ向かう。
無数の白い蕾が見てとれ、村人も集まって静かに観察していたときだった。
――月の光が蕾を輝かせると、一斉に白い花が咲き乱れ、一気に幻想的な世界が彩られる。
「――凄いな。こんなに幻想的な光景は見たことがない……」
「はい……。毎年、とても楽しみにしています」
花びらの先端が糸状のレースをまとったような白い花が、藍青色の夜と怪しげな赤い月に照らされて妖艶な輝きを放っていた。
しばらくの間その花を堪能した俺達はヴィオレットと別れて村長の家に向かう。
「ノワール様。あの花は別名"あやかし草"と呼ばれ、微量の妖気をまとっています。人間に害はありませんが、魅了されませぬよう」
「ああ、大丈夫だ。気付いていた。ただ、純粋に綺麗だなって思っただけだ」
「主ぃ……。それは魅了されているのでは?」
あやかしである二人にはわからないらしい。
人間は、"綺麗なモノを愛でる生き物"だと――。
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<世界の不思議>
No.SⅠ Name.一夜花
別名:あやかし草
花びらの先端が糸状のレースをまとったような白い花。
一夜花と呼ばれるだけあって、一年の内に決まった夜にしか咲かず、生息地も不明の不思議な花。
微量の妖気をまとっていることが分かっている。
あやかしか、一部の魔導士(師)しか気づかないほど。人間に害はない。
効能:不明




