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第020話 聖女の誕生

 吸魔(キュウマ)と緑色をした王候補を相手にしていたことで、すっかり忘れていたヴィオレットのもとに駆け寄る。


「……あの光はなんだったんだ?」

 

「あれはノワール様もご存知の、"聖女の目覚め"を意味した光です」

 

「えっ……? まさか――ヴィオレットが聖女なのか!?」


 まだ目を覚まさないヴィオレットが聖女と聞いて声を荒らげてしまった口を押さえた。

 俺の声でシアンも走ってくる。


 怪力女子のヴィオレットが聖女だなんて、本人も驚いて気絶しそうだ。


「ヴィオレット!? だ、大丈夫なのかっ!?」

 

「ああ。でも、体の方が心配だから回復魔導士か、回復薬を貰ってきてくれるか?」

 

「わ、分かった! すぐに戻る!」


 文献(ぶんけん)には聖女の方が詳しく書かれていたが、自分の傷も癒せるかは分からない。

 王候補の巨大な手で握り潰られそうになったんだ。内臓に損傷があってもおかしくない。


 (しばら)くして回復魔導士を連れて戻って来たシアンの指示で、回復が(ほどこ)されるとヴィオレットが薄く目を開く。


「うっ……わ、わたし……記憶が、曖昧で……」

 

「もう大丈夫だ。終わったから。ただ、一つ重要なことを話さないといけなくなった」

 

「ちょっと待て! なんで、こいつがいるんだよ!?」


 体を起こすヴィオレットを、しゃがみ込んで軽く支えながら隣で騒ぎ始めるシアンと吸魔(キュウマ)を見比べた。


「あー……お前は街を壊した責任を取って、まずは拘束されろ」

 

「はぁい。あっ、拘束されるなら、またキミの魔法がいいんだけどなァ」

 

「――その口、今後一切言葉を(かい)せぬよう、私が縫い付けようか」


 まだ手に握られている漆黒(しっこく)の刀身が、赤い月にさらされて妖しげに輝く姿へ眉を寄せる。

 おとなしく拘束されていく吸魔(キュウマ)を尻目に自然と溜息が漏れた。


「ハァ……。それじゃあ、ヴィオレットのことを支部長を交えて話したいから、支部長室に向かおう」

 

「な、なんだかとても不安しかないんですが……!」


 それはその通り。


 CROWN(クラウン)が亡くなったことで、次代の王候補による争いに、あやかしの妖力が増す赤い月の夜明け(ブラッド・ムーン)と聖女の存在も文献(ぶんけん)に載っていた。

 ただ……まさか、怪力ヴィオレットが聖女になるなんて誰も思わなかっただろうけど……。


「あっ……吸魔(キュウマ)にあの王候補について聞くの忘れてた」


「ノワール様、申し訳ございません。私にも、あの奇怪なあやかしは存じ上げません」


 俺達は壊れた街を横切って協会へ向かった。

 唯一破壊されていない協会支部を見上げると、戦いに参加したか分からない艶孤(エンコ)が塔の中から手を振っている。

 隣にはアノニマスの姿もあってホッとした。


 協会の中へ戻ると直ぐに支部長室に向かう。



 そして、支部長室で話をしてすぐ、ヴィオレットの第一声が飛んだ。

 

「へ、平民のわたしが聖女様!? 嘘ですよね!? 嘘って言ってください!!」

 

「嘘……と言えたらいいんだけどな。まだ聖女の力を見たことはないが、白い光がヴィオレットに集まって消えたんだ」

 

「あっ! それなら、オレも見たぞ! 目が開けられなくなったんだよなー」


 支部長室で一部始終を話したことで、声も出ないグラオとは違って悲鳴のように叫ぶヴィオレットは小型のあやかしと同じ涙目になっている。


 グラオは肘をついた手に額を押し付けてブツブツと呪文のように何を囁いていた。

 きっと頭の中を整理しているんだろう……。


 咳払いをするグラオにヴィオレットも大人しくなった。


「私も……遠くからだが、この目で見た。聖女だという証拠か……それなら手っ取り早い方法がある」

 

「まさか、怪力ヴィオレットが聖女なんて……オレ、震えてきたぞ!」

 

「わ、わ……わたしの方が、人形になりたいくらい震えてます!」


 聖女である証拠が分かる方法……。

 確か聖女が使えるのは癒しの力で、浄化に回復魔法だ。



 俺達が連れて来られた場所には多くの負傷者の姿があった。

 中位のあやかしはどうにかしたが、下位のあやかしは数が多すぎてほとんど任せてしまったから仕方ない。


 中心部まで歩いていくと、布が敷かれた冷たい床で寝かされている。

 重傷者にかかりきりで回復魔導士も足りないのが分かった。


 痛みを訴える(かす)れた声に、俺は思わず拳を握りしめる。


 死人が出ないように目は配っていたが、もう少し何か出来たかもしれない……。


「……この怪我された方達を、わたしが癒せるんですか?」

 

「回復魔導士には使えない、聖女だけが使える全体回復魔法か……。さすが、支部長」

 

「ヴィオレットにそんな力があるなら、頼む! みんな、頑張って街と人を守ってくれたんだ」


 (すが)るようなシアンの表情に、ヴィオレットも真剣な顔に変わる。

 一度深呼吸してから両手を握り締めて祈るように目を瞑った瞬間、あのとき消えた白い光がヴィオレットを包み込んだ。


 その直後、部屋全体に溢れる光によって、負傷していないはずの俺達も温かい気持ちに包まれる。

 そして、先ほどまで痛みで苦しんでいた負傷者の声が静まってすぐ、泣きながら叫び声をあげた。


 立ち上がった負傷者達は次々とヴィオレットのもとに集まり感謝を口にしている。


「す、すごい……わたしに、こんな力が。でも、わたしの魔力は人よりも少なかったのに……」

 

一概(いちがい)には言えないが、封じられていた可能性はある。私が知る限り、文献(ぶんけん)にも似たような話が書かれていた」

 

「それで、ヴィオレットはどうなるんですか? 彼女は明らかに狙われていましたし、聖女として目覚めたばかりだ」


 此処では詳しく話せないため、再び俺達は支部長室に戻ってきて、隣にある客間のソファーに座って話をすることになった。


 俺の言葉にグラオとシアンの目が合わさる。二人共考えが同じということは一つしかない。

 いや、シアンまでグラオと同じ考えに至るなんて驚いたけど。


「って、俺にヴィオレットの護衛をしろと? いや、まぁ……中立協会本部には行きますけど」

 

「ノワール。お前ほどの実力者はこの街にいない。赤い月が現れたことで脅威もこれからが本番だ。無所属ではあるが、これは命令だ」

 

「どこの派閥にも属さない無所属でも、協会の一員であることに変わりはありません。了解です。ヴィオレット……もとい、聖女様を無事にお届けします」


 対面へ座るヴィオレットに向き直って、聖女様と呼んだときの彼女の表情が一瞬で曇る。

 

 俺が祖父に突き放されたと感じた昔の自分を思い出すように表情は強張っていた。

 シアンもそれに気がついたようで、うろたえた表情をしている。

 

 一様に聖女は上流階級を飛び越えて王族と同じ扱いだ。

 つまり、俺達は言葉を選ばざるを得ない。


 協会に在籍してまだ二年であるヴィオレット本人も、昔から聞かされてきているはずだから分かっているだろうけど……。


「いまはまだ、私達しかヴィオレットが聖女になったことを知らない。今晩は、別室でゆっくり話をするといい」


 これはグラオなりの最大の配慮だ。

 明日には街中で話題となり、人が見ていないところでも普通に話は出来ないかもしれない。


 シアンは今後のこともあるから二人で話をしてくれと立ち去ってしまう。残された俺達は、以前泊まった部屋に向かう。


「な、なんだか大ごとになってしまって、すみません……今日、初めてお会いしたのに」

 

「いや、俺は構わない。ヴィオ――聖女様の方が大変でしょう」

 

「素のままでお願いします!! それから、名前で呼んでください! きっと、これから会う方は"私の名前を呼んでくれない"でしょうから……」


 悲痛な申し出に、聖女を知る者がいないときだけヴィオレットと呼ぶことになった。

 ヴィオレットは本当に嬉しそうな笑顔を見せる。


 俺達はテーブルを囲んで座った。もちろん、エリゴールは俺の横に立ち、ルッカは膝の上で聞き耳を立てて丸くなっている。


「俺はすでに準備を済ませて此処に来たからいいが、ヴィオレットは準備があるだろうし……旅立ちは三日後で良いか?」

 

「は、はい……。その、面倒をおかけすると思うんですが……実家に顔を出したいです」

 

「……了解。あやかし共の争いが終わるまでは確実に帰れないだろうから、後悔しない方が良い」


 俺には実家と呼んでも良いか迷う場所しかないが、ヴィオレットは帰れる場所があって良かった。

 ただ、重圧に暗い顔をする彼女が自分と重なる。


 少しだけ不安なのは王候補として狙われている俺と、聖女であるヴィオレットが二人でいるのはどうなのか……。


 今日は早く寝て、明日早くに出ることを約束して俺は部屋を出て行く。



 次の朝、早くから協会の前で集まった魔導士達は複雑な表情に、緊張感が走っていた。


「それでは、不肖(ふしょう)ヴィオレット……怪力の称号を返上し、聖女の任を精一杯頑張ってきます!」

 

「怪力は返上しなくても良いだろう。戦える聖女様は、文献(ぶんけん)ではなかったし凄いことだと思うぞ?」

 

「うぉぉお!! ヴィオレット! オレは、ここからお前の無事と活躍を祈ってるからな! たまには手紙とか書いてくれよ」


 最後ということで、別れの今日だけは敬語ではなく、普通に話をして欲しいと聖女であるヴィオレットの願いによって、俺達は変わらない態度で接している。


 昨日はおとなしく別れたシアンも精一杯の笑顔と元気な姿を見せていた。

 ヴィオレットの教育係でもあったシアンは特に複雑だろう。

 目に涙を溢れさせたヴィオレットも笑顔を返していた。



 温かく見送られた俺達は門番にも軽く挨拶をして街の外へ出る。


「それじゃあ、まずはヴィオレットの実家に向かってから、そのまま道なりに目指すってことで」

 

「ハッ! 皆さんにご挨拶をしていませんでした!! ヴィオレットです! あやかしさんのことは勉強中です! 宜しくお願いします!」

 

「宜しくお願いします。僕は、(あるじ)の相棒でルッカです。こちらは黒天宝(コクテンホウ)。無表情ですが、(あるじ)の命令は絶対なので安心してください」


 首に巻きついたままのルッカとヴィオレットが挨拶を交わして、黒天宝(コクテンホウ)は軽く頭を下げた。

 ひょんなことから人数が増えたが、明るくて前向きなヴィオレットなら大丈夫だろう。


 ただ、そんな俺達を見透かし(あざ)笑うような不気味に輝く赤い月と薄紅色の空を睨みつけた。

第020話で、【第一章 金色の瞳を持つ男】完結です。

第021話から【第二章 赤い月と聖女】が始まります。

この機会にブクマ、スタンプ&★で応援して頂けると励みになります!

感想&レビューもお待ちしています。引き続きよろしくお願いいたします。


引き続きよろしくお願いいたします。

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