第019話 緑色のあやかしと真実
「うっ……! 一体何が――」
ヴィオレットが光りに包まれた瞬間、眼鏡でも遮れない眩しさに片手で視界を覆った。
直後に短い悲鳴が聞こえて薄目を開く。
すると光の中、人の数倍大きな緑色をした手が、体ごとヴィオレットを握り潰そうとしていた。
「ぐっ……あっ、ぁぁぁあ――ッ!!」
「させるかッ……――鋭尖刃ノ風!」
手から腕までしか見えないふざけた姿を切り落とす勢いで魔法を放つ。
風の刃が腕に到達する直前、本能からかヴィオレットを離した一瞬で巨大な物体が消えた。
だけど、俺は見逃さない。一瞬だけ見えた亀裂のような空間。
あれは紛れもなく、あやかしの楽園に繋がる入口と同じものだった。
地面にうつ伏せで倒れるヴィオレットに駆け寄ると、眩しい白い光が体の中へ吸収されていく。
「大丈夫そうだ……。あの、緑色の腕はなんだったんだ――」
その直後、俺の独り言に反応するように吸魔の笑い声が聞こえてきた。
「くっはは……。アレは、俺が情報提供した"あやかしの王候補"の一人だ。まさか、あんな方法で姿を見せるとは思わなかったが」
「あやかしの王候補……情報提供って、まさか俺のことか?」
こいつとのやり取りで思い当たるのは一つしかない。
金色の瞳を見られたこと――。
まさか、こんな形で王候補の一人に出会うなんて……。
しかも、楽園を繋いでこちらと行き来出来るってことはどこからでも奇襲可能だ。
だけど、一つだけ疑問がある。
あいつは腕だけで、どうやって俺達を把握できたのか――。
すると、今度は吸魔からくぐもった声が聞こえてきて振り返る。
「ぐぁぁ……この、クソがッ……!」
「吸魔……!」
今度は緑色の巨大な足が身動きの取れない吸魔を踏みつけていた。
待てよ……これは、幸運かもしれない。
上位のあやかしは体の一部を失っても時間をかけて再生すると文献に載っていた気がする……。
あの大きさなら、再生するのに時間がかかるはずだ。
「主ぃ! ご無事ですか!?」
「ルッカ、良いところに来てくれた。上位のあやかしは体の一部を失っても再生するって本当か?」
「ハ、ハイ! どの程度かかるか不明ですが……大量の魔力を吸わないと自然治癒力が高くても、時間がかかるかと」
さっきのように逃げられる可能性を絶って、あの足を切り落としてやる!
俺は吸魔に放った氷結の鎖を唱えた。
今度は避けることなく氷の鎖によって緑色の足が地面に繋ぎ止められる。
それによって一時的に吸魔が被害を被るが、因果応報だ。
「ぐえっ……キミ、わざと……よね――」
「悪いが、少しだけ我慢してもらう。――鋭尖刃ノ風!」
更に力が加わったことで口から血を吐く吸魔を尻目に、先ほど避けられた魔法を放つ。
鋭い風の刃が乱れ咲き、一点集中で同じ箇所に切り込むと巨大な足を切り落とした。
瞬間、体の色と同じ鮮血が空中を舞う。
楽園内の声は届かない。
だが、確実に悶絶しているはずだ。
空間の消えたことが何よりの証拠だろう。
ルッカが気配を探り、周りも静まり返った様子に一息ついた。
あちらも終わったのか、上空からエリゴールが滑空してくる。
「負けたばかりか、命を救われるとはなァ……。惚れたわ」
「えっ? お前に惚れられる要素なんて、一切なかったぞ……」
「まぁ、血を吐かされたけど……それはご褒美ってやつかねェ。俺を仲間に加えてくれ」
こいつ、痛めつけられるのが好きなのか……。
少し引いている俺のもとに降りてきたエリゴールが、高揚している吸魔の視界から、サッと双翼によって隠される。
横目で見るエリゴールの瞳は無表情を通り越して、汚物でも見るような冷たいものだった。
「――痴れ者が。ノワール様の瞳を穢すなど、万死に値する行為――命を救われただけでなく、二度も敵意を向けた者が世迷い言を」
「エリゴール、大丈夫だ……。惚れたなんて訳の分からないことを言われて、仲間にするわけないだろう。お前は楽園で人間を殺していたのか?」
「あー……正確にいうなら、殺してはいない。ただ、見て見ぬ振りはしたなァ。それと、ある理由から"女"は助けてたかねェ……」
不敵な笑みを浮かべる吸魔に眉を寄せる。
吸魔らの生態は主に女性からの魔力を好んで喰らう性質があったはずだ。
魔力でも量や質が異なるのと同じで、食事に対して敏感なあやかし達にとって、味に近い感覚があるのかもしれない。
俺のことを良い香りというのも、そういう意味なのか……。
地面に縛り付けられたままの吸魔は戦いが終わったことで気の高まりが薄れたのか、低い声で流暢に語り始める。
「楽園に呼ばれる"迷い人"は魔力の質や量が豊富だ。だから、案内人として人間界に帰すのを条件に、契約を結ぶわけよ。合理的だろォ?」
「なるほどなぁ。お前は美味しい魔力を吸えて、女性達も助かるわけか」
上位のあやかしは狡猾な奴が多い。
ただ、こいつの場合はまだ"マシ"な部類か。
「俺に惚れて仲間になりたいって言ったけど、あやかしだから許されるは通じないぞ。精算する気があるなら、考えてやってもいい」
「クハッ! その凛とした立ち振る舞いも最高だわ。勘違いされない内に言っておくが、俺は人間であるキミに惚れたんだ」
地に伏した状態だからか、性別どうこうよりもまったく心に響かない。
そもそも、あやかしにとって性別は見た目の違いくらいで重要じゃないしな。
「やはり、この痴れ者はノワール様の害でしかございません。失礼を承知で、お考えを改めて下さい」
俺の前に立ち、背を向けたまま発言の撤回を求めるエリゴールの言い分もわかる。
初めて会ったときから敵意がないあやかしはエリゴールで二人目だった。
「フハッ! 良い子の黒天宝は、王が亡くなって直ぐ息子に乗り換えだしなァ?」
「――殺す」
殺意で空気が寒い……。
黒宝刀を手にしたままのエリゴールを止める。
「ちょっと、待て……エリゴールも殺したいのは分かるが、使えるあやかしは使うのが俺の主義だ」
「――流石はノワール様。あやかしのように黒い部分も素敵でございます。お考えがあるようなので私はもう何も言いません」
「殺したい気持ちは分かるとか、ヒドくねェ? それで、俺に何をさせたいんだァ?」
少しだけ考えてから俺は吸魔の拘束を解いた。
自由になった吸魔にエリゴールとルッカは警戒していたが、当の本人は下品な笑みを浮かべて体についた砂を払っている。
「お前がすることは一つだけだ。艶孤のように、あやかし専属協会に入って、楽園に迷い込んだ人間を一人でも多く救出しろ」
「あー……なるほどねェ。それが、精算? になるわけだ。んで、協会に入るのも簡単じゃあ、ないんだろォ?」
「協会が提示する試験に合格することだ」
俺自身もあやかし専属協会について詳しくは知らない。
ただ、発足してから浅いらしく人数は少数精鋭。
怪狸のような人間に紛れて共存しているあやかしですら心臓を渡しているんだ。
能力がある分、利にもなるし不利にもなる。
ただ、艶孤の様子からみて心臓は渡していないだろうな。
「そしたら、晴れてキミの仲間にしてくれるわけ?」
「調子に乗るな。検討するだけだ。後は、お前次第になる。まぁ、この街を襲ったわけだから、何もないわけはないけどなぁ?」
「それもそうだ。これが、人間のいう惚れた弱みって奴かねェ……。まずは、ここの精算をして、キミが提示した指示に従うわ」
悪びれた様子のない笑顔に眉を寄せる。
こいつは特に人間のような笑顔を作るのが上手い。
さすが吸魔という個体だ。その容姿も人間を騙すためだと言われているほど名の知れたあやかしの一人。
この決断が間違っていなかったことを願う……。
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<あやかし紹介>
No.Ⅹ Named.吸魔(???)
基本的に、あやかしの楽園を拠点としていて、食事の際に人間界へ来ている上位のあやかし。
普段は黒い靄のように形が無く、捕食するときに姿を現す。
女性の魔力を好んで喰う(同意の上で夜の営み含めて)
鋭い牙で血を啜る。あやかし相手もいける。ただ、妖力であるため不味いらしい。
能力は黒い靄になること。靄の状態では特定の魔法しか受け付けない。
追記……
<ノワール情報>
艶のある黒い短髪に、死人のような青白さの色男。
人間界では人の姿になっていることが多い。




