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第018話 怪力ヴィオレット

 群れないあやかしをどうやって統率しているかは分からない。

 だが、次第に俺の耳にも複数の足音が届き始める。


 外壁(がいへき)を破壊されるのは避けられないな……。


 少し離れた場所で待機することにした俺は身体強化の魔法をかける。

 いつものように首へ巻きついていたルッカも地面に足をつけて巨大化した。


「さてと、どう対処するのが正解か……。さすがの俺も、大勢を一度に相手したことはないからなぁ」

 

「――我が君。全体魔法を行使した場合、確実に街にも被害が出ます。有象無象は取り(こぼ)しも覚悟し、吸魔(キュウマ)と中位のあやかしを狙うべきかと存じます」


「……だよなぁ。面倒だし、犠牲を最小限にするには仕方ない。それじゃあ、そういうことで!」


 外から打ちつけるような音が響き、外壁(がいへき)が壊された瞬間。大量のあやかしが街になだれ込んでくる。


 エリゴールの予想通り、下位のあやかしに街を破壊する力はなく建物を避けて走り抜けていった。


「中位のあやかしも、数はいないようです。私が右側を捕らえましょう。"殺す"のは容易いですが」

 

「頼む。俺達は、中央の吸魔(キュウマ)と左側だ!」


「了解です(あるじ)ぃ!」


 一部のあやかしは俺達に気付くが足を止めることなく通り過ぎていく。

 俺は上空へ手を掲げてから思い切り振り下ろした。


「――稲妻の縛りライトニング・バインド!」

 

「僕もいきます!」


 あやかしの頭上へ落雷のように稲妻(いなずま)を走らせ、脳天から地面にめり込ませる。

 当然吸魔(キュウマ)だけは気付いて俺の攻撃を既で(かわ)して後ろへ飛び退いた。

 

 口から炎を吐くルッカに一部の中位あやかしが立ち止まる。


 チラッと横を見ると、エリゴールは建物の壁に中位のあやかし達をめり込ませていた。


「俺の邪魔をするのは誰かと思ったら、キミ達か。また会ったねェ? もしかして、俺にしゃぶり尽くされたくなった――」

 

「――ノワール様を愚弄(ぐろう)するな、()れ者が……。万死に値するぞ」


 エリゴールの豹変(ひょうへん)ぶりに俺は思わず目を見開く。

 

「……エリゴール。口調が変わってるぞ」


 バサッと音を立てて勢い良く開かれる双翼(そうよく)がしなり、右手に妖力が集まっていた。


 形を成した妖力は次第に長い刀身に姿を変える。

 双翼(そうよく)のように黒く染まった刀身を握りしめたエリゴールは()る気満々だ……。


「ノワール様、申し訳ございません。この()れ者に恐怖を味合わせるべきかと存じます。私に相手をする許可を頂けないでしょうか」

 

「うーん……まぁ、俺も面倒だし。任せるわ」

 

「うっわー……俺の相手を面倒臭がるなんて、ヒドイなァ? でも、やっぱり良い匂いの正体はキミだったわけねェ」


 ……なるほど。

 エリゴールが言っていた良い香りっていうのは、俺のことか……。

 なら悪い香りは一体――。


 舌舐めずりする吸魔(キュウマ)に対し、目の鋭くなったエリゴールが一瞬で(ふところ)へ切っ先を触れさせる。


 余裕ぶっていた吸魔(キュウマ)は目を見開き、反応が遅れたことで空中へ鮮血が飛んだ。

 だが、急所は避けていたようで後ろに飛び退いた吸魔(キュウマ)は胸元を押さえて微笑する。


「ハハッ……。まさか、そんな早いとはねェ……。恐れ入ったよ」

 

「俺でも目で追えなかった……。やっぱり、さすがはCROWN(クラウン)の右腕か」

 

(あるじ)ぃ……。あれでも黒天宝(コクテンホウ)は本気を出してませんよ。指示を守った上で、恐怖を植え付けようとしてます」


 俺が恐怖を覚えそうなんだが……。

 あの速さでも敵だったら太刀打ち出来るか分からないぞ?


 しかも、戦闘に入ってからの無言が怖い……。


 俺達が呆けていると、中位のあやかしが三体同時に建物の陰から襲いかかってくる。

 だが、俺は動きを見ることなく軽く(かわ)した。

 

 支部長であるグラオからの指示もまだない。

 反対派のように無差別な殺しは命令されてもしないけど。


「もう三発いっとくかぁ――稲妻の縛りライトニング・バインド!」


 先ほどと同じ魔法を放つと、中立のあやかし達は地面にめり込む形で沈黙する。

 雷魔法は痺れて動けなくなるのがいい。


 吸魔(キュウマ)は楽園で遭ったときのように黒い霧状になってエリゴールの攻撃を(かわ)している。


 背後からも騒がしい音と複数の声がし始めて、俺は飛翔(フリーゲン)を唱えて近くの屋根に飛び乗った。


「こっちも始まったか。えーっと、支部長が指揮を取ってるから大丈夫かぁ?」


 グラオの姿を視界に(とら)えた俺は屋根から下りようとして、少し離れたところから声をかけられる。

 

「あっ! ノワールさーん!!」

 

「えっ? うおっ!? ノワール、どこに行ったかと思ったけど良かったー!!」


 反対側に振り向いて直ぐにヴィオレットとシアンの姿を確認した。

 ヴィオレットの手には玄能(げんのう)が握られ、少し前に見せてくれた魔力を込められる性質の石をあやかしに向かって当てている。


「いや、凄いな……片手で持ってるし。全部当たってるぞ」

 

「子供の頃に、(たま)を棒で打つ遊びをしていたのでー!」

 

「女子の遊びじゃない気がするけど。ヴィオレットって、面白いなぁ」


 チラッと背後のエリゴールも気にしていると、前から良い音がした。

 

 顔の横へ光速で吹っ飛んで来た下位のあやかしをとっさに風魔法で包み込む。

 小型でモフモフした毛の集合体のあやかしは涙目で甲高い声を上げ泣いていた。


「キャー!? すみません!! そっち飛んでいっちゃいましたー!」

 

「危なく空高く飛んでいくところだったぞー? まぁ、大丈夫だ。それから正気に戻ったみたいだし」

 

「さすが、ノワール!! 今の速さを瞬時に対応出来るなんてお前くらいだっ!」


 エリゴールの速さに比べたら遅く見えたからな。


 相変わらず無表情のエリゴールは確実に吸魔(キュウマ)を圧倒している。

 気が付いたら霧化する余裕さえ与えず切り込んで、辺りに鮮血が飛んでいた。


 吸魔(キュウマ)も反撃に出られないのか、攻撃を(かわ)してばかりだったが、赤い月の夜明け(ブラッド・ムーン)による影響が起こる。


(あるじ)ぃ……。反対側から、あやかしの"足音"がします!」

 

「えっ……? 反対側って、誰もいないぞ――」


 人間の耳では聞こえるはずがない音を拾い上げたルッカのいう方角へ目を凝らして思わず言葉を失った。

 外壁を壊してなだれ込んできて、半分くらいまで減ったあやかしの二倍はいる。


 しかも、協会の反対側を守っている魔導士はいない。


「おーい! どうかしたのかぁ!?」

 

「どうする……あいつらは暴走した下位のあやかし達だ。迷っている暇はないか……。エリゴール! 吸魔(そいつ)は俺が相手をする! 反対側のあやかしを防いでくれ」


 俺の呼び声で鋭い一振りを吸魔(キュウマ)に斬りつけて距離を取った上で、双翼(そうよく)を羽ばたかせ屋根に下り立つ姿が膝を立てるようにしゃがみ込む。


「我が君の仰せのままに。ですが、あの()れ者にはお気をつけ下さい。触れられただけで、我が君が(けが)れてしまいます」

 

「えっ……。あー、うん。気をつけるよ。触れられても魔力は吸われないが……頼んだぞ」

 

「直ぐに舞い戻ります(ゆえ)。御身の安全を最優先にして下さい」


 辛うじて見える速さであやかしの群れに突っ込んで行く姿に思わず目を奪われる。

 俺はすぐにシアン達に向こう側も守るよう指示を出した。


 気を緩めたつもりはなかったが、いつの間にか飛来していた吸魔(キュウマ)の黒い(もや)が背後から立ち上る。

 人を形成した吸魔(キュウマ)の牙が首筋へ立てられそうになるのを横目に、一歩踏み込んで反転して(かわ)した。


「へぇ……この距離で(かわ)すんだァ? 見た目も、中身も"人間"にしか見えないくせに」

 

「いまのは褒め言葉として受け取っておく。直ぐに片付けてやるから来いよ」

 

「クハハッ! いいねェ! ゾクゾクしてきた……その顔が歪む姿を見てみたい」


 優しい俺は「その台詞は悪役がやられるときの言葉だぞ」とは言わない。


 俺はルッカにも協会の援護に行くよう指示をする。

 最初は戸惑いを見せていたが「(あるじ)は最強ですから!」と走り去る姿は、巨大化しても俺の癒やしで可愛いルッカだった。


 周りは騒がしいはずなのに、俺達の間には静寂が流れているような錯覚がしたのも束の間、同時に攻撃を繰り出す。


「――血の刻印(ブラッド・グレイヴァ)

 

「――風よ切り裂けウェントゥス・シュナイデン!」


 風の斬撃と血で(かたど)られた丸い印がぶつかり合う衝撃で爆風が起きた。

 なびく邪魔な髪に構うことなく、俺は魔力を込める。


「反応がいいなァ……(たぎ)るわー」

 

「勝手に(たぎ)ってろ――遊糸の氷煙(カリマ・ミスト)!」

 

「あらー……そういう手で来るのねェ」


 視界を氷の霧で(おお)い隠し、炎が揺れているような屈折(くっせつ)を起こす中でも、俺は吸魔(キュウマ)の妖気を感じることが出来た。


 こいつにも聞きたいことはある。楽園で俺を襲ったときのように、人間を殺めているか……。


 だから殺さないで片を付ける。


「――氷鎖穿孔(ヴリズン・チェイン)!」

 

「魔力を使ったら、俺でも位置が分かる――! って……嘘、だろッ!?」


 吸魔(キュウマ)の想像を遥かに超えた氷の鎖は、全方向から手足を拘束するだけでなく首にも巻き付き、勢いのまま吸魔(キュウマ)の体を地面に叩きつけた。


 最後の悪足掻きのように口から飛ばしてきた血液を避けようとした瞬間、頭上から俺達を両断するように落下してきた壁の残骸に言葉を失う。


「ふぅう……危なかったですね! ほらっ! あの血液には物質を溶かす効果がありました!」

 

「えーっと……。怪力って言うのは本当だったんだな」

 

「えへへ、自慢ですから! 何かありましたら、頼ってくださいね!」


 冷たい霧が晴れた先にいたのは片手で玄能(げんのう)を握りしめたヴィオレットだった。

 つまり、片手でコレを投げ飛ばして俺達の間に落としたらしい。


 霧の中だぞ……?


 笑顔を向けるヴィオレットに、俺の背筋は凍り付いた。


 すぐに砕ける壁の先で地面へ張り付けになっている吸魔(キュウマ)がおもむろに顔を上げると急に笑い出す。


「まさか、まだ羽化してない悪い匂いが近くにいたなんてなァ」

 

「えっ?」

 

「はい? わたしのことでしょうか?」


 吸魔(キュウマ)の言葉で沈黙する俺達のもとへ走ってくるシアンにヴィオレットが反応して手を振ろうとした瞬間だった。

 

 急にヴィオレットの体が白く光だし、辺り一面を(おお)い尽くして見えなくなる。

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