第016話 新たな出会いと成長
施設を出た俺達が向かったのは西支部の協会だった。
街の入口から見える西支部は相変わらず城のように目立っていて、塔のような形に顔を上げる。
「あの一つにアノニマスはいるんだよなぁ……。んで、本当にどこから見ても人間にしか見えないよなぁ」
「お褒め頂き有難うございます。光栄の至りでございます」
「本当ですね。まぁ、同族と"彼ら"には見つかるでしょうけど」
瑠璃色の髪と深い瞳は変わらないが、此処に来る道中で人間に変化したエリゴールはその容姿からも一見貴族にしか見えず、難なく門番に足を止められることなく入り込んだ。
イブリースと違って名の知れたあやかしでもあるエリゴールは目をつけられる可能性に加え、今回も緊急事態で許可証がない。
相変わらず賑わっている大通りを今度は普通に歩いて支部に向かっていると、知っている声に呼びかけられて足を止める。
振り向いてすぐ顎を上げた。
名前と同じ色の髪と瞳を輝かせる、百九十五センチの大型犬――。
「シアン……お前は暇なのか?」
「えぇえ!? ヒドイなぁ。あれ、また別なあやかしを連れているのか? その姿からして、強行突破!」
「静かにしろ……。俺には時間がないんだよ。あと、お前の後ろにいる子は……協会の人間か?」
手を伸ばして身長差のあるシアンの口を塞ぐと、細く束ねられた後ろ髪が揺れた。
続けざまに「殺しますか?」なんて怖い言葉が耳元に聞こえてくると、思い切り首を横に振る。
あやかしは対話より先に"行動"だから困るんだよなぁ……。
シアンの後ろへ隠れるようにして小さい姿が動く。
小さいといっても俺達の身長が高いだけで、女性なら普通かもしれない。
「むぐっ……。そうなんだ! 実はこの間も紹介したかったんだけどゴタゴタして無理だったからさっ。彼女は協会初! 一般家庭の女性魔導士だよ」
静かになったシアンの口から手を離すと、横に移動することで隠れていた女性の紹介を始めた。
紹介された彼女は恐縮したように身体を震わせながら何度も頭を下げてくる。
太陽の光で輝く肩まで伸びた金の糸に、紫色の大きな瞳。
手元を見ると、容姿に似つかない大きな金槌が握られている。
しかも、彼女のお辞儀によって上下する口を見て、両面同じ形に玄能だと把握した。
つまり、どちらでも打ちつけることが出来る魔導具。
「す、すみません!! 不肖ヴィオレットです! お分かりかと思いますが、平民出身です! シアン先輩からお噂はかねがね」
「へぇ……珍しい武器を持っているんだなぁ? しかも、そんなに大きい。そうか……。どんな噂かは聞かないでおくとしよう。ノワールだ、宜しく」
「こ、この武器は……その……。わたし、魔力が低いものでして……。魔導士とは名ばかりで、直ぐに尽きてしまいまして……。ですが! 男性にも負けない怪力だけが自慢なので! これに魔力を込めて、全力で殴りますッ!!」
人は見た目に寄らないっていうのはこのことか……?
ヴィオレットに対して警戒した様子のエリゴールが俺の前に出ると、険しい表情へ変わる。
少し気になったが、物騒な発言をするヴィオレットは腰の皮袋を漁りだした。
取り出して見せてくれたのは片面だけ尖った魔石のような青黒い石。
「へぇ。魔石とは別な魔力を込めやすい石か。少しだけ興味があるけど、時間がないからまた機会があったときに」
「んー? アノニマスへ会いに来たんじゃないわけか。まぁ、急いでるなら俺達がまた案内してやるからさ!」
「ああ、アノニマスにも会っていくつもりだけど。町を出て拠点を移動しようと思ってるんだ」
歩きながら移動の話をした瞬間、シアンの頭上に雷が落ちてきたような衝撃でしゃがみ込む。
だが、すぐに飛び上がったシオンに両肩を掴まれ激しく揺すぶられた。
シアンを敵だと認識していそうなエリゴールの鋭い視線が後ろから刺さる。
「それを早く言ってくれ! 八年ぶりに会えたのに、もうお別れかよー! 寂しいけど、仕方ないな! 真の男は何も言わずに見送るものだ」
「悪いな。それじゃあ、先に話をしてからアノニマスへ会いに行くか」
「でも、話って拠点を移動する以外にあるのか?」
エリゴールから聞いた話で俺が持っていたあやかしの文献を調べたところ、詳しくは書かれていなかった。
支部長や協会でも役職を持つ人間なら例外として秘匿事項を聞いている可能性は高いだろう。
だけど、万一があったとき俺は人間の味方だと一人でも多くに知ってもらいたい。
「支部長に話をするから、同席出来たらなぁ? エリゴール。お前は何があっても、動くなよ?」
「ノワール様の仰せのままに――」
俺達は再び支部長室を訪れた。
中から声が聞こえて入ると、すでにエリゴールの気配を感じ取っているようで険しい顔をした支部長であるグラオに睨まれる。
緊張したヴィオレットの短い悲鳴が背後から聞こえるが、シアンが口を塞いでいた。
初めて会ったときは、冷静そうにみえたグラオはペン先をこちらに突きつけて低い声で凄む。
「――そのあやかしは一体どういうことか、説明してもらえるか?」
「このあやかしは情報提供者です。文献にあった、"赤い月の夜明け"が来ます」
「は……? 赤い月の夜明けだと。CROWNが死んだのだから、来るのは確実だが……。そんなに早いとは聞いていないぞ」
やっぱり、支部長は知っているらしい。
だけど、想定はそんなにも遅かったのか?
チラッと横目でエリゴールに視線を移すが、亡くなったCROWNは長命で即位してから五百年以上は経っている。
若く見えるこいつには前のときは分からないよな……。
「エリゴール、お前には前のときがどうだったか分からないよなぁ?」
「――発言をお許し下さい。お察しの通り、私はまだ五百年ばかりしか生きておりませんが、我が王から聞いております。王が亡くなり、ひと月後……だったかと」
「ひと月……? 二週間以上って遅くないか」
CROWNが亡くなってから、まだ二週間も経っていないぞ。
色々と詮索されたら困るため、エリゴールは俺にしか聞こえないほど小さな声で話す。
本当に出来たあやかしだよ。
「詳細を聞く限りだと、大体一月だったようですね。今回は二週間以上早い……あやかしの王が長命だったことも関係あるかもしれません」
「――王候補に近い上位のあやかしからの助言、か。悪くない。ノワール、お前の言葉を信じよう。すると、"聖女"も早い段階で出現するかもしれないな」
「それから、これは大したことのない話ですが。拠点を移動します。その前に、この情報とアノニマスへ会いに来ました」
話が終わり塔へ移動する俺達に先ほどのような会話はない。
珍しく終始無言だった太陽のような男であるシアンは部屋を出ても静かすぎて調子が狂う。
いや、重大な話をしていたから仕方ないが。ヴィオレットなんて、青ざめたままずっと震えている。
そんな状態のまま俺達は塔に登っていた。
登りきって扉の前で声をかけると、中から二つの声が聞こえてきて思い切り開けられる
「パパぁ! アノニマス!」
「久しぶりだなぁ、アノニマス。あと、パパじゃなくて……ノワールな?」
「あらぁ、この間ぶりねぇ。元気そうで何よりだわぁ。それとぉ……人間に化けてる黒天宝じゃない。王が亡くなって"鞍替え"、かしらぁ?」
――艶孤……。
いきなり火に油を注ぐ真似を――。
深い瑠璃色の瞳がキラリと光り、一瞬でその場が凍りつくのは言うまでもない。