第015話 決意新たにお別れ会
次の日。目を覚ました俺の前にはベッドの上から前方を一心に見つめる可愛いルッカと、低姿勢の黒天宝がいる。
いつ目覚めて、この二人は睨み合っているのか分からないが……傷が治ったようで、黒い双翼にも艶が戻っていた。
「治癒力凄いなぁ……。俺も欲しいぞ」
「主ぃ、おはようございます! 主はこの者と違ってお強いので傷付くことはありませんし、万一は不肖ルッカが全身全霊でお守りします!」
「ルッカは可愛いなぁ。えーっと、黒天宝? はもう大丈夫で良いのか」
さらに姿勢を低くして頭を垂れる姿に、顔を上げるよう指示する。
実家は大貴族ではあるが、使用人でも俺にこんな大げさなことをする人間はいない。
慣れないことに戸惑う俺とは違い、冷たい印象の黒天宝は、曇りのない瞳で見つめてくる。
「私のことは、"エリゴール"とお呼びください。昨日の続きをしたいのですが、ノワール様の朝食後で問題ございませんでしょうか」
「エリゴールか……良い名前だな。名前持ちのあやかしは、自ら認めた相手に名乗るんだったか」
「その通りです。あやかし同士で知っていたとしても、名前を口にするのは禁忌に当たります」
つまり、お互いに呼び合っていて第三者が知っても、本人から名乗られてないと呼んじゃ駄目ってことか。
前から思っていたけど、あやかしの世界は変なところで面倒臭い……。
人間が食事をすることも当然把握しているエリゴールに見られながら俺は軽食を済ませた。
あやかしも人間と同じ食事は出来るが、当然栄養にはならない。
「今更だけど、あやかしの楽園で艶孤と食べた甘味とかは人間の食べ物だよなぁ?」
「ハイ! ですが、あれらには魔力が混じっていました。人間から奪ったものではなく、自然の魔力でしょうか」
「横からの発言をお許し下さい。ノワール様、いまなんと……? あやかしの楽園と、聞こえたのですが……」
まさかの地雷を踏んだか……?
いや、普通なら人間が踏み込んではいけない領域だから……怒ってる?
冷たい妖気が漏れてるぞー……。
「あー……。ちょっと、油断して……。つい最近、迷い込んだんだ。初めてだったけど」
「ルッカ、貴様は飾りか――? 御身が無事だから良い、というわけではございません……」
「そ、それは……。すべて、僕が悪いんです……」
最初に言葉を交わしたときから低くて透き通る声だと思っていたが、凄みが加えられて悪寒が走る。
こいつ……低姿勢なのに、圧が強い。
ルッカを見ると自分の失態と思っているようで、いつものような文句も言わず両足で顔を隠している。
二人して親に怒られている気分だ……。
「――ですが、ご無事で何よりでございます。我が王を失って、次の王候補である我が君を失ったのなら……私の生きる価値がございません」
「重っ! ルッカ……王の右腕ってこんなに重いのか……」
「――この者は異常な忠誠心を持っているんです。あやかしの中でも、亜種と呼んでも差し支えないかと」
なぜか小声となりながら確認する。
亜種は言いすぎだろうと思ったが、あながち間違ってはいないかもしれない。
俺達は荷造りをしながらエリゴールの話を聞くことにした。
「私が負傷したのは我が王が亡くなったことで、王の妖力が強さに比例して均等に分け与えられたからです」
「あっ。あのときか……俺も、瞳が熱く輝いて大変だったんだよなぁ」
「瞳とは、金色の瞳でしょうか。私も拝見したく思っておりました。その瞳を隠す物を外して頂いても宜しいでしょうか?」
寝ているときでさえ外していない特注品である黄昏色の眼鏡を指摘されると、ルッカに視線を移す。
首を縦へ振る姿に、眼鏡を外した。
「緑色の瞳ですか――。本来の瞳である色の方が美しいのに、隠さないといけない世界でしたら、私が滅ぼしましょうか?」
「いや、物騒だから……。昨日まで傷ついていた奴の台詞じゃないぞ、ルッカ」
「あやかしの王の妖力を得たとはいえ、この者は右腕だったんです。他の上位のあやかしとは比べ物にならないほど力をもらったはず」
色誤認はしっかりと機能しているようで、不快感を示すエリゴールに笑って誤魔化す。
ルッカの話を要約するとしたら、これしかないだろうな……。
寿命とはいえ、大切な主を失ったから。
相当なショックだっただろう。それなのに、そのタイミングを狙って来たのには理由があるはずだ。
「狙われた理由に心当たりはあるんだろう?」
「――我が君であっても、お教え出来ません。ですが一つだけ、お伝えしたいことがございます」
「その答えは人間の間だとイコールになるんだけどなぁ? 伝えたいこと?」
俺に隠す時点で、答えは一つしかない。
太陽の眩しさに思わず横の窓に視線を移すと、そこに映る俺の瞳は金色に輝いて見えた。
「やはり、金色の瞳の方がお美しいです。貴重な魔力をお与え下さり有難うございます」
「いや、俺のせいでもありそうだったから気にするな。おかげでルッカが隠していたことも分かったしなぁ?」
「主ぃ……もう、隠し事はありませんから、許してください」
膝の上で丸くなる姿に頭を撫でながら、からかうのは最後にする。
正面に向き直ってエリゴールと視線が合った瞬間、昨日と同じ深い瑠璃色の瞳から目が離せなくなる。
これは、暗くて深い闇――。
「お伝えしたいことというのは、もうすぐ"月が二つ"になります。あやかしの時代が到来することを示すものです」
「えっ……。それって、文献にあった『王亡き後、空が赤く染まり、暗闇に呑まれる時、赤い月の夜明けが、世界を覆い尽くす』ってやつか?」
「人間の文献自体は存じ上げておりませんが、確実にあやかしの王を決める争いに人間達も巻き込まれるでしょう」
言葉を失った俺達は、エリゴールに聞きたいことは山程あるが、こいつは俺についてくるつもりだろうから今はやめた。
時間がないということに変わりはない。
それに、先ほどから張り付くような妖気に眉を寄せる。
一階に下りた俺達を外で仁王立ちして待っていたのは怪訝な顔のイブリースに、昨日帰したカオナシとヒガクレだった。
「あー。そうだった……あやかし除けの結界を張ったままだったわ。お前ら、どうしたんだ?」
「――嘘くさい芝居は良いから。そいつ、黒天宝でしょ。行くことに決めたのね」
「ああ……。話は二人から聞いていると思うけど、イブリースの助言のとおりだ。いまの俺が此処にいると、町に被害が出る可能性もあるからな」
イブリースは不愉快そうな顔をしていたが、それ以上は追求せず結界を解除したことで施設に上がり込んでくる。
手には人間が好んで飲む酒に、俺が嗜んでいる果実水とつまみなどがあった。
理解が及ばず立ち尽くしている俺に近付いてきた二人が教えてくれる。
「人間は旅立ちのときに宴を開くと聞きました。お世話になったノワールさん達と一緒にしたかったんですぅ」
『あのね……魔力については、良鬼が教えてくれたから……安心して』
「安心しなさい。こいつらの面倒は上位のあやかしであるアタシが見ていてあげるから。もちろん、アノニマスも……」
そうだ。
移動するのに直接伝える必要はないが、アノニマスの様子も見ていこう。
協会側に任せることを決めた俺だけど、責任はある。
シアンにも知らせた方が次に会うとき、うるさくないだろうし。
ただ、イブリースはついていくって言い出すかと思っていたんだけどな。
俺は自惚れていたらしい。
再び二階に上がると、俺はベッドに座り、ルッカ以外は床に座る。
上位のあやかしであるエリゴールに驚くカオナシとヒガクレには笑いそうになった。イブリースも上位のはずなのに、親近感が凄い……。
軽く乾杯して小さな宴が始まる。
「今日は有難う。拠点を移るときに、こんなことをされたのは初めてだわ」
「コイツらが、ノワールに何かしたいって言うから仕方なく……」
「そうか。二人共有難う。いつとは言えないが、落ち着いたら戻りたいと思っているからさ」
二年もいたら我が家同然だ。
こんな場所を人間が使うわけもないし、空き家確定だろう。
カオナシとヒガクレは怯えながらもエリゴールに興味はあるようで、部屋の一番隅で静かにしている姿を気にしていた。
「それで? コイツが此処に来たから、本格的にって感じ?」
「ああ。二人から聞いただろうけど、上位のあやかしは俺のことに気が付いていると思う。ただ、顔は知られていないだろうけど」
「反対にコイツといることで身バレするんじゃない? まぁ、そうじゃなくても時間の問題だろうけど」
ちびちびと慣れない酒を飲むイブリースの目が据わっている。
まさか、あやかしも魔力以外で酔ったりするのか?
何度もイブリースに指を向けられているエリゴールは沈黙したまま大人しい。
きっと俺とこいつらの関係性から察して、部外者は口を挟まないようにしているのだろうか。
「まぁ、知りたいことも多いからなぁ? それに、死にかけで俺のところへ来たことを無下に出来なかった」
「だぁかぁら!! そういうところだっていうの! あんたは、あやかしに甘いのよぉ。全然線引き出来てないから!」
「人間と同じだ。あやかしにもイブリースのような良い奴もいるだろう? 自分と関係性がないあやかしには容赦なく対応するからさ」
人間だって悪い奴はごまんといる。
イブリースを褒めたことで、目線が泳ぐ様子に首をかしげた。
返される言葉はない代わりに、酒を一気に飲み干すイブリースは音を立てて床に倒れる。
「うひゃぁ! だ、大丈夫ですか!? あれ、もしかして……寝ていますぅ」
「だろうな。ちびちび飲んでるだけで酔っていたんだから。一気飲みなんてしたらそうなる」
『だ、大丈夫かな……イブリース、本当はノワールについて、行きたかったと思うんだ……』
まぁ、これだけ心配してくれていたらあやかしの気持ちでも察することは出来た。
俺の周りに集まるあやかしは人間と同じように感情豊かだと思っている。
だから世話を焼いてしまうし、そんな俺に感情が動いてくれるのは正直嬉しい。
イブリースの狂暴化も一瞬で良かった。
「それじゃあ、早いけどお開きにするかぁ。俺も旅立つ前に行くところがあるからな」
「この小娘とも暫く会えなくなると思うと、寂しいものです」
「――ノワール様、お供します」
『町の皆様へ。二年間、お世話になりました。この度、拠点を移すことになりました。あやかし関連で何かありましたら西支部までお願いします。ノワール』
気持ちよさそうに寝ているイブリースを二人に任せた俺達は事前に準備していた軽い荷物を手に、二年間世話になった施設へ頭を下げる。
最後に張り紙を貼ってから、施設に背を向けて歩き出した。
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<あやかし紹介>
No.Ⅸ Named.黒天宝(エリゴール)
基本的に人里から離れた山奥に暮らす上位のあやかし。
黒い双翼を持ち、手の爪は長く伸び、黒い鉤爪をしている。髪は艶のある瑠璃色で、髪の色より青みが強い瑠璃色の瞳。
能力は接近戦の武器として黒宝刀という剣を生み出すこと。完全な人間に变化すること。
追記……
<ノワール情報>
端正な顔立ちで、礼儀正しい。群れを作らないあやかしでは珍しく、昔から主と認めた相手を担いでいるらしい。異常な忠誠心の持ち主。