第014話 傷ついたあやかし
「お前らは危ないから、棲み処に戻ってくれ。あと、俺たち移動するから、魔力の補給とか後で相談なぁ」
「ふぇえ!? ノワールさん、いなくなっちゃうんですか?」
『うっ、ううっ……悲しい。ノワール、誰かにバレたの?』
事情を知らない二人は驚いてい困惑する声をあげる。
俺達だって居心地が良かった此処を離れるのは辛い。
町の人には……張り紙だけ貼って言わなくて良いだろう。
あやかしは人の言葉を話せるが、読み書きは人間と同じで習わないと分からないからな。
艶孤はその点、人間と関わりが深いから知っていそうだけど。
「それについても、こいつをどうにかしてから話すから。イブリースにも伝えておいてくれ」
「分かりました。寂しいですが、お別れ会やりましょう」
『うっう……そうだね。ノワールには、たくさん……お世話になったから』
ヒガクレは泣いているカオナシを連れて、とぼとぼと棲みかに戻っていく。
冷たい施設の地面に置かれたあやかしはどちらかというと羽根の方が傷ついていたが、うつ伏せのままは良くないだろうと仰向けにした。
うん。顔が良い……。
俺は頭の下にタオルを置いて高くする。全身は確認出来ないし、回復魔法が使えない俺に分かったところで無意味だ。
「さて、どうしたものか。ルッカ、こいつは敵か?」
「ハッ! 申し訳ございません! この者は……亡くなった、あやかしの王の右腕です」
「えっ……? CROWNの、右腕……。なんでこんなにやられているんだ? 肩書があるなら強いだろう」
艶のある瑠璃色の髪に、整った顔立ちの男。
黒い双翼と足元以外は人間と変わらない姿をしている。
傷口や血の量からみて、このまま放っておいたら危険かもしれない。
最終手段は一つだが――。
「ルッカ、あやかしに魔力を与えたら、自然回復力が高まるんだよな?」
「まさか、この者に主の魔力を与えようとお考えですか!?」
「あやかしの王の右腕だったんだろう? それなら、無関係じゃないと思うんだ」
どうしてこんな姿なのかも本人に聞きたい。
それに、ルッカも知り合いなら色々と聞けることが多いはずだ。
俺が魔力を与えることに消極的な理由は分からないが、これは俺の問題でもある。
アノニマスの例はあるが、意識を失っているし大丈夫だ。
「ルッカの隠し事も気になるしなぁ?」
「主ぃ……。上位のあやかしは危険です! 意識を失っていても、何があるか……」
「そのときは、頼りにしてるよ相棒」
ブンブン尻尾を振るルッカの頭を撫でてから、意識を失っているあやかしの首筋に触れる。
魔力を流し込むのは簡単だ。
魔法を使うときのような感覚で、指に魔力を流す。
指先に青白い光が集まり、首筋から脈が浮き出るように流れて見え、順調に魔力を与えていたときだった。
急にあやかしの身体が白く光りだした瞬間、魔力を吸われるとき感じるゾクゾクした感覚に襲われる。
「うっ……こいつ。俺の魔力を吸ってる――」
「主、危険です!」
急激に魔力が奪われる感覚から息が上がり震える体に、ルッカが体当たりをしてきて指が離れた。
胸元に抱きつくルッカを撫でて起き上がると、あやかしの様子を眺める。
「ハァ……有難う、相棒。魔力を与える盲点は、引っ張られると強制的に引き剥がせないことだなぁ」
「冷静に解説しないでください! 幼体よりはマシですが、危険です!」
「でも、再生していってるみたいだぞ? さすが、上位のあやかしか……」
魔力を与えるということはあやかしに身体をいじるのを許可したと同じ。
妖力が強い相手によっては命の危険もあると今回分かった。
イブリースへ言ったら確実に蹴りを入れられそうだから、言わないでおこう……。
与えた倍ほど魔力を奪われたが、アノニマスと比べたら大差ないほどだった。
傷口が塞がっていく様子を眺めていると片翼が揺れる。
俺達は少し距離を置いた。
「うぅっ……」
「目が覚めたか?」
「貴様は……それに、此処は一体……。その白銀色の狐は――ルッカなのか?」
ゆっくりと身体を起こす上位のあやかしは傷口が痛むのか肩を揺らす。
顔だけこちらへ向けてきたあやかしはルッカに気付くと顔色を変えた。
端正な顔立ちに似合う低く透明な声。
敵意のないことが分かると、俺は椅子を引き寄せて座る。
「お久しぶりです、"黒天宝"。早速、僕の主に牙を剥きましたね」
「牙って……こいつは意識を失っていたから、仕方ないだろう?」
「――私に魔力をくださったのですか。もしや――貴方様は、ノワール様でしょうか」
やっぱり俺のことを知っていたらしい。
黒天宝。黒い双翼を持ち、手の爪は長く伸び、足も黒い鉤爪をしていて人間とは異なる上位のあやかしの名前だ。
俺よりも十センチ近く身長差のある男と視線が重なる。
髪の色より青みが強い瑠璃色の瞳を向けられ、吸い込まれそうなほど綺麗だと思った。
俺が答えを言う前に、まだ治りきっていない痛む体で男は頭を垂れる。
「凛々しくて、端正なお顔立ち――若き日の、我が王に似ております故。生きてお会い出来たことに感謝致します」
「えっと……。まぁ、魔力は俺が与えた。ルッカと知り合いだったみたいだし……聞きたいこともあったからな」
「ルッカはノワール様に何も話していないのですか? 自分との関係性も?」
下から覗く瞳に慣れず、立ち上がるように命令した。
バサッと広がる双翼の羽根が数本抜けて地面に落ちる。ぽたりと水滴のように垂れる血は痛々しかった。
だが、気になる言葉で足元のルッカへ視線を向ける。
どこかソワソワして耳はピンと立ち上がり、尻尾も垂れている姿で隠していることは明白だった。
「主ぃ……申し訳ございません。実は、僕……主が昔飼っていた猫の生まれ変わりです」
「えっ……? 冗談だろ?」
「初めてお会いした私が言うことではないですが、本当です。彼はノワール様の魔力と、我が王の妖力によって転生した姿です」
声が震えて俺は思わず口を押さえる。
いや、愛猫みたいに柔らかい毛並みだとは思ったけど、可愛がっていたペットがあやかしになるなんて想像する飼い主はいない。
しかも俺の魔力で……?
「――愛猫に魔力なんて与えていないぞ」
「……亡くなる間際に、主が撫でてくれたときでした。寂しそうな主から、魔力が流れて来ましたが、僕は"二叉"へなる前に力尽きてしまいました」
二叉っていうのは下位のあやかしだ。猫の姿をしていて、尻尾が二つに分かれていることでそう呼ばれている。
野生だったり、飼い猫がって噂を聞いたこともあるが、実在するのか……。
「どうして、もっと早く言ってくれなかったんだ?」
「それは……怖がられたり、気持ち悪いって思われたくなくて」
「まぁ、あのときは十歳で警戒はしてたからなぁ」
祖父にもあやかしから遠ざけられていた時期だった気がする。
物心ついたときから、下位のあやかしが寄ってきたり、楽園に誘われていたから。
「まさか、お祖父様は気付いていて……そばに?」
「分かりませんが、直接許可を頂きました。僕は一切しゃべりませんでしたけど」
昔、祖母から祖父は偉大な魔導士だと聞いたことがある。
大貴族であるブランシュ家は祖母の家系で、実は祖父は婿養子だった。
祖父は中流階級で、魔導士の才が認められて祖母と結婚したらしい。
「それじゃあ、今度は俺がお前に看取ってもらう番かな?」
「いえ、僕は主からの魔力しか受け付けませんので、今度こそ共に参ります!」
「なんだか責任重大だな……。元気な声でそんなこと言うなんて、お前は相変わらず可愛いよ」
腕を伸ばして椅子の脚にいるルッカを抱き上げる。定位置である膝に乗せると、優しく頭を撫でた。
白銀狐のはずなのに、ゴロゴロと喉を鳴らす姿は愛猫そのままで、思わず抱きしめる。
「感動の再会であるノワール様には大変申し訳ないのですが……。暫し、休息を頂きたく――」
「ああ、傷が回復したらで構わない。って、おい……大丈夫か?」
ドサッ
立ち上がらせたのが反対にまずかったのか、その場に音を立てて倒れる黒天宝に近づいて脈を取った。
「主ぃ、再び意識を失っただけのようです。結界も張っていますし、此処に寝かせて僕たちも休みましょう」
「そうみたいだな。さすがに、冷たい地面に寝かせておくのはなぁ……。部屋に運ぼう。悪い奴ではなさそうだし」
「主は警戒心があるようで薄いところが、小娘に怒られるんですよ」
イブリースには内緒にするように口止めしてから、肩に腕を回して引きずるように二階へ運ぶ。
双翼のおかげで尋常じゃない重さに、黒天宝を床に寝かせて息を吐いた。
本家に行ったことで精神的にも疲れていた俺は、そのままベッドで眠りにつく。




