第012話 あやかしの魔導具師
しばらくして起き上がり、辺りを見回すが二人とルッカの姿はなく眉を寄せる。
腕の痛みは回復するはずもなく、施設に戻ってこられたのは安堵の息が出た。
いつの間にか俺が通って来た道は消えて扉のない部屋が瞳に映る。
握っていた眼鏡の破片が地面に転がって視線を下に向けた直後、顔面に柔らかいものが張りついた。
「主ぃ!! 申し訳ございませんでした! お怪我は!?」
「うっ……苦しい。少し痛むが問題ない。ルッカのおかげで戻って来られた。有難う」
モフモフは気持ちいいが、窒息しかねないため痛む右手で剥がして首に下ろす。
直ぐに襟巻きになり顔を擦り寄せてくるルッカを撫でていると、目の前に二つの影が浮かび上がった。
「本当に……。せっかく、新作の甘味を食べに行ったのに、この男のおかげで台無しよ」
「フフッ……。それにしてはお兄さんを全身全霊で守ろうとしていた小鬼ちゃんは、どこの誰だったかしらぁ?」
無事に戻ってきた二人の姿にホッとして緊張が和らぐ。
薄暗い廊下に部屋の窓から差し込む太陽光によって、人間界はまだ昼間だということが分かった。
今度は注意を怠ることなく休息がてらに二人を自室に招き入れて、俺はベッドへ腰を下ろす。
「ふぅ……。あれはどうして気付かれたんだ? 瞳の色は上位のあやかししか分からないはずだろう?」
「憶測だけどぉ……。その眼鏡には認識阻害が付与されてるでしょ? それが壊れたことと、瞳に魔力が凝縮されてる可能性かしら――」
「まぁ、王の妖力を取り込んだことで妖具でも隠せなかったってことね」
「……まさか、そんな付与がされてるとは思わなかった」
黄昏色の眼鏡は家を出ていく俺に餞別と言ってお祖父様がくれたものだった。
ただ、本人から直接じゃない。
俺はもう一つ気になったことを改めて聞く。
「あと、牢獄って言っていた場所には捕まった人間が収容されているのか?」
「ええ、基本は一時的だけどぉ? 鬼ごっこで捕まったら、直ぐに美味しく食べられちゃうからぁ」
「ちょっとアンタ! 吸魔に美徳を押し付けてたくせに、もっと言葉を選びなさいよ」
助け出すのは無理か……。
そのために艶狐のような上位のあやかしが見回りをしているわけだし。
あの男とも当然知り合いらしい二人はまた小競り合いをしていた。
どこかで見たことがあるような光景に俺は溜息を吐く。
「あら、そうだった。霊体だけど、二十年以上"囚われのお姫様"がいるらしいわよぉ」
「えっ? 霊体からも、魔力を吸えるのか?」
「ええ。しかも本体は寝ているのか、魔力の無尽蔵扱いで重宝されているとかぁ」
霊体ということは魔力を吸収されるときの不快感はないだろうが、意識があるなら地獄だぞ……。
艶狐の言葉で、なぜか心の中に穴が空いたように気持ちが沈む。
――知らないはずの人間なのに……。
「でもぉ、あやかしを殲滅するために救出とか、無謀なことは辞めた方がいいわぁ。あそこ、"迷宮"だから」
「いまの俺には、殲滅するほどの力はない」
「そうかしらぁ? 私には鬼ごっこが始まる前なら……楽園のあやかしを"皆殺し"にするだけの力はあると思ってるわよぉ」
笑って恐ろしいことを口にする艶狐は、自分が勘定に入っていないことで安全圏にいるように他人事だ。
本来あやかしは群れないから、感情があるようにみえて艶狐のようなあやかしが普通なのかもしれない。
「それじゃあ、私はお暇するわねぇ。また会いましょう」
「ああ、今日は助かった。魔力の件は、考えておく」
「ちょっと! 女狐になんてホイホイ魔力を渡そうとするんじゃないわよ! 絞り尽くされるから」
嬉しそうな表情で去っていく艶狐に、イブリースは言い放つ。
考えるとは言ったが、直ぐにどうこうするつもりはない。
なんせ色々と世話を焼いてくれるイブリースには未だに魔力を受け渡したことがないからだ。
「アンタのせいで、寿命が縮んだわ……。あと、吸魔は人間界にも来てるから気をつけなさい」
椅子に座って足をぶらぶらさせるイブリースからは文句の数々を浴びせられる。
「今回も助けられたな。有難う、イブリース。その、今更だけど……俺の魔力――」
「いらない! アンタの魔力なんて吸ったら、他の人間から奪えなくなるから。アタシも帰るけど……艶狐はいいとして、吸魔に瞳のことバレたのは危険。此処を去る準備はしておきなさい」
秒で断られた。
二年近くいて、落ち着ける場所を見つけたと思えたんだけどな……仕方ない。
帰っていくイブリースの後ろ姿を見送ると、ベッドに飛び降りるルッカが未だに痛む腕を舐めてくる。
血は出ていないが、支給品のローブはボロボロだから。
吸魔以外でローブの存在を把握されていないのは助かったが……他に上位のあやかしがいなかったからだろう。
「ルッカ、また引越だ。二年も此処にいたが、一緒に来てくれるか?」
「当然です! 主がいないところに留まる理由はありません」
「本当に可愛い奴だよお前は。それじゃあ、先ずは……これを直して貰わないとな」
二年間も此処にいるが、町の人間に瞳のことは知られていない。
騒ぎになるとまずいため、俺は隣町の森にいる魔導具師を尋ねるため立ち上がる。
人里から離れた場所の工房兼家にいるのはあやかしだ。
珍しいかもしれないが、怪狸のように人間の生活に興味を持つあやかしは多い。
此処にいるあやかしは人間が作り出した魔導具に興味を持ち、趣味の一環として作っている。
たまに俺のような協会の人間が依頼に来ることはあるらしい。
「――ノワール、久しいな。なんだ、また壊れたのか」
「ああ、久しぶりだな"色柱"。今日も精が出るな? これなんだけど」
「ああ、派手に壊れたな。待ってろ、一時間で直す」
こいつは色柱といって、自分の色を持たないあやかしで、柱のように細長い身体からそう呼ばれている。
中は空洞で、声はそこから発せられているらしく鼻にかかった声をしていた。
自分の身体を器用に変化させることで、魔導具を作ったり直したりしてくれる。
こいつへ会いに来た理由はもう一つあった。
自分の色を持たないからかは謎だが、"本来の色"を認識出来ない特徴がある。
つまり、瞳の色を認識出来ない。
出来ることなら、金色の瞳について知るあやかしも減らしておきたいからな。
「ふむ。この魔導具は珍しい効果が、付与されているぞ」
「ああ、認識阻害だろう?」
「それもあるが、違う。"色誤認"だ。こちらは、何に対してか不明だが」
認識阻害は艶狐が言っていた、人間から俺の存在を目立たせなくするものだろう。
色誤認……。もしかして、艶孤が言っていた緑色の瞳?
あいつ、戻ってから金色の瞳について言及して来なかったな。
でも、森ではイブリースとかに速攻で金色の瞳ってバレたのに……。CROWNの妖力を得て輝いていたからか?
「あの人が、そんなものを付与してくれていたなんて思わなかった……」
「悪いが、色誤認というのは、おれには付与出来ん。造り手に頼め」
「あっ、ああ……分かった。丁度行く予定もあったから、大丈夫だ」
この工房にも扉はない。色柱は木のような形をしていて手はないからだ。
襟巻きになっているルッカが椅子に飛び降りる。
この椅子も色柱には不要だが、依頼に来る人間のために用意してくれたらしい。
宣言通り、一時間で直った眼鏡を受け取って耳に掛ける。
「有難う、助かった。さすがの腕だな……って実際は、柱っていうのか」
「なんでもいい。喜んでくれたなら。それじゃあ、支払いはどうする?」
「最近、魔力は吸っているのか? 腹が減っているなら、魔力でも良いぞ」
正直、魔力を吸われる感覚は未だに慣れないが……。
此処を旅立ったら、いつ戻ってこられるか分からない。
色柱は、基本的に森の奥でひっそりと佇んで、たまにやってくる人間から魔力を吸っている。
つまり、人が来ないと魔力を吸えない。だから、こいつの場合は特別に協会から定期的に人間が来ている。
俺も、少し前に報酬を得たから正直どちらでも良い。
「それなら、魔力がいい。ノワールの魔力は、他のヤツより旨い」
「それは嬉しい……っていうべきか微妙だなぁ。あと、近々此処を離れることになる。次いつ会えるかは分からない」
「分かった。なら、最後の楽しみにしよう。吸わせてもらう」
ルッカをはじめ、カオナシとヒガクレに限っては俺から与えているから不快感はないが、吸われると背筋がゾクゾクする。
「うっ……やっぱり慣れないな」
「主ぃ、やはり吸わせるのは今後から辞めましょう。身体が拒絶して震えています」
「有難う、ノワール。それじゃ、元気でな」
色柱と別れた俺達は施設に戻って、いつでも移動出来るよう荷造りをすることにした。
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<あやかし紹介>
No.Ⅷ Name.色柱
基本的に森の奥で木に擬態してひっそりと隠れて暮らす下位のあやかし。
自分の色を持たないあやかしで、柱のように細長い体が特徴的。
能力は擬態と自分の体を伸縮させること。
追記……
<ノワール情報>
その中で人間に興味を持ち、自分の体を器用に変化させることで魔導具を作ったり直したりしてくれる個体。趣味が高じて中位のあやかしに進化した。