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第011話 鬼ごっこ

【第003話】が【第004話】になっていたことを教えて頂き知りました!

大変申し訳ございませんでした。

時間のあるときに読み返して頂けたら幸いです。

 同じく驚いて目を見開いた。


「驚いた……イブリースか」

 

良鬼(リョウキ)じゃないですか。急用っていうのはあやかしの世界だったんですか」


 イブリースは反対の腕に絡みつく艶狐(エンコ)を俺から引き剥がす。


「角をつけてるのに良く俺だって気がついたなぁ」

 

「当たり前じゃない。二年も一緒にいたら分かるわよ。上位存在であるアタシのこと、舐めないでくれる?」

 

「あらぁ。小鬼ちゃんじゃなぁい。なーにぃ? "嫉妬"かしらぁ?」


 俺の腕から手を離したイブリースは身長差のある艶狐(エンコ)を睨みつけた。

 上位のあやかし同士の睨み合いに大通りを闊歩(かっぽ)していた中位以下のあやかしも、さすがにざわついてくる。


 俺は二人の腕を掴んで有無を言わせず裏通りへと向かった。


「お前らなぁ。あんな大通りで騒ぐなよ」

 

「アタシが案内人になるから、アンタは消えて」


 裏通りで身を隠し(しばら)くして手を離した瞬間。

 艶狐(エンコ)に掴みかかる勢いで顔を近づけるイブリースに俺は溜息を漏らす。


「あらぁ、そしたら此処に人間がいるってバラそうかしらぁ? フフッ……しないわよぉ。現在(いま)は、雇われてる身で仲間(・・)なんだから」

 

「どういう理由か分からないけど、迷い込んだんでしょ? 仕事しなさいよ! 女狐のくせに」

 

「あら、私の仕事のこと知ってるのねぇ? たまーに、こちら側に迷い込んだ人間を帰す仕事」


 聞いてないぞ?


 つまり、(はな)から取引などしなくても艶狐(エンコ)は迷い込んだ俺を人間界に帰すつもりがあったことになる。


 俺は背中を壁に押し付けて寄りかかって腕を組んだ。


「それは協会の仕事に入っていたわけか」

 

「ええ、そうなの。専属協会での主な仕事が私のテリトリーである楽園に迷い込んだ小人ちゃん達を人間界に帰すこと」

 

「とんだ女狐です! (あるじ)(たばか)るなど。そもそも存在自体が怪しい()れ者になどに騙されませんけどね」


 本当にルッカは可愛いことしか言わない。

 唯一の癒しだ。

 俺が人の道を外さないでこられたのもこいつのおかげだろう。



 生きづらさを感じていた十歳を迎えたばかりだった俺の前に現れて、最初はあやかしだと分かって警戒したが、いまとなっては懐かしい。


「そういえば、二十歳を迎えた俺にあやかし専門協会へ入ることを助言してくれたのも、ルッカだったな……」

 

「ちょっと聞いてるの!? アンタのことで、この女狐と言い争ってるんだけど!」

 

「あらぁ、私は小鬼ちゃんと争っている気はないんだけどぉ」


 自分の世界に入っていたらしい俺に対して、怒鳴るイブリースのおかげで耳がキーンとなる。


「そんなことどうでも良いから、帰るわよ! 楽園は朝から夜になるのが早いんだから」

 

「そうねぇ。そろそろ、黄昏時(たそがれどき)かしらぁ? 仕方ないわぁ。また次の機会に取っておきましょう」

 

「次は無いことを願いたいんだけどな」


 話がまとまった俺達は裏通りから再び大通りに出て気が付いた。


 先ほどまで薄紅色をしていた空が、艶狐(エンコ)の言っていた藍青色の夜(アズル・ノーチェ)へと変化している。

 人間界は暗闇に星が輝いているが、此処は星の輝きと混ざり合って神秘的だった。


「ちょっと! もう夜じゃない。ほら、出口まで案内するから行くわよ」

 

「なんだか今日は早いわねぇ。お兄さんの魔力が濃いせいかしら?」

 

「ああ、悪い。魔力によって影響する世界なのか?」


 艶狐(エンコ)は微笑むだけで何も言わない。



 魔力によって影響する……。


 俺は思わず黄昏(たそがれ)色の眼鏡に触れた。

 この瞳が影響を及ぼしていないことを願うしかない。


 藍青色の夜(アズル・ノーチェ)になり急かされるまま早歩きで大通りを抜けると、開けた場所へ出る。

 すると中央に(そび)え立つ怪しげな城が目についた。

 左右にイブリースのような二本の角が刺さっており、楽園内の屋根が複数重なり合っている。


「あれは?」

 

「ああ、あれねぇ。あんななりだけど、"牢獄(ろうごく)"よ。小鬼ちゃんが焦っているのはお兄さんが万一人間とバレたときのことを考えてるのよぉ」


 物騒な発言に思わず言葉が詰まった。

 俺とは違い何かを悟った様子で震えるルッカを優しく撫でる。


「――人間ってバレたら、どうなるんだ?」


 疑問をぶつける俺に対して急に足を止めて振り返るイブリースが、見たこともないほど真剣な表情をしていた。

 

「一度しか言わないから良く聞きなさい。楽園には絶対的なルールがある。それが、"鬼ごっこ"」

 

「人間界に行かないあやかし達は此処で狩りをしてるのよぉ。定期的に人間が迷い込んでくるのはそのせいなの」

 

「鬼ごっこ……。ああ、あやかしに誘われるってやつだろ? まぁ、俺も気をつけていてこの有り様だけど」


 魔力を持つ者で、特に魔力量や濃さによってあやかしはこの楽園に誘うのだと、小さい頃から童話で聞かされてきた。


 鬼ごっこという聞き慣れない単語に、イブリースを小鬼呼ばわりしている艶狐(エンコ)へ視線を向ける。


「簡単に言うと、逃げる獲物を捕まえる狩りと一緒。人間だと気付かれた瞬間、自動的に始まるの。攻撃は無意味。捕まらずに人間界へ逃げる以外で終わらない」

 

「それは……あの数のあやかしから逃げるのは相当な経験と運が必要になるな」

 

「お兄さんは確実にしゃぶり尽くされる魔力奴隷かしらぁ。最後は骨も残さずあやかしのお腹の中ねぇ」


 艶狐(エンコ)に対して次の言葉が出ないにも関わらず、実感が湧かなくて意外と怖さはない自分に驚いた。


 再び歩みを進めて開けた場所から細道に踏み込んだ一瞬の出来事だった。

 前から現れた大男に思い切り肩をぶつけられた衝撃で眼鏡が地面へ落ちる。

 

 すぐに拾おうとして手を伸ばしたが、別なあやかしによって踏まれて粉々になった。


「ちょっ! 変えはないの!?」

 

「うっ……。贈り物で、一点ものなんだ。でも、あやかしだからってイブリースみたいに知っている奴は少ないだろ?」

 

「――夜は上位のあやかしが増えるの! 名前は知らなくても、その瞳のことを知ってる奴は多いんだから!」


 しゃがみ込んで壊れた眼鏡を拾う俺に対して、青ざめた顔でうろたえるイブリースに後ろから首根っこを掴まれて引っ張り上げられる。

 引きずられるように再び走り出した俺に、横から同じ速度で走る艶狐(エンコ)が俺の瞳を確認するように見つめてくる。


「そんな気にすることかしらぁ? 人間らしく綺麗な緑色の瞳じゃなぁい」

 

「えっ? そんなはずは――」


 思ったよりも選んだ出口は遠く、魔法を使えない俺の足に合わせて走っていると五分くらい経過して艶狐(エンコ)が驚いた声をあげた。


「嘘っ!? その目……金色の瞳。えっ、どういうこと? お兄さん、"人間"よね。でも、そんなことよりも――上を見て」


「――えっ……妖気が、乱れてる……? 嘘でしょ!? 気付かれた!」


 二人が同時に何かの変化を感じた直後、藍青色の夜(アズルノーチェ)極光(オーロラ)がかかったように乱れる。

 そして、どこからともなく軽快な音色が楽園全域に流れ始めた。 

 

「この音色は、鬼ごっこの合図なのか……? やっぱり、この瞳が――」


 細道を通り抜けた場所は運悪くあやかしが集まっている場所で一時停止する。

 イブリースがいう人間界への出口はあやかし達の背後にあった。

 人間界からだと見えなかったものが、鏡のようにあちら側を映していて俺の目でも視認できる。


「あれは……。もしかして、俺が入って来た施設の二階か」


 だけど、まだ距離がある。


 そのときだった。

 警報のようなけたたましい音が鳴り響くと、楽園全域に聞こえるような雑音の混ざった声が耳に届く。


『……えー、久しぶりに人間が一匹迷い込んだようです。楽園のルール上、鬼ごっこが始まります。あやかしのみなさんは狩りに備えてください。繰り返します――』


「アタシたちがあやかしの相手をするから、ノワールは絶対に(ふれ)られないで! 触れられただけで負けになる」

 

「はぁい。今から、魔法も解禁でぇす。お兄さんは魔法を駆使(くし)してあやかしから逃げることに集中してちょうだい」

 

「二人とも、悪い……――疾風迅雷(ヴァン・トニトルス)!」


 案内人は出口まで導くもので、手を引いてもらわないと人間界に戻れないわけじゃないらしい。


 俺は艶狐(エンコ)の言葉で魔力を解放した。


 魔法を使った瞬間、魔力の匂いを感知した目の前にいるあやかしたちが一斉に飛びかかってくる。

 イブリースと艶狐(エンコ)が生み出した赤と青い炎によって、あやかし達の間を抜けて出口に向かって走った。


 触れられただけで負けるのはさすがに肝が冷える。

 襟巻きになっていたルッカも走る最中に変化して並走(へいそう)し、襲ってくるあやかしを薙ぎ払ってくれた。


 攻撃は無意味という理由は分かったが、牽制(けんせい)目的で攻撃魔法を駆使して出口まであと少し!


「出口は一つじゃないよなぁ? 近くにいた中位のあやかしか……」


(あるじ)は後ろに下がってください! 僕が相手をします」


 入口から少し離れた場所で狼の顔をした二匹のあやかしが手を叩きながらよだれを流して陣取っている。

 あの顔は明らかに俺を餌だと思って喜ぶ犬と同じだった。


 俺が乗れるほどの大きさになっているルッカが走り出すと同時に、二匹も四足歩行となって走り出す。

 さすがに狼だけあって足が速い。


 ルッカが一匹を尻尾で薙ぎ払った直後、横をすり抜けたもう一匹が俺に向かってくる。


「――火焔の雨(イグニス・レイン)!」


 生み出された炎が迫るもう一匹に上空から降り注ぎ、一瞬で燃える身体にのたうち回る姿を尻目に横を駆け抜けた。

 

 手を伸ばせば届くところまでたどり着いた直後。

 出口前で漂う黒い(もや)が俺の手へ触れそうになる。


(あるじ)ぃ!!」


 後ろで叫ぶルッカの声で黒い(もや)もあやかしだと気付き、触れそうになる一瞬で結界を張った。

 バチッと光が走るように跳ね返されたあやかしは人間の姿に変化する。


 まとっているはずの妖力がまったく分からなかった。


「あららァ。あと一歩だったんだけどねェ? とても美味しそうな匂いがするから、俺も味見したくてさ」

 

「お前……"吸魔(キュウマ)"か。捕食するときに姿を見せるあやかし……」

 

「ご名答……何、お宅。もしかしなくても、"協会(そっち)の人"? 待てよ、その瞳……ぷっはは!! 嘘だろ? 魔力しか感じられないぞ!」


 上位のあやかしは騙せないか。


 後ろから走って来たルッカが(すご)むように唸る。

 舌舐めずりする吸魔(キュウマ)は艶のある黒い髪を搔き上げた。死人のような青白さの色男で、人間と変わらない衣服をまとっている。


 吸魔(キュウマ)が次に言葉を発する前に背後から殺気が飛んできた。


「ノワール! そのまま走って!!」

 

「――ハイ、そうですかって逃がすと思ってるのかァ?」

 

「あらぁ、そのお兄さんは私の取引相手なのよねぇ。"どこかの淫魔(インマ)如きに"、しゃぶり尽くされて壊されたら困るのよぉ」


 殺気はイブリースらしく、俺は言われるまま再び走り出した。

 その横を守るようにルッカも走る。


 吸魔(キュウマ)が黒い(もや)変化(へんげ)しようとして俺の足を狙うが、イブリースの炎を宿した飛び蹴りが炸裂した。


「ハッ! お前達も、あやかしだろうが。あの男の魔力は勿論、血肉もしゃぶり尽くしたいと思わないのかよッ!」

 

「ハイハイ、下品な男と一緒にしないでちょうだい。私の美学は相手から奪って欲しいと思わせることよ」

 

「どっちもどっちだけど! あやかしとして間違ってはいない……。だけど、アタシにも曲げられないものがあるのよ!」


 イブリースの声に心を動かされたように、横にいたルッカの表情が変わってみえた瞬間、その姿が急停止する。


(あるじ)……。申し訳ございません! 衝撃に備えてください!!」

 

「えっ……? ルッ――!?」


 柔らかいものが背中に触れたかと思った直後、身体が(たま)のように前方へ吹き飛ばされた。


 勢いを殺すことなく一直線で出口を抜ける俺の耳に届く小さな声と音さえ、背中への衝撃で何も言えないまま施設の壁に激突する。


「あららァ。やられたねェ……。主人想いの子狐に、鬼娘と、女狐のコンビかァ」

 

「これみよがしに、あっちの世界でも近付いてきたら容赦しないから……」

 

「フフッ……。それじゃあ、良い夢を――」


『ざーんねーん! これにて、鬼ごっこが終了致しましたー! 狩りの時間は終了でーす。皆さま、新たな生贄が迷い込んでくるのを首を長くして待ちましょう』


 両手で(かば)ったとはいえ痛む身体を抱える俺に、もう中の声は聞こえない。

 ただ、未だに人間を魅了する色鮮やかな光を放ち"こっちへおいで"とばかりに誘惑する扉を、痛みに(ゆが)む顔で見つめた。

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