『近所に引っ越してきた櫻子はツンデレだけど嫌いじゃない!件』 その9話 消せない言葉
そう思いながらお店を出ると
「皆さんお待たせしました! 只今より模擬レース最終組、A組の決勝レースを行います!」
アナウンスが流れた。
(お父さんが走るところをしっかり見なくちゃいけない!)
私は、コースが見渡せる観客スタンドに向かって全速力で走り出した。
(お父さん! お父さん! お父さん!)と何度も心の中で呟いた。
スタンドに着くと選手紹介が終わりスタート直前で何とか間に合った。(お父さんはっ⁉ いた! 腕を組んで真っすぐ正面を見ている。隣には社長さんも居る。後ろを見るとお母さんと新之助がスタンドの座席に座っていた。そしてバイクの音が凄まじく山間に響き渡り実況アナウンスが始まる
「さぁ、予選A組決勝レース……シグナルが赤から…………いま! 青に変わり全車スタートォ!」
爆音が響き目の前をすごいスピードで走っていく、その音に思わず耳を塞いでしまった。一斉に一つ目の曲がり角……コーナーに入っていく。前後、左右同士ぶつかりそうだ。コーナーを立ち上り今度は反対側の長い直線の先に消えていった。ここからはよく見えないけどアナウンスが聞こえる、
「先頭はゼッケン十五番、岸野選手! 早くも集団を抜け出している!」
と聞こえた。隣の櫻子にそのことを教えてあげたが聞こえなかったのか返事もしてくれなかった。そして長い直線の先からまたこっちに帰ってくるのが見える。お父さんは三……四……五……六……七番目だ。その時――ガシャーン――と音がしてここからは見えなかったけど奥の方を見ると煙のようなものが上がっていた。ここで実況が入る。
「あーつっと! S字コーナーで転倒だぁぁ! ライダーは…………」
『ざわざわざわ』っと観客席の人達が立ち上り心配そうに煙が上がった方を見る。
「ライダーは大丈夫のようです、ゼッケン八番の今野選手転倒です!」
そうアナウンスが入ると心配していた観客席から安どの声が。(これがさっき社長が言っていた転倒の事?)かなりの緊張感……見ているだけで怖い。それからお父さんは、七番目ぐらいを走っていたがラスト三周目に入ると何か慌てた様子で実況アナウンスが入る。
「ちょっとまってください、ここでトップが入れ替わっている? 只今、トップはゼッケン九十二番、松金選手! 最終コーナーに入って、いまコントロールタワー前に帰ってきたぁ!」
最後のコーナーを出てきたバイクはお父さんだった。後ろには、十五番、櫻子のお父さんが追いかけている。でも次の周には、追いつけないくらい離して観客スタンドの前に帰ってきた。
「九十二番、松金選手素晴らしい走りで二位以下をグングン引き離している!」
「しかもどうでしょう! このタイム⁉ 計測器が壊れているのかぁ⁉ コースレコードだっ! 走行会の模擬レースでとんでもないタイムが出ているぞっ!」
言っている意味は、よくわからなかったけど、とにかくお父さんは凄く速く走っているという事は分かった。
そして最後の十周目、最終コーナーを回ってゴールする瞬間。
『パアァァァァァァァァァァァァン!!!!』
ひと際エンジン音が甲高く響きわたる。そして前のタイヤがふわりと浮き、お父さんがシートから立ち上がり左手の人差し指で『1』を示し高々と掲げている(あの写真と同じだ)お父さん最後のレース、飾ってあった写真。
「松金選手、今、トップで…………チエッカーを受けるぅ! そしてウイニングウィリーだぁ!」
実況アナウンスが続ける
「いやぁ私達は今日、凄いものを見てしまいました!」
会場からもどよめきが上がりスタンドから大きな拍手が送られた。それに応えるかのようにスタンド向かい側の直線からお父さんがこっち向けて手を振っている。お父さんすごく嬉しそう。するとここで再び実況アナウンサーが…………
「えぇぇ、誠に残念なお知らせです。ゼッケン九十二番松金選手、規定タイムよりかなり速く走った為、規定違反により…………失格です!(笑)」
放送に乗ってひと際、大きい笑い声が聞こえた(たぶんあのイケおじだった) そしてどよめいていた会場が大爆笑に変わった。私もずっこけてしまい、お母さんも苦笑いしながらこう言った。
「『規定タイムより速く走るな!』なんて、あの人が我慢できるわけがないじゃない(笑)」
規定タイムとは、皆が安全に楽しく走る為に作られた規則で『コースを一周するタイムが、定められたタイムよりも、早いタイムで走ったら失格になりますよ』と言う規則だった。どうやらお父さんは我慢できなかったらしい(お父さんらしいと言えばそうだけど……)
でも不思議と悔しいとは思わなかった。変わりに2位だった櫻子のお父さんが優勝という事になった。隣にいた櫻子に声をかけようと横を見るとコースの方を見つめている顔は何故か真っ赤、そして涙目。そして自分を見ている私に気づいたので『お父さんかっこよかったね』の「おと……」と言い始めたと同時に
「わ、私のお父さんがかっこよくて一番速かったんだから‼ 一番、一番かっこよかったんだからぁ!」
そう私に大声で怒鳴りつけ、逃げるように走って行ってしまった。
「櫻子……」
私は、走り去る櫻子の背中を見て呟いた。
レースを終えたお父さんがバイクを押して帰ってきた。
「ハハッやっちまったぜ!」
と苦笑い。社長とお母さんと三人で今日のレースのことを笑いながら話している。周りには、また沢山の人達が集まって来て握手やサインをお願いされていた。そんなお父さんの後姿を……私は見つめていた。
そしてすべてのプログラムが終わり帰る時間になった。お父さんは社長の車にバイクを積んでお店で整備をしてもらう為、社長の車に乗る事になり、私達とは別々に帰る事になった。
帰りの車の中で美彩との事、社長から聞いたお父さんとお母さんの事、サーキットで見た写真。色々な事を考えた。そして……私がいかに身勝手で……お父さんに酷い事を言ったか……そして美沙に……酷い態度をとってしまったか……悔やんでも悔やみきれない程後悔した。私は、車の中でお母さんに背を向けて一人泣いてしまった……。
「私……お父さんにひどいこと言っちゃった……美沙にも……ひどいこと……」
もう……本当に悲しくて涙が止まらなかった。
「ごめんなさい……みんな……ごめんなさい……」
そう言いながら泣き続ける私の頭に手を当て、髪をとかすようにをお母さんは、優しく撫でてくれた。
温かいお母さんの小さな手。私をぶった時……痛かっただろうな……。
「優しいお母さん……ありがとう……」
長い帰路、いつの間にかそのまま寝入っていた。
美沙にも早く謝らなきゃ……と思いつつ続く……。