睡蓮ーおちんこストラップ編ー
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亨は黙ったまま動かなくなった。
輝:『急に静かになったな。妊娠か?』
その一言で亨の父の顔色が青くなった。
亨の父:『………今、何て言った?』
亨:『妊娠か?って言ってたよ』
妊娠か?
この言葉は、亨の父にとって思い出深いものだった。
離れ離れになった幼なじみがよく口にしていた言葉だからだ。
そして今、自分の息子と同じ学校に通う生徒が、まったく同じ言葉を使っている。
しかも、その言葉を使うタイミングまで一致している。
亨の父:『ありがとう、亨』
亨:『どう…いたしまして………?』
亨の父:『輝くん、妊娠か?という言葉は、どこで覚えたの?』
輝:『車の中で覚えた』
亨の父:『誰から教わった?』
輝:『お父さまから教わった』
亨の父:『輝くんの苗字は織田だね』
輝:『それがどうした?』
亨の父:『輝くんのお父さんの下の名前を教えて』
輝は亨の父の顔をじっと見た。
さっきまでの軽い雰囲気とは違う、どこか鋭い視線だ。
輝:『知ってどうする?』
亨の父:『君はさっき、“車の中で覚えた”と言ったね。そして、“お父さまから教わった”とも言った。“妊娠か?”というこの言葉はな、たった一人の男しか使わなかった冗談なんだ』
輝:『………………』
亨の父:『何か知っているようだね、輝くん』
輝:『何て答えたらいいか分からなかったから、何も答えなかったのだ』
亨の父:『それはどうかな。警察を長くやっているとな、隠している人間の沈黙を読み取れるものなんだよ』
亨の父は胸ポケットから写真を出し、亨と輝に見せた。
亨の父:『この写真は私と幼なじみと一緒に撮った宝物第八十八号だよ』
写真を見ると満面の笑みを浮かべた三人が写っていた。
輝:『ほう、五人で記念撮影とは仲がいいな』
亨:『何が見えてるん?三人だよ。二人どっからでてきた?』
輝:『……ん?よく見ると三人揃って金ぴかのちんこ型ストラップを付けているぞ』
亨:『ぷはははっ(笑)本当だ!ただのちんこじゃない!金ぴかだ!』
亨の父:『そうなんだよ、占いのラッキーアイテムが金ピカちんこのストラップでな、私たちは奇跡的に十二月生まれだから、私が命懸けで三つ作ったんだよ。おかんにバレたらおしまいや~ってビクビクしながら作ったから形が曲がりすぎてしまってなぁ、こんなにへたくそなのに付けてくれて嬉しくて嬉しくて、ふはははははは(笑)』
輝:『運氣上昇間違いないアイテムだと思って真剣に金ぴかのちんこストラップを親フラ回避の命がけで作ってる姿を想像したら、心がポカポカしてきた。へたくそとかそういうのじゃなくて、三つ作った事に無限大の愛を感じた。お金で買えないものがあるというが、本当にいくらあっても買えないものってあるのだな』
亨:『………。でもさ、この写真と輝に何が関係あるの?』
亨の父:『良い質問だ。まずは、この写真の説明からしよう。左が私、真ん中が輝くんと同じ苗字の織田ちゃん。そして右が白石昌慶。私たちは幼稚園の頃から、ずっと三人一緒に居て織田ちゃんはよく、妊娠か?なんて冗談を言うやつだった。ほんで、右の昌慶の事を皆で“まさちゃん”って呼んでいて、まさちゃんは料理がとんでもなく上手かったんだよ。少し食べただけで何の調味料を使ってるか全部当てられる能力を持っていて、どんな料理でも完全再現可能なんだよ。因みに当時、織田ちゃんとは呼んでなくてね、苗字じゃなくて下の名前で呼んでいたんだ。でも輝くんが、お父さんの名前を教えてくれるまでは……、ここでは“織田ちゃん”と呼ぶ事にしておくよ。最初は、私たちバラバラだったんだよ。織田ちゃんはヤクザの息子、まさちゃんは政治家の息子、私は両親警察官の息子。近所でよく会うけど、白石ちゃんは堅苦しいし、織田ちゃんは言ってる事が全部宇宙。幼稚園も一緒だっだんだけど、祭りの打ち上げがあってな、まさちゃんがプレゼント持って金太郎のコスプレで来たんだよ。誰かのお誕生日会と勘違いしたみたいで、半泣きだった。そこで織田ちゃんがプレゼント交換あるなら早く言ってなって言ってさ、打ち上げの途中で居なくなっちゃってな、1時間くらい経って袋持って戻ってきたんだよ。ほんで、まさちゃんに袋渡してさ、その場で中身を見たらプレゼントが入っててな、まさちゃん喜んでた。プレゼントアレルギーになるとこやったって。ほんで、まさちゃんが用意したプレゼントは織田ちゃんのと交換になって、それ見て私は、なんかこの二人いいなって思って思い切って友達になろうって言ったのがきっかけで仲良くなったんだよ。幼稚園の頃のプレゼントを高校になっても大事に飾っててさ、最初に頭でイメージしてたのと違って、仲間思いで優しくてさ、人を見た眼で判断した私がアホだった。気づいたら小・中・高、ずっと一緒よ。あんなに言いたい事を言い合える仲になれる人は他に居ない。喧嘩の時、すごいんだよ。朝の縄張り警告アラームカラスみたいにガーガー言って、いつの間にか一緒に飯食ってる。それが当たり前だった。だけど高校卒業してすぐ、織田ちゃんは突然連絡が取れなくなった。そして、まさちゃんも“織田ちゃんについていく”と言っていなくなった。私はどうしても、この二人にもう一度会いたい。そして……また、あの頃みたいに笑って、話したい。必ず……もう一度…』
輝:『縁とは脆いもの。一度離れた者は戻っても再び離れる。去る者を追えば、待つのは同じ別れ。離れる人は、ご縁がなかった人。良かったではないか、振り回されずに縁が切れて。離れた者の思い出の品は手放すといい。そしたら氣の流れが良くなって、ネガティブなエネルギーを引き寄せなくなるものだぞ。私も小学校に入学する直前に断捨離したニンゲンは何人も居る。居心地がいい仲間と居るのは、それはそれでいいのだけど、ずっとこのままでいいのかなと思う事が多くなって、何も成長できないまま楽な道に歩むのがいいとは思えなくなって、小学校入学する直前に手放した』
輝は静かにそう言いつつ心の中で、こう思った。
写真に写っているのは間違いなく父上と白石だ、と。
だが、父上の過去を勝手に話す権利はないと輝は判断し、黙秘した。
父上が亨の父に会いたいと思っているかも分からない為、軽々しく話せない。
白石昌慶は織田家の使用人であるとも口にできない。
本当にただの再会を望んでいるのかという疑いもあり、輝は慎重に言葉を選んでいた。
一方、亨の父は輝は何かを隠していると勘付いていた。
亨の父:『君は随分と用心深いね。さっきから質問に答えているようで、肝心なところは避けている。別に君を取り調べているわけじゃない。私は職業柄、人の言葉の隙間を見る癖があってね。それに輝くんは、“知らない”とは一度も言っていない。つまり、知っているんだろう?この写真の男を。人は知らないものに対して、そこまで慎重な言い方はしないものだよ』
亨の父は静かに一歩だけ輝に近づいた。
その静かな圧に輝は無の感情で亨の父の顔を見つめた。
昔話をして氣を緩ませたところで、真実を引き出そうとする巧妙な作戦だ。
輝:『言葉の隙間を見る癖があるなら分かる筈だろう。私は答えを避けているのではない。あなたが欲しい形の答えを出していないだけだ』
亨の父:『では、質問を変えよう。君はこの男と、どこで会った?』
輝:『知っているという結論を先に決めて質問を作れば、どんな答えも証拠のように見える。便利なやり方だ』
亨の父:『……なるほどな』
その直後、亨の父は一歩だけ距離を詰め、誰にも気づかれない角度で輝の耳元へ顔を寄せた。
そして、低い声で囁いた。
亨の父:『輝くんがこの男を知っている事だけは、よく覚えておくからな』
この刹那、輝は亨の父の圧力に背筋が凍った。
嘘をつく顔も、隠す理由も最初から全て見抜かれている。
そう感じた。
輝:『何?くすぐったくて何て言ってるか分からなかったな。手作りのちんこストラップの作り方が何だって?』
亨の父:『そんなこと一言も言ってない!』
亨:『……、いい…ね……、手作り……ってさ……。俺なんか、いつも……、ずっと…、何も無いよ………。お金しか…ない……。お父さんはさ……、本当のところ、俺の事なんかどうでもいいんじゃないの?』
亨は奈落の底に落ちたような目で父に訴えた。
亨の父が学生の頃は友達に手作りのストラップを作り、皆それを身に付けている。
だが今、亨には手作りのお弁当もご飯も家には出てこない。
親が居るのに親の温もりがそこにない。
長く抱えてきた寂しさを、やっと言葉にできた。
だが、亨の父は亨の言葉には何も返さず、どこか面倒くさそうな冷たい眼差しで亨を睨んでいた。
輝は口を挟まず、じっと亨の父を見つめていた。
ここで亨を抱きしめたら、亨の問いが宙に浮く。
ここで亨を抱きしめたら、亨の父は心を閉ざす。
ここで抱きしめたら、父からもらえなかった温もりも、父に求めている愛情も全部輝に置き換わってしまう。
そこに生まれるのが依存だ。
抱きしめる優しさは時に破壊になる。
輝は繊細な均衡を第三者の優しさで壊してしまう事を知っていた為、二人を見守る選択をした。
亨:『俺は、お父さんのこと大好きだよ』
亨は笑顔で、そう言った。
しかし、亨の父は何も返さなかった。
輝は亨の父の手を見つめた。
親に愛されていないかもしれない事がこんなに辛いと思ったのは初めてだった。
虐待を受けている子どもは親を嫌いになれない。
親を守ろうとする。
輝は、その気持ちを壊さないように共感の沈黙を静かに貫いた。
地下の上の外ではバキュラが暴れていた。
【次回】
打撲した左手で描いたバキュラのイラストが公開
※閲覧注意
3月20日(金)19時公開




