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睡蓮ー終わりと始まり編ー

亨の言霊は全てが思い通りになるわけではなかった。

一番、叶えたかったのは父親と会わなくて済むという言霊だ。

だが、それは今では泡のように流れて溶けて消えてなくなった。

亨は父親とは会いたくないのに近くに父親が居る現実に息をするのが重く、輝は親が会いに来ない現実に何とも思わなくなっていた。


羽田空港の外では巨大な生命体が二足歩行で羽田空港を歩いている。

一歩の音が大きく、移動する度に地響きがする為、どこに居るか分かる。

その黒い生命体はバキュラという破壊神である。

メディアは一秒でも早く世に伝えようと必死に近づいていったが、一早く世に伝えていたのはイターネッツでライブ配信をしていた少年だった。

流行りのミニラテ姫のコスプレをしており、整った顔と完ぺきなスタイルが人気のある配信者である。

また、ミニラテ姫の声によく似ている事で注目されているが、ミニラテ姫の声優と同い年で、ミニラテ姫という名前で活動している事から本人説も濃厚と噂されている。

この事について否定していないが、推定もしていない為、視聴者は気になりすぎて目が離せないのだ。

今日は羽田空港の外から配信をしており、40万人が観ている。

コメントには昔のニュースに大きく取り上げられたバキュラだから非難するようにと呼び掛けていたが、あまり気にしてなかった。


視聴者A:“大きさはどれくらいありそうですか?”


『大きさは70メートルくらいあるよ』


視聴者B:“においしますか?”


『においするよ。焦げたようなにおい。あと、甘酸っぱい香りも混ざってる。アンモニア的な』


視聴者C:“人死んでますか?”


『人は死んでないよ』


視聴者D:“バキュラっていう破壊神よ。刺激すると攻撃するから接近するなら、そこまで。それ以上は危険だから離れてね”


『そのバキュラは海王星に帰る最後の日迄、毎朝お墓の前で合掌していたって剛徳寺に書いてあったね』


視聴者D:“詳しいのね。それ、隠し扉にしか書いてない情報だけど、剛徳寺に不法侵入したのかしら???”


視聴者B:“おやおや?Dも不法侵入では???それとも剛徳寺の関係者かな?”


視聴者D:“そう”


視聴者B:“不法侵入なのか剛徳寺の関係者なのか、どっちのそうですか?”


視聴者D:“そう☆”


視聴者A:“☆つける僧侶特定しようぜ”


視聴者C:“僧侶じゃなくてお土産売り場とかお掃除バイトの可能性あるかも”


視聴者E:“剛徳寺って元アイドルがお坊さんになった伝説があったけど、どっか行っちゃったんだっけ?”


『一条かえで。元々は社交辞令や綺麗事に違和感を感じてアイドルになって、闇を知り尽くして僧侶の道に進んだ人だよね。自分軸を崩さずに最後までアイドルをやって、今でも自分らしさを殺さずに生きているんだろうなぁ。芸能界は顔が整っていても整形しろ、走れ、痩せろ、こういうキャラを貫けって、自分を殺さなくちゃ生き残れない。今はネッツで自分の声が発信できるようになったけど、当時は暴露したら運営が厄介者と言って干される時代だったね。そういう世界で事務所の言う事を全部フル無視で用意されたフリルの衣装も着ずに自分の輝きを全開で堂々と社会を破壊していくスタイルがかっこいい。その時代に生まれた人にとって衝撃的なアイドルだったんだろうな』


視聴者B:“剛徳寺限定ライブでは前半が衣装も振り付けも大人が用意したのだけど後半は全部破って本当の披露してました”


視聴者A:“ライブ行けばよかった……”


視聴者D:“剛徳寺で迷惑行為した時にヤベェ奴だと思ったけど、引退して剛徳寺の僧侶になったニュースを観た時に衝撃的だった。心は男、恋愛の対象は男、結婚するなら女、実質性別はどうでもいい、恋愛未経験なので私をいただきに来る覚悟・度胸のある人お断り、私は私を好きになった人よりも私が好きになった人しか選ばない、相手から好き好きって言われるんじゃなくて好きだと思わせてみろってくらいのミステリアスなのが好みだから君たちがどう頑張っても私は選ばないっていうフレーズを聞いてからファンになった。好きなタイプがこちらには全く掴めないのが更に好きになった”


視聴者D:“つまり、ファンは大切にしたいから恋は諦めてねって事よ”


視聴者C:“オイラも楓芽になってからファンになった”


視聴者A:“剛徳寺の僧侶は元アイドルが僧侶になっても特別扱いとかしなかったのかな?”


視聴者B:“厳しい寺だから特別とかありません。寧ろ、優秀で慈悲のある僧侶に贔屓すんなって副住職に歯向かったら大恥かいたって自分で言ってた配信動画が今でも残ってますよ”


『そんな一面もあるの?!』


視聴者B:“アイドルの時から全部曝け出す人でした。隠したのは剛徳寺から出た動機と、その行先だけです”


『Dって楓芽さんだったりしてね』


視聴者D:“はずれ”


視聴者C:“大復活☆剛徳寺のスーパースター大饅頭に☆ついてたな。楓芽だな”


視聴者A:“☆つけた文章にしただけで楓芽に自動的に脳みそが変換するの草”


視聴者F:“☆つける僧侶、他にも居るよ。別の寺だけど”


視聴者C:“どこの寺?”


視聴者F:“なんとかなんとか金剛なんとかってとこ”


視聴者C:“いっぱいありすぎて分からねぇ”


視聴者A:“高野山?”


視聴者F:“いや、違う。なんとかなんとか金剛なんとかってとこ”


視聴者C:“高幡山ってつく?”


視聴者F:“いや、それも違う。なんとかなんとか金剛なんとかってとこなんだけど”


視聴者C:“天野山かな?”


視聴者F:“違う!なんとかなんとか金剛なんとかってとこ!プンスカ!”


視聴者C:“カルシウムとってこい”


『ぶっ(笑)絶対わざとやってる』


視聴者A:“Bのアカウント見たら剛徳寺の心平さんで草”


『心平さん、Dさんは楓芽さんですか?』


視聴者B:“間違いなく楓芽さんではありません。今、剛徳寺中を見て回ったら、まさかの……”


『え、誰?!?!』


視聴者B:“人間でした”


『ちょっとでも期待した自分がアホだった』


視聴者C:“さっきのなんとかなんとかの寺、どこの寺か教えて。気になりすぎて今日は寝れなくなったわ”


視聴者B:“私は分かりますよ?”


視聴者C:“助かる!これでゆっくり寝れる!どこの寺?”


視聴者B:“すみません、用事ができたので退室します”


視聴者C:“おい!”


『また期待しちゃった8秒前の自分の頭を温めたい!』


視聴者D:“剛徳寺の僧侶たちが嫉妬に狂わされたあの人ね”


視聴者C:“お!教えてくれ!頼む!きっとその人が楓芽に違いない!”


『ついに居場所が特定かな!さぁ、寺の名前を言ってみよう!』


視聴者D:“すみません、観たい水のCMが始まったので退室します”


視聴者C:“水のCMなんかいつでも観れるだろ!”


『みんなごめん、充電1%になっちゃった。モバイルバッテリーも忘れちゃったから、ここで切るね。配信来てくれてありがとう』


視聴者C:“えぇーっ!”


配信は、ここで本当に切れてしまった。

スニャートフオンの電源が切れたところで、ミニラテ姫は目の前に居るバキュラが暴れている事に気づいた。


配信をやっている間に国家非常事態が発令されたのだ。

島内封鎖も決定し、ミニラテ姫は急いで家に帰ろうとしたが、バキュラがミニラテ姫と目が合い、ミニラテ姫は大きく驚いて腰を抜かしてしまった。


羽田空港の揺れが収まらない中、東京空港警察署長が即断した。


『第3種非常事態。島内封鎖を開始する』


羽田空港は人工島の為、出入口が限られており、人が混雑している。

首都高速湾岸線・東京モノレール・京急線・連絡橋に警察無線が飛び、これは現実かと混乱する者で溢れた。


『湾岸線上下線、羽田出入口閉鎖』


『一般車両流入停止』


『島外退避優先』


暗闇の中、赤色灯だけが揺れている。


大田区危機管理課が周辺住民広域避難を言い渡した直後、停電で防災無線が使えなくなってしまった。

だが、内閣府の非常回線は生きている。

そして、Jアラートが緊急発報された。


『東京湾沿岸部に巨大物体バキュラ出現。沿岸住民は高台へ避難』


停電下のスピーカーから、途切れ途切れの機械音声が流れた。

人のパニックは拡大するばかりだ。


インターネッツは不安定ながら一部復旧した。


“バキュラいる”


“羽田壊れてる”


“バキュラって猫だよ”


“闇の動物園から逃げてきたらしい”


デマと真実が混ざり、インターネッツでは沸いていた。


東京湾に展開していた海上自衛隊イージス艦の戦闘指揮所で、レーダー担当員が異常値を報告した。


『海面高度ゼロ地点に質量反応増大。数値、増加中』


艦内の空気が変わった。


海面に質量が増えるという報告はあり得ない。

そこには水しかないはずだった。

だがセンサーは確かに何かの重力的影響を検知している。


モニターには、羽田沖に立つ黒い巨影のバキュラ。


高さ約70メートル。

今は動いていない。

ただ、そこに立っているだけだ。


しかし次の瞬間、湾岸線で異変が起きた。

街灯ポールが、停電したまま軋み始めた。

ボルトがゆっくりと抜け、金属片が上へ滑る。


それを見た警察官が叫んだ。


『伏せろ!』


路面に転がっていた空き缶が、ふわりと浮き上がり、固定されていない物体が、空へ向かって落ちた。

それは浮上ではなかった。

重力の方向が、変わったのだ。

重力が弱まったのではない。

ベクトルが傾いた。

本来、地球中心へ向かう力が、羽田沖の一点へ引き寄せられている。

人が足を取られ、横方向に滑っている。

横倒しの車体が数センチ浮き上がり、ゆっくりと傾く。

悲鳴が交錯している。


だがその直後、さらに大きな異常が海で発生した。


東京湾中央部。

海面が凹んだように見えた。

だが違う。

中心部が盛り上がっている。

直径数百メートル規模の水柱が、ゆっくりと空中へ持ち上がっていく。

津波ではない。

波動でもない。

重力井戸に引き上げられている。


イージス艦の艦橋で緊急報告がきた。


『海面高度異常上昇。水塊、落下せず保持!』


水が落ちつかず、月光に照らされ、巨大な水球が宙に浮いている。

内部で魚群と漂流物が回転し、船舶の破片が混じる。

その中心で、黄金色の光が開く。

バキュラの目だ。


湾岸部の警察官の一人が空を指差す。


『月がおかしい!』


月の周囲に、薄い光の輪が形成されている。

完璧な円だ。


やがてそれは拡大し、夜空を横断する巨大な帯となり、東京上空に土星の環が出現した。

その時、星座が歪んで見えた。


GPS信号は完全に消失。

衛星通信が断絶。


横田基地の米軍観測機から報告。


『グラビティアノマリー確認。軌道衛星とのリンク不安定』


防衛省地下指揮所では、重力波観測装置が異常振動を示していた。


『天体規模の潮汐力に類似……局所的重力井戸形成の可能性あり』


『惑星の一部が、ここにあるようだ』


護衛艦が傾く。

アンカーが海底から引き抜かれた。

そこで、艦長がこう命じた。


『全機関最大出力!』


だが推進力が効かない。

海水そのものが上へ引かれ、プロペラが空転する。

甲板上の装備が浮き始め、ワイヤーが軋む。

艦体の鋼板が低く唸る。

海上自衛隊の限界を感じる最悪の瞬間だった。


品川、川崎と次々と高層ビルの窓ガラスが応力で軋んだ。

エレベーターシャフト内でワイヤーが緩み、停電中の病院では、人工呼吸器が非常電源に切り替わった。

だがベッドが数センチ浮き、看護師が必死に押さえ込んだ。


『重りを持ってきて!』


この時、首都圏機能移転準備が始まった。


皇居、国会、中央省庁は地下退避。

国家対策本部の空気は重い。

通常兵器は効かなかった。

EMPも、高出力電磁波も、吸収されている。

相手は物理装甲ではない。

空間そのものを歪めている。


そしてバキュラが、初めて完全に陸へ両足を乗せた。

その衝撃で、東京湾全域の水位が瞬間的に50センチ上昇し、首都高速湾岸線の橋桁に亀裂が走る。

空の土星の環が、ゆっくりと回転を始めた。

重力と重力が同期し始める。

これは攻撃ではない。

調律だ。

地球の重力位相を、別の天体の基準に合わせようとしている。

夜が、宇宙へと書き換えられていく。


そして人類は悟る。

これは破壊ではない。

試験でもない。

終わりと始まりなのだと。

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