伝説のチョコチップメロンパン
伝説のチョコチップメロンパンが飛び出したランドセルを背負った輝が学校へ到着した。
教室へ入ると輝を見ないように顔を下に向ける者が殆どである。
だが、輝はそれを気にしなくなっていた。
輝は席についてランドセルからチョコチップメロンパンを取り出し、机に4つ並べた。
その刹那、チョコチップメロンパンが一瞬で全て消えてしまった。
輝:『……………??!』
そこに亨がやってきて、輝のチョコチップメロンパンをどや顔で食べ始めた。
輝は冷静に見守っている。
輝:『私は見たぞ。貴様が子犬を助けてるところをな』
亨:『…………!!!なんでそれを知ってるんだよ!!!』
輝:『見たから知っているのだよ。貴様は表面上悪ぶっていても、完全凶悪にはなれん。正直者だ』
亨は輝の胸倉を掴んだ。
それは殴られた痛みよりも強い力である。
亨:『犬の事は絶対に誰にも言うなよ』
輝:『さて、どうしようかな』
亨:『どうするつもりだよ?』
輝:『もう手遅れだがな。貴様の声が大きいから皆に丸聞こえだぞ。それと、お母様の手料理が台無しになったあの件、どうしてくれようか。もう作ってくれないのだぞ…。あのお弁当が私にとってどれだけ大切なものか貴様に判るか』
亨:『不幸知らずのマザコンがギャンギャン吠えるな。耳障りなんだよ』
輝:『マザコンだと?!』
亨の心無い言葉に輝は怒りがさした。
怒りに満ちた鋭い眼差しで亨を見据えている。
亨:『お前は犬の事を誰にも言わなければいいんだよ』
輝:『言う相手が居ないから安心しろ。だが、不幸知らずとマザコンは撤回せい!!どこを見て恵まれていると思ってる!!!学校も家も退屈だ!!!貴様に私の何がわかるのだ!!!その上、お母様を大切に想う事の何が悪いというのだ!!!』
亨:『そうやって痛い所ばっかり正鵠を射るな!!!言われなくても分かってるよ!!!分かっていても俺の苦痛や重荷は、どこまでも俺の邪魔をする!!!俺を責め立てるなら、この呪縛を解いてくれよ!!!』
輝:『だったら素直に生きればいいだろ!!!このバカ!!!』
亨:『そうしたくても、できないんだよ!!!このアホ!!!蟻ちゃんを踏まれた傷は深いよ!!!でも本当はそれだけじゃない!!!蟻の事だけを理由に輝を殴ったり嫌がらせをしてるって言っても輝は違うって、すぐに気付くじゃん!!!殴った本当の事を言ったら傷付くのは俺じゃない!!!輝なんだよ!!!輝が悪くなくても殴りたくなった!!!素直に生きろなんて簡単に言わないでよ!!!』
輝:『やっと話してくれたな、この分からず屋!!!だが、それとこれは別問題だ。事情を話せないなら仕方ない。だが、事情を話せない内は、じっとしておけ!!!傷付けるのが怖いけど何も言わずに殴ったというのは正当な理由にならん!!!そうやって自分を自分で悪に塗り潰している事に何故気付かんのだ?つまらない事で全てを壊さないでくれ。言っとくがな、やられてる私は傷ついてるが、やっている貴様はもっと傷ついてるのだぞ』
輝の言葉が亨にとって胸が痛かった。
だからいつも輝を直視できずにいた。
亨は掴んでいた輝の服を乱暴に突き放し、チョコチップメロンパンを返してから席についた。
輝:『チョコチップメロンパンを返してくれてありがとう』
亨:『……………うるさい!!!!』
輝:『????』
輝が亨を嫌いになれない理由が犬にあったのだ。
入学式前に蹴り族から犬を守った少年とは亨の事である。
そこに信じられる何かがあった。
輝は生徒たちの視線に気づいたが、魔王の魅力的な美貌にうっとりしていると勘違いして勝手に喜んでいた。
輝は生徒たちにウィンクをしながら、トドのような顎で水分補給をした。
立派なドアホが完成している。
自分の口がどこか分からなくなっている。
輝の顎に津波が発生している。
明らかに様子がおかしい。
だが教室は、いつも通り静かだ。
誰一人として友達を作ろうとせず、目すら合わせようともしない。
ただじっと席につき、担任が来るのを待っている。
不気味な教室だ。
担任の郷谷先生が教室のドアを開けると孤立化している生徒達を心配そうな目で見つめた。
このクラスは全員がバラバラだ。
郷谷先生:『今日は遠足のグループ分けをやります』
一瞬、クラス全体から強烈な視線を受けた。
輝とは組みたくないと訴えるように生徒達は怯えた顔で郷谷先生を見つめている。
その中でじっと輝を見ている者が居た。
『全員同時に行こう。皆で行動した方が楽しいっしょ。ね、皆もそう思うっしょ?』
立ち上がったのは鷹御沢翔。
例のスパイ少年だ。
郷谷:『いいえ、集団行動は迷惑行為になります。各グループにつき4人で組む事が絶対条件です』
その刹那、椅子を引く音が聞こえた。
亨だ。
亨:『俺、輝と班を組みまぁーす』
生徒達が“えーっ?!?!?!”と驚く声でざわついている。
輝は動作が一時停止した。
そして真顔でチョコチップメロンパンをランドセルから取り出し、無表情のまま食べた。
素直過ぎる亨に大きく動揺している。
郷谷:『輝くん、チョコチップメロンパンをしまいなさい』
輝:『はい、チョコチップメロンパンをしまいまふ。ヒック!!!』
微妙に怒っている笑顔でチョコチップメロンパンを見る郷谷先生の目が今にもビームで炙られそうな威力を感じた輝は大きく驚いてしゃっくりが出た。
輝は郷谷先生のギラギラした目に逆らえず、静かにチョコチップメロンパンをしまう。
教室がチョコチップメロンパンの甘い香りで充満している。
翔:『駄目っス、先生。亨君と輝君を混ぜるのは危険っス。俺…、体育館で亨君が輝君を何度も殴ってるところをこの目で見ちゃったんスよ。あと皆知ってる事ですが入学式前に外で殴ってました。だから絶対ダメっス』
輝:『げほげほ…げほごほ…っゔ…ゴホァァァ!!!』
非情に汚い。
チョコチップメロンパンが輝の口から一斉に大逃走した。
残りの犠牲者チョコチップメロンパン達を喉に詰まらせ、涙目で苦痛を訴える輝。
強烈なチョコチップメロンパンの必殺パンチが効いたようだ。
動揺が隠せない。
だが誰も心配しない。
心では心配していても声を掛ける勇気は無いのだ。
輝:『誰か私の背中をさすってくれぇぇ…ぐるじぃぃぃ…』
だが水筒の茶を飲んだら5秒で元通りになり、何も無かったかのような顔で再びチョコチップメロンパンに手を伸ばした。
郷谷:『輝くん、チョコチップメロンパンは没収します』
輝:『ちょっと待って下さいね。つまみ食い防止にチョコチップメロンパンが何gあるか量りますね。朝、チョコチップメロンパン食べられました事件が発生したものでな、はっはっはっはっ』
郷谷:『いい加減にしなさい。チョコチップメロンパンは没収します』
輝:『はい…』
郷谷:『全部出しなさい』
輝:『はい…』
生徒達は、お騒がせなチョコチップメロンパンと郷谷先生に叱られて小さく返事をする輝を見て笑いを堪えている。
郷谷先生はチョコチップメロンパンが潰れたような険しい表情で亨を見つめた。
郷谷:『亨くん、放課後になったら職員室へ来なさい。必ず一人で来ること。いいね』
亨:『チッ!!!クソ!!!』
亨は翔に不満あり気な目で睨みつけた。
翔は怖がる素振りを見せず、亨を睨み返した。
生徒達は遠足のしおりに目をむけて見ないようにしている。
この時は輝よりも凶暴な亨を恐れる者が多かった。
放課後、亨は職員室へは行かず、下駄箱から靴を出して帰ろうとしていた。
輝:『おい、先生が呼んでるぞ。だいぶ怒ってる』
生徒達は亨を恐れるようになり、避けている。
何も知らない者同士の間でヤクザの息子をいじめる勇者等と、ありもしない噂が立つようになってしまった。
輝は父の事で白い目で見られている自分と似ているような気がしたが、同情はしなかった。
亨:『面倒な事は嫌いなんだよね』
輝:『先生にちゃんと話そう』
亨:『話しても無駄だよ』
輝:『ごほっ…』
亨:『うわ…くっさ!!!お前の口、パン臭い!!!』
輝:『臭いとはなんだ!!!チョコチップメロンパンに謝れ!!!それより、ほら行くぞ。先生の茶を冷ますわけにはいかん』
亨:『やだーーーー!!!やだやだやだー!!!』
輝は亨の両脇を掴み、強引に亨を職員室へ連行した。
亨の足が、うさぎの足のようにバタバタしている
翔は後からスパイした。
郷谷:『ん?亨くんだけと言ったでしょう?』
輝:『私を殴った事には、わけがあるのだよ。それに私も亨にビンタしたのだ。その事について誤解を生まない為にも亨の口からも先生に説明させて頂きたい。その前に私からの動機も聞け』
郷谷:『いいえ、その必要はありません。どんな理由であろうと人を殴ってはいけないのです。今後、同じ事を繰り返させない為にも徹底的に指導します』
輝:『待て。私が亨の蟻を踏んで死なせた故、亨の気持ちを逆なでにしたから怒らせたのだ。それについては私達の問題なので私達で解決させていただきたい。その間に関係無い者が入ってくると、一方的にどちらが悪い・結局殴った者だけが謝るなどの派閥が起きる。そうなると亨は訳を話しにくくなる。そうやって心を閉ざしてきた子供をここに入学する前によく見てきた。そっちの方がよっぽど良くない事だぞ。お互いが自然に謝るまでは大人は大人らしく大人しくしてろ。話を聞くなら翔だけの話で判断せず、亨からの話も聞け』
郷谷:『それでは本当に反省しません。そんなボロボロになってまで亨くんを擁護する必要は、ありません』
輝:『貴様、それでも教師か?しっかりせい!!!!生徒の目をよく見ろ!!!!私の証言がそんなに信用できないか?道徳は学問を教える事よりも先に心得ること。生徒を叱る前に、しっかりと互いの生徒の言い分を聞いてから結論を出したまえ。子供は大人よりも繊細なのだぞ』
郷谷:『輝くんの言いたい事は以上ですね。しかし他の生徒が同じように殴られた時、輝くんは全ての責任を負えますか?皆、輝くんと同じ考えではありません。その主張も世の中では通用しません。相手がどんなに悪くても暴力はいけないのです。怒り任せに暴力をしたのならなお、悪いのは暴力を振るった人になります。挑発されて殴るのも当然罪になります。正当防衛で殴ったとしても罪になるのです。まず暴力をするのは口で物事を発する能力が無いから口よりも先に手が出るのです。それを正すのも教師の務めです』
輝:『殴ったのは悪い。悪いのだが、亨の言い分も聞いてくれ』
郷谷:『もう話は判ってます。どんな言い分であろうと殴ってはいけません。蟻を踏まれたから殴っていいとなると暴力で正当する事を許すという事になるのです。それで正当化する事は果たして良いことだと思いますか?それは違います。あなたが庇う事で亨くんは同じ事を繰り返すのです。殴っていい理由など、絶対にありません』
輝:『どんなに相手が悪かったとしても何故やったかを聞け。それを聞かずに一方的に1人だけを悪と決めつけてたら先にやった方は怒られずに済んでしまう。今、そういう状態を貴様が作ってる』
郷谷:『輝くんが言いたい事も判ります。しかし、亨くんが果たして本当に蟻の事だけで殴ったかどうかはまだ判りません。体育館で暴行した理由も曖昧なまま見過ごせないからです。それは輝くんが居ない時に亨くんの口から聞きたい。輝くんの前では言えない事だってあるかもしれないからね。だから輝君が介入しない場で一対一で話をしたいのです。輝くんが亨くんにビンタをした事も後できっちり話を聞きます』
輝:『それを先に言ってくれ…。私が叫んでばかりでみっともないではないか……』
亨:『もういいよ、輝。こんな奴に話したってどうせ解ってくれない。言ったって、どうせ大人はコイツみたいに駄目としか言ってくれない。だから大人は嫌いなんだよ…』
郷谷:『どこへ行くのです?まだ指導は終わってませんよ?分りました。あなたがその気なら、こちらにも考えがあります。親に指導してもらいます』
輝:『それは駄目だ!!!!!複数で責め立てたら子供は心を閉ざしてしまうとさっき言ったばかりだろ!!!!』
亨:『もう勝手にしなよ』
亨は輝の腕を掴み、職員室から出て行った。
輝:『お、おい、まだ話の途中だぞ…』
亨:『先生の目、見た?』
輝:『ああ……』
亨:『輝、アイツにどんなに話をしてもアイツは一般論だけしか述べない。ああいうヤツなんだよ。もう諦めるしかないんだって…。それに殴った理由は虫だけじゃない』
輝:『それを話そう』
亨:『もう無理だよ』
輝:『知られた以上、話すしかない』
亨:『できない』
輝:『口で会話できない奴が覚悟無しに拳で語るな』
亨:『俺の気持ちなんか知らないくせにしゃしゃるなよ』
輝:『あそこまでやられて理由も知らずに黙っていられる奴が居るとでも思ってるのか?逆にやられたらビービー泣くくせに、こういう時ばかり自分を守ろうとするな』
亨:『分かってる!うるさいなぁ!』
輝:『職員室へ戻るぞ。今度は亨の口から全て話せ』
亨:『大人とは話したくない』
輝:『あの先生が職員室へ呼び出したのは亨を叱る為だけではなかった。亨の本当の理由を知りたがってたぞ。頭が固いとはいえ、先生なりに答えを出していた。あの教師は悪い大人とは違う。どうでもいいと思っていたら大人でもあんな風に真剣に言葉にしてくれないものだよ。嫌いで叱る奴など居ない。だからもう一度信じて職員室へ行こう』
亨:『会話ねぇ…。解らない奴に話す時間が勿体ない』
輝:『それは全て話して最終的に理解されなかった時に言え。亨は諦めるのが早すぎだ』
亨:『さっき話したら先生は駄目だって言ったじゃん。殴っていい理由など無いんだって言ってた。だからまた行っても同じだよ。やったらやり返すなって言うじゃん。俺の言い分なんか言ったって俺よりもやられた方には謝れなんて絶対言わない。それが嫌なんだって』
輝:『それは私が話したから先生は信用できんのだ。やられた方の説明は受けても偏りで結論は出せないから先生は亨から直接事情を聴いてるのだ。そこで逃げたら先生は判らないまま、余計疑って時間が経てば経つほど悪い方へしか進まない。例え信じてもらえなかったとしても私が何年かけてでも亨が理由無しに人を殴るような男ではないと証明し続ける。それに蟻だけではないのだろう。それ以外の事を言わない限り、悪者扱いされるだけだ。このままだと遠足だって一緒に行けなくなる可能性の方が大きくなるぞ』
それでも亨は頭を横に振って職員室へ行くのを拒み続けた。
もう結果は見えていた。
本音を打ち明けても傷口に泥を塗るなとしか返ってこないと亨は勘づいていたからだ。
亨:『………はぁあー、寂しいなぁ。俺って何だろう…。闇の中に居る自分は誰も来ない神聖な場所で快感だと言い張るんだ。でも本当は寂しい。でも、それは絶対に口には出せない。それは頑丈に刺さった刀だからさ』
輝:『人は誰しも一度深い孤独の世界で生きていても優しい世界を求めてしまうものだ』
亨:『この世の中腐ってるって言いたいんだよ』
輝:『それは私も同じだ。皆、同じ目で私を見る。私もこんな世界に疎外感を感じてる。だが、誤解は会話でしか解決できん。だからこそ信用する為にも会話が必要なのだ』
亨:『ちゃんと本当の事を言ったら判ってくれるかな?』
輝:『何億居る人間の1人が代表して言う。1000%に満たなくても100%分らない人間などこの世には居ない。もし先生に真実を話して私の言葉に狂いがあれば、気が済むまで私を殴ればいい』
亨:『……なぁ、輝』
輝:『何だ?』
亨:『輝は、なんで俺を信じてるの?』
輝:『朝も話したが、犬だ。犬を守ってるのを見て、この男なら信じられると思った。これは私の一方的な一目惚れだ』
亨:『…………まさか、ゲイなの?』
輝:『ゲリ?なんだそれは?!冗談はさておき、亨には本当の事が言える。裸でいられる。グーで殴る事を含めて亨は嘘を吐かない。絶対に何かあって殴ってると思った。だから知りたかった。それは、いつも私に正直な態度だからだ。私は家族と居てもいつも一人で孤独だから亨が犬を人から守り続けていたのを見てたら、この男と友達になりたいと思ってたのさ』
亨:『孤独が一緒で良かった。俺だけなのかなって、一人で思い込んでたから攻撃的になっちゃうんだよね。そういうのを分ってくれる人あんまいなくてさ。話してもめんどくさがられちゃうっていうかさ、先生は間違っちゃいないんだけどね…本当は解かってるんだけどさ、解かってないって言われると否定はできない。輝は、おふざけばっかやってるけど案外ちゃっかり俺を見てたんだね。嬉しいけど、やっぱり複雑だよ。輝が謝ってるのに許す事なんかできなくて自分でも分らなくなっちゃってさ…。輝には悪いけど、俺はヤクザが大嫌いなんだ』
輝:『まさかそれで私を殴ったのか……』
亨:『うん。過去にお母さんがヤクザに……、嫌な事があってさ…』
輝:『…………!!!!何も知らずに必要悪だとか言ってすまない』
亨:『……………………。いいよ。輝は好きでヤクザの子として生まれたわけじゃないし、輝は悪くないよ。でもヤクザの血が流れてる事には変わらないんだよね…。複雑だよ……………』
輝:『…………そうだな』
亨の過去は、いつか聞こうと覚悟を決めていた。
だが何となく察しはついていた。
輝:『では何故、遠足の班に私を入れようと思った?』
亨:『輝がいいなって思ったからだよ。最初はクソ人間だと思ってたけど、ちゃんと俺の事を見てくれてたみたいだから。それにあれだけ殴られても犬の事を覚えてくれて俺を普通の人間として認めてくれたのが嬉しくてさ』
輝:『そうか。では、職員室へ行こう』
亨:『輝は、いじわるだね』
輝:『………………!!!!!』
亨:『……?……輝?』
輝:『……いや、なんでもない。さ、行きましょうか』
いじわると言われて何故か弟を思い出す輝。
なんとか気を取り戻してチョコチップメロンパンをチラつかせて亨を誘き寄せたが、チョコチップメロンパンで職員室へ誘導しても素通りされてしまった。
郷谷先生にチョコチップメロンパンを没収された事など、どうでもよくなっていた。
明日、とんでもなく説教される地獄の予想図が頭の中で繰り広げられた。
家に帰っても落ち着かず、震えて寝るハメになった。
だがしかし、怒られるのは亨だと思ったら一瞬で眠りについてしまう輝であった。
次の日の朝、下駄箱で翔が輝を待ち伏せしていた。
翔:『よう、輝』
輝:『おはよう』
翔:『………』
輝:『………???どうした?ゲリか?』
翔:『ゲリじゃねぇよ。亨くんには近付かない方がいいよ。危ねぇから』
輝:『そうやって必要以上に怖がるから相手も威嚇するのだ』
翔:『だって殴られたじゃん。それは誰だって怖いって思うだろ。仕方ねぇんだよ』
輝:『殴られた覚えなどない』
翔:『輝は殴られたんだよ』
輝:『翔には、そう見えたのかもしれんが、訳がある。事情を知らない内に首を突っ込んで、ああだこうだ言うのは早い。状況を把握をするのが最優先だ』
翔:『黙って見てろとでも言うのかよ?』
輝:『はっきりいって、そうだ。部外者は口出しするな。これは私と亨の問題なのだよ』
翔:『はぁ?こっちは心配して言ってんだよ』
輝:『失せろ、余計なお世話だ』
輝は、そう言って教室へ向かった。
席に到着すると、輝は空腹で耐えられなくなり、ホットプレートでスパゲッティーを作り始めた。
生徒達は少し興味を持ち始めたのか、その変わった様子を眺めている。
輝:『何こっち見てるんだ?まさか狙ってないだろうな?これは私のスパゲッティーだ!!!』
誰も何もつっ込まなかった。
翔はスパゲッティーを上手に作る輝を見て笑いそうになったが、一切触れなかった。
だが翔には、まだ亨を理解できずにいた。
それは肝心な理由を知らないからだ。
その後、輝は先生に呼び出された。
翔は尾行した。
ストーカー化している。
郷谷:『おはようございます。今日も制服を着てくれないのですね。先生は悲しいです』
輝:『制服は先生を喜ばせる為のものか。それとも社会の事情とやらか?』
郷谷:『両方です。それと輝くん、学校でスパゲッティーを作らないこと』
輝:『迷惑掛けてないから、いいだろ』
郷谷:『輝くん、学校には規則というものがあります。お昼休み以外の飲食は禁止、私服も当然ですが禁止です。この学校にいる限り、そのルールには従ってもらいます』
輝:『私は絶対に制服を着ません』
郷谷:『着なさい』
輝:『制服に支配され、操り人形のように制服に振り回されるくらいなら死んだ方がマシだ。制服やスーツを着ると呪われるって魔界では有名だぞ』
郷谷:『今なら校長先生に言って指導してもらわずに済みます。校長先生は君の身内だから輝くんは従わないなんて事はできないだろう。しかしそれでは、あまりにも“カワイソウ”なので今回は私が指導いたします』
輝:『随分、人を小馬鹿にしてくれるなぁ。呼べばいいではないか』
郷谷:『わかりました…』
郷谷先生は問答無用で輝を校長室へ連れて行った。
そして校長先生に制服を強引に着せられそうになるが輝は制服を魔の眼力で破壊して教室へ戻っていったのである。
この時、翔は亨と揉めていた。
翔:『おい、亨。なんで輝を殴ったんだよ?』
清々しい朝、このクラスだけは今日も止む事の無い恐怖と怯える声のオンパレードである。
本当は翔は輝が白い目で見られている事を最初から気に掛けていた。
亨:『俺が輝を殴ったのはヤクザの血が流れてるという事と輝が入学式の時に俺の蟻を踏んだからだよ。』
翔:『ヤクザの血が流れてるから何だよ?それに蟻如きで袋叩きにしたの?』
亨はこの一言に猛烈に怒りが走り、翔に殴り掛かろうとした。
しかし、その手は止められた。
輝:『今は押さえろ』
亨:『充分曲がってるよコイツは!!!』
亨が握った拳は怒りで小刻みに震えている。
翔:『蟻を踏んだから殴ったなんて、そんなちっちゃい事で無駄な暴力をするなんてサイコパスなんじゃねぇの?』
亨:『命の大きさに大も小もあるものか!アイツらだって生きてるんだよ!』
翔:『どう考えても小さいんだよ。殺虫剤で殺されるようなレベルの低いものだろ』
亨:『殺虫剤は人間の都合だよ!』
翔:『はぁ?お前だって使った事あるだろ?ゴキブリ殺したり』
亨:『無い。人間がそんなに偉いと思うな。無差別に殺していいなら、お前も殺られても問題無いんだね』
そう言って亨は翔の首を絞めた。
輝:『いかん!!!よせ、亨!!!その手を放すんだ!!!くっ…硬い…誰か…誰か手を貸してくれ!!!お前らそれでもニンゲンか!!!!』
だが誰も止めず、ただジーっと見ていた。
面倒な事には関わりたくないのだ。
翔:『うぅ…ぐ…』
亨:『無差別に殺してみた。ねぇ、感想聞かせて。ああ、言えないか。苦しいもんね。辛いもんね。でも、仕方ないよね。お前が使った殺虫剤で殺されたゴキブリ達だって、バタバタもがき苦しみながら同じ事を考えてたんだからさ。翔がゴキブリだったら翔みたいな奴に殺されるんだよ。人間って幸せボケしてるお前が思っている以上に恐ろしい生き物なんだよ。こうやって自分都合で色々殺していくんだからさ。木とか生きたまま切られちゃってさ。同じ事をされたら自分は喚くくせに生命体の差別って残酷だと思わない?どっちがサイコパスなのかな?俺が言いたい事、少しは判ってくれたかなぁ?翔くぅーん』
翔:『人殺し…』
亨:『吠えろ!!!クソ人間!!!お前は自分が可愛がっていた猫や犬を殺された時、殺した者にさっきと同じように“小さい命だから踏み潰してやった”と回答されたら、お前は怒らないの?』
翔:『怒るよ。でも虫はと言われたら同じように扱うのは難しい』
亨:『なんで犬や猫には優しくできて自分は大事で蟻やゴキブリは大切にできないの?俺にはそれが分らないよ!!!俺は俺が歩けなくなった蟻がやっと歩けるようになるまで見守り続けてたのに、その蟻を踏まれて怒ってるのに…なんで虫だと相手を怒ったりしちゃ駄目なんだよ?』
翔:『皆、同じじゃねぇからだよ。亨は生物に対して差別をしないで生きてる。そう生きたくても俺はどうしてもそう生きれない。皆がそうやって優しく生きれたらいいなって思うよ。でも言葉で言うのは簡単、現実は平等に生きれない。俺がゴキブリに生まれたら叩かれるんだって思ったら…それは苦しいよ…。でも目の前にゴキブリが居たら亨の言葉は薄れちゃうんだ。むず痒いんだよ。人にはそれぞれ正義があって生きてるけど、それを押し付けるものではない。だからといって踏み潰された蟻は亨が鬼になって誰かを傷つける事を望んでるわけでもない。殴ってる時の亨の顔は蟻を潰した怒りより違う何かを感じたけど…亨はそれでいいかもしれないけど皆同じじゃねぇんだよ。お節介かもしれねぇけどよ、蟻を歩かせる時に周りを注意しなかった亨にも非はあるよ。あと輝がヤクザの血が繋がってるって何なんだよ?輝は輝だろ。何かが気に入らないからって人殴ってんじゃねぇよ』
亨は翔の首から手を離した。
翔は、ただただ過激な内容に不信感を抱いたまま席についた。
亨:『俺は何をしてるんだろう…』
輝:『亨、さっきのはやりすぎだ。自分がやられて嫌な事をしないのは当たり前だ。だが自分がやられて平気な事もやっていい相手か考えろ。ぶつかり合うのと押し付け合うのは違う』
亨:『…分ってるよ…分ってるのに、分ってるのに!!!くそ!!!』
輝:『亨、解かってない』
亨:『うるさい…アホ……』
輝:『すまん………』
亨:『……』
二人は暫く沈黙が続いた。
静かな廊下が何かを考えさせられる時間を与えられている。
輝:『下を見たままだが、大丈夫か?』
亨:『お前には悪い事しちゃったし、もう合せる顔が無いんだよ』
輝:『急に何だ?妊娠か?』
亨:『んなわけあるかアホ!!!しんどいんだよ!!!』
輝:『はははは、すまない』
亨:『今日さ、翔に殺虫剤の事でもめた時に最初に殴った事以外の事を思い出したら、俺ってめっちゃ嫌な奴だなって思ってさ』
輝:『水筒と弁当と倉庫の事か?』
亨:『ごめん…蟻を踏み潰したのに自分だけ平気な顔して美味しいものを食べるのが許せなかったんだ。悪気が無いって分ってても、ついカッとしてさ。体育館の件も、ごめん』
輝:『いいさ、もういいのさ。そんな事は、もう気にしてない。亨が苦しいのは見えていたから。にしても貴様の小便飲んじゃったんだぞ…。塩分摂りすぎかなんか知らんが、しょっぱ過ぎて死にそうだったんだぞ!!!罰ゲームでもドッキリでもやらないネタだぞ』
亨:『ごめんなさい』
亨は輝に頭を下げた。
輝:『……。私もすまん』
亨:『それともう一つ。翔の言った通り、輝がヤクザの息子だから気に入らなかった。目立ってるとかそういうのじゃなくて、俺のお母さんがヤクザに……』
輝:『……………。いい…………。それ以上、言わなくていいから……。もう無理をしないでくれ。本当の事を打ち明けてくれてありがとう。蟻を踏んだのは、ごめん。あと打ったことも……』
亨は泣きそうな顔で頭を振った。
それを見た輝は自分の父がヤクザである事よりも、亨が大切に育てた蟻を踏んだ自分に罪悪感が走っていた。
息が苦しくなるような表情だ。
何故こんなにも胸がぎゅっとなるのだろうか。
その表情の中の裏には、もう一つの孤独が隠れてるのが輝には見えていた。
汚れた世界を見たくない自分とまるで同じだ。
輝:『亨にいいものを見せてやる。私について来い』
輝は亨の手を掴み、廊下を走った。
冷え切った手が温かく変化していく。
どこへ連れて行かれるか分らないが、どこか安心できるものを感じた。
上履きのまま外に出ると、そこは眩しい光が射していた。
見守るように照らす太陽、心を癒す春の風、生命の声が聞こえる木、全て温かいものが自分を包み込んでいる。
このまま時間が止まればいいのにと思うほど心地のいい空間だった。
輝:『どうだ?少しは落ち着いたか?私の言葉で妊娠させちゃったみたいだから』
亨:『男は妊娠しないよ』
輝:『真面目だなぁ。まぁ、そんなとこも嫌いではないのだがな。それとだ、亨。この世界で寂しくなったのは私も同じだ。ずっと疎外感と孤独を感じてきた。だが今はそう思わん。あの時、亨をみつけてから私は、この桜の木のように冬に枯れても耐えて春に花を咲かせられるくらい強くて優しい心を持った人間になりたいと思うようになった。私には亨が必要だ』
亨:『輝…ごめん、本当は最初に言うべきだったのかもしれないんだけど言えなくて…俺のお父さんは警察官なんだ…』
輝:『………!!!』
それは衝撃だった。
亨とは友達になれない大きな壁がある事を知り、輝は酷く落ち込んだ。
亨:『輝のお父さんがヤクザでなければ、よかったのに……』
輝:『誰も悪くはない。どちらも、お父様が生きる為に選んだ道だ』
亨:『それでも友達になりたい。自分の事をちゃんと見てくれる味方が居なくなったら怖い。でも俺のお父さんは許してくれない。認めてくれない。それでも俺は輝から離れる気は無いって言ったら我侭かな?』
輝:『亨、やはり過去の事を聞かせてくれ』
亨:『ごめん。さっき言いかけたけど、やっぱり自分でも上手く飲み込めてないから今は言えない』
輝:『そうか…………』
亨:『友達になりたい。輝と足を揃えて遠足に行きたい。ダメかな?……輝?』
輝:『…………』
亨:『輝!!!』
輝は立ったまま失神してしまった。
亨:『今までずっと強いふりをしてたんだコイツ…』
この時、輝は想った以上に相当孤独で寂しがりである事に気付いた。
だが、その気持ちに答える事を許されない現実に葛藤した。
暫くしてから輝は目覚め、優しい風に流れる木の葉を見つめ、遠くを見ていた。
輝:『私は、いつも独りぼっちだ』
亨:『……!!!』
輝:『遠くに行きたい』
亨:『輝……』
輝:『何からも縛られずに自由になりたい。もどかしいな。お父さまは遠くへ、お母さまは育児放棄、使用人の飯は高価なものばかり押し付けてプライドが高すぎる。弟は私をゴミを見るような目で見る。もう……嫌だ………』
輝は寝ぼけて、自分の胸の内を無意識に明かしてしまった。
亨:『……。明日の朝、家出しよう』
輝:『それはまずいだろ』
完全に目覚めて冷静になる輝だが、亨は本気でそれに答えた。
亨:『実はさ、俺も家が嫌いなんだ。居心地悪いっていうかさ…』
輝:『明日、飛行機で遠くへ行くか』
亨:『うん。絶対見つからない場所に行こう』
輝:『ああ』
二人は何も考えずに家出をする決意を固めた。
見つかった時の恐怖や、その後の事は考えられなかった。
ただ何からにも縛られずに自由になりたかっただけだ。
この時は、この学校とさようならするなど誰も知らずに息をしている生徒達に亨は心の中で笑い転げていた。




