大海心ー後編ー
慧心は冷静に口を開いた。
『全て、詳しくご説明申し上げます』
徳密は思い出したくもない過去と向き合う覚悟を決め、慧心の顔を真っすぐに見つめて返事をした。
『どうか包み隠さず、お話しください』
慧心は、ゆっくりと唇を開いた。
『私は、剛徳寺の次世代の副住職として名を挙げていただいておりました。師僧方は、私の行いやこれまでの経歴、更には血筋に至るまでをご考慮くださり、将来をお約束くださっていたのです。それを私は恥ずかしながら、当然の事のように受け止めておりました。ですが、徳密さんが剛徳寺にお越しになった際、変わりました。私には持ち得なかったものが徳密さんには、お持ちでいらっしゃいました』
慧心は、一瞬言葉を止めた。
喉の奥が詰まっている。
『大慈悲心でございます』
静かにそう言った。
『私はずっと、徳密さんは本物の僧か、それとも偽善者か試しておりました。慈悲を語る者は多い。だが、自分が損になる行動をとれる者は少ない。
ある日の夕刻、すでに参拝時間が過ぎたころ、下校途中の小学生が、剛徳寺の山門前でそわそわと落ち着かない様子で立っておりました。
門を閉じようとなさっていた徳密さんがそれにお気づきになり、声をお掛けになりました。すると、子どもが小さな声で申し上げました。
“相談なのですが……。 朝、学校に行く前に犬とボールで遊んでたら、お母さんが大事にしてた花瓶を割っちゃって……。 帰ったら怒られると思うと怖くて……。 でも犬の事を言ってしまったら犬まで怒られそうで……どうしたらいいか分かりません……”
徳密さんはそっと膝を折られ、子どもと同じ目の高さに身をかがめて、やさしくおっしゃいました。
“素直にお話しなさい。黙っていると叱られるけれど、わざとではなかったときちんと伝えれば、お母さんもきっと分かってくださるでしょう”
子どもは少し安心した様子で微笑み、ありがとうと手を振って帰っていきました。
それを見届けた徳密さんは急いで山門を閉め、食堂へと向かわれましたが、お食事の時間には間に合いませんでした。
時間に遅れてまで子どもに付き合うなんて、誰かに見せる為の芝居ではないか?慈悲を演じているだけではないか?私はそう思いました。
私は和尚さまに、“徳密さんは、子どもと遊んでいて遅れたようです”と、事実とは異なる報告をいたしました。
そのため、徳密さんは住職より厳しくお叱りを受け、夕食を召し上がる事を許されませんでした。
更に、反省の為と仏さまの清掃をお一人でするようにと申しつけられたのです。私は嘘の報告をする事で、徳密さんの内面を“揺さぶりたかったのです。損をしても、黙っているかどうかを試したかったのです。
その晩、ひとりの僧が和尚さまにこう申し上げたそうです。
“和尚さま、徳密さんは遊んでおられたのではございません。困っていた子どもを助けておられたのです”
すると和尚さまは、静かにこうお答えになりました。
“本当のところは承知している。だが、これも徳密のため。目をつむりなさい”
私は、悪意をもって徳密さんを潰そうとしたわけではございません』
徳密は表情一つ変えず、慧心の顔を見つめ続けていた。
心の中では慧心の悪意なき加害が如何に残酷であるか、深い傷の中で息を止めた。
そして、徳密は重い口を開いた。
『結局は、偽善者であってほしい。本当に損をしてまで黙ってるような人間なんて、いない筈。そうじゃないと、自分の今までが壊れてしまう。そういう、深層心理の中の防衛本能が働いていたのでしょう。自分の苦しみだからこそ後に、あの嘘の重みが何倍にもなって押し寄せてきて、私に顔を合わせる事ができなかったのではありませんか』
慧心は、徳密の言葉をすべて受け止めた後、暫く口を開けなかった。
その沈黙は逃避ではない。
心の奥底から、今ようやく一つの輪郭が現れつつあるのを、慧心自身が恐れているからだ。
床に視線を落としたまま、慧心はようやく唇を開いた。
『……はい。おっしゃる通りでございます』
静かだが、震えを含んだ声だった。
吐き出される言葉は、傷口から絞り出される血のように重い。
『私は、あなたを偽善者であってほしい”と……そう、願っていたのです。心のどこかで。……正確には、そうでなければ困ると思っておりました。あなたが本物であるならば、私は偽物になります。あなたの振る舞いが純粋な慈悲から発せられたものならば……私の行動は、ただの自己保身と嫉妬、そして浅ましい虚栄心に過ぎなくなります。だから私は、あなたが演じていることを願いました。……慈悲も優しさも、自分をよく見せたいがための芝居であってほしいと』
慧心は、手を膝の上に置いたまま、その指先をぎゅっと握り締めた。
『……私は、あなたという鏡に、自分の偽りを映されたのです。あなたの姿を見るたびに、自分がいかに僧として中身が伴っていないか、自覚せざるを得なかった。そしてそれに耐えられなかった。……だから、あなたを壊す事で鏡を割りたかった』
徳密は静かに慧心の話を聞き続けた。
まるで時間までもが凍りついたかのように。
『ですが……結局、私が壊したのは、あなたではなく、自分自身でした。罪を隠しても、記憶は消えない。私は、あなたを壊したと思い込む事で、自分の壊れた部分を見て見ぬふりをしてきたのです』
ここで初めて、慧心は顔を上げ、徳密の目をまっすぐに見た。
涙が頬を伝っても、拭わなかった。
『今、ようやく気づいたのです。あなたが私にした事ではなく……あなたという存在そのものが、私にとって、最も容赦のない“鏡”だったのだと。自分の醜さを映し出される事が、どれほど恐ろしい事か。私は、あの頃、そこから逃げ続けていました』
慧心は頭を垂れた。
静寂が落ちている。
堂内を風が抜け、柱の木が軋んだ。
やがて、徳密が一歩だけ、慧心のそばへ近づいた。
足音は静かだった。
徳密の表情には怒りも赦しもない。
だが、慧心の言葉が、確かに心に届いた事だけは、空気が教えていた。
徳密はしばらく黙って慧心の言葉の余韻を受け止めていたが、やがて穏やかな声で静かに言葉を投げかけた。
『よろしければ、続きをお話しいただけますか』
慧心は小さく息を吸い、顔を上げた。
目には戸惑いの色を残しながらも、はっきりとした声で答えた。
『はい…。……………。私は、澄子さんが剛徳寺に住み込みでお勤めになると伺いまして、内心、強く反対しておりました。生理中の女性を穢れとする。それは、長く山に仕えてまいりました僧として、私が深く心に刻んできた教えであり、戒めでもございました。殊に、剛徳寺の山には神仏が鎮まっておられます。山の神様は、清浄なる場を乱される事をお嫌いになり、お怒りをお示しになる事がございます。澄子さんが剛徳寺へお越しになり、月経や出産で山の神聖な結界に乱れが生じ、山の神様が穢れに触れることで怒り、災いをもたらしました。お寺の畑の野菜が実らず、バキュラ様が現れ、人を襲いました』
すると、徳密が口を開いた。
『バキュラは、最蔵さんがお墓をお蹴りになったため、お怒りになったのではございませんか?』
『神霊や土地の神々は、ご無礼や穢れをお受けになると、そのお怒りが連鎖する事がございます。神域における不敬に対しては、複数の神々が共にお怒りを示される事もございます。また、ご神木は神々がお宿りになる依代でございます。そこに傷をお付けする事は、神々への重大な冒涜とみなされ、重い祟りをお招きする恐れがございます。更に、他人様のお墓をお蹴りになるという行為そのものが、ご先祖様や御霊への無礼にあたります。その上、その影響がご神木にまで及んだ場合には、二重のご不敬と見なされても致し方ございません』
義徳は、思わず息を呑んだ。
慧心の言葉には、剛徳寺を護る僧としての誇りと、神仏への揺るぎない敬意が滲んでいた。
いま目の前にいるのは、信仰に生きる一人の誠実な僧である。
義徳の胸に静かな感動が広がり、慧心の話を聞いた。
『私はこう思うに至りました。女性が山に入った事が災いの原因ではなかったのかと。しかし、心の中では澄子さんが本当にこのお寺を穢しておられるのだろうかと、私はずっと考えておりました。私以外の僧侶方は皆、澄子さんに親しみをこめて、澄子さん、澄子さんと、あたたかく長く寺にお仕えしてきた者と同じように接しておられました。剛徳寺の戒律や教義を厳格に守り、穢れに対する意識を強く持ってる僧侶は、私以外におられなかったのでございます。私は、その事について誰にも申し上げる事ができませんでした。
澄子さんは、日々誠実にお勤めになり、仏前には欠かさずお供えなさり、雨の日も雪の日も掃除を怠らず、ひたすら真っ直ぐに仏さまに祈っておられました。あの頃、私の心の中では、古よりの教えと現代の思想とが、激しくぶつかり合っておりました。
私は徳密さんに、女人禁制を解除したとはいえ、神聖な場(お風呂や食堂も含む)に僧侶以外の出入りが許される風習は、私はどうしても耐えられないと申し上げました。徳密さんは、私を咎められる事なく、ただ静かに、こうおっしゃいました。
慈悲とは、清らかな者だけに向けられるものではございません。いかなる命にも等しく仏の光は届くものでございます、と。
その時、私は初めて思いました。穢れとは外にあるものではなく、自分の心が生み出していたものだったのだと。
私は今もなお、女人禁制の教えを軽んじ、破るべきとは存じておりません。それには、積み重ねられてきた長い歴史がございます。
しかし、慈悲というものは、教えの内にも外にも、確かに生きて息づいている。それを、澄子さんと徳密さんが、私にお教えくださいました。少しずつではございますが、改めて学び直しているところ……』
慧心の表情が曇り、手の震えを抑えながら、そっと口を開いた。
『周りの方々は次第に私を“平安思想の者”と見なし、徳密さんを“多様思想の者”として一面的に思想ラベルを貼って別けてお扱いになりはじめました。それが、私には耐えがたいものでございました』
義徳は周りに流される事なく伝統を護り、長い歴史と修行を経た僧としての責任感と使命感に心を打たれつつ、頑固者ではなく、考える僧としての誠実さがにじむ慧心を知り、沈黙を貫きながら慧心の話を聞いていた。
『そして……もう一つ、見過ごせなかったものがございます』
慧心の声が一段、低くなった。
自分の罪の中でも最も醜く、避けたかった部分だ。
『楓芽さんの事です』
徳密のまぶたが、僅かに動いた。
『剛徳寺にお越しになった際、徳密さんは先輩僧侶の方々の前で、このようにお話しになりました。
“私には大切にしているものが一つございます。おじいちゃんとの思い出が詰まった、ラムネの青いガラス玉です。お守りとして、常に身につけております”
とおっしゃり、そのガラス玉をお見せになりました。そのお話をうかがい、徳密さんはこのガラス玉に支えられ、どんな困難な出来事も乗り越えてこられたのだろうと感じました。また、ご家族との深い絆もうかがえて、心がポカポカ温かくなりました。
しかし、徳密さんが楓芽さんに憧れて剛徳寺へ来たと聞いた際、私は深い懐疑に囚われました。憧れの念から始まった修行でも仏の道に結びつくと見守っておりました。楓芽さんは天台宗の僧侶として法華経を身の芯にまで刻んでおられました。時には、願わくば性別を超えて千日回峰行へ挑もうとしている楓芽さんを嘲笑う先輩後輩もいました。幼い頃はアイドル一直線で、アイドル卒業後は伝教大師最澄さまの教えを胸に、ただ一筋にこの道を歩んでこられました。
しかし、私は、日に日に徳密さんの“憧れ”という言葉に、どうしようもなくひっかかりを覚えました。
楓芽さんは、天台宗の深い教えを身に刻み、伝教大師の道を愚直に歩む立派な僧侶でありながら、その美貌と凛とした佇まいは、時に周囲の俗な目を引くこともございました。ですが我々僧は、どれほど楓芽さんが女性であろうとも、そのような眼差しを抱くこと自体を煩悩と心得、厳しく己を律してまいりました。
その中で徳密さんだけは違いました。
それは、広く僧侶たちの間でも知られていた事です。憧れという言葉の裏に隠された感情。それが、恋慕の念である事を。純粋な想いだとしても、それが楓芽さんに向けられている以上、僧侶としての在り方に反すると私には思えました。清らかな僧侶に恋するという煩悩。それが重なり、私は徳密さんを一層、受け入れ難く感じてしまいました』
徳密はしばし目を伏せた後、静かに口を開いた。
声は穏やかだったが、どこか鋼のような芯のある響きを持っていた。
『……慧心さん。私の“憧れ”が、仏道を汚す煩悩と映ったのであれば、それは正しかったのでしょう。かつての私には、心の奥底に、まぎれもない恋慕の情がありました。しかし、だからこそ私は、仏の前に立ち、自分の心を観たのです。
臨済宗の教えには、こうございます。“直指人心、見性成仏”。文字や言葉ではなく、自分の心を直に指し、そこにある仏性に気づく事こそが、道であると。
私にとって、楓芽さんという存在は、まさに、私の公案だったのです。欲か、敬か。恋か、信か。
その問いを抱えながら、私は自分の心の有り様を、何度も何度も見つめ直してきました。
そしてようやく、ひとつ分かった事がございます。
人を慕う心もまた、仏の光のひとすじ。それが欲に変わるか、慈しみに昇華されるかは、己の在り方次第。愚かさに向き合わねば、真の慈悲など手にできない。
私は愚かな心のまま、修行を始めました。ですが、それを恥じる事などありません。
かつて、私は憧れで山門をくぐりました。今、私は僧として生きております。戒に縛られず、情に流されず、ただ仏の道を一歩一歩踏みしめております。それが、あの過ちに向き合った末に得た、私の一つの答えでございます。
棒喝で他を責めるのではなく、まず己の煩悩を正面から睨み据える。それこそが、今の私の修行であり、禅の道なのです』
『……あなたは、あなたの道を、よくぞ歩まれました』
慧心の声は、静かに堂内に響いた。
『仏は常に一つです。名を分かち、宗を分かち、人を分けても、その光は分けられません。例えどんな境遇にあっても、たった一つの心に、三千世界が宿る。
あなたの一念が、仏を求めるその一念である限り、そこに宗派の違いなど、もはや何の障壁にもなりません。
私は、あなたを拒み、傷つけました。ですが、あなたは私の中の煩悩を、恐ろしいほど明らかにしてくださいました。それもまた、仏のはからい』
慧心は深く合掌した。
『あなたが歩む仏道に、迷いがなく、誇りがあり、慈悲がありますように。
たとえ別の山を登るとも、同じ月を仰ぐ者として、私は、あなたを讃えます』
徳密は静かに深々と頭を垂れた。
『貴重なお話を、ありがとうございました』
声は清らかに、一点の曇りもなかった。
慧心は静かに頭を垂れ、義徳も静かに頭を下げた。
徳密は、ゆっくりと慧心の方を向いた。
長い間、心の奥にしまっていた言葉を、今こそ伝えるべきだと決めたように。
『慧心さんは、ご自身にはお持ちでなかったものとして“大慈悲心”と仰っておられましたが、慧心さんにも、そのお心は確かに備わっておられます』
徳密は、懐から布に包んだ水色のガラス玉を取り出した。
ラムネの瓶に入っている真ん丸のガラス玉である。
慧心は、それを見て一瞬、困ったような表情を見せた。
『私が剛徳寺に参りました二日目のことです。ちょうど初めての休日をいただき、高尾山へ登らせていただきました。その時、祖父との思い出が詰まった、あのガラス玉を手に取り、眺めておりました。しかし、ほんの少し気を緩めた隙に、玉が転がり落ちてしまい、そのまま見失ってしまったのです。
その日の帰り道、剛徳寺に戻ってまいりました私は、悔しさと悲しさで、その場に泣き崩れてしまいました。あのガラス玉は、祖父との最後の思い出でございましたので……、それを失う事が、何か、大切なものそのものが消えてしまうような気がして、どうしても受け入れられませんでした。
先輩方からは、“もう、そのガラス玉はその役目を終えたのかもしれない”と、あたたかいお言葉も頂戴いたしましたが、当時の私には、とても諦めきれるものではございませんでした。
翌昼、私の下駄の横に、あのガラス玉が静かに置かれておりました。どなたが捜してくださったのか、お言葉をいただかずとも、すぐに分かりました。深夜に山へお足を運び、見つけてくださったのは、ほかならぬ慧心さんだと私は、そう確信いたしました』
慧心のまなざしが、わずかに揺れた。
徳密は静かに続けた。
『あの晩、私がガラス玉を失くした夜の事です。
私は夢を見ておりました。
慧心さんが、そっと蝋燭に火を灯し、皆が眠りについた深夜、ご自身の貯金箱を抱えてお寺を抜け出され、タクシーに乗って高尾山へと向かわれる夢でした。
夢の中で慧心さんは、私のガラス玉を紛失したと思われる場所で手探りになりながら、6時間もかけて、静かに丁寧にお探しくださっておりました。
しかし、下山の途中で熊に遭遇され、お怪我を負いながらも、持ち前の冷静さと知恵で火を使って熊を追い払おうと必死に立ち向かわれていたのです。
それでも熊は急スピードで迫ってきて、慧心さんはその身を挺し、大切に握りしめたままのガラス玉を手放されることなく、ご自身の顔と首をかばわれておりました。
朝日が昇る頃、どこからか一羽のカラスが舞い降りて、大きな鈴を落とし、その音に熊が驚いて逃げ去ったのです。
慧心さんはその鈴を拾われ、音を鳴らしながら下山され、再びタクシーに乗って、お寺へとお戻りになられました。
私が見た夢は、そこで終わりました。
翌朝、慧心さんは朝のお勤めには姿を見せず、お昼頃、お寺へとお戻りになられましたね。その際、和尚さまにどこへ行っていたのかと叱責され、昼食を抜かれる事になっても、何一つ申し開きをなさいませんでした。
私は、あの夢が、ただの夢ではなく、正夢であったと確信いたしました。慧心さんが、夜を徹して一人で山に入ってくださったのだと、そう悟ったのです。
ですが、私は感謝の言葉をお伝えする機会を、何度も逃してしまいました。
その日の夕方、慧心さんはいつも通り皆と入浴するよう言われておりましたが、最初は、強くお断りになっておられましたね。ですが、和尚さまのお言葉に従い、仕方なくご一緒なさいました。
その際、私は目にいたしました。慧心さんのお身体には、あちらこちらに傷がございました。それを見た瞬間、私は心の中で叫びました。今すぐに、お礼を申し上げなければと。
他の僧侶の方が“ずいぶんと怪我されてますが、どうなさったんですか?”と尋ねられると、慧心さんは、笑顔で“転びました”とだけおっしゃいました。冗談めかして“まるで熊にやられたみたいですね”と言った僧侶もおりました。
私は心の奥底で理解しておりました。あの傷は、本当に熊に遭われたものであり、慧心さんが、命を懸けて夜の山を登ってくださった証なのだと。
しかし、あまりにも衝撃で……、私は、その瞬間、いったいどのような言葉で感謝をお伝えすればよいのか、分からなくなってしまったのです』
徳密は、改めて、深々と頭を下げた。
『あの夜、私の弱さを、私の願いを、私の想いを全部、拾い上げてくださって、本当にありがとうございました』
その声は、飾り気がなく、静かだった。
だがそこには、何年も胸に抱えてきた感情がすべて詰まっていた。
『一人で夜の山に入るのは、どれほど怖かったか。熊と遭遇して、どれほど痛かったか。……それでも、私のために行ってくださった。その事が、何より嬉しかったです』
徳密はゆっくりと顔を上げた。
その手の中の青い玉が、光を受けてわずかに輝いた。
『今でも、これを持っていると、心が強くなれます。あの時、命をかけて私を思った人がいるんだと思うと、何があっても立っていられます。このガラス玉は、おじいちゃんの思い出だけではなく、慧心さんの命の灯が、一緒に込められた大切なガラス玉です』
沈黙が落ちた。
だが、その沈黙は、何も失っていない。
むしろすべてが、そこに込められていた。
慧心は、徳密の言葉を一語一語、深く胸に受け止めていた。
手の中の、あの青く透き通るガラス玉。
あの時、自分が握りしめて山を彷徨った、あの小さな命のような光が、今も確かに生きている。
ガラス玉が、光を受けて淡くきらめいている。
それは、どこか仏像の白毫にも似ていた。
『私が捜しに行ったのは徳密さんのガラス玉ではありません。一人、暗闇に取り残された徳密さんのおじい様を、お迎えに上がったのです。
徳密さんの夢とは少し違いましたが、山火事を避けるため、懐中電灯を携え、山を進むと光が見え、導かれるように追うと、ガラス玉がありました。
しかし、手にした瞬間、熊が現れ、私に襲い掛かりました。
その時、私は悟りました。ガラス玉は、すでに山の神のお預かりものとなっていたのだと。
恐怖の中で、私はただ願いました。どうか、お返しください。あの方の、心のひと欠けなのですと。
その瞬間、天より一羽の烏が現れ、風を裂いて舞い降りました。
その姿は、飯縄大権現、白狐に跨り、山を統べる神。
鳥の羽ばたきは水しぶきのように、闇を払いました。
すると熊は、何かを悟ったように、静かに山の奥へと帰っていきました。
その引き換えに、私が手放したものは迷いでした。
礼を言う相手を、私だと思ってはいけません。
その気持ちは、どうか高尾山へ。
あの山が、あなたを導いたのです』
その瞬間、徳密の目からぽろぽろと涙が落ちた。
風が一筋、二人の間を吹き抜ける。
音もなく揺れる僧衣の裾と、ガラス玉の光がそれに呼応するようにかすかに震えた。
『もう一つ、どうしてもお礼を申し上げたい事がございます。
剛徳寺に居た頃、私は真言宗の寺に生まれ育った者として時折、癖のように口にしてしまっていたのです。金剛合掌や、密教の真言を…。先輩方から、毎日からかわれました。時には、宗派の違いを盾に、“ここに持ち込むな”と、冷たい目を向けられた事もございます』
徳密はそこで、一瞬、言葉を止めた。
それはまるで、思い出が心を刺すように。
『……最初に笑いながら茶化したのが楓芽さんでした。場の空気はすっかり、私を異分子として排除する流れになっておりました。そんな時、慧心さんが一言、静かにこうおっしゃったのです』
徳密は、目を閉じてその言葉を思い出し、改めて口にした。
『“宗派の垣根で分断するな、敬意を保て。弘法大師空海さまも、伝教大師最澄さまと同じ平安の世を生き、仏道を共に歩んだ方でしょう”
その場にいた誰もが、息を呑んで黙りました。楓芽さんも、それ以上は何も言えずに俯きました。
あの時、慧心さんは、私を庇うために発言されたのではなく、仏法の本質を護ってくださったのだと私は受け止めました。私の宗派、私の出自、私の癖、そしてお大師さまへの思慕。それらすべてを否定せず、むしろ、それも仏道にある”と認めてくださった。あの一言は、私の救いでございました。
分断を越えて敬意を保つ。あの一言を私は一生、忘れません。
それから、あなたは私の先輩でありながら、私からも学ぼうとしてくださった。空海さまの教えについて質問してくださった日のこと、今でも覚えております。その時、私は“教えとは、立場の上下を越えるものだ”と気づかされました。
だからこそ、慧心さんが和尚さまに事実と異なる報告をされた時、本当に悲しかった。
何よりも驚きより悲しみが私を包みました。
私は、慧心さんに大きな期待を寄せておりました。いかなるときも真実を貫き、慈悲の道を選ばれるお方と、深く信じておりました。
しかし、慧心さんも悩み、恐れを抱かれるおひとりの人間であった事、私は見落としておりました。私の信頼が、かえって慧心さんを追い詰めたのかもしれません。それは決して、慧心さんだけの過ちではございません。私自身の驕りが招いた結果でもあったと、今は受け止めております。私は慧心さんに失望したことはございません。
ただ、心の底から……、哀しゅうございました』
徳密は、そっと青いガラス玉を両手で掲げるように持ち、深々と頭を下げた。
『この命を支えてくださった事、そして、仏の道を守り抜いてくださった事。心より、お礼申し上げます。ありがとうございました』
慧心も頭を下げてから『急なお時間にもかかわらず、お話をお聞きくださり、誠にありがとうございました』と言った。
そこで、義徳は窓を開けて、二人にこう言葉を残した。
『風は行き、雲は流れ、心もまた定まらぬ。
人は皆、迷いの中に生まれ、迷いの中で人を求める。
されど、大海心とは、ただ広きにあらず。
深く、澄みて、あらゆるものを拒まず。
志は今もなお、胸に生きる。
過ちは、仏にとって過ちではない。
見よ、すべてはこの大海のごとく、飲み込み、赦し、静かにして揺るがぬ。
心をひらけ。己を責めるな。他を咎めるな。
今こそ歩め。
心を大海と為して共に、進め』
慧心は頭を下げて義徳の言葉を受け取った。
『そうだ、慧心さん。このまま私のお寺で修行して、臨済宗のお坊さんになってみませんか? あなたのような人はなかなかいません。ぜひ、考えてみてください』
これは、試されているとすぐに分かった。
すると慧心は、穏やかに微笑みながら答えた。
『ありがたいお言葉、感謝いたします。しかし、私は、幼い頃から剛徳寺の僧侶になることを夢見てきました。ですので、そのお誘いはお受けできません』
そうして慧心は、金剛龍寺を後にし、自分の夢が待つ剛徳寺へと帰っていった。




