精進
拝啓、ファンの皆様へ
本日をもちまして、“伝説の爆熱破壊神バキュラ”が一周年を迎えました。これもひとえに、皆様の温かい応援と支えがあったからこその成果でございます。心より感謝申し上げます。
この物語が進む中で、私が最も意識してきたテーマの一つが“精進”でございました。精進とは、自己を高め、努力を重ねることで成長し、試練を乗り越えていく過程を指します。そして、登場人物一人ひとりが直面する困難や苦悩を通じて、この“精進”の大切さが描かれていることを、皆様に感じ取っていただけたのであれば、これ以上の喜びはございません。
特に、バキュラというキャラクターには、まさに精進の象徴としての役割を担っていただきました。決して楽な道を歩んでいるわけではありません。その道のりは、時に険しく、苦しみを伴うものであったかもしれません。しかし、恐怖に打ち勝つために懸命に努力し、少しずつ成長していく過程こそが、この物語における“精進”の核心であると私は感じております。
バキュラは、最初はその力に頼りすぎ、内面的な成長が伴っていない部分がありました。しかし、数々の試練を乗り越える中で見つめ直し、恐怖を感じることができるようになりました。それを乗り越えた先に、真の力があることを理解し、成長を遂げていったのです。この過程は、まさに“精進”の一環であり、どんな困難な状況にあっても、心を折らずに努力を続けることの重要性を象徴しています。
また、物語の中でバキュラを支える仲間たちも、皆それぞれに精進の道を歩んでいます。人が持つ力や意志の強さも、決して偶然ではなく、日々の修練と努力の積み重ねによるものです。どんなに小さな進歩でも、それが繰り返されることで大きな成果となり、最終的には心身ともに強くなることを示しています。
この一周年を迎えるにあたり、改めて思い返すことができたのは、バキュラの成長を通じて“精進”とは何かを描くことができたことが、私にとって非常に大きな喜びであったということです。困難に直面した時にどう乗り越えていくのか、その過程を描くことは、私にとっても大きな挑戦であり、試練でした。そして、その試練を通じて学んだことは、物語を作り上げる上で非常に貴重な教訓となりました。
これからも、バキュラをはじめとするキャラクターたちがどのように成長し、どのような困難を乗り越えていくのか、その精進の過程を皆様にお届けできることを楽しみにしております。また、この物語を通じて、皆様が“精進”というテーマに対して少しでも深く考えるきっかけになれば、何よりも嬉しく思います。
最後に、改めて一周年を迎えられたこと、そしてこの物語を支えてくださった全ての皆様に、心から感謝申し上げます。今後とも、どうぞ変わらぬご愛顧を賜りますようお願い申し上げます。
敬具
朝の静寂が広がる剛徳寺の境内に、見慣れない車が一台、ひっそりと佇んでいた。
まだ日も昇りきらぬ早朝四時。
境内を掃除していたのは、心平・慧心・浄光・法照の四人である。
竹箒を手にし、落ち葉や小石を掃きながら、境内の清掃作務に励んでいた。
人手不足により、バキュラも一緒にお掃除をしている。
僧侶と同じように境内を動き回り、落ち葉を集め、地面を磨いていた。
その時、法照が掃除の手を止め、少し首をかしげながら不審な車をみつけた。
『何でしょうね?あれ?』
法照の声に、慧心が視線を車へ向け、少し考える素振りを見せた。
『節分会に来る人……ですかね……?』
慧心の答えに、浄光が笑いを含ませながら、呆れたように言った。
『早いなぁ……。まだ四時ですよ……。まさか、豆以外に朝ごはんまで貰おうとしているのかな?』
皆が軽く笑いながら掃除を続けている中、ふと心平の表情が強張った。
そして、震える声でぽつりと呟いた。
『あれ……、あの車……、私を拉致しようとした人のと同じ車種……』
『……拉致?!』
一瞬、空気が凍りついた。
掃除の手が止まり、全員の視線が心平と、その先にある車へと向けられた。
心平と慧心以外の者は剛徳寺で拉致があったことを知らず、とっさに出た言葉に心平は自分が配信をやっていることを知られてしまうことを恐れて目をそらしたまま何も言えなくなっていた。
慧心は静かに掃除道具を地面に置き、厳しい表情で心平を見つめると、ゆっくりと口を開いた。
『私が注意してきます。皆さんは掃除を続けていてください』
その言葉とともに、慧心は境内を横切り、慎重に車の方へ歩き出した。
すると、バキュラが後を追おうとした。
『バキュラも皆と一緒に掃除をしてください』
慧心が静かに制すると、バキュラは一瞬動きを止め、首を振って反抗の意を示した。
『ギュラ!ギュラ!』
『ギュラギュラじゃありません。お掃除するのです』
慧心の言葉に、バキュラはしばしの沈黙の後、渋々ながらも掃除の作務に戻った。
『ギュラ……』
慧心は軽く一礼すると、緊張感をはらんだ空気の中、車のほうへと駆け出した。
心平は心配そうに慧心の背中を見守った。
車の前に到着すると、慧心の前で車の窓が一斉に開いた。
その瞬間、張り詰めた空気が辺りを包み込む。
車内から鋭い視線を放つ男たちが次々と姿を現し、その中央には、片手を包帯でぐるぐる巻きにした男が立っていた。
その男の目は怒りと恨みを滲ませ、慧心を睨みつけている。
『お前、昨日はよくも俺の指を折ってくれたな』
低く唸るような声が境内に響く。
男の言葉には殺気がこもっていた。
背後に控える数名の男たちも、それぞれ拳を握りしめたり、凶悪な笑みを浮かべたりしながら、慧心を取り囲んでいく。
だが、慧心は微動だにしなかった。
ただ静かに、深いまなざしで男たちを見渡し、一歩も引かずに立ち尽くしていた。
『自己防衛です』
慧心は淡々とした口調で言った。
静かだが、芯の通った声である。
『あなたが僧侶に手を出さなければ、指など折ったりはしませんよ。もし、あのまま何もせずにいたら、僧侶の命がどうなっていたことでしょうか』
男たちは鼻で笑い、まるで慧心の言葉など取るに足らないもののように肩をすくめた。
だが、慧心は冷静に言った。
『天台宗では人は皆、それぞれの心の持ち方次第で仏へと近づくことができると説いています。善悪の区別は、己の行いによって生じるものです。もしあなたが、力を振るうことでしか自己を示せないのであれば、それは己の煩悩に囚われた証。怒りや恨みに身を委ねるほど、人の心は闇に覆われる。そんな生き方を続けていて、本当に満足できるのですか』
男は険しい顔をしながらも、僅かに目を細めた。
僧侶がここまで冷静に語るとは予想外だったのだろう。
『仏の教えは、迷いを断ち、正しい道へと導くもの。あなたが怒りを手放し、自分を振り返るなら、いつでも正しい道へと戻ることができます。過去の行いに縛られるのではなく、これからの生き方を考えなさい』
男たちは顔を見合わせた。
一瞬、迷いが生じたように見えたが、なおも険しい表情を崩さない者もいた。
慧心は静かに手を合わせ、一礼した。
『争いも暴力も何も生みません。煩悩を断ち、心を清めることこそ、人としての本当の強さです』
境内に冷たい風が吹いた。
男たちの間に、僅かではあるが、動揺と戸惑いが広がっていた。
しかし、慧心の言葉は、指を折られた男の怒りをさらに煽ることとなってしまった。
男の顔がみるみる紅潮し、歯を食いしばる音が聞こえるほどであった。
その目は血走り、憎悪と屈辱が入り混じった視線を慧心に突き刺す。
そして、男は怒号とともに拳を振り上げ、全力で慧心の顔面を殴りつけた。
『この坊主がぁぁぁ!!』
男の拳は雷鳴のような勢いで慧心の頬を直撃した。
衝撃が周囲の空気を震わせ、鈍い音が境内に響き渡る。
しかし、慧心はまったく動じなかった。
倒れることもなく、膝を揺るがせることすらなく、ただその場に静かに立ち続けていた。
殴った男の方が驚愕した。
拳に伝わるはずの肉の弾力や骨の軋む感触が、まるで壁を殴ったかのように硬質で冷たかった。
慧心の顔には、痛みの色すら浮かんでいない。
ただ、穏やかに慈悲深い眼差しで男を見つめていた。
その表情はまるで仏のようだ。
『……馬鹿な!!!!!!!!』
男は拳を引っ込めた。
自分が今しがた振るった暴力が、まったく意味を成さなかったことに気付き、愕然とする。
そして、その混乱を振り払うかのように荒々しく舌打ちし、車へと乗り込んだ。
その瞬間、車のエンジン音が唸りを上げた。
男の怒りは収まるどころか増幅し、その矛先が車という鉄の塊へと転じた。
『ひねり潰してやる……!!!!!』
エンジンが唸りを上げると同時に、車は急発進した。
タイヤが地面を擦り、煙を上げながら、鋭い加速で慧心に向かって突進してくる。
狭い境内で逃げ場は少ない。
慧心は冷静に周囲を見渡し、素早く体を翻した。
自分が避けるだけでは済まない、ここでの最優先は二次被害を避けるための安全だった。
そのとき、慧心の視界に犬の天ちゃんの散歩をしている澄子の姿が飛び込んできた。
天ちゃんと澄子はちょうど境内の入り口付近に立っていた。
車がこのまま突っ込んでしまうと、巻き込まれる可能性が高い。
『逃げて!逃げて!』
慧心は全力で叫んだ。
その声に気付いた澄子は顔を上げたが、次の瞬間、澄子の体が小さく震え始めた。
恐怖が澄子を支配した。
動きを止めてしまったのだ。
澄子の頭の中に、過去の記憶がフラッシュバックしている。
交通事故。
轟音。
衝撃。
母の悲鳴。
血の匂い。
全身が硬直し、息が詰まった。
膝が崩れ、澄子はその場にしゃがみ込んでしまった。
声にならない悲鳴が喉の奥で絡まり、ただ震えるしかなかった。
その刹那、天ちゃんが吠えた。
鋭く、強く、澄子を守るように、前に立ちはだかる。
車は、すぐそこまで迫っていた。
慧心は迷わなかった。
『澄子さん!天ちゃん!』
慧心は一気に駆け出した。
風を切るように澄子へと飛び込み、腕を伸ばす。
そして、澄子と天ちゃんの体をしっかりと抱え込むと、咄嗟に境内の石段を駆け上がった。
その背後では、猛スピードで突っ込んできた車が、境内の敷石をえぐりながら停止した。
ブレーキ音とともに、埃が舞い上がる。
慧心は息を整えながら、澄子と天ちゃんを抱えたまま、無事を確認するようにそっと澄子の顔を覗き込んだ。澄子は震えながらも、慧心の腕の中で必死に意識を取り戻そうとしていた。
『大丈夫です……安心してください………』
慧心の低く、落ち着いた声が、澄子の心を少しずつ現実へと引き戻していった。
車内で張り詰めていた空気が爆発するように、一斉に男たちが車から飛び出してきた。
獣じみた怒声が境内に響き渡った。
男たちの手には鈍く光る刃物や、重厚なバールが握られており、その姿はまさに殺意に満ちている。
慧心は即座に澄子と天ちゃんを抱きかかえ、境内の奥へと続く石段を駆け上がった。
背後から荒々しい足音と金属音が追いかけてくる。
男たちはバールを振り上げ、手当たり次第に周囲の石灯籠や柵を破壊しながら突進してきた。
『逃がすか、坊主!ぶっ殺してやる!』
男たちの怒号が耳をつんざく。
慧心は背中に突き刺さるような殺意を感じながらも、ただ前へと進んだ。
澄子の腕は震え、天ちゃんも怯えたように小さく鳴いていた。
しかし、男たちの脚力は尋常ではなかった。
すでに慧心たちとの距離は縮まり、後方から金属の唸るような音が聞こえる。
次の瞬間、バールが勢いよく振り下ろされ、慧心のすぐ脇の手すりに叩きつけられた。
鈍い音とともに木の破片が飛び散る。
慧心は冷静だった。
身を低くしながら、澄子と天ちゃんを抱えたまま、一気に階段を駆け上がった。
だが、澄子の足がもつれた。
心身の疲労と恐怖で、まともに動けないのだ。
『慧心さん……足が……』
澄子の声は震え、息も荒い。
慧心はすぐに澄子の体を引き寄せた。
しかし、その一瞬の隙を狙うかのように、背後から飛んできた刃物が慧心の肩をかすめた。
『くっ……』
衣が裂け、鈍い痛みが走る。
しかし、慧心は構わず澄子を抱え上げ、走り続けた。
後ろでは男たちが嘲笑しながら迫ってくる。
『逃げられると思うなよ!!!!』
暗闇の中、金属が擦れる音と荒々しい息遣いが響く。
慧心はただ、石段の先にあるわずかな光を目指して走り続けた。
だが、その光はあまりに遠く、男の手はすぐそこにまで迫っていた。
漸く石段の最上段に辿り着いたとき、境内にいた心平と浄光、法照の三人が目を丸くして慧心を見つめた。
汗だくになりながらも必死の形相で駆け上がってくる慧心の姿を見て、ただならぬ事態を察した。
背後では、怒号と荒々しい足音が響き渡り、狂気に満ちた男たちがバールや刃物を振りかざしながら迫っていた。
慧心は肩で荒い息をしながらも、目の前の三人に向かって叫んだ。
『逃げて!!!! 逃げて!!!!! 澄子さんと天ちゃんも頼む!!!!!』
慧心の鬼気迫る声に、心平たちは一瞬怯んだが、すぐに状況を把握した。
心平は澄子を背負い、浄光は吠え続ける天ちゃんを抱え上げた。
法照が震える澄子の背中を押し、三人は急いで僧坊へと駆け込んだ。
僧坊の門が閉じられ、すぐに警察へと通報が入れられた。
しかし、慧心はその場を離れなかった。
男たちは狂ったように石段を駆け上がり、バールを振り上げながら今にも襲い掛かろうとしていた。
そのときだ。
ズズズ……。
異様な音が響き渡った。
突如として慧心の前に、一つの影が立ちはだかった。
バキュラだ。
バキュラはゆっくりと背筋を伸ばし、まるで敵を狩る獣のように男たちを睨みつけた。
背中から、黒光りする無数の触手が音もなく伸び、蠢いていた。
『バキュラ……やめなさい……!!!!!!!!』
慧心の声は、めずらしく動揺と緊張に満ちていた。
しかし、バキュラは止まらなかった。
触手が鋭く震えたかと思うと、一瞬で男たちの足元へと走り、武器を叩き落とした。
バールが石畳に弾け飛び、ナイフが宙を舞った。
『うわああっ!!鬼!!!!!!鬼だぁーーーーーっ!!!!!!!!!』
叫び声が上がる。
男の一人が突き飛ばされるようにして後方に転がった。
バキュラの瞳が冷たく光る。
そして、触手が次の動きを取ろうとした瞬間のこと。
『いかん!!!!!! バキュラ!!!!!!! 殺傷は!!!!!!!!』
慧心が渾身の力でバキュラの腕を掴んだ。
触手がピタリと動きを止めた。
慧心の手が震えていた。
それでも、慧心は必死にバキュラを押し止めた。
その瞳には全身から湧き上がる力強い生命の魂が宿っていた。
『殺せば、バキュラも……戻れなくなる……』
だが、バキュラは動かない。
人間の感情ではバキュラは動けないのだ。
不気味な沈黙に包まれている。
男たちは完全に上まで登ることができず、恐怖に顔を歪め、後ずさりしながら車へと駆け戻った。
エンジン音が鳴り響き、タイヤが地面を引き裂く音とともに、男たちの車は逃げようと加速した。
だが、わずか数秒後、赤いライトがサイレンとともに闇を切り裂いた。
パトカーの集団が四方から包囲し、男たちはその場から逃げることを断念し、すぐに車を止めた。
警察官たちが次々と車から飛び出し、素早く男たちを取り押さえる。
その様子を見守っていた慧心は、バキュラの腕をまだ掴んだまま立ち尽くしていた。
荒い息が体から漏れる。
心臓の鼓動は高鳴り、手のひらに汗が滲んでいく。
しかし、目の前の事態が収束し始めたことを慧心は、まだ実感していなかった。
バキュラの触手が徐々に静かに収縮していく。
最初はゆっくりと、次第にその動きが速くなり、やがて完全に消え去った。
触手の動きが止まり、空気がひときわ冷たく、そして深く静まり返った。
慧心は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
周りの音はすべて遠くから聞こえるように感じ、何もかもが止まったように思えた。
そして、ゆっくりと空を仰ぎ見た。
濃い紺色の空が広がり、星々が静かに瞬いているのを感じた。
慧心は何も言わず、ただその空を見つめたままだった。
『……終わっ……た…………………』
『ギュラ……』
声にならない、ただの呟きだった。
だがその言葉は、まるで何かが終わる音を象徴するかのように、虚空に溶けて消えていった。
まるでその瞬間、時間が一瞬止まり、すべてが整理されたかのように感じた。
バキュラは慧心のお腹の上で安心したようにすやすやと眠っていた。
その後、警察が到着し、事情聴取が始まった。
心平は震えながら、涙をこぼしつつ、全てを話す決心を固めた。
これまでのどんな言葉とも異なる、重く、苦しいものであった。
『私は……、女の子の着物を着て配信をしておりました…………。まさかこのような事態になるとは思いませんでした。……………………。しかし、気づいた時には既に特定されておりまして……、拉致されそうになっておりました。その際、慧心さんに助けていただきました……』
心平は目を閉じ、涙をこぼしながら話した。
『それだけではございません。掃除をしている際、あの男性が再び訪れ、襲撃してきました。しかし、慧心様が再度助けてくださり、心から感謝申し上げております』
その告白を聞いた剛徳寺の一同は、何の驚きもなく、心平の本当の姿を受け入れた。
誰一人として心平を責めることはなかった。
ただ、全員が無事であることに感謝し、喜んでいた。
その場にいた全ての人は、心平が正直に自分を打ち明けたことを誇りに思い、温かい思いを込めて皆で髪飾りを作ってサプライズした。
澄子は静かな眼差しで心平を見つめていた。
その表情は柔らかく、どこか安心したように見えた。
周りの僧侶たちも、心平が自分をさらけ出したことに対して無言の理解を示し、支え合う気持ちが空気の中に漂っていた。
剛徳寺の住職の桂之助や副住職の最蔵も、真剣に聞き、受け入れた。
誰もが、心平が再び自分を取り戻し、前に進もうとしている姿勢を感じていた。
その後、剛徳寺一同は警察から解放された男たちに対して、バキュラも一緒☆特別な修行体験のパンフレットを手渡すという異例の行動に出た。
迷い込んでいた道を振り返り、修行の一歩を踏み出すことができるようにと、思いを込めてそのパンフレットを渡したのだ。
しかし、誰一人として、お寺に足を運ぶことはなかった。
一人一人の心の中には、それぞれのプライドや恐れが渦巻いており、剛徳寺の思いが届くことはなかった。
剛徳寺は気長に待っている。
心平は、落ち着いた頃に、剛徳寺の中でみんなに向かって深々と頭を下げた。
『ご心配をおかけし、誠に申し訳ございません』
その言葉をしっかりと言った後、涙が再び頬を伝った。
『慧心さん、私を、皆をお助けいただき、ありがとうございます。そして、皆が無事で生きていることに、心より感謝申し上げます』
その言葉を受けて、剛徳寺の面々は互いに微笑み合った。
澄子が、静かな口調で言った。
『これからも、このお寺、剛徳寺にて共に精進していきましょう。皆それぞれが自分の道を歩んでおられますが、私たちは共に歩む者として、お力添えをさせていただければと』
その言葉に、他の僧侶たちも頷き、心平を受け入れ、支え合って生きることの大切さを再認識した。
慧心は、ただ一人静かにその場に立ち、穏やかな眼差しでその光景を見守っていた。
『心平さん、これからが始まりの道ですよ』
慧心は静かに言った。
ここで心平は、これまでの慧心の冷静さや精神的な強さは、長年の精進による結果として表れたものだと感じ取っていた。
暴力を受けても動じない姿勢や、怒りや恨みに囚われることなく冷静に教えを説くところは、精進によって磨かれた精神の強さなのだと。
また、慧心が男たちに対して仏教的な教えを説き、過去の行いに縛られることなく、正しい道を選ぶよう促す姿勢は、修行によって自分を高める精進そのものであった。
心平はしばらく黙っていたが、やがてその顔に強い決意を宿し、ゆっくりと頭を下げた。
『はい。これからは何を言われても本当の自分を堂々と開き、精進します』
その言葉は、剛徳寺の空気にしっかりと染み渡り、共に歩むことを誓った。
その後、バキュラは心平のお腹の上で寝ようとしたが、心平には重すぎて一緒に一休みしていた。
その晩、一つの部屋で天ちゃんもバキュラも一緒に全員が輪になって寝ていたのであったとさ。




