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伝説のお弁当

早朝、良い香りに目を覚ました輝。

母上からの声が耳に心地よく響く。


『おはよう、お早いわね。ランチタイム、楽しみにしていてね。実は、私、お料理の専門学校の卒業生なのよ』


輝:『それは楽しみだ。ありがとう』


『それと昨日は入学式に行けなくてごめんね』


輝:『仕方ないさ。私の入学式で人の命が消えていくよりも、助かる方がいい。ところで時計は気に入ってくれたかい?』


『勿論よ。でもね、輝、実は私、り………』


輝:『そろそろ学校へ行かなくては』


『……いってらっしゃい』


輝は母上が台所で弟と自分のためにお弁当を作っていることに気づき、感謝の笑顔を見せた。

だが、その表情はどこか無理をしている事に母上は気付いていた。

その温かいお弁当を背負い、車で学校に向かった。

母上が何か言おうとした言葉は、悪い予感を覚えさせるものだった。


学校に着くと、周囲の目が避けるような厳しい視線が輝を追う。

感情が鈍り、悲しみが麻痺していくような感覚が輝を包み始めた。


そんな中、元気な声が輝を迎える。


愛子:『輝くん、おはよう!』


愛子の笑顔が輝の心を温かく包んだ。

だが、輝は淡々と答えるのである。


輝『私と関わると地獄を見るぞ』


その言葉だけを残し、輝は何を言われても無言で教室に向かった。

自分の所為で誰かが傷付くのは耐えられないなんてものではない。


教室に入ると、生徒達が白い目で輝を見ている。

自分の席に向かうと、人が逃げるように避けていく。

親に毒された不気味な生徒達に輝は絶望を味わってしまった。

輝は悲しみに包まれるが、完全に人間を嫌うことはできない。

人間が嫌いでも人間が大好きなのだ。


しかし、楽しみにしていた昼は思わぬ地獄を見る事になってしまう。


亨:『豪華な弁当だね』


挿絵(By みてみん)


輝:『お母さまが朝早くから作ってくれたのだ』


亨:『へぇ、悪い事をして得たお金で食べる弁当は美味しい?』


輝:『何?』


亨:『お前のお父さん、ヤクザじゃん。よく平然と生きていけるね。しかも昨日、百貨店で高級なプレゼントを持ってたの見ちゃったよ。ちゃっかり入学祝いでもやってるの?ヤクザの息子のくせに好きなものを好きなだけ買ってもらって贅沢三昧してるなんて随分いい生活してるじゃん。犯罪者の集団組織のくせに』


輝:『貴様、今何て言った?もう一度言ってみろ』


亨:『犯罪者の集団組織のくせに、そのお金でよく生きていけるねって言ったんだよ』


輝:『嫌みか?貴様に何が分かる?普通の家庭に憧れてる私の何を知ってるというのだ!!!』


亨:『そんなにカッカしないでよ。悪い奴を悪いって素直に言ってるだけだよ。ほら、皆怖がってる』


輝:『自分の親の悪口を言われて黙っていられるものか!!!ヤクザが完全悪だというが、この世にも必要悪というのは存在している。穏やかな街を狙う悪い(マフィア)も居るのだぞ。それを誰が抑止していると思ってるのだ。その中にはヤクザだって存在してるのだぞ』


亨:『頭の中、お花畑だね。理不尽に家族を奪われて一生笑えない苦痛など何も知らないくせに幸せそうに弁当なんか食べるなよ!!!クソ人間!!!』


亨は輝のお弁当を奪い取り、中身を全て床に突き落した。


輝:『…………!!!』


母上が朝早く起きて一生懸命作った食べ物が一瞬で悲劇となった。

今まで黙々とお弁当を食べていた生徒達もピタリと箸が止まり、教室が水を打つように静まり返った。

輝は心が打ちのめされ、怒りに震えながら亨に平手打ちをした。

亨は痛む頬に手を当てた。


輝:『人の形をしたゴミめ!!!』


亨:『……』


亨は我に返った時、輝の目を見る事ができなかった。

だが、あの憎しみは簡単に消化できるものではない。


輝が人に牙を剥いたのは生まれて初めてである。

そして静かに床に落ちた食べ物を拾った。

色んな感情が溢れ、爆発しそうだった。

それでも、ぐっと耐えるのであった。

ここまで心無い事をされても自分の胸に大切にしまっているものを破壊する事はできない。

それは亨のあるでき事だ。


教室は沈黙が続き、生徒達は落ちた食べ物をお弁当箱に戻す輝の後ろ姿を見届けた。

背中から猛烈な悲しみを感じる。

だが誰も手伝おうとはしない。

この時はスパイを続けていた翔も言葉を失ってしまった。

愛子は亨を恐れて輝に声をかける勇気は出ない。

人は予期せぬ出来事に出くわすと驚いて固まるのだ。


その日の放課後、水筒の茶を飲むと中身は小便に変えられていた。

亨は輝に突き指を立てながらゲラゲラと笑い飛ばしている。

この時、無茶苦茶に狂ったこの学校と長年身を砕く事を思い知った。

下校中の景色は厳しくもまた哀しい現実を直視しなければならないのだと思わせるような気がしたが、力が及ばない。

輝は自分が蟻を踏んだせいで亨をここまで変えてしまった事を根に持った。

だが、亨が抱えている憎しみとは蟻の事ではない事くらい判っている。


家に着くと母が居た。

後ろ姿だ。


母:『あら、おかえり』


輝:『ただいま』


母:『お弁当、どうだった?』


母の顔が見れない。

弁当を守れなかった罪悪感が止まらない。


母:『輝?』


輝:『お美味しかったです』


また大人に笑顔で悲しい嘘を吐いてしまった。

母にだけは一番悲しい思いをさせるわけにはいかない。

冷たい床の味と母の温かい味がしたと言ったら、どんなに悲しむ事か………。


母:『輝?』


どうにか顔に出さないように感情を押し殺した。

あの悲劇を思い出したら声や顔に出るからだ。

しかし人は本当に悲しい事が起こると作り笑いすらできない。

身体は丸ごと正直者だ。

それでも輝は母に嘘を貫き通した。


母:『これから私は忙しくなるから、お弁当は今日で最後なの。ごめんね。でも明日から使用人さんのお弁当だから私よりもずっと美味しい筈よ。あと夜は、お金を置いておくから自分で好きなものを食べてね』


輝:『……はい』


正直、使用人の弁当など好みではない。

母は看護師で忙しいと理解しつつも、心の中は砂漠のように何も無かった。


相当寂しがりな輝は、こんな時こそ寄り添うものを求めていたのに、それが無くて孤独な気持ちになってしまった。

目は二つあるのに体内に宿る心は、たったの一つしかない。

輝は、ずっとそうやって少しずつ自分を殺してきた。

こうして、いつの間にか人に甘える事を知らぬ子になってしまったのだ。


この日から輝は眼帯を付けて片目で生きる決意を固めた。

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