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光明は静かに視線を落とし、心の隙間から入った奥に潜む闇を語り始めた。


『光明という名は観音さまが俺につけてくれた名前だけど、俺には友達も家族も仲間もいない。帰る家もなければ、外の世界を知らない。剛徳寺に着いた時、ただ呆然としたよ。新しい景色が広がっていたけど、心は真っ暗で、何をどうしたらいいのか全くわからなかった。周りの人は笑顔で、何かを楽しんでいるように見えたけど、俺だけはその中に入れなくて、取り残された気分だった。どこに行けばいいのか、何をすればいいのか、その答えが見つからなかった。心の中のぐちゃぐちゃしたものが、まるで自分を締め付けるようだった。風呂敷の中にあったお金の意味もわからなかった。人が話す言葉も、俺には遠い世界の出来事のようだった。まるで暗闇の中に閉じ込められたような感じだった。そこは居心地よかったけど、現実は重い。剛徳寺の境内は美しかったけど、そこにいることが、逆に俺は息苦しかった。誰も俺の過去を知らない、誰も俺の痛みを知らない。周りの人の笑顔が、逆に辛かった。自分だけが異邦人のように感じて、どうしようもなく押しつぶされそうだった』


最蔵は光明の苦悩を感じ取り、無言で相槌を打ちながら話を聞いた。


『それでも、どうにかしようと思ったのですね』


光明は少し顔を上げ、こくんと頭を下げた。


『なんとか……。その時は闇の中でも前に進まないと連れ戻される不安が押し寄せてきたから、なるべく自分を押し殺して周りの人を見て参考にしながら普通の人っぽくしてた。何もかもが初めての世界で、自分の足で立ち上がるためには、過去を乗り越えなければ……と思ってた。その時が俺は人間らしかったといえば人間らしかったかもしれない。その日は剛徳寺で法話が聞けるっていうポスターがあったから、そこで初めてお金を遣ったんだけど、桂之助が初めて法話を披露するよということで、それを聞きに行ってね……。でも、なんかそれがあんまり俺には響かなかった…。漢字ではなく平仮名で“こころ”って書いてあったから、俺はあの最悪な豪邸で過ごしてた時の独特な家庭教師とは違うことを話すのかなって思ってたら、それは勿論違っていてたけど、桂之助は純粋すぎた。悪いことをしたことがないから悪いことをする人の心理を理解できてない様子だった。愛とか思いやりとか感謝の気持ちが桂之助には通常の人より何万倍もある。それも桂之助の良いとこでもあるけど、俺にとってあの法話は自分を置き去りにされた気分だった。それでも、周りの人々が真剣に耳を傾けている姿を見て、俺も何か感じ取らなければと思ったんだけど、俺はみんなとは住む環境が違いすぎたみたい…』


『それは言えてるかもしれませんね……。しかし、なぜ人を襲ったのですか?』


『………剛徳寺から出た後、暫く歩いてたらお店がいっぱいある所にたどり着いて、そこで人が俺をじろじろ見てきて…………、なんか…、それが嫌というか…………、俺にとって嫌な感じの目つきだった……。うわぁ、見て、かっこいいって言われたんだけど、あの目が嫌……。しかも馴れ馴れしくベタベタ触ってきて……………、外に出ても汚れたクソ野郎ばっかり………うんざりだった……………。あの豪邸で大人たちが俺を見る目と全く同じだった…。気持ち悪いって思ったからその場から走ったら、たどり着いたのがたまたま刃物を売ってるお店だった。俺は人間のあの目が嫌だったから魔がさして、一番切れ味のいい刃物を買って、戻って俺を見た人・触った人・喋りかけた人を全員…………………』


『もういい……。もう何も言わなくていい……。澄子さんも命を掛けてまで止めに入って話を聞くようにと言われましたので……、光明さんへの怒りは徳で返そうと思います………』


この瞬間、最蔵は人に愛されたことが一度もない境遇が似ているように感じた。

あの事件は光明が背負った絶望の深淵から生まれたものだったことを知り、これ以上責め立てることなどできないと最蔵は判断していた。

その心の痛みは、周りの世界との乖離を生み、光明をさらに孤立させていったのだと。


『お墓を蹴ったことをお詫び申し上げます。申し訳ございません』


最蔵は一瞬の静寂の後、深く頭を下げ、謝罪の言葉を口にした。

そして最蔵は厳しい顔に戻り、静かな声で言った。


『次は私から、おばあちゃんのお話、そしてその後に起きた母のお話をします………』

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