自照
徳密は義徳とのやり取りを終えた後も、胸の内に様々な感情が渦巻いていた。
義徳の言葉はまるで刃のように鋭く、徳密の心に深く突き刺さっていたのだ。
自分の道を見つけねばならない、そのためには憧れや他者の影響に囚われず、自分が歩む道を見極める必要があるというその教えは、徳密にとって非常に重要なものである。
義徳の鋭い言葉が胸に残り、それが徳密に自らの内面を見つめ直すよう促していた。
徳密はその重要性を痛感した。
同時にクイズに答えた徳密に対して天志と義徳が沈黙した時の表情も忘れられない思い出となっていた。
あの時、2人は確実に何かを見破っていたからだ。
一方、澄子は静かに作業に没頭している。
その姿は、内面の静けさと新たな決意を感じさせるものであり、まるで心の中に確固たるものが芽生えているかのようだった。
徳密はその様子を見守りながら、自分の心の整理を進めるために観光客の対応を続けた。
御朱印帳を求める観光客たちに丁寧に応対しつつ、心の中では先ほどの義徳の言葉が反響し続けていた。
“自分に本当に合う宗派を見つけなさい…”
その言葉は、まるで鐘の音のように、徳密の心の深い部分に響き渡っている。
徳密はその問いに対してまだ答えを見つけられていなかったが、心のどこかで、義徳の言葉が真実であることを感じた。
観光客の対応を終えた徳密は、再び澄子のいる場所へ戻った。
澄子は天ちゃんと向き合っており、その瞳には感謝と愛情で満ちている。
天ちゃんはお寺の関係者以外には目にすることができない場所にいるため、参拝者たちにとっては幻の存在でありながら、僧侶たちにとっては特別な存在である。
澄子が入院していた期間中、天ちゃんはその場所で遠くを見つめながら、澄子の無事を祈っていたのではないかと思われる。
徳密は澄子に微笑みかけ、優しく天ちゃんを紹介した。
徳密:『こちらの子が天ちゃんでございます。お寺のアイドル犬として、皆さんから愛されております。澄子さんが入院していた間、天ちゃんはずっとこの場所で澄子さんの回復を待っていたのですよ』
澄子は天ちゃんの頭を撫でながら、瞳に涙を浮かべて感謝の言葉を口にした。
澄子:『そうだったの…。天ちゃん、ありがとう。私を見つけてくれて、本当にありがとう』
その言葉に応えるように、天ちゃんは元気よく尻尾を振り、澄子の回復を祝うかのようにその姿を輝かせた。
その姿はまるで、澄子の心に光を与えるように輝いていた。
徳密はその光景を見守りながら、自分自身の心にも温かい感情が広がるのを感じた。
澄子と天ちゃんの再会の喜びが、徳密にとって希望であった。
澄子と天ちゃんが再会を喜び合っている様子を見て、徳密はふとお寺のスーパースターと呼ばれる銅像に目を向けた。
スーパースターの銅像は長年に渡り、このお寺を見守り続けてきた存在であり、その表情には深い慈愛と知恵が宿っているように感じられる。
徳密:『夕食の準備に入る前にスーパースターの銅像にご挨拶しましょう。このお時間からは参拝客の方々がおられませんので、貸し切り状態でございます』
澄子:『はい』
澄子と徳密は銅像の前に立ち、手を合わせて静かに挨拶をした。
その瞬間、銅像の表情がまるで微笑んでいるかのように、柔らかくなったように見えた。
澄子の環境の変化に応じて、スーパースターもまた穏やかな表情を見せたのだろうか。
太陽の光がスーパースターの銅像を包み込み、その光景はまるで澄子の新たな始まりを祝福しているかのようだった。
徳密はその場で立ち止まり、心の中で天台宗への思いを深く考え始めた。
自分が本当に天台宗が好きなのか、それとも単に楓芽さんに憧れてここにいるのか。
その問いが心の中で浮かび上がり、やがて答えが見え始めた。
“やはり、私は天台宗が好きというよりは、楓芽さんに憧れてここに居る。だが、現実は全くの別人。今は憧れなど砕け散った”
その思いは、義徳の言葉によって再び心の奥から引き出され、徳密を深い思索の中へと導いていった。
徳密は目を閉じ、心の奥底にある真実を見つめ直す。
天台宗に対する自分の気持ちは、純粋なものではなく、先輩への憧れに根差していたのではないかと。
その思いは、12年間もの比叡山で修業をしてきた徳密にとって辛いものであったが、同時にそれを認めることが自分にとっての成長の一歩でもあった。
徳密はゆっくりと息を吐き出し、空を見上げた。
澄子と天ちゃん、そしてスーパースターの銅像が祝福するかのように、徳密の心に新たな決意が生まれていくのを感じた。
そして、自分の道を深く探求し、これからの人生に対する新たな誓いを立てた。
天台宗に対する気持ちが、単なる憧れではなく、自分自身の真実の道を歩むための力になることを願いながら。
明日、イラスト登場。




