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因果

義徳は、お金を静かに渡した。

その姿に、何か崇高なものが宿っているようで、空気がひとしお澄んだ氣がした。

徳密は、その変わらぬ優雅な振る舞いに心を動かされながらも、手元に置かれた筆を取り、慎重に御朱印を書く準備を整えた。


御朱印帳のページが静かに開かれると、真っ白な紙が目の前に広がり、まるで無限の可能性を秘めたキャンバスのように感じられた。

徳密の手が筆を動かすその瞬間、静寂の中に微細な振動が広がるようだった。

筆先が紙に触れると、墨がゆっくりと染み込み、穏やかな流れを作りながら、神聖な線が一つずつ形作られていく。

筆が紙に描くその一瞬一瞬が、まるで時空を越えた神秘的な儀式のように、徳密の感覚を揺さぶっていた。


徳密は、これまで何度も御朱印を書いてきた経験があるにもかかわらず、今ここで感じる特別な感覚に圧倒されていた。

義徳との出会いが、心の奥深くに新たな道を切り開いたようで、その道筋を御朱印に込めているような氣がしてならなかった。

義徳が手にした御朱印帳からは、日々の中での大切にされている感覚が徳密の筆先を通じて伝わってくる。

その感覚が、徳密の心の中に深い感銘をもたらしていた。


筆先が紙の上を滑る感触は、これまでのどの経験とも異なり、一筆一筆が慎重に、そして力強く描かれていく。

迷いは微塵もなく、寧ろそれぞれの筆跡に確固たる意志が込められているのが感じられた。

徳密は、自らの手を通じて、義徳に対する深い敬意と、自分の心に芽生えた新たな感覚を表現しようとしている。

筆の動きには、義徳に対する感謝の気持ちと、自分の中に育まれた新たな想いが込められていた。


御朱印が書き終わると、徳密はその書かれたばかりの御朱印を静かに乾かすために、慎重に紙を挟んだ。

その作業の最中も、徳密の心の中には義徳との特別な繋がりがしっかりと根を下ろし始めているのを感じていた。


徳密は御朱印帳を義徳のもとに丁寧に差し出した。

その瞬間、再び義徳の手に感じたあの不思議なエネルギーが、今度はより鮮明に、より深く伝わってきた。

義徳の持つ強烈な力と、徳密自身が感じ始めた新たな感覚が交錯するこの瞬間は、まるで時の流れが一つの点で交わるような、神秘的な一瞬だった。


義徳は、御朱印帳をそっと受け取り、そのページをゆっくりと開いた。

御朱印に描かれた文字と、その佇まいを見つめる義徳の目には、何か特別なものを感じ取っているような、深い光が宿っていた。

その目には、仏の魂が宿っているようである。

その静かな中に溢れる感謝の気持ちが、徳密の心に確かな痕跡を残していた。


義徳:『ありがとうございます、徳密さん』


義徳は、感謝の気持ちを込めて静かに言った。

その声は、徳密の心にまで深く響いた。


徳密:『……………?!どうして、私の名前を………』


徳密は驚きのあまり、思わず口を開いた。

その不思議な瞬間に、自分の名前を呼ばれた理由が理解できず、混乱が広がった。


義徳:『お人を見ると全てをお分かりになる能力が、生まれたときから備わっております。この御朱印は、一生の宝物とさせていただきます』


義徳は冷静に答えた。

その言葉には、自身の特異な能力に対する深い自覚と、御朱印に込められた真摯な思いが滲み出ていた。


その言葉を受けて、徳密は深く頭を下げた。

徳密の心の中には、義徳との出会いをきっかけに新たな想いが確かに根を下ろし始め、心の中に潜んでいる暗い海に光が差し込んでいくのを感じた。

新たな道を歩む決意を胸に、徳密はその瞬間を静かに受け入れた。


義徳の言葉が静かに空気を揺らした。

その声には、不思議なほどの深みと重みがあり、部屋の中のすべての音が一瞬途絶えたかのように感じられた。


義徳:『徳密さんは、私どもの寺院にふさわしいお方だと思うのですが、三重県にお戻りになるご意向はございませんでしょうか?』


義徳がその問いを口にしたとき、徳密の心はまるで静かに流れていた川の水面が突然波立ったかのように、大きく動揺した。

耳を疑うほどの衝撃的な言葉である。


徳密:『……………っえ?!』


徳密は声を失い、ただただその問いに呆然としていた。

心の中では、義徳の言葉が何度も反響し、現実感が薄れていくのを感じた。

自分がいま一体どこに立っているのかさえ分からないほどの混乱が広がっている。


その時、別の声が、場の空気を一変させた。


天志:『おい、義徳、スカウトするな。失礼だぞ』


天志は厳しく言った。

その声には明らかな警告の色が含まれており、義徳の言葉に対する反発が隠しきれない様子だった。

天志の言葉が、義徳の提案を突如として遮る形となり、部屋の雰囲気に一層の緊張感をかもしだした。


義徳は一瞬の静寂を挟んだ後、すぐに落ち着いた声で言い直した。


義徳:『申し訳ございません、これほどまでに私どもの寺院にふさわしいオーラをお持ちの方にお会いするのは初めてでして……つい……』


その言葉には、誠実な反省と共に抑えきれない素直な気持ちが込められていた。

義徳の表情には、心からの感謝とともに、徳密の存在がいかに特別であるかを示す明確な輝きがあった。


義徳:『しかし、これも何かのご縁。私どものお寺、金剛龍寺のパンフレットをどうぞお受け取りください』


義徳は優しく言いながら、一枚のパンフレットを取り出し、徳密に差し出した。

そのパンフレットは、しっかりとした質感の紙に、美しく印刷されたお寺の画像と、そこに込められた歴史と信仰の深さを伝える内容が記されていた。

義徳の手から渡された金剛龍寺のパンフレットには、何か神聖なものを感じさせる重みがあり、その場にいたすべての人々が、その瞬間に流れる温かいエネルギーを感じ取っていた。


徳密:『ありがとうございます』


徳密はそのパンフレットを受け取った。

その手がパンフレットを包み込むとき、徳密の心の中で義徳の言葉と、それに伴う深い感情がしっかりと刻まれていくのを感じた。

どこか異次元のような世界へと引き込まれる感覚と、現実との接点をしっかりと保ちながら、徳密はこの不思議なご縁を心から受け入れる準備を整えていた。

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