伝説の朝定食
3月31日、冷たい風が街を吹き抜けていた。
卒園後の輝は4月に控えている入学式が近づくにつれ、顔がやつれてきた。
春休みの朝は毎日溜息から始まり、二度寝して現実逃避のループである。
勉強も人間も集団行動も大嫌いな輝にとって学校という存在が憂鬱だ。
生活スタイルも元の世界に居た家庭とは大きく異なり、慣れない環境と戦っている。
ここに居る輝は、あの謎の球体に吸い込まれた輝とは違う輝なのだ。
元の世界で暮らしていた家庭では、お寺の息子として育てられ、食事や作法に厳しく贅沢を知らない生活を送っていた。
『輝さま、起きる時間です。お着替えしましょう。お食事の準備も整いました』
輝の部屋にノック音が鳴り、ドアが開く。
そこには今日から家事代行者として織田家で住み込みでお仕事をすることとなった白石昌慶が立っていた。
白石は輝を起こしにやってきた。
その姿勢は丁寧で、しかし同時にどこか無機質な感じが漂っている。
輝の部屋に入り、輝がまだ布団の中で動かない姿を見ると微かなため息をついた。
白石は輝の近くに寄り、軽く肩を叩いた。
『輝さま、お時間ですよ』
しかし、輝はまだ布団の中でうつらうつらとしている様子だった。
白石は、そんな輝の様子に心配そうな表情を浮かべ、やさしく声をかける。
『輝さま、大丈夫ですか?お困りごとがあれば、何でも話してくださいね』
輝はしばらく動かずに、白石の言葉を聞いている。
その後、深い溜息をつきながら、やっと布団から身を起こそうとした。
輝:『どけ』
輝の言葉に驚きを隠せない白石だったが、輝の機嫌を損ねるわけにはいかない。
白石は静かに一歩下がり、輝がゆっくりと起き上がるのを待った。
輝:『着替えなら自分でできる』
輝は無表情で言い放った。
しかし、これも仕事なので着替えも手伝わなければならない。
輝の言葉に少し困惑しながらも、やり遂げるべき仕事がある事を理解している。
白石は穏やかな口調で言った。
白石:『輝さま、私はただお手伝いするだけです。どうぞ、お着替えをお手伝いさせてください』
輝:『…………』
輝は眉間にしわを寄せて白石を睨みつけた。
白石は表情を変えずに笑顔のまま見つめていた。
なかなかのメンタルだ。
そして腰を上げ、白石の手助けを受け入れた。
その後、輝は白石の指示に従って着替え、朝の準備を終えた。
白石は輝の傍らに立ち、微笑みながら輝の一日が良いものになるよう祈っていた。
輝:『私を子ども扱いするな』
輝は少し強めの口調で言った。
白石は輝の言葉に敏感に反応し、笑顔を崩さずに輝の前に立ち止まった。
白石:『すみません、輝さま。どうかお許しを』
輝:『私を馬鹿にするな』
輝は白石の謝罪を受け入れると、白石の手助けを受けて食堂へと向かった。
白石は笑顔を貫きながら輝をサポートした。
食堂に到着すると、既に輝の弟である優樹がそこに座っていた。
優樹:『……………』
輝:『………………』
輝は弟に目を合わせないように座席へ座った。
優樹は輝をゴミを見るような目で睨んでいる。
白石:『お待たせいたしました。今日から家事代行者として勤めることとなりました、白石昌慶でございます』
輝:『初めまして、織田輝だ』
優樹:『おはようございます、優樹です。宜しく』
白石は自己紹介が一歩遅れた事を根に持っていたが、輝と優樹の微笑んだ顔を見て立ち直る事が出来た。
しかし、安心したのも僅かな時間だった。
朝食が並べられると、輝は高級料理ばかりを並べる白石に絶望し、席から立ち上がった。
白石:『輝さま?』
輝:『………………』
輝は無言で食堂から出て行ってしまった。
白石は輝が去った後、困惑した表情で食卓を見つめた。
暫く悩みながらも、輝の気持ちを汲み取ろうとする決意を胸に次の行動を考えるのだった。
優樹は呆れた表情で輝の後ろ姿を見送った。
白石は暫く輝の席を見つめた後、食堂を出て輝を追う決意を固めた。
外に出ると、輝は一人で立ち止まっていた。
その表情は暗く、何かに苦しんでいるように見えた。
白石は輝のそばに静かに近づき、穏やかな声で言った。
白石:『輝さま、私のお料理に何か……』
輝:『あれが貴様の自慢の手料理か?お父さまが勧めたから、快くお母さまが歓迎したというのに、あれは何だ?!まるでアホが喜んで食べるようなものばかり作りおって。私は、ああいうものが大嫌いだ』
白石:『………!!!!!』
白石の表情が固まる。
輝の言葉にショックを受け、言葉を失ってしまった。
白石がただ黙って立っていると、輝は激情を露わにし、不満を吐露した。
輝の言葉は冷たく、その背後には家族の間での葛藤や孤独感が感じられた。
白石はしばらく立ち尽くし、輝の言葉を受け止めることしかできなかった。
輝:『もう、いい。今日のご飯は全て外で済ませる』
白石:『私が作った料理は栄養価の高い食材を選んだものであり、添加物も避けて作った身体の良いレシピでございます。外食では栄養が偏ってしまいます。さぁ、お部屋に戻って朝食を』
輝:『食べたい者が食べればいい。貴様が変わらない限り何を言おうと私の意思は変わらん』
そう言って輝は家から飛び出した。
白石は自分の自慢の手料理を一口も食べてもらえない事を酷く落ち込み、体が硬直して追いかける事が出来なくなってしまった。
白石はただ立ち尽くし、輝が去った後の静寂に包まれた。
白石の心は複雑な感情で満たされ、言葉に詰まるばかりだった。
自分の料理への誇りと、輝に対する思いとの間で葛藤し、悲しみと無力感が心を蝕んでいった。
輝は、ただただ走った。
ひたすら走った。
行先は決めていないが、家出をした瞬間の解放感はたまらなかった。
輝の家に来て、そこに後悔など無い。
元の世界での生活は、どれも地獄だ。
輝は定食屋へ入り込もうとした。
その刹那、輝の背後から腕を掴まれ、振り返るとそこには竜太が立っていた。
輝:『なんだ、竜太か』
竜太:『あんたに訊きたい事があるんだけど……』
輝:『ああ、モーニングの事か。安心したまえ、家出ではないぞ』
竜太:『そんな事はどうでもいい。それより、この髪飾りに見覚えある?』
輝:『知らん』
竜太:『その見たくもないような目……』
輝:『悪いがモーニングの邪魔をしないでくれ。それにプライベートは別行動だと言った筈だ』
竜太:『話を逸らしたという事は何か知ってるよね。それにあんたは学校では別行動と言ってた。という事はプライベートは話しかけようが自由でしょ。まさか自分で言った事を言い換えようとしてる?』
輝:『そんな探ってばかりの人生を送ってると馬鹿を見るぞ』
竜太:『バカはあんただよ。梅美さんを助けるには男1,女1に限るんだよ。返せよ!』
輝:『すみませーん、和のモーニング定食2つ』
竜太:『……は?なに勝手に頼んでるんだよ!』
輝:『安心しろ。奢りだ』
竜太:『え…奢り……、ゴクリ……。いやいや、そういう問題じゃなくて本物の輝さんを返せよ!』
輝:『一緒に食事をしたら色々教えてやる』
竜太:『……』
輝は竜太を気にもせずに勝手に二人分の定食を注文した。
竜太は輝の無礼な態度に少し困惑しながらも、椅子に座ってしまった。
竜太は輝の様子を見つめながら、何かを察しているような表情を浮かべた。
竜太:『この髪飾りを付けてた輝さんはどこへやったの?』
輝:『死んだ』
竜太:『………………………………!!!!!!』
竜太は輝の言葉に驚愕し、言葉を失った。
輝の言葉の意味を理解しようとするが、その背後には深い謎や不安が広がっているように感じた。
輝に対する新たなる疑問と、輝の内に秘められた謎を解き明かそうとする決意を固めた。
だが、目の前に居る輝の顔を見ると髪飾を付けていた輝の事は聞けそうになかった。
竜太:『さっき知らんって言ったのやっぱり嘘じゃん』
輝:『すまん、私はヤツの事が大嫌いなのだよ。アイツは光、私は影の存在だから考え方も何もかもが正反対なのだ。アイツは優しく、強い。私は冷たく、強い。だが、同じような顔で生まれたばかりに地獄を見せられてきてな……』
竜太:『いや、どう見ても顔……、似てない。あんたはキリッとした男の目だし、輝さんはパッチリした女の子の目だよ』
輝:『そうか、似てないか』
竜太:『はい。僕は似てないと思う』
輝:『良かった。似ていると言われるのが一番腹立たしいものでな』
竜太:『それは分かる』
輝:『赤ちゃんの頃、使用人が隠れて写真さえ撮らなければ私は魔王にもならずに普通の人間として輝として生きてこれたのにな………』
竜太:『どういうこと?』
輝:『これを見ろ。これがアイツと私の赤ちゃん時代の写真だ』
輝は竜太に1枚の写真を渡した。
そこには2人の赤ちゃんが寄り添って寝ている姿が写っていた。
その2人の顔はよく似ている。
竜太:『確かに似てる。僕でさえ違いが判らないほどに…。髪の色も同じ黒だ。でもなんで自分が輝だなんて言いきれるの?』
輝:『親が合わないなぁとお互いに言い合っていて、ある時、アイツに親を交換したいとお願いされたから入れ替わったのさ。そしたら、私が織田家の両親と過ごした時に好みも思考も私と一致していたのだよ。輝として生きたアイツも同じ事を言っていた。入れ替わったというより、元の親の場所へ還ってきたみたいだとな』
竜太:『でも輝さんは女の子だよ。どうやったら間違えるんだよ?』
輝:『良い質問だ。元々、私もアイツも男として生まれたのだが、この写真を撮った瞬間にアイツだけが別の星に飛ばされて個人情報まで全て書き換えられたのだ。それは突然、私の家に暗黒天蝕帝が現れてな、ヤツはこう言ったのさ。漆黒の宇宙を覆い尽くす闇より、深淵の奈落より、我が手に暗黒の力を集結せよう。虚空に我が声を響かせ、星々を呪縛せん。蝕の魔王、その名は暗黒天蝕帝!宇宙の覇者として、闇に満ちた世界を支配せん!とな』
竜太:『ふざけるな!人が死んでるんだよ!お前の変なでっかいボールみたいなやつで!』
輝:『まぁ、落ち着け。最後まで話の続きを聞いてくれ』
竜太:『どうしてあんたが別の星に飛ばされた事を知ってるの?』
輝:『写真を撮った後に使用人の手違いという記憶をぶち込んで入れ替てやったと暗黒天蝕帝が言っていたからだ。だから地獄のような日常からおさらばする為に私が暗黒天蝕帝をハリセンでぶっ倒して強力な魔力を奪ったのさ』
竜太:『ハリセンで死ぬ魔王弱っ!ハエかよ!それで、あんた何者なの?いや……、何者になったの?』
輝:『闇の魔王。宇宙をも震撼させる凄まじき存在さ。そして漆黒の闇に包まれ、鋭い眼光が虚空を貫き、恐れられる者たちが囁く魔界の領域をも超えているのだ。まばゆいばかりのダークネスをまとった鎧を纏い、その頭上には猛烈な紫色の炎が踊り狂う。その手には漆黒の剣を掲げ、その刃は生命の息吹さえも奪い去ると噂されておる。地獄の奥深くから湧き上がるような荒々しさを帯び、その言葉は永遠の苦悶と暗黒の深淵を呼び覚ます。私は単なる闇の王ではなく、あらゆる人間の深層心理に刻まれた魔界の最も濃密なエッセンスそのものであるとさえ言われておる。星々の喧騒をも凌駕し、その狂気と力によって世界を支配せんとする。混沌と暗黒は、あまりにも強大であるが故に、それに抗う者たちの心に火を灯し、希望と勇気を与えるのだ』
竜太:『うーん……。ごめん……。なんかその……全く信じられない……。とりあえず証拠見せろ』
輝:『モーニングに付き合って貰うわけだし、まぁいいだろう。その代わり、何が起きても何も考えるな。無でいろ』
輝は、自らが魔王である事を竜太に示す為、宇宙を貫くほどの超常現象を引き起こした。
竜太:『…………?!?!?!』
A客:『何?何?何?!』
B客:『ぎゃーっ!!!!!』
c客:『ヤバいって!!!!!』
d客:『逃げろ逃げろ!!!!!』
人が混乱している中、輝は真夜中の闇の中で巨大なクリムゾンレッドの月を輝かせる儀式を開始した。
その月は通常の月よりもはるかに大きく、その表面には不気味な紋章が浮かび上がり、天空には恐ろしい紫色の雷が煌めいた。
そして輝は、地上の街を闇の霧で包み込み、その中に浮かび上がる歪んだ鏡像を通じて、人々の恐怖を煽った。
輝の手によって、現実と夢の境界が混ざり合い、人々は自らの心の奥深くに潜む欲望や恐怖を直面する事となった。
更に輝は、大地を揺るがすような地殻変動を引き起こし、地獄からの火山の噴火と共に、赤と黒に染まった溶岩を噴き上げた。
この壮絶な光景は、竜太に輝が魔王であり、その力は人間の理解を遙かに超えるものである事を明かすのであった。
闇の魔王は、人間界や魔界の域を遥かに超えた狂気と力で、自らの存在を証明した。
輝の行動は人々の心に永遠の恐怖と畏怖を刻み込み、輝の名は後世においても語り継がれるであろう。
だが、闇の魔王、その恐るべき力は限りない。
輝は容赦なく人々の記憶を自動的に消去し、脳内環境を自由自在に操る事で、その支配を更に強固なものとした。
輝の手によって、人々は自らの記憶を喪失し、その過去を忘れ去られていった。
その結果、輝の存在は消え去り、世界は闇の王である輝の支配下に置かれる事すらも忘れ去られてしまったのだ。
恐ろしいぞポイントは、それだけではない。
人の脳内環境を自在に操り、人の感情や思考を操る事すらもできてしまう。
その手によって、人々は虚偽の現実にとらわれ、輝の支配下に置かれたまま永遠に暗闇の中に閉じ込められてしまった。
輝の力は圧倒的で、その存在は人々の心の中に深い恐怖と絶望を刻み込んだ。
輝は闇の中にその支配を広げ、世界を永遠の闇に閉じ込める事を陰で企んでいたのである。
輝:『暗黒の魔力よ、我が手に集え。虚空に我が声を届け、世界を元通りへと還せ。我が名は闇の魔王、解き放て』
輝は元通りの世界へと戻した。
だが、竜太にだけは記憶を変えなかった。
竜太:『もっと見てみたい!!!!もっと見せて!!!!もっと凄いのあるでしょ!!!!さっきの世界にもう一回行きたい!!!!!』
輝:『竜太はこっち側に来てはいけない。私がアイツを殺した事を忘れてはならん。死んだ者の事を忘れるのが一番恐ろしい事だ。竜太は自分を失わず、ありのままに美しく生きていけばいいのだ。さぁ、伝説の和のモーニング定食をいただこう。今宵のご馳走を戴くに候えば、謹んで感謝の言葉を捧げ上げん。身に蓄えたこの一日の功徳を充たし、五味の調和に触れんことに感謝申し上げよう。ご馳走を賜るにあたり、心より感謝申し上げる次第である』
輝は手を合わせ、竜太と一緒に食事をした。
この時はまだ、竜太は殺人を犯した元人間の魔王と一緒に食事をしている事に不思議ながらも嫌悪の感情は湧かなかった。
食事中は二人の間には静かな沈黙が広がった。
輝と竜太はそれぞれのお皿に目を落とし、黙々と食事を進めた。
その間、二人は互いの表情を交わす事なく、ただ静かに食事を楽しんでいた。
食事が終わると、竜太が口を開いた。
竜太: 『質問があるんだけど』
輝は、しばし黙ってから重々しく応えた。
輝: 『御恩報謝無しに食事を終わらせるわけにはいかん。謹んで頂いたご馳走に感謝申し上げる。この食べ物は、仏の慈悲と恵みを感じさせてくれるものであり、我々の身体と心を豊かにし、食事を通じて、自然との調和を感じ、感謝の念を深める。この食卓の上にあるものは、多くの方々の尽力により成り立っており、その恩恵に触れることができたことに心から感謝する。心身共に清らかなるひとときであった』
竜太・輝:『ごちそうさまでした』
輝:『話を中断して申し訳ない。質問とは何だ?』
竜太:『織田さんではない方の輝さんの名前を教えてほしいんだけど』
輝:『明慶剛仁。お寺の息子さ。それがアイツの本名だ』
竜太:『…………』
その名前を聞いて竜太は黙り込んでしまった。
輝:『では、私はこれにて退散させてもらう』
竜太:『待って。あんたは何が目的なの?』
輝は静かに立ち止まり、竜太の問いかけに対して冷たい眼差しを向けた。
輝: 『私の目的は梅美の魂を成仏させることだ。そのためには、過去の事件を解決して梅美の恨みを晴らさねばならんのだ』
その言葉には、何か闇のような重みが漂っていた。
竜太は分からない事だらけだったが、時々見せる輝の表情から明慶剛仁への恨みを持った目の前にいる輝についていこうと思っていた。
だが、明慶剛仁を殺した輝の事は忘れてはいなかった。
【次回】
伝説の入学式