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初めてのお寺生活

澄子が剛徳寺での生活を始めた最初の日、お寺全体は穏やかで静けさに包まれていた。

木の間から差し込む朝の陽光は、まるで優しく包み込むようにお寺の敷地全体を金色に染め上げて見える。

その光景は、まるで時間が静止したかのような錯覚と澄子の心に深い安らぎを与えていた。


澄子は、新しい生活の始まりに対する複雑な感情を抱えつつも、その中に希望と期待の気持ちが息づいているのを感じた。

足元にはまだ新しさがあり、石畳の道を踏みしめるたびに、少しずつこの場所に馴染んでいく感覚を味わっていた。

周囲の自然は、霧の中から少しずつ姿を現し、静かに見守るように立ち並んでいた。


お寺の境内には、僅かに朝の清々しい風が吹き抜け、木々の葉がその柔らかさをひらひらと揺らしている。

澄子の心の奥底には、法華経の教えがじわじわと根を張っているのを感じながら、一歩一歩を慎重に踏みしめていた。

お寺の静けさと調和し、穏やかな期待感で満ちているように。


暫くして、お寺の鐘が静かに響き渡り、その音が澄子の心に深く染み込んでいった。

鐘の音は、澄子にとって新たな始まりを告げるものであった。

これからこの寺でどんな経験をし、どのように成長していくのかを思い描きながら、心を新たにして静かな朝の時間を嚙み締めた。


最蔵はいつものように穏やかな微笑みを浮かべていたが、今日は普段よりも若干忙しそうな様子が見受けられる。

その目にはわずかに疲労の色が浮かんでいたが、それでも最蔵の表情は変わらず温かく、澄子に対してもその気配を隠すことなく、率直に伝える姿勢を見せていた。


最蔵は澄子の前に立ち、落ち着いた声で言った。


最蔵:『澄子様、本日は午後より急な用事がございまして、どうしてもお時間を取ることが難しくなってしまいました。しかし、お寺での生活がよりスムーズに始められるよう、まずは徳密さんがルーティンをしっかりとご指導いたします』


最蔵の言葉には、澄子への配慮と信頼が込められており、その声のトーンは穏やかで安心感を与えた。

澄子は、少し緊張しながらも、最蔵の言葉をしっかりと受け止めると、深く頷いた。


澄子:『はい、最蔵さん。ありがとうございます。少し緊張していますが、徳密さんにお世話になりながら頑張っていきますので、よろしくお願いします』


その言葉には、澄子の不安を払拭しようとする誠実な気持ちが表れていた。


最蔵:『徳密さんは非常に頼りになる者でございますので、どうぞご安心してお任せください』


最蔵は澄子の言葉に応じて優しく微笑み、その表情には澄子に対する温かい励ましの気持ちが込められていた。

最蔵の目はしっかりと澄子を見つめ、澄子の不安を少しでも和らげようとする優しさが感じられた。

その後、最蔵は澄子を連れて、お寺の中でも特に重要な役割を担っている徳密のもとへと向かい、歩き始めた。


歩く途中、最蔵は澄子にお寺の中での基本的なルールや生活の流れについて軽く説明しながら、徳密のことを紹介した。


最蔵:『澄子様、これからお世話になります徳密さんですが、彼はお寺の中で非常に大切な役割を果たしており、後輩たちからも最も信頼されている存在でございます。誠実で真面目な性格は、誰もが一目置くものですので、どんなことでも遠慮せずにご質問なさってください』


澄子は最蔵の言葉を真剣に聞きながら、少しずつ緊張がほぐれていくのを感じていた。

お寺の廊下を歩きながら、静かで落ち着いた空気が漂う中、最蔵が丁寧に案内してくれる様子には、澄子への気配りが感じられた。


やがて、二人は徳密が日常の業務を行っている場所に辿り着いた。

その場に現れると、まず澄子に向かって徳密が穏やかな笑顔を浮かべた。

その笑顔には、初めてお寺で暮らす澄子に対しても安心感を与えようとする優しさが滲んでいた。

徳密の落ち着いた態度と、真摯に仕事に取り組む姿勢は、澄子に強い信頼感を抱かせるものであった。


最蔵が徳密に軽く頭を下げると、徳密は最蔵の姿勢を見て理解した様子で頷いた。


最蔵:『澄子様、ご存じの通り、こちらが徳密さんでございます。どんな小さなことでもしっかりとご指導くださいますので、どうぞご安心ください』


最蔵が説明を終えると、最蔵は静かに退室し、ここから澄子と徳密が一対一で向き合う時間となった。


徳密は、柔らかい声で澄子に語りかけながら、その温かい人柄でお世話を受ける澄子に対して親しみやすい印象を与えた。


徳密:『お着物、とてもお似合いですよ。澄子様がお寺にお住まいになると伺い、皆で心を込めてお作りしたものです。ちなみに、私は桜の部分を担当いたしました』


澄子:『最後まで丁寧にお作りいただき、ありがとうございます。とても気に入りました。こんなに愛のこもった贈り物は初めてでございますので、最蔵さんからお話を伺ったとき、私は多くの方々に愛されているんだなって…………、これから強く生きていこうと思いました。これからご迷惑をおかけすることがあるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします』


徳密:『お気に召していただけて、嬉しく思います。改めまして私は徳密と申します。お寺での生活に慣れるまで、しっかりとサポートさせていただきますので、どんなことでも気軽に聞いてください』


その言葉には誠実さと安心感がにじみ出ており、澄子は心に落ち着く何かがあった。


徳密の教え方は、初めてお寺の生活を始める人にも自然に溶け込むことができるように配慮されており、徳密の落ち着いた態度は澄子にとって大きな支えとなることは間違いなかった。

澄子は、徳密の温かな対応と、最蔵の心配りに感謝しながら、新しい生活の一歩を踏み出す準備を整えた。


徳密は、澄子に対して剛徳寺の一日がどのように進行するのかを詳細に説明し始めた。

その声には、長年の修行によって培われた深い信念と敬意が込められていた。

澄子は、その言葉一つ一つを逃さずに聞き逃さないよう、目を輝かせながらメモを取っていた。

心の中には、これから始まる新しい生活への期待と少しの不安が交錯していたが、そのどちらも澄子を前向きにさせる力となっていた。


徳密:『剛徳寺の一日は、夜が明ける前の早朝から始まります』


徳光は、澄子の目を見つめながら話を続けた。


徳密:『日の出の時間、つまり4時半から5時頃には、僧侶たちは全員起床します。これは、日の光を受ける前に心と体を整えるための重要な時間です』


徳密は話しながら、日が昇る前の冷たい空気の中で一日が始まる様子を思い浮かべるように、少し目を閉じた。

澄子は、その情景を想像しながら、徳密の話に耳を傾けた。


徳密:『起床後、まず行うのは、静かな空間を整えるための空の修行です』


徳密は続けた。


徳密:『瞑想や、短い祈りを行いながら、心の中の雑念を払い、精神を集中させる時間です。これにより、僧侶たちは一日の始まりを清らかな心で迎えることができます』


徳密の言葉は、澄子の心に深く響いた。

修行とは内面の成長と浄化のために重要であることを感じ取った。


徳密:『その後は、全員で朝のお経を唱えます』


徳密は、次の段階に移った。


徳密:『お経を唱えることで、日々の修行の意義を再確認し、一日の活動が神聖なものとなるように祈ります。お経の音色には、心を穏やかにし、清らかにする力があるのです』


澄子はお経の響きが持つ力に思いを馳せ、心が落ち着くのを感じた。

徳密が続ける言葉を心に刻みながら、その後の活動にも思いを馳せた。


徳密:『お経を唱えた後には、僧侶たちがお寺の掃除や炊事を行います』


徳密は、手を動かしながら説明を続けた。


徳密:『掃除はただの清掃作業ではなく、心を磨くための修行の一部です。掃除をすることで、物理的な空間だけでなく、自分の内面も整理し、清めることができるのです。掃除を通じて、僧侶たちは謙虚さや忍耐を学び、心の中の穢れを取り除こうとします』


澄子は掃除の意味を深く理解し、その行為がどれほど重要であるかを感じた。

メモ帳には、掃除の意義や心の清浄化の重要性が大きく書き込まれていった。


徳密:『掃除が終わると、朝食の時間です』


徳密は次に話題を移した。


徳密:『この朝食の時間もまた、ただの食事ではなく、感謝の気持ちを込めたものでございます。食事を通じて、生命の恵みに感謝し、一日の活動に必要なエネルギーを養います』


澄子は、食事をとることが精神的な修行の一環であるということに驚きながらも、心の中でその意義を受け入れた。


徳密:『朝食後は、いよいよ本格的な修行や作業が始まります』


徳密は話を締めくくりながら、最後に重要な点を強調した。


徳密:『ここでの生活は、規則正しく構成されておりまして、全ての活動が心を整えるためのサイクルとなります。皆が同じ時間に、同じ目的で動くことで、心の調和が保たれ、一日の流れがスムーズに進むのです』


澄子は、徳密の説明を受けて、剛徳寺での一日がどれほど精緻に設計されているのかを理解し、その背後にある深い意図を感じ取った。

澄子の心には、これからの生活に対する新たな決意が芽生えた。

この新しい環境に馴染み、一日一日を大切に過ごすために、徳密の言葉を胸に刻み込んでいった。


午前中の作業が一段落し、澄子はほっとした気持ちで静かな寺の中を歩いた。

空気はまだ爽やかで、日差しが穏やかに差し込んでいる。

空腹を感じ始めたころ、徳密が澄子に昼食の準備を教える時間がやってきた。

澄子の心には、新しい環境での新たな挑戦への期待と少しの緊張が交錯していた。


徳密:『澄子さん、こちらが昼食の準備をする場所です』


徳密が、昔ながらの厨房を指し示しながら説明を始めた。


徳密:『ここでは、できる限りシンプルな食事を作ります。食材はすべて地元で採れた新鮮なもので、無駄を出さないように心がけることが大切です』


澄子は厨房を見回しながら、その清潔感と整然とした環境に感心した。

厨房の中には、かまどや調理器具がきちんと整頓され、素材が所狭しと並んでいた。

徳密は、実際の作業に入る前に、いくつかの基本的な調理方法について説明し始めた。


徳密:『まず、野菜の切り方ですが、食材の種類によって切り方を変えることが重要です』


徳密は丁寧に包丁を使いながら、野菜を細かく切り分けていった。

その手つきは、熟練した技術が感じられ、澄子はその見事な手際に目を奪われた。


徳密:『例えば、人参は均等に切ることで、火の通りが均一になりますし、味付けも均等に行きます』


徳密は、澄子に包丁の持ち方や切る角度、力の入れ方をしっかりと指導しながら、野菜を次々に切り分けていった。

その様子を見守る澄子は、自分が正しく技術を習得できるよう、集中している。

徳密の説明は、一つ一つがとても分かりやすく、澄子はその教えを真摯に受け止めた。


徳密:『次に、味付けの方法についてですが、こちらも慎重に行います』


徳密は、鍋に調味料を加えながら、各調味料の役割やその分量について説明した。


徳密:『このお寺では、できる限り自然な味を大切にしておりますので、調味料も必要最低限に抑えるようにします』


澄子は、徳密の指示に従いながら調味料を計り、鍋に加えていった。

その過程で、味のバランスを取るための繊細な感覚を学び始めた。

徳密は、時折澄子にアドバイスを送りながら、その作業を見守った。


徳密:『最後に、食事の配膳方法ですが、これもまた重要な役割を果たします』


徳密は、食事を整然と並べる様子を見せながら、配膳のコツを説明した。


徳密:『配膳の際には、一つ一つの料理が均等に見えるように整えることが大切です。食事は、目にも綺麗に見えるものでなければなりません』


澄子は、徳密が器に料理を盛り付けるその手さばきを真剣に見つめながら、どのように料理を配置するかを学んでいった。

料理が一つ一つ美しく整えられていく様子に感動し、その意義を深く理解した。


徳密:『食事は、身体を清め、心を整えるためのものでもあります』


徳密は、料理が完成する頃に改めてその意義を説明した。


徳密:『食べ物に感謝し、その命をいただくことを忘れずに、丁寧に調理してください。料理を作ることも、作業としてではなく、心を込めることが大切です』


澄子は、徳密の言葉に深く頷きながら、その気持ちを胸に刻んだ。


澄子:『はい、徳密さん。すべての命に感謝しながら、心を込めて料理します』


澄子は、これからの調理に対する真剣な決意をし、さらに作業に取り組む姿勢を見せた。


その後、澄子は自分の手で作った料理が、どのように僧侶たちが食べるか想像した。

昼食の準備を通じて、お寺の生活の中で求められる精神と技術を一歩ずつ習得していくことができた。


昼食の時間が近づくと、静かな剛徳寺の食堂に僧侶たちが次々と集まってきた。

澄子は初めての僧侶たちとの食事を前に、わずかに緊張していた。

僧侶たちは、全員が自然と調和し、一つの目的に向かっているような落ち着いた雰囲気を持っていた。

澄子は、その静かな空気に圧倒されると同時に、どこか神聖な場所にいるような感覚を覚えた。


食堂も清潔に保たれており、木製のテーブルがいくつか並んでいた。

各テーブルの上には、今日の昼食のためにきれいに並べられた食器が整然と置かれていた。

澄子は、自分が配膳した料理を見て、そのシンプルでありながら美しい盛り付けに心から感動した。

野菜の色合いや、ほんのりとした湯気が立つスープなど、一つ一つの料理が自然と調和し、全てが美しかった。


徳密:『澄子さん、これが本日の食事です』


徳密が穏やかな声で澄子に声をかけた。


徳密:『僧侶たちは、食事を始める前に必ず感謝の意を表します。食事を作る者として、私たちもその心を大切にしなければなりません』


澄子は頷きながら、その場の雰囲気を感じ取った。

僧侶たちは一人ひとりが自分の席に着き、静かに食事を始める準備を整えていた。

その姿勢や動作には、厳粛な尊敬の念が感じられた。

澄子は、自分もその一部になりたいと心から思いながら、緊張を抑えた。


食事が始まると、僧侶たちは黙々と食事を取っていたが、その一口一口には確かな感謝の気持ちが込められているのがわかった。

食べ物を口にするたびに、まるでその命をいただくことに対する深い尊敬の念を示すように、ゆっくりと、そして慎重に食事を進めていた。

澄子はその姿を見守りながら、自分もまたその一環として食事をいただくことに意味を見出していた。


食事が終わると、静かな空気の中で片付けの時間がやってきた。

澄子は、徳密と共に食堂の片付けを始める準備を整えた。

食事の後は、食器や器具を丁寧に洗い、清掃に入った。

澄子は、徳密の指導を受けながら、一つ一つの作業に集中して取り組んだ。


徳密:『澄子さん、片付けの時間もまた重要な修行の一部です』


徳密は、真剣な眼差しで話し始めた。


徳密:『どのような作業も単なる作業ではなく、心を整えるための修行と捉えております。食器を洗うことや片付けをすることも、心の中の雑念を払い、清らかな状態を保つための大切なプロセスでございます』


澄子はその言葉を受けて、食器を一つ一つ丁寧に洗い始めた。

水の音が心地よく響く中、ひとつひとつの食器を手に取り、慎重に洗い上げていった。

スポンジで汚れを落とし、流水でしっかりとすすぐ。

その作業を繰り返すことで、澄子は次第に心が落ち着いていくのを感じた。

片付けをしているとき、自分の心もまた、清められていくような感覚を覚えた。


徳密:『片付けを終えた後も、心を込めた行動が大切です』


徳密は、片付けが終わった後も、しっかりと掃除をするよう指導した。


徳密:『どんなに小さな作業でも、それを丁寧に行うことで、心の平安と清らかさを保つことができるのです』


澄子は徳密の言葉を胸に刻みながら、最後の仕上げに入った。

食堂のテーブルを拭き、床を掃除するその作業も、修行の一環であると理解していた。

片付けが終わる頃には、食堂がまた元の清潔な状態に戻り、澄子の心もまた一層穏やかになっていた。


その日の昼食の片付けが終わり、澄子は達成感と安堵感を抱きながら、その日一日を振り返った。

僧侶たちとの初めての食事とその後の片付けを通じて、澄子はお寺での生活に深く根付く精神と、その重要性を実感することができた。


昼食の後、澄子が食堂で片付けを終えた頃、食堂のドアが音を立てて開かれた。

その音に澄子が振り向くと、楓芽が厳しい顔つきで中に入ってきた。

楓芽は剛徳寺で長年修行を積んできた僧侶で、周囲からはその厳格さと高い理想で知られている。

楓芽の存在感は強く、静かな雰囲気の中でも楓芽が入ってくるとその場の空気が一変することがあった。


楓芽は、その厳しい目で食堂の様子を見回し、片付けをしている徳密に対して声をかけた。


楓芽:『知識が乏しい徳密さん、今日もまた遅れていらっしゃいますね。これでは他の業務に支障が出てしまいますよ。お仕事の遅れが全体の進行に影響を及ぼすことをお忘れなく、ご自身の立場をよくご理解いただけますようお願いいたします』


楓芽の言葉は、冷たく、鋭く、まるで刃物のように周囲の静けさを切り裂いた。


その言葉に、徳密の表情が一瞬で曇った。

普段は冷静沈着で、どんな状況にも動じない姿を見せる徳密だったが、楓芽の厳しい言葉にはさすがに心が揺さぶられたようだ。

一瞬、言葉を返そうとしたが、口が乾き、言葉が出ない。

眼差しが虚ろになり、立ち尽くしているその姿は、普段の徳密からは想像もつかないものだった。


澄子はその場の重苦しい雰囲気に驚き、どうすれば良いのか迷っていた。

徳密がいつも親切で、他人に尽くす人であることを知っていたため、楓芽の言葉がどうしても信じられなかった。


楓芽:『澄子さん、あなたもですよ。お礼の礼儀が欠けてます。現在お召しの着物について、僧侶たちが手作りしたものであるとお聞きになったかと思います。なぜ、この皆が揃った場でお礼を申し上げなかったのですか?まずは、感謝の意を表すべきではないでしょうか。自己紹介もなければ、お礼も無し。かなり甘やかされて育ったご様子ですね』


澄子:『食堂内での会話が禁止されていると掲示されているため、その規則に従いました。食堂ではない場所で、改めてお礼を申し上げます。失礼いたします』


そう言って澄子は食堂の掃除道具を片付けた。


澄子は、自分にできることは何かと考え、徳密のそばに寄り添い、声をかけることにした。

澄子の声は柔らかく、心からの心配を込めていた。

その優しい言葉に、徳密は一瞬だけ涙を浮かべたが、すぐにそれを拭い去り、無理に微笑もうとした。

その微笑みは少しぎこちなく、徳密の内面の痛みが透けて見えるようだった。


徳密:『大丈夫ですよ、澄子さん。ありがとうございます』


徳密は感謝の気持ちを込めながら話した。


徳密:『すみません、少し感情的になってしまいました。気にしないでください』


その様子を見ていた楓芽は特に反応を示すこともなく、ただ静かにその場を去って行った。

澄子は心の中で、徳密が不当に叱られてしまったことに対して、何かしたいと強く思ったが、今の自分ではどうすることもできず、そのもどかしさに胸を締め付けられた。


片付けを終えた後、澄子は昼間の出来事を反芻しながら深く考え込んだ

剛徳寺での生活は、澄子が思い描いていたよりもずっと厳しいものであり、そしてそれと同時に、ここで学べることが非常に多いということにも氣づいた。

澄子は法華経の教えを心に抱きながら、これからの生活に全力で取り組む決意を新たにした。

澄子の中には、強い信念と覚悟が芽生えていたのである。

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