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25.サマーデイズ~山茶花 千尋⑤~



 ――どんな人間にも"闇"ともいうべき負の一面は存在する。

 それは、光の存在を自称する(レイコ)とて例外では無かった。



 自分のことを半天狗だ無惨様だ等と悪し様に自嘲していても、心の何処かで自分は猗窩座さんのような、そうならざるを得なかった悲しき事情がある悲劇的な人間だと思っているし、そんな私に同情出来ない奴は、心の貧しい器の小さな人間なんだと見下してしまう自信がある。


 たとえ私が自分のことをザボエラだと自嘲していても、周りの皆には「お前はヒュンケルだよ」と言って欲しい。

 私の悪行の裏には、全て何か悲しき事情があって、それはやむを得ない事なのだと思っていて欲しいのだ。

 今考えるとヒュンケルも結構寝取り男みたいな所あるな。当時の子供達の心を震わせたジャンプヒーローの一角も、本質的には私と同じ穴の(むじな)なのだ。

 つまり私は大まかな部分では、ダイや炭治郎達と並ぶジャンプヒーロー達のように、光側の存在ということなのだ。Q.E.D.(証明終了)



 柄にもなく、ちょっぴりおセンチなモノローグから始めてしまったが、それも仕方あるまい。


 ここしばらくの間、私の心を慰めてくれていたチーちゃんとお別れの日がやってきてしまったのだ。



「ううぅぅ~~チーちゃぁん……」


 父と母が車に荷物を詰め込んでいる横で、私は別れを惜しむように、チーちゃんを抱きしめている。


「ったく……毎年、これやらねえと気が済まないのかレイは」


 普段の彼ならば、赤面して抵抗しそうな行いなのだが、今は私がガチで泣きが入っているので、大人しくされるがままになっている。ちょろいぜ。


「だって、寂しいんだもん!また一年も会えなくなるんだよっ!?」


 これは本音である。

 ここ最近は、おねショタもののエロ漫画のような過度のスキンシップでチーちゃんの情緒を破壊したり、ユウくんの存在をチラつかせる事で彼から溢れだした負の感情を「あ~~うめえうめえ」と堪能していたのだが、それがまた一年間もお預けになってしまうのだ。純粋に悲しい。


「一年なんてあっという間だっての。来年は絶対にレイの身長抜くからな」

「え、あー、うん、頑張ってね?」

「急に素に戻んな!情緒ぶっ壊れてんのかテメェ!?クソッ、来年までに絶対160越えてやっからな!」


 そんなやり取りをしていると、両親から声がかかる。名残惜しいが本当にお別れだ。

 私はスマートフォンを取り出すとインカメラを起動する。


「それじゃ、小さくて可愛いチーちゃんの見納めだし記念写真撮ろっか?」

「喧嘩売ってんのかバカレイ」

「いいからいいから。ほら、もっとくっついて?」


 私はぐいっと彼を引き寄せて、お互いの頬が触れるぐらいに密着する。耳まで真っ赤にしたチーちゃんが抵抗するまえにパシャリ。


「はい、チーちゃんのメッセージアプリにも写真送っとくね。待ち受け画像にしてもいいよ!」

「するか馬鹿!クラスの奴に誤解されるわっ!」

「……え?普通に仲良しな従姉妹だと思われるだけじゃないの?誤解って?」


 私が難聴系鈍感主人公みたいな顔をすると、チーちゃんは墓穴を掘ったことを察して顔を真っ赤にする。あ~うめえうめえ。


「だ~~!もうさっさと行っちまえ!おばさん達さっきから待ってんぞっ!」

「はーい。それじゃあ、また来年ね」


 最後にもう一度だけ、チーちゃんを軽く包容すると、私は彼の耳元で囁いた。



「……来年はもっとカッコよくなったチーちゃんを見せてね?楽しみにしてるから」

「は、はぁっ!?」



 さて、これぐらいで情緒破壊は十分だろう。実らぬ恋に向けて存分に切磋琢磨して欲しい。BSSもNTRの親戚みたいなものなので、十分に私の守備範囲である。



「ばいばーい!またねーっ!」



 車から、チーちゃんと祖父母に向かって手を振る。

 ユウくん達と離れ離れなのは寂しかったが、これはこれで実に有意義な帰省だった。



 ***



「……クソッ」


 レイ達が乗った車が見えなくなってから、俺――山茶花(さんざか) 千尋(ちひろ)は悪態をつく。


「……一年なんてあっという間なんだよ。ちんたらしてる暇なんか無いんだっての……」


 ぼやぼやしていれば、あの危なっかしい従姉妹はきっとすぐに俺の手の届かない所へ行ってしまう。

 子供の自分に出来ることなんて、たかが知れている。

 それはつまり、ほんの些細なことであろうと、何かは出来るという事でもある。


「あいつの地元に進学する方法……調べてみるか」


 無理かもしれない。間に合わないかもしれない。徒労に終わるかもしれない。

 山のように浮かび上がるネガティブな現実。

 だが、それらは別に俺が諦める理由にはならなかった。


 スマートフォンに送られた、レイとのツーショット写真を見つめる。


「とりあえず、勉強頑張ってみるか」


 流石に今から中学を向こうに移すのは現実的ではない。

 だが高校ならば。死ぬ気で勉学に励めば、都会の進学校を選ぶ程度のことは出来る筈。

 両親が不満に思わない程度に上の学校を目指すならば、反対はされども否定はされない筈だ。


「……待ってろよ、レイ。最高にカッコイイ俺を見せてやるからな……!」



 少年の心に、夏の陽射しにも負けない闘志が燃え始めた。



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