153.そして最悪の時が訪れた
「ぐおおお……! で、出ていけ! 私の身体から!」
【おいおい、そんなツレない事を言わないでくれよ? 一緒に生きてくれるんじゃ~無かったのかい? ゲハハハハッ!】
肉体の主導権を取り戻そうと藻掻いている神様を、私――音虎 玲子は頬からくぱぁと生やしたお喋りレイコちゃんで煽り倒す。
【愉快愉快。惨めだなぁ、この上なく惨めだぞカミサマ~】
神様が私の身体を欲しいのならば、十中八九メンタル攻撃で身体を奪い取る隙を作ろうとしてくる筈とヤマを張っていたのだが、こうまで簡単にハマってくれるとはな。
あんな漫画アニメで死ぬほど擦られているテンプレ仕草で私の身体を乗っ取ろうとは、甘く見られたものである。やっぱジャンプ読んでないような奴は駄目だな。私的に最近はしのびごとがアツイんだよね。
そんなことを考えていると、神様が無駄な抵抗を続けて撮れ高を作ってくれていた。
「ね、音虎 玲子ぉ! お前は一体何なんだ!? ヒトの精神が、あれだけの神を受け入れて無事でいられる訳が……!」
【わーったわーった。そんなに私のことが知りたいなら、特別にちょっとだけ教えてやんよ~】
このまま神様の自我をぷちっと潰すのは簡単だが、ここまで付き合ってくれた礼だ。
私は神様を玲子ちゃんの精神世界へとご案内してやった。
「なんだ……これは……?」
精神世界で巨大なミミズ巨神兵の姿に戻った神様と一緒に、私は眼前の景色を眺めた。
『許さない』と憎悪を燃やす叫びが聞こえた。
『何故だ』と悲嘆に暮れる嘆きが聞こえた。
『もう止めてくれ』と哀願する声が聞こえた。
そこは悪意と絶望が渦巻く暴風雨のような世界だった。
「私はね、前世も含めてこれまで壊した人間のことは全て完璧に覚えているんだよ。彼らの悲しみや憎悪はいつだって昨日の事のように思い出せる。一つ一つが大事な宝物だからね」
輝くようなキラキラとした私の思い出たち……人が持つありとあらゆるネガティブな感情を叩きつけられて、神様が呻くように呟く。
「お、覚えているだと……? これはそんな生易しいものじゃない。渦巻く想念全てが一個の人間として遜色ない精度で再現されている。それをこの数で……? 貴様……その腹の中に一体何人呑み込んでいる!?」
「聞きたいか? 昨日までの時点では99822人だ」
「ふざけるな! そんな数の憎悪を浴び続けて、自我を保てる筈が無い!」
神様の言葉に、私はニカッと微笑んで応えた。
「怨嗟の声なんて、私にとっては子守唄に等しい」
「に、人間じゃない……」
神様の勝手な物言いに、私は悲しみを表すように深い溜息を吐いた。
「まったく、私をヒトから逸脱させた張本人が抜け抜けとよく言う」
「……何?」
やれやれ。この期に及んですっとぼけようとする神様に向かって、私は答え合わせをしてやることにした。
「お前の敗因は私を育てすぎたことだ。前々から薄々気づいていたが、私を受肉の依代にしようとしていると聞いて確信したよ」
所詮はNTR性癖を持つだけの小悪党に過ぎなかった私が、何故こうまで人間の枠組みから外れた存在になってしまったのか。
恐らく、転生者という異端の存在に気づいた神様が、私を自らの依代にしようと裏で色々手を回していたのだろう。
血液操作だの領域展開だのといった、学園ラブコメのヒロインに似つかわしくない異能力の数々も、神様が私に植え付けた邪悪な力の発露というならば説明がつく。
私という清廉潔白な光系ヒロインの周囲に、叡合會だの悪霊だのといった闇属性のカスどもが集まってきたことも、全ては私のレベリングの為だったのだろう。神を迎え入れる身体に相応しくなるようにと。
そして、私はカブトムシくんや四聖達との戦いを経て、神様の思惑通りに成長を重ねていったという訳だ。
神様の想定外だったのは、私がその邪悪な思惑を超える程に成長をしてしまったという点である。
私は連載初期から言っていただろう? 『全部神が悪い』と。おいおい激アツな伏線回収じゃねえか~。
「お前は自らの依代とするべく、純粋無垢な私を邪悪な存在に歪めようとしていた……だが、私の魂に宿る黄金の精神はそれに打ち勝った。ヒトが持つ無限の可能性にお前は敗れたんだ。そうなんだろ?」
「……いや、特にそういった事実は無いが……?」
えぇ……じゃあ、私の領域展開とかは何処から生えてきたんだよ……?
自信満々に話した説が全否定されて、私は既に自分が何なのか分からなくなっていた。
それじゃあ、私がまるで特に理由のない生まれついてのクズみたいじゃないか。誰がクズだ。クズじゃないよ。光属性系ヒロインだよ。
ま、まあね? 今回はたまたま神様が黒幕じゃなかったというだけで、今後魔界統一編とか宇宙騒乱編とかが始まれば、私を歪めた真の黒幕が現れる可能性もあるだろう。つまり私は悪くないということだ。私は切り替えることにした。
そんじゃ~この神様にもう用は無いわ。ちゃっちゃと終わらせてしまおう。バトルパート評判悪いんだよ。
「じゃあな神様。私がいない世界に生まれただけの――凡夫」
「ま、待て! 私が消えれば、この世界の理が変わる! お前が持つ異端の力も失われるかもしれないのだぞ! それでもいいのか!?」
「……そんな力が無くても、私には皆がいるさ」
私は後ろを振り返る。
そこには、こんな私と絆を紡いでくれた仲間たちの姿があった。
【コロシテクレ……】
私は聞かなかったことにして神様に向き直る。
「ヒトの世界に神なんて要らない。人間が持つ可能性の力を、私は……私達は信じる! これが人間の力だぁーーッ!」
「やめろおおおおぉぉぉぉ!?」
私は神様を超えるほどに巨大化すると、大口を開けて神様をバリバリと捕食した。
「私の血肉となって共に生きるがいい。お前が望んだ結末だろう、カミサマ~?」
***
少女は――新城 佐鳥は眠り続ける。
そこは暗く冷たい海の底に居るように、孤独で寒かった。
少し前までは、新城 佐鳥にとって世界とはそういうものだった。
感情の色で濁った世界。理解者も同胞も居ない孤独な水底。
だけど、今は……会いたい友達がいる。
神田 光一。
白瀬 由利。
立花 結城。
来島 冬木。
……そして、未だ顔すら知らない彼女。
だから、こんな所でずっと一人で眠っているのは嫌だった。
お願い。誰か助けて。
不意に暗闇に光が差し込む。
それは暖かくて美しい光だった。
闇が晴れる。
白昼夢のようだった周囲の景色が、急速に現実味を帯びていく。気がつけば、そこは別荘のリビングだった。
ソファに横たわっていた新城 佐鳥の前に現れたのは美しい少女だった。知らない顔だ。だから教えて欲しい。
感情の"色"が消え去った世界に映る、この胸の高鳴りを運んできた少女の名前を。
君の名は……
「レイコ……?」
私だよォ~~。
神様とのファイナルバトルを済ませた私は、サトリちゃんを回収して現世へと帰還していた。
それなりに長い時間が神界で経過していた筈だが、こちらの世界とは時間の進み方が異なるらしく、ユウくんを見送ってから5分と経過していないようだった。ブウ編の精神と時の部屋みたいな感じだな。
「サトリちゃん大丈夫? なんだか具合が悪そうだったから、少し横になってもらっていたんだけど……」
「……レイコ。君は……いや、なんでもない。うん、身体なら問題無いよ」
問題はサトリちゃんが神トリちゃんになっている間の記憶についてだが……まあ、これに関しては私がすっとぼけておけば問題無いだろう。あんなバトルパートを現実だと思う方がどうかしている。
サトリちゃんの様子を見るに、少なくとも別荘に来るまでの記憶は問題なく有るようだ。乗っ取られてる最中の記憶に関しては、完全には忘れていないといった具合か? まあ言葉の濁し方からして、夢の中の出来事といった程度の感覚だろう。
どのタイミングで神様に肉体を乗っ取られたのかは知らないが、何か致命的な齟齬が出そうだったら私がフォローすれば良い。なんて友情にアツイ女なのだ。私。
「良かった! それじゃあ、そろそろ戻ろうか。急がないと、ユウくん達が待ちきれずに花火始めちゃうよ?」
「……ふふ、そうだね。急ごうか」
そう言うとサトリちゃんは、柔らかく笑って私の瞳を見つめた。
……おや? 彼女とちゃんと目が合ったのは、もしかして初めてじゃないだろうか。
神が消えたことで、彼女にも何かしら影響が出ているのだろうか。まあ悪いものは感じないし、深く考えることも無いだろう。
「みんな、お待たせー」
「あっ、レイちゃん!」
「おせぇぞ二人ともー」
砂浜でみんなと合流すると、ユウくんが不安そうな顔で私の隣にやってくる。
「……えっと、レイちゃん。その、サトリさんの話って何だったか聞いてもいい?」
「え~? ガールズトークの内容を聞いてくるとか、ユウくんちょっと趣味が悪いよー?」
「うっ、ごめん……ちょっとサトリさんの様子が普段と違ったから気になって……」
「んー……別に大した話じゃないよ? 明日、この辺りでやってる夏祭りで着ていく浴衣について、リクエストを聞かれただけだから」
私は適当に話をでっち上げた。
人は過去は変えられないが未来は変えられる。つまりアリバイ工作である。
まあ夏祭りに行くのは本当だし、明日までに会話を誘導してサトリちゃんが私に浴衣のリクエストを聞くように仕向ければ、順序が多少前後しただけで嘘にはならないという訳だ。そこまでしなくても、ユウくんは私の発言を疑ったりはしないだろうがナ。
「それよりも早く花火しよう? せっかくユウくん達が用意してくれたんだもの!」
「……う、うん。そうだね」
私がニッコリと会心の笑みを浮かべると、ユウくんは僅かに頬を赤くして目線を逸らす。これ以上サトリちゃん関連について追求してくることもないだろう。チョロいぜ。
「よっしゃー! やるぜ花火!」
フユキくんが盛り上げるように声を上げると、私達は色とりどりの火花を夜の海岸に咲かせた。
「……レイコ」
私が燃え殻をバケツに処理していると、サトリちゃんが隣にやって来た。
「どうしたの、サトリちゃん?」
「えっと、その……」
いつも優雅で余裕のある彼女らしくない、どこか怯えるような恥ずかしがっているような振る舞い。
大企業の社長令嬢だとか、学園有数の美少女だとか……そういった肩書が取り払われた、どこにでもいるありふれた年頃の女子高生の姿がそこにあった。
「……オレ、いや"私"、本当は昔から人付き合いって苦手だったんだ」
「えっ……?」
「外面だけは良いから、上手く周りに調子を合わせてきたけど……本当は誰かと一緒に過ごす時間は、ずっと気が重かった」
「サトリちゃん……その、ごめんなさい。もしかして、ずっと無理にサトリちゃんを付き合わせてたかな……?」
私の言葉に、サトリちゃんはブンブンと首を横に振る。
「ち、違う……! そうじゃないんだ……!」
サトリちゃんは普段の堂々とした態度からは想像出来ないくらい、たどたどしい言葉で話す。
「その、小さい頃に色々あって……それから人と深く関わることをずっと避けて生きてきた。でも、レイコ達と関わるようになって……」
「うん」
「レイコ達が、私の価値観や日常をどんどん壊していって、そんな日々にすごくドキドキして……」
「……うん」
「えっと、だから……!」
サトリちゃんが私の手を握ってくる。青い瞳がジィっと私を見つめていた。
「だから、ありがとう。私の世界を変えてくれて。あなたと友達になれて、本当に良かった」
「……うん。どういたしまして」
私とサトリちゃんが笑い合っていると、神田くんが遠くから声を上げた。
「おーい、音虎も新城も何してんだー。そろそろ打ち上げ花火やんぞー」
神田くんの声に、サトリちゃんが軽く手を振って応じる。
「……ふふ、行こうかレイコ?」
「うん。そうだね、サトリちゃん!」
サトリちゃんが前を歩くのを追いながら、私はギラリと月明かりに歯を輝かせた。
叡合會。四聖。神。
邪魔者は全て消えた。
そしてユウくん達は、友情と愛情の狭間に揺れながらも私の事を信じ切っている。
この状態なら、私をユウくんから寝取らせるのも時間の問題……
かつての支配者たる古き神はもういない。私がこの世界の新しい神となるのだ。
あけましておめでとうございます。
読者の皆様にはいつも音虎玲子を応援していただき、誠にありがとうございます。
今年も一年、彼女のことをよろしくお願い致します。
さて、次回更新からは本作の最終章『TSクソビッチ少女は寝取られたい編』が始まる予定なのですが、最終章は完結まで一気に更新したいので、しばらくの間は書き溜め期間に入らせて頂こうと思います。
毎週更新を楽しみにして頂いている読者の皆様には申し訳ありませんが、気長に待って頂けると幸いです。