149.涙
「なんだ。奉牢兌丹くんは人間に成りたかったのか」
私の言葉にジロリと睨んでくる彼を宥めるように、ひらひらと片手を振る。
「あー、分かってる分かってる。人間そのものではなく、カミサマとやらに愛されている人間の位置に立ちたかったんだろう?」
私の前世の姿を真似たのも、ユウくんを人質に取らなかったのも。
対話による説得なんてことを試みたのも、恐らく全ての根っこはそこだ。
「分かって尚、下らんな。愛されたかったのならば、お前は人なんぞを真似るべきでは無かった」
私は軽くため息を吐いて続ける。
「振り向かせたいのならば、倣うのではなく殺すべきだったのだ。打算も計画もなく、神が自分を愛するまで。邪魔者を手当たり次第に。必要ならば神すらも。理想を掴み取る"飢え"が、お前には足りていなかった」
「そう、かもしれんな……結局、俺は逃げていたのだろうか。愛されようとすることから」
奉牢兌丹くんが疲れたように苦笑いを浮かべた。
「神から唯一求められていた"強さ"すら……俺には、もう……」
「だがまぁ、多少は楽しめたぞ」
遮るような私の言葉に、奉牢兌丹くんが軽く瞳を見開いて顔を上げた。
「人間。機械人形。悪霊。前世と今世で遊んだ連中の中では、マシな方だった」
「音虎玲子……」
「誇れ。お前は強い」
奉牢兌丹くんが、瞳から溢れた雫を見て不思議そうに首を傾げた。
「……何だ、これは?」
「さぁな? 私はそれを知らん」
崩れ落ちた奉牢兌丹くんから、返事が返ってくることは二度と無かった。
ざまぁー!
私は爆笑した。
***
本当に何なのこれ?
こんにちは、音虎 玲子です。
さて、奉牢兌丹くんをナレ死させた私は、現在いつものグループでサトリちゃんちの長ーい高級車に揺られていた。
「レイちゃん? 何だかボーっとしてるけど大丈夫?」
回想シーンをモノローグしてぼんやりしていた私は、隣に座るユウくんから声をかけられて意識のピントを現実に戻す。
「ん、そうかな? 今日の旅行が楽しみ過ぎて、ちょっとフワフワしてたかも」
私が恥ずかしそうに頬を染めて微笑むと、ユウくんも照れたように笑った。
奉牢兌丹くんとのバトルパートから時は流れ、御影学園は夏休みに突入していた。
予てからの計画通り、私達のグループはサトリちゃんの別荘へと、二泊三日の旅行へ向かっている最中という訳である。
あっ、残念だがチーちゃんは欠席である。
流石に受験前最後の夏休みは追い込み時だ。通っている塾の夏期講習があるということで、彼は家でお留守番をしていた。
まあ~詫びと言っちゃ何だが、チーちゃんにはユウくんに先んじて、私の部屋で新しい水着のお披露目とかしてやったし勘弁してくれや。
さて、神の最精鋭である四聖を全て蹴散らした私だったが、その後はこれといってバトルパートが挟まることは無かった。
てっきり奉牢兌丹くんを撃破した時点でラスボス戦が始まると思っていたのだが……まあ、何も無いならそれに越したことはない。
前話のヒキではテンションが上がってああ言ったが、私は別に神とやらと敵対するつもりはない。むしろ極力関わり合いになりたくないとすら言っていいだろう。
何度でも言うが、私はユウくんの学園ラブコメのメインヒロインポジである。バトルものは好きだが、自身がそれの登場人物になりたいと思ったことなど一度もなかった。
それなのに、どいつもこいつも人を悪魔だの邪悪だの好き放題言いやがって。こんなベッタベタな清楚系JKヒロインを捕まえて言いがかりも大概にしt
【ウジュルグバァアアーッ】
「血鬼術ッ……!」
【ミ゛ッ】
こちらに向かってきていた巨大なミミズのような悪霊が、車窓の向こうで弾けとんで灰になった。
汚え花火だ。私は密かに結んだ掌印を解いた。
もはや悪霊は私の敵では無かった。なんなら雑に殺しても何の罪にも問われないし、相性の良い相手とすら言えるだろう。
むしろ私の天敵は人間だ。
人類社会の法律や倫理観、取るに足りない正義感やくだらない良心とやら……人の持つ善性こそが私の本当の敵なのかもしれない。
「海、楽しみだな~。いっぱい遊ぼうね、ユウくんっ」
「う、うん。そうだね……」
私が身を寄せると、触れ合う肉感が気恥ずかしいのか、彼は視線を宙にフラフラとさせた。
……あれから、私達はまだ失敗した初エッチの再挑戦をしていなかった。
流石に二回連続で失敗ともなれば、ユウくんがセックスに対して及び腰になってしまうかもしれない。その危険性を考えると、私も迂闊な行動には出れなかったからである。
前回は安易に媚薬なんぞに頼ってしまったが、ヤクを以てしても失敗した以上、同じ轍は踏まない。次は私自身の力で確実に落とす……私はベロリと舌舐めずりをした。
その為にも、今回の海水浴イベントではユウくんの理性をガリガリと削っていく所存である。
なんなら人気のない岩陰でヤッちまうってぇーのもアリかな? ウブで純情なユウくんにはちょいと刺激が強いかもだが、それぐらいインパクトのある経験をしておいた方が、寝取られた時により強烈な脳破壊が味わえちまうかもなぁ~? ゴハハハハッ!
プラトニックな愛情などというものは、粘膜が作り出した幻想に過ぎない。生物の本質から目を逸らしても福楽は得られないのだ。
いくらピュアな純愛モノが綺麗で美しくても、そればっかりでは飽きてしまう。なら、私もユウくんを飽きさせない日替わり定食のような女にならなきゃさ。エロ漫画みてえなR-18展開も華麗にこなしてみせよう。なんて尽くす女なのだ。私。
「みんな、もうすぐ到着するよ」
サトリちゃんのそんな言葉に視線を動かすと、先立って渡されていた資料に載っていた建物が、車窓の向こうから姿を覗かせていた。