148.怒りて否む
私は前世の私と同じ姿をしている優男――四聖の奉牢兌丹くんと、無人のスタバでお茶をしていた。
「妙な世界だ。よく見たらあちこちに違和感がある。音虎 玲子の世界には無い筈の物が――今世と前世の景色が混ざっている」
コーヒーを啜りながら、私は無人の街並みを眺めた。
一見すると、いつもの駅前広場だが……ビルのテナントが記憶と食い違っていたり、店舗のブランド名が微妙に異なったりしている。
私の言葉に奉牢兌丹くんが軽く頷いた。
「君の中身から再現した世界だからね。まあ、そういうことが出来る能力だと思ってくれ」
「その不愉快な見た目も、能力とやらの仕業ですか?」
「君が最も脅威に思う存在を再現しただけなんだけど……それが自分の前世の姿って、君の精神構造は一体どうなってるの?」
奉牢兌丹くんが困ったように苦笑した。
「そう警戒しないでほしいな。俺はただ君と話す時間が欲しかっただけなんだ」
「断ったら?」
私のにべもない態度に、奉牢兌丹くんは端正な顔に微笑みを浮かべる。
「君が相手をしてくれないなら仕方ない。代わりに立花くんと仲良くしようかな?」
「お前を殺すよ? ここで今」
ズ……と殺気を放つ私に、目の前の優男はニカッと笑って両手を上げた。
「冗談だよぉ❤」
チッ。まあ~いい。
どうやら目の前の男は、これまでの四聖と違って最低限の礼儀は弁えているようだからな。
ここで言う最低限の礼儀とは、ハンタを履修していることだ。ヒソカとイルミのやり取りを即興でやれる程度には仕上がっているようだな。
仕方ない。今回は平和的に行こうか。
私は奉牢兌丹くんの話に付き合ってあげることにした。
「君の前世はどうか知らないが、少なくともこの世界の人類は神々が作り上げたものだ」
「なろう小説でも書いてんの? それともハーメルン? カクヨム? ブクマしてやろうか? タイトルは? 恥ずかしがらずに言ってみ? Xに感想ポストしてやるから」
奉牢兌丹くんは私の言葉を無視して続けた。
「不思議に思ったことは無かったかい? この世界の人間の善性の強さに」
「……」
「ふふ、思い当たる節がありそうだな」
奉牢兌丹くんは私のしかめっ面を見て、満足そうにコーヒーを一口。
「それは神々がそういう風にヒトを創ったからだ。賢く善良な愛するべき存在としてね」
「妄言もここに極まれりだな」
私は奉牢兌丹くんの言葉を切って捨てる。
たしかに私の周りに居る人々はユウくんを始め皆善良だが、それを人類全体に当て嵌めるのは無理筋というものだ。
この世界にだって、犯罪もあれば戦争だって起きている。
叡合會だって、今でこそ私の下に集う正義の使徒だが、以前は人間の心を弄ぶ最低のクズの集まりだったのだから。
「犯罪や戦争が悪というのは誰が決めた? 法や倫理なんてものは時代で簡単に変わる。ほんの数百年前の奴隷制度が良い例だろう」
ペラペラとよく喋る奴だ。
嘘つきはみんな多弁だし、拡大解釈による論点のすり替えで、私を丸め込もうとしている。なんなら神が人間を創ったとかいう前提も嘘臭いと私は考えている。
常識的な尺度で測れないオカルトに溢れる世界だからこそ、言ったもん勝ちの暴論は成る程強力な武器である。何しろどんなトンチキな話も頭ごなしに否定出来ない。私の存在自身がオカルトの否定を否定しているからだ。
私ぐらい強い正義感を持っている人間には、悪党の考えることなんて手に取るように分かる。
なんなら今の話にもっと強力な偽りと悪意を埋め込んで、完璧な洗脳トークにする自信すらあった。
やはりガワだけ私を真似ていても、魂の奥底に眠る正義の心まではコピー出来なかったようだな。やれやれだぜ。
奉牢兌丹くんが優しい微笑みを浮かべて、私に手を差し伸べる。
「レイコ、君を四聖として迎え入れよう。この世界を俺達の手で正しい姿へと導くんだ。容易な道では無いだろう。試練と困難に満ちた道程かもしれない。だけど、とても遣り甲斐のある素晴らしいことだとは思わないか?」
私は溢れるアツイ正義の心を抑えきれず、テーブルを叩いて立ち上がる。
「耳障りな詭弁はそこまでにしてもらおうか。どんな理屈を捏ねようと、お前たちがサトリちゃんを、私の周囲の人々を害そうとした事実は変わらない。法や倫理が絶対のものじゃないとしても、今ある人の心を踏みにじる存在のどこに正義がある! 聞こえの良い言葉で真実を隠して、与えられる偽りの幸せに何の価値があるっ!」
私はペラペラとよく喋って自分を棚上げした。
罪のない者以外に石を投げる資格が無いのならば、世界は悪党の楽園になってしまうだろう。それでは真に救うべき人々を守ることなど出来はしない。
だから私は自分がどれだけ悪に染まろうとも、私以外の悪を決して許さない。ダークヒーローって奴だな。
私のアツイ想いが溢れ出したのか、手元のカップに入ったコーヒーがボコボコと音を立てて腐臭を発していた。特質系だったか。
「やっぱり駄目か……」
奉牢兌丹くんが私を見て、悲しそうに俯く。
そもそも、こいつは何がしたかったんだ?
私を勧誘するにせよ、もっと効果的な手段はいくらでもあった筈である。
少なくとも私は私みたいなクズを勧誘するのに、言葉を尽くそうなんて発想は間違ってもしない。なんというか、やること為すことが手ぬるいのだ。
まるで手加減しているような……
奉牢兌丹くん。まさかお前……
「私を憐れんでいるのか……?」
「……」
「情けを……かけようとしているのか……?」
私の言葉に、奉牢兌丹くんは俯いていた顔を僅かに上げて、冷たい瞳でこちらを睨みつけた。
「そうだレイコ。俺はお前を殺せる」
告げられた言葉に私が固まっていると、奴は特段感情を乗せずに淡々と続けた。
「我らに降れ。共に神の使徒として歩むのならば、殺さないでやる」
ふはっ。
ぶははははっ!!
私はこみ上げるものを抑えきれずに爆笑してしまう。
笑いのスイッチが入った私に、奉牢兌丹から困惑するような気配を感じるが知ったことか。
「クハッ! 自分でも驚いているよ! 私は見下されると、ここまで怒るんだな!」
私は笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭う。
人は何かを得れば、代償のように何かを失う。
私は既に、NTR愛以外の人間らしい心を全て失ったと思っていたが……まだこんなにも瑞々しい怒りが残っていたとは。
はー笑った。
「……勘違いも甚だしいな。八つ裂きでは済まさんぞ小僧」
私は顔から笑みを消すと、憤怒に顔を歪めて歯茎を剥き出した。
「貴様の首の前で、貴様のいう神々とやらを皆殺しにしてやる」
そういうことになった。開戦。