146.君と僕のこれから
「え、えっと、これは……その……!」
ベッドの上で、僕はみっともなく取り乱しながら、レイちゃんに何とか弁明しようとする。
……弁明? 何の?
ええと、僕は決して不能ではなくて、普段はレイちゃんに似ている女優さんとかで……って違う! そういうことじゃない!
僕は完全にパニックになっていた。
僕の取り乱しっぷりがレイちゃんにも伝染したのか、彼女も慌てた様子で僕に詰め寄ってくる。
「そ、その、ごめんなさい! わっ、私……ユウくんに何かしちゃったかな……?」
「い、いやいやっ! レイちゃんは何にも悪くないからっ! こ、これは僕が……!」
「僕が……?」
「え、えっと……」
……本当のことを話したら、彼女に失望されるかもしれない。
しかし、だからといって取り繕って誤魔化すのは、勇気を出して僕に身を委ねてくれたレイちゃんに対して、あまりにも……不誠実だ。
「その……本当に、情けない話なんだけど……」
僕は隠していた嘘がバレた子供のような心地で、口を開いた。
「緊張、しちゃったんだ……」
「……緊張? えっと、男の子って緊張すると、その……そうなっちゃうの?」
レイちゃんの視線が下に向いたのを見て、僕は慌てて前を隠す。
「う、うん。多分……いや、僕も詳しい訳じゃないけど……」
「そ、そうなんだ……?」
レイちゃんが不思議そうに首を傾げたが、僕はそのまま続けた。
「その、ずっと大好きだったレイちゃんと、こういうことをしてると思ったら……僕、無駄に気が張っちゃって……」
「……うん」
「レイちゃんの初めて見る顔とか、声とか、君の全部が……どうにかなりそうなぐらい、可愛くて。それで……」
僕はレイちゃんを真っ直ぐ見つめると、彼女の華奢な肩を掴む。
「だ、だからっ! レイちゃんは本当に何も悪くないんだ! 悪いのは勝手に暴走した挙げ句、自爆している僕で……」
「ううん! そんなこと……」
「そもそも、その場の雰囲気でこんなことしちゃって……レイちゃんの気持ちも確かめずに、本当に僕って奴は……」
「ち、違うのっ!」
僕はそこまで言うと、レイちゃんが制止するように声を上げた。
「わ、悪いのは私なの! ユウくんは何も悪くないっ!」
「そんなことは……」
「あるのっ! だって……わ、私はユウくんに、こういう事して欲しかったから!」
「……えぁっ?」
レイちゃんのとんでもない発言に僕は固まってしまうが、彼女は勢いに任せてそのまま続ける。
「……その、私って付き合う前から、結構ユウくんとスキンシップ激しかったでしょ?」
「え、えっと……うん、そうかも……」
言いながら、僕は小学生や中学生時代の彼女との思い出を振り返る。
たしかに、彼女は僕との距離がやたらと近かったけど、それは幼馴染故の信頼からだと僕は思っていた。
「……本当に、ずっと前からユウくんの事が大好きだったから。その、色々と理由を付けて好きな男の子とくっつきたかったの……」
「そ、そうだったの?」
「そうなの……て、天然みたいなフリして、ユウくんに抱きついたことだって有るし……! ひ、引いてる? ユウくん、私の性欲強すぎって引いてる!?」
「い、いやいやいや! そんなこと無いよっ! その、ちょっと驚いただけで……」
「うわーん! そういうのを引いてるって言うんだよユウくんっ!」
取り乱すレイちゃんを、僕は何とか宥めすかす。
「……だから、今日も、その……こういう感じにならないかなって……勝手に期待して、色々と気合入れて準備して……」
ど、どういう準備を……? すごく聞いてみたかったが、流石に自重する。
僕は黙って、彼女の話に耳を傾けた。
「……でも、そんな私の身勝手が、ユウくんを追い詰めちゃって……私の方こそ、ユウくんの気持ちも確かめずに、自分の気持ちを押し付けてばっかり……本当に、ごめんなさ――」
「……それは違うよ」
僕は彼女の言葉を遮るように、首を横に振った。
「本当にすごくカッコ悪いんだけど……僕だって、いつもレイちゃんと……その、こういう事したいと思ってた。今日だって、レイちゃんに押されてとか、流されてとかじゃないから」
「……その割には、ユウくんってあんまり私に触ってくれないよね?」
「うぐっ」
ジト目で見つめてくるレイちゃんに、僕は言葉を詰まらせる。
「それは……その、一度がっついたら、抑えが利かなくなりそうだったので……」
「ふーん。続けて?」
「うぅ~~……」
僕は照れ隠しをするように、頭をガリガリと掻いた。
「……レイちゃんのこと、本当に好きだから。大切にしたいっていう気持ちが強すぎて……」
……いや、これは言い訳だな。
「怖かったんだ。君に嫌われることが」
ああ、結局そこに行き着くのだ。
好きだからこそ、際限なく彼女を求めてしまいそうな自分が怖かった。
そんな自分を、彼女に失望されることが怖かったのだ。
「だからさ、レイちゃんも僕と、その……したいって思ってくれていたの。本当に飛び跳ねたいぐらい嬉しい、です」
「ユウくん……」
……まあ、その結果がこの有り様なのは本当に情けないのだが。
今だって裸体をシーツで隠しているレイちゃんという、相当に刺激的な光景を前にしているというのに、僕のアレが元気になる様子は無かった。くそぅ。
「ユウくん」
「えっ、あ、はい」
精神統一でアレに再起を促していた僕に、レイちゃんが優しく微笑みかける。
「……一緒に少しお昼寝しませんか?」
「へっ?」
そう言うと、レイちゃんは裸のままコロンとベッドに潜り込む。
「ほら、ユウくんも。そのままじゃ風邪引いちゃうから早く」
「う、うん……」
レイちゃんに促されるまま、僕もシーツを被って彼女の隣で横になる。
「ふふ、裸でベッドに入るのって、何だか悪いことしてる気分にならない?」
「……うん、そうかも」
無邪気に笑うレイちゃんの姿に、僕も思わず気の抜けた笑みを浮かべる。
先程までとはまるで雰囲気の違う彼女の様子に、僕は何だか感心してしまう。
女の子ってすごい。彼女は一体いくつの表情を持っているのだろうか、なんてことを考えてしまう。
「もうすぐ夏休みだね。今年はみんなでサトリちゃんの別荘かー」
そんな風に雑談を振ってきた彼女に、僕はややぎこちなく応じる。
「正直、楽しみよりも緊張の方が大きいかも……」
「あはは。私もパンフレット見たけど、何だか凄い場所だったもんね。サトリちゃんの別荘。ドラマのロケ地みたいだった」
季節はもう7月。高校生活が始まって最初の夏休みは目前である。
僕達のグループは5月の大型連休で話題に上がっていた、サトリさんの別荘へ泊まりで旅行に行く事になっていた。
「この間、女子組で新しい水着買いに行ったんだー。可愛いの買ったから、期待しててね?」
「う、うん。楽しみにしてる……」
朗らかな調子の彼女との雑談が続く。
……やっぱり、気を遣われてるのかな。あまりにも明るいレイちゃんの様子に、僕はそう感じてしまう。
「こっちに帰ってきたら、夏祭りも行きたいね。別荘のお礼に、今度は私達でサトリちゃんを接待しなきゃ」
「あはは、サトリさんはそんな事気にしないと思うけど……みんなで夏祭りっていうのは賛成かな」
あまり落ち込んでばかりもいられない。僕は調子を合わせるように笑顔を作る。
「ねえ、ユウくん。私ね、夏休みだけじゃなくて……ユウくんと過ごすこれからが凄く楽しみ」
「うん」
「一緒に遊んだり、勉強したり、たまには喧嘩もしたり、仲直りしたり……」
「……うん」
彼女がそっと身を寄せてくる。
触れ合う素肌から感じる体温に、僕は何故だか泣きそうになってしまう。
「……変な話だけどね、今日も一緒に失敗出来て良かった。全部予定通り、計画通りじゃつまらないもんね?」
「レイちゃん……」
悪戯っぽく笑う彼女が愛おしくて、僕は胸が締め付けられる心地になる。
「……ね、ユウくん。またするの、楽しみだね?」
「うぐっ。つ、次は頑張ります……」
「ふふ、そーいうのはいいの。また失敗しちゃったら、もう一回やり直そう? ゆっくり、少しずつ。私達のペースで」
レイちゃんが優しく、僕の頬を撫でる。
「……だって、私達はこれから先もずーっと一緒だもの。時間も機会もいくらでも有るんだから。そうでしょ?」
「……うん。そうだね」
僕は愛おしさが溢れ出すように、レイちゃんと軽い口づけを交わす。
これから先、たくさんの初めてと嬉しいを彼女と共に出来るように、祈りを込めて……
その後、僕達二人は日が傾き始めるまでの僅かな時間を、寄り添い合って過ごすのだった。